71.黒い聖導女(後) 〜そのものの名は〜
いつのまにやら私のそばにやってきた賢者クリストルに、ネビュラちゃんが話しかけます。
「賢者様は──あのアンデッドに対抗する手段はお持ちではないのでございますか?」
「あー君、ネビュラくんだっけ? いやー、オレッちは賢者ではあるんだけど、残念ながら戦闘は苦手なんだよなぁ」
「クリスってばまた怠けようとしてるりゅ!」
「じゃあお前が相手すればいいぢゃねーかよ!」
「あたちは基本的に専守防衛タイプの真龍なんでりゅ!」
何やらクリストルとアミティが言い争いをしていますが……私はこの男を、クロップスというエセ死霊術師の始末を他の誰かに回すつもりはありません。
「手出し無用ですわ。ここは──私が出ます」
誰にも手を出させません。
私が、『黒き聖導女』をどうにかしましょう。
「お嬢様、あのようなアンデッドを相手にするなど危険です! ここは俺が──」
「無理ですよ。あの『黒き聖導女』は猛毒を放つアンデッドです。いくら剣技が優れたあなたでも太刀打ちできません。それよりもウルフェ、そこのアンデッドたちは丁重に扱いなさい。粗末に扱うのではありませんよ」
「は、ははっ! さすがは尊きお嬢様、アンデッドにすら慈悲を賜わるとは──」
先日、『黒き聖導女』に滅ぼされた蛮族の国の廃墟を訪れたとき、現地に残っていた毒素から──帝国が『あのひと』を詐称していたものの正体を、『猛烈な毒を放つアンデッド』であると推測していました。
だからある程度対抗手段も考えています。他の誰でもない、私の手によってあの可哀想な子に次の道筋を作って差し上げましょう。
「なんだ、『癒しの聖女』よ。貴様がわしの最高傑作を相手するというのか?」
「あのひとの偽物を用意したあげく、コントロールできたなどと嘘偽りを吹聴するペテン師のあなたに、何かを語る資格はありませんわ」
「ぬっ!?」
本当のことを言われたのがよっぽど悔しかったのか、クロップスが顔を真っ赤にして唾を吹き出しながら絶叫します。
「貴様! この小娘がなにをいうか! わしの用意したこの『黒き聖導女』は傑作じゃ! このレベルのアンデッドを制御しているわしであれば、〝いにしえの大聖女″ですらたやすく操れるに決まっているじゃろう!」
「いいえ、あなたには無理ですわね」
そもそもあなたは『黒き聖導女』すら制御できていません。単に生贄を用意して誘導しているだけです。
「ぐぬぬ……では証明してやろうではないか! 貴様にはアンデッドになってわしのシモの世話をさせることで永劫に後悔させてやる! 『いにしえの大聖女』(もどき)よ、やってしまえ!」
『おぉぉおぉぉおぉ怨恨んんんんん!』
クロップスの命を受けて、『黒き聖導女』が右手を上げます。すると彼女の手から──目に見えない瘴気のようなものが吹き付けてきました。
あれは猛毒を噴射しているものです。何も知らなければ、吸い込んだとたん絶命してしまうでしょう。
ですが──。
「──《範囲治癒》」
私がこれまでウルフェに数年間行ってきた『毒ポーションの刑』の検証結果によって、私の治癒力は毒を無効化することがすでに判明しています。ですので『黒き聖導女』の毒霧など恐れるに足りません。
「なっ?!」
いくら猛毒の霧を浴びてもなんともない私に驚いているクロップスを無視して、『黒き聖導女』に近寄ります。
ですが触れることはしません。触れてしまっては、きっと浄化してしまうでしょう。
なのでここは──最近身につけた新技を使ってみましょう。
「──《自在治癒》」
私が新たに編み出した治癒魔法──《自在治癒》は、治癒魔法の形状を自在に変化させることができるものです。
今回は長い紐状に変化させて、『黒き聖導女』の周りを取り囲むように覆って、動きを封じることにしました。
──効果はてきめんで、聖なる力を厭うアンデッドである『黒き聖導女』は、身動きが取れなくなってしまいました。
「なっ……なんじゃと!?」
こうなるともうあとは私のものです。
さぁ、どう料理しましょうか。『七人の聖導女』に加えるという手もありますが、それだとせっかくのSSランクが勿体ないんですよねぇ。
むしろ単独でキープしたいところですが……狂ってしまったアンデッドを元に戻すのは困難です。やはりここは七人の聖導女に加えるのがベストな選択肢になりますかね。
「どうした? なにをやっておる!? あぁ、もしやエサが足りんのか? だったら出してやるから、本気を出せ!」
手も足も出ない『黒き聖導女』に痺れを切らせたのか、クロップスが次元の指輪を使って次元箱を取り出します。
中から飛び出してきたのは──手足を鎖で縛られ、さるぐつわをされた獣人たち。その数、およそ10人ほど。
「ほら、活きのいいエサをくれてやる! これでパワーアップするんじゃ!」
『うおおぉ怨んんん!』
「「んーっ! んーっ!?」」
黒き聖導女が猛毒の霧を吹き出し、縛られた獣人たちに向かいます。
ですが、そうはさせません。
「──《範囲治癒》」
私の治癒魔法で獣人たちを包み込み、蠱毒を無効化させます。
「ぐっ──きさまっ!?」
「これ以上、手は出させません。私が全て、守ってみせます」
全て私の大切な素体候補ですからね。
「さすがお嬢様……」
「まさに聖女様だ!」
「ボクはノーコメントで」
「あの娘、すげぇな! 奴隷の命まで救ってるぜ!」
「さすがはクリスを救った聖女でりゅね!」
なにやら他のメンバーたちも騒いでいますが、無視です。救出もウルフェに丸投げします。
それよりもこのゲスジジイ──クロップスをどう料理しましょうかね。
私が指をポキポキ鳴らしながらにじり寄っていくと、クロップスは顔を恐怖に歪ませながら後退りしてゆきます。
「き、きさま……何者だ?」
「私はユリィシア・アルベルト。しがない下級貴族の令嬢ですわ」
「信じられん……なぜだ。なぜこのわしが……」
このゲスジジイ、なにやら目の焦点が合わなくなってきました。うわっ、くさっ!? なんでしょう、これは……漏らしてる?
あまりのバッチさに、思わず距離を取ってしまいます。
それが──大失敗でした。
「ありえん、絶対にありえん。このわしが……【終わりの主】クロップスが敗れるなど……このわしであれば、いにしえの大聖女──【救世聖女エルマーリヤ・ライトジューダス】だって──」
──あっ。
なんてことを……。
私はあまりのことに、唖然としてしまいました。
信じられないことに、この男は──呼んでしまったのです。
呼んではいけないものの名を。
いけません。
これはいけません。
来てしまいます。
本当に来てしまいます。
──あのひとが。
ごごごごっ──……ごごごごごごごご……ごごご──。
あぁ、聴きたくない音が聞こえます。
間違いありません。この音は──あの人が次元門を開いてやってくる音です。
もう、完全に手遅れです。
あのひとが──来てしまいます。
〈あーああーーーアーアアーアー───〉
〈あーああーーーアーアアーアー───〉
〈あーあーーーアーアアーアーアアアアァァァ─〉
どこからともなく賛美歌を奏でる声が聞こえてきます。
前から思っていたのですが、これは誰が歌っているんでしょうかね?
「な、なんじゃ!? なにが起こっておるんじゃ!?」
このゲスジジイには分からないのでしょうか。
自分が──どんなに愚かなことをしてしまったのかを。
こうなると、もはや私にもどうにもなりません。
私たちの目の前に、光り輝く神殿のような門が姿を表します。
ゆっくりと開くと──中から光の粒子が羽となり飛び出してきました。
降り注ぐ大量の光の羽の中──。
満を辞して登場したのは──白いドレスのような服を着て、背中から天使の翼を生やした美しい一人の女性。
「エルマーリヤ……」
間違いありません。
彼女こそが本物の──。
私が復活させながら手に負えずに放置した存在。
その真の名を呼べば、100パーセント確実に喚び寄せることができる、世界に4体しかいない最上(SSS)級アンデッドの一人。
【いにしえの大聖女】
『エルマーリヤ・ライトジューダス』
生前の別名──微笑みのエルマーリヤ。
エルマーリヤは、瞳を閉じて以前と変わらぬ笑みを浮かべたまま──私たちに向けて語りかけてきます。
『救いを求めわたくしの名を呼ぶ子羊よ──どこにいるのですか? どうか安心してください。このエルマーリヤが、あなたを──【輪廻転生】を以って、苦しみから永遠に解放してさしあげましょう』




