76.神聖帝国軍 vs 帝国軍
いつも誤字修正などありがとうございます(*´ω`*)
「お久しぶりでございます、アナスタシア様」
「ウルフェ……」
久しぶりにあったウルフェは、随分と憔悴しているように見えた。だが今のアナスタシアの立場上、彼よりも先にラスター少年と賢者と呼ばれる男性のほうにも等しく接する必要があった。
ゆえに早く話を聞きたい気持ちを抑えて、凛々しい顔つきの少年に視線を向ける。
「初めまして、アナスタシア皇女。俺はラスター・ヴァン・ヴァレンタイン。獣人を主体とした一団を率いて、ダレスの魔の手から人々を解放する活動を行っておりました」
「あなたがたの噂は聞いてるわ。【解放剣士】ラスターと、【賢者】クリストル様ですね」
「ははっ、オレッちの血族もずいぶんと別嬪さんを輩出したもんだなぁ! こりゃ一族の傑作じゃねーか、がははっ!」
「クリストル殿、やめてくださいよ! 打ち首にされちゃいますよ」
「そりゃ参ったなぁ、がははっ!」
【賢者】クリストルはかなり無礼な態度を取っていたものの、アナスタシアは不思議と不快感が湧かなかった。むしろ親近感さえ湧いてくる。ただ、血族とはどういう意味なのだろうか。
「まぁオレッちたちの話は後にしよう。それよりもあんたは──【癒しの聖女】の話が聞きたいんだろ?」
「っ!?」
「めんどくせぇから詳しい話はそこにいるウルフェにさせるよ。ただオレッちたちはここにいればあの子が──ユリィシアが戻ってくると考えている」
ユリィシア!
ついに確定的な話としてその名が出た。
やはり【癒しの聖女】はユリィシアだったのだ。アナスタシアは疑いはしていなかったものの、ハッキリと言われることでついにユリィシアに近づいていると実感する。
「クリストル様はめんどくさがり屋なので説明下手なのですが、端的に言うと俺たちは──ユリィシア様によって命を救われました。ですが俺たちを守るために──行方不明になってしまったのです」
一方ウルフェは、カインとフローラに深々と頭を下げていた。
「申し訳ありません旦那様、奥様、アレク様」
「なにを言ってるのウルフェ。まずはあなたが無事でよかったわ」
「そうだそうだ、どうせユリィが無茶言ったんだろう? いつも振り回してすまなかったなぁ」
ユリィシアを守れなかったことに自責の念に苛まれるウルフェに対し、カインとフローラは優しい笑みを浮かべて慰める。だがアレクセイは違っていた。目を血走らせながらウルフェの胸ぐらに掴みかかる。
「ウルフェ! あんたが付いていながらなにやってんだよっ!」
「すまない……アレク。お嬢様は……俺のせいで」
「その話、わたくしにも詳しく聞かせていただけますか?」
ついには我慢できなくなったアナスタシアも首を突っ込み、ようやく一同はユリィシアの身になにが起こったのかを知ることとなる。
「学園で……ゲートを見つけて脱出!?」
「片っ端から……悪魔に憑かれた人を解放!?」
「真龍と対峙して、初代皇帝の兄を不治の病から治癒?!」
「いにしえの大聖女と対峙して……行方不明!?」
「はい、お嬢様はネビュラ殿とアンバードラゴンのアミティ殿とともに……行方不明になってしまったのです」
ウルフェの話はどれもとてつもない話で、アナスタシア達は思わず絶句してしまう。どれ一つとっても子供の妄想か何かと思うような出来事ばかりであった。
その中でも特にアナスタシアが驚かされたのが、ユリィシアが救い出した【賢者】クリストルの存在と、彼の持つ『魔王術』の秘密であった。
「あなたが……ご先祖様?」
「んまぁそういうことになるなぁ! ほれほれ、おじいちゃんって抱きついてもいいぞ?」
「お断りしますわ」
「あちゃー、フラれちまったか、ガハハっ!」
「それよりもダレス兄様の方ですわ。ダレス兄様は魔王術を使って……悪魔を利用していますの?」
「たぶんそうだろうな。オレッちがダイヤールに伝えた秘術を、なんらかのやり方で子々孫々に語り継いでるんじゃないかぁ?」
「それってもしかして……『招来の儀』?」
アナスタシアが帝位継承者だけが受ける秘密の儀式の話をすると、クリストルが頷く。
「たぶんそれだな。そいつでダレスは魔王術、すなわち悪魔の力を手に入れたのだろう。しかもダレスはたぶん……悪魔を支配できる【大罪】ギフト持ちだ。悪魔をその身に宿して支配し、【魔王】となっているんだろう。とはいえアナスタシアの話を聞く限りだと、精神的にかなり悪魔の影響を受けてるみたいだけどな」
賢者クリストルによって語られた真実。
ダレス大帝は【魔王】の力を手に入れ、王位を簒奪していたのだ。
「まぁそういうことならオレッちも面倒だが力を貸そう。戦争に関してはからっきし役に立たないが、知識のほうなら任せておけよ。それに……」
クリストルは遠い目をする。
「あいつらにゃあ、でっかい借りを作っちまったからなぁ。その親友であるあんたを手助けしないと、ばちが当たるってなもんだ」
◆
ラスター一行がアナスタシア陣営に合流した一週間後──。
ついに痺れを切らした神聖ガーランディア帝国は、全軍の八割を以て港町エーレーンへと進軍を開始する。
主将は【死告騎士】のデズモンド元帥。
副将に【魔獣操王】ウィーガル大将。
その他、【強化騎士】が25騎。
軍勢は──なんと80000。
しかも彼らの軍には、兵士たちとは別に黒く染まった獣たち──魔獣が1000匹近く帯同していた。
対するアナスタシアら帝国軍は、兵力がおよそ30000。リヒテンバウム王国からの義援軍500が加わっているとはいえ、その戦力差は倍以上であった。
「どうして……? 彼らの軍は残り7万を切っていたはずなのに……」
「あいつら酷いことをやるなぁ。どうやら一般人を無理やり悪魔の影響下において洗脳してやがるみたいだぜ」
「えっ!?」
賢者クリストルがもたらしたのは、驚くべき情報。
なんと神聖帝国は、魔王術を用いて普通の人たちを強化人間にし、洗脳を施したうえで兵士として戦場に送り込んでいたのだ。
「何てひどい……ダレスは帝国民を皆殺しにするつもりなの? 許せない……そんなの許せないわ」
憤るアナスタシアを見て、クリストルがニヤリと笑う。
「あんた、やっぱりあいつの子孫だなぁ。よーく似てるよ、ダイヤールにな」
「でもあなたのお話によると、悪魔に身を滅ぼされた人なんでしょう?」
「あぁ。だがお前は悪魔に打ち勝った。その時点でダイヤールをも上回ってるんじゃないのかな?」
初代皇帝の兄に褒められて悪い気はしない。
だがこの軍勢を相手にどう戦えばよいのか……。明確な勝ちへの道筋が見えないまま、戦端は開かれることとなる。
「かかれー! ダレス大帝に逆らうものたちを皆殺しにするのだー!」
「帝国の自由を取り戻すため、今こそその力を尽くせーっ!」
後に新旧帝国の事実上の頂上決戦として【イグザビデの聖戦】と呼ばれることになるこの戦闘は、双方の主将の号令により開戦の幕が切って落とされる。
戦場は、【戦術の天才】としての才能を開花させたジュリアス・シーモアにより巧みに誘導され、数の不利を払拭できる左右が大きな山によって封鎖された谷のような地形の『イグザビデの谷』での開戦となった。
アナスタシア率いる帝国軍はグエン将軍を大将に置き、右翼をランスロットが、左翼をスウェインが固める。
対する神聖帝国軍は、中央に【強化騎士】を配置し、中央突破を一気に計ろうとしていた。
「25騎の【強化騎士】か……ブルっとくるぜ」
「ラスター、お前もか? だけど討ち取った数では負けないぞ!」
「ははっ、アレクよ。じゃあどっちが【強化騎士】を多く討ち取るか勝負だ!」
年齢が近いこともあり、すでに意気投合していたラスターとアレクセイが互いに睨み合う。
後の世において、ともに【英雄】と称されることになるこの二人が、初めて一緒に出陣する舞台でもあった。
神聖帝国軍 8万 VS 帝国軍 3万。
互いの命運をかけた、最強戦力同士の究極の衝突。
この戦場を制したものが、未来の帝国を作り上げる。戦いに参加したものは皆がそう感じていた。
帝国軍としては、数の不利を払しょくする陣形を用意。
一方、神聖帝国軍側も決して無策ではなかった。
最初に【強化騎士】の部隊とカインたち英雄チームが対峙する。
だが──。
「なんだ、あいつら……」
「5騎が1チームになってやがる!」
ユリィシアとの離別により剣士としての才能を覚醒させたラスター、それにアレクセイ、ウルフェ、カインという超戦闘力を持つ個人相手に、なんと神聖帝国軍は【強化騎士】を5人1セットのチームにして襲い掛かってきたのだ。
さすがカインたちも、強化騎士を5人も同時に相手してはなかなか倒すことができない。しかも彼らは傷を負っても残りの5騎と入れ替わりで戦力の均衡を崩させなかった。さらには強化騎士達は、黒い液体を飲むとすぐに傷を治して戦線に復帰するのだ。
カインたちの手が完全に取られている横で、兵士同士の戦闘も繰り広げられる。
だが、決め手を持たない者同士の戦闘は、消耗はすれど決定的な場面は訪れない。
結局、お互い大きな決め手のないまま──1日目の戦闘は日が落ちるのに合わせてお互い陣へと引き揚げていった。
戦況は互角。
しかし、戦力差は倍以上。
「なんだよあいつら、消極的に攻めてこなくて!」
「このまま消耗戦になったら厳しいぞ……」
同じ数だけ兵士が削られれば、兵が少ない方が負ける。
神聖帝国軍は、数に物を言わせた物量戦をしかけてきていたのだ
「……神聖帝国軍め、やるじゃねえか!」
ザンデル将軍も、敵のデズモンド元帥の戦略を褒め称える。生粋の武人であるザンデル将軍は、たとえ敵将でも称賛は惜しまないタイプであった。
「いやらしい奴じゃよ、じゃが戦術の理にかなっている」
「なにか決定的な手を打たないと……このままじゃジリ貧ですよ」
ザンデル将軍とカインが難しい顔で他の帝国軍将校と議論を交わすが、なかなか効果的な戦術が見いだせずにいた。
実は帝国軍にも秘策の用意はあるものの、効果的に使わないと無意味であることからタイミングが難しく、使用に躊躇していた。
その時──。
「夜襲だ! 夜襲!!」
見張り役の兵士たちから発せられた声に、将校たちが慌てて野営テントから飛び出す。目に飛び込んできたのは──兵士たちに襲い掛かる、無数の虫やコウモリたち。
なんと神聖帝国軍は、アナスタシア陣営に対して魔物を使った夜襲を仕掛けてきたのだ。【魔獣操王】ウィーガル大将が操る魔獣たちが、陣営を飛び越えて襲いかかってくる。
「くそっ! ふざけんなっ! なんで虫なんだよ!」
「コウモリもいるぞ! 噛みつかれたらやっかいだ!」
「気をつけろ! 闇に敵兵が紛れているかもしれないぞ!」
断続的に襲い掛かってくる虫やコウモリなどの魔獣たち。
その間隙を縫うようにして、伏兵からの矢や魔法による砲撃が帝国軍の野営地に放たれる。
帝国軍は必死の反撃によりなんとか撃退したものの──夜半の夜襲により、全員が寝不足に陥ってしまった。
そして翌日──。
神聖帝国軍は、入れ替えを行いフレッシュになった兵士達が元気いっぱいに波状攻撃を仕掛けてきた。
昼間の激しい戦闘に、夜の魔獣による夜襲。
これが1週間も続くと、最初は互角だった戦況も、徐々に神聖帝国軍が有利になっていった。
目立った損害もなかったものの、相手に対しても大した損害は与えられていない。たった一騎、カインが【強化騎士】を討ち取ったのみである。
帝国軍は有効な手を打てないまま、日に日に消耗していった。
消耗戦を仕掛ける神聖帝国軍に、明確な対抗策が打てない帝国軍。
深刻な疲れは、やがて帝国軍の士気を下げてゆく。
そのときを待って──神聖帝国軍はついに動く。
満を持して、隠し球を投入してきたのだ。
「な……なんだあれは!?」
「まさか──戦象!?」
神聖ガーランディア帝国の【魔獣操王】ウィーガル大将が、これまで温存していた象の魔獣──戦象30騎を、ついに戦場に投入したのだ。
「愚かなり、アナスタシアの牝犬よ。我が魔象軍団により──その血をダレス大帝に捧げるが良い!」
象の上でウィーガルが邪悪な笑みを浮かべる。
魔象の圧倒的な破壊力は、疲弊しきったアナスタシアたち帝国軍の陣形をあっさりと突き崩していった。対抗しようにも超戦力であるカインたちは【強化騎士】たちにより足止めされており、暴れる魔象を止めるすべは……ない。
狂った象達によって、踏みにじられ、弾き飛ばされる帝国兵たち。血の狂乱が、幕を開けようとしていた。
「やばい、このままじゃ……負ける!」
「なんとかならないのっ!?」
辛うじて全面崩壊は耐えてはいる。だが耐えられるのも──時間の問題だ。このままでは総崩れになってしまうのは、誰の目にも明らかだった。
アナスタシアが鋭い眼光で戦場を睨み、天才軍師ジュリアス・シーモアが歯を食いしばる。
危機的状況。
もはや帝国軍の敗北は必至。
そのとき──。
────奇跡が起こった。
──キラリ。
人々はイグザビデの戦場の遥か天を舞う、なにかの姿を見た。
日の光を遮るように飛ぶその存在は──。
「お、おい! なんだあれは!」
「空を見ろ!」
「あっ、あれは……もしかして──龍!?」
日の光を反射しキラリと琥珀色に輝く鱗を持つのは──天空の王、『真龍』。
しかもその真龍は、驚くべきことに──背に人を乗せていたのだ。
真龍の背に立っていたのは──。
まるで全ての光を背負ったかのように光を放つ、一人の美しい少女。
「うそっ……!?」
アナスタシアは思わず口を覆う。そうしないと──自分の立場を忘れて叫んでしまいそうだったから。
「ふふっ……遅いよ」
ジュリアス・シーモアが疲れた顔に笑みを浮かべながら、空を飛ぶ龍の背の少女を眺める。
見間違いようがなかった。
なぜならば、その少女は──。
「「ユリィー!!」」
──のちに吟遊詩人によって歌にされ、瞬く間に世界中に広がり、永く語り継がれることになる『イグザビデの聖戦』。
その中で、この時の出来事はこう語られている。
ガーランディア帝国、中興の祖である『黒薔薇女王』アナスタシア女帝が、イグザビデの地で死を覚悟したとき、そのものは空から現れた。
親友を救うため、そして悪魔に魅せられしものたちに真の救済をもたらすため。
──【癒しの聖女】ユリィシア・アルベルト。
『琥珀真龍』アミティの背にまたがり、『イグザビデの聖戦』に降臨する、と。
彼女──ユリィシアについては様々な逸話が多い。
特に幼少期の伝説については出自が不確かなものも多く、どこまでが真実なのかは不明である。
そして実はこれが──歴史上で初めて明確に【癒しの聖女】ユリィシアが表舞台に登場した瞬間でもあった。
お待たせしました、主人公の復活です!( *´艸`)
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