70.黒き聖導女(前) 〜蠱毒〜
「きしゃしゃしゃ! 儂こそは史上最高の死霊術師、歴史上初めてSSS級アンデッドをコントロールした男、【終わりの主】クロップスじゃ!」
なにやらムサい爺さんが大声で怒鳴りつけてきます。こいつは誰なのでしょうか?
ただ──彼の横に浮いている、顔の見えない黒い聖導女が気になります。悍ましいまでの暗黒のオーラを持つ彼女は、間違いなく上級アンデッドですね。
「ここで会ったが100年目じゃ、『癒しの聖女』よ。このわしが貴様を葬って新たなアンデッドにしてやるわ!」
「私は聖女ではありません。まぁアンデッドにしていただくのは構わないのですが」
「か、構わんのか? ってちがーーう! 貴様っ、わしを恐れておらんのかっ?! このわしこそは『四魔帝将』が一人、【終わりの主】クロップスじゃぞ? 貴様を追いかけてはるばるこんな地の底まで来たんじゃ!」
えっ? 私を追いかけてきたの?
……気持ち悪っ!
「きさま! いま気持ち悪いと思ったな!? 顔に出とったぞ!」
「え? だって追いかけてくるなんて変態……」
「違うわい! ナイトストーカーを使って追跡してきたんじゃい!」
クロップスの絶叫とともに姿を現したのは、黒い影のような形のアンデッド。
あぁ、懐かしいですね。B級アンデッドのナイトストーカーではないですか。
ナイトストーカーは戦闘力はほとんどないのですが、相手を追跡する能力がピカイチなアンデッドです。私も前世ではずいぶんと重宝しましたもの。
「そこまでして──私に何の用です?」
「貴様、自分がしでかしたことを理解しとらんのか? 貴様はダレス大帝の邪魔をしまくってただろうが!」
あー、まぁ確かに心当たりはありますね。
「ゆえに貴様を、この『四魔帝将』が一人である【終わりの主】クロップスが、直々に抹殺しにきたのじゃ」
「なっ!? やはり貴様は帝国の手のものかっ!」
「聖女様には手出しをさせん!」
「うるさい小蝿どもめ、こいつらの相手でもしておれ!」
叫び終えたクロップスが、指に嵌めていた茶色の宝石がついた指輪を突き出します。
あの指輪は──もしかして『次元箱』の機能を持った『次元指輪』でしょうか。簡易的な空間を作り上げる魔法道具で、荷物運びなどに重宝するんですよねぇ。
なかなか珍しいものを持ってますが、クロップスは箱の中からなにを出してくるのでしょうか。
「ぐぶぅぅ……」「カタカタカタ!」「ひゅぅぅ……」
なんと中から飛び出してきたのは──ゾンビやスケルトンといった低級アンデッドたち。彼らはウルフェたちの前に立ち塞がると、すぐに邪魔をし始めます。
その間にもクロップスはこちらに近寄ってきました。
「これで邪魔者は来ないぞ。さぁ……癒しの聖女よ、貴様はわしの操る〝いにしえの大聖女″の手によって息の根を止めてやるわ! そののちに、わしのコレクションに加えてたーっぷりと可愛がってやるからな。さぁ、征くがよい──いにしえの大聖女よ!」
パチン。
クロップスが指を鳴らすと、指輪の空間から新たに──スケルトンとゾンビに連れられた、生きた人間が出てきました。あれは──獣人でしょうか? 熊のような耳を頭につけた男性です。
「ひ、ひぃぃぃぃ……やめてくれぇ……」
「な、なにをしようとしてるんだ!」
ウルフェが声を荒げますが、クロップスは無視してスケルトンたちに死霊術師がよく使うハンドサインで指示を出します。
「さぁ、賎しき獣人よ。栄光ある黒聖女の餌になるがいい!」
クロップスの指示に従って、スケルトンたちが熊獣人を黒い聖導女の前に放り出します。
すると──聖導女の真っ黒な顔に線が入り、ぱっくりと真っ赤な口が開きます。あれは──笑っているのでしょうか?
「ゔぉおぉっぉおぉおぉぉっぉお怨んんんーーーーっ!!」
「ぎゃああぁああああっぁああぁああぁ!!」
「いけない! やめなさいっ!」
治癒が間に合うか!?
私は大急ぎで遠隔治癒を熊獣人に向かって飛ばします。ですが──間に合いません。
黒い聖導女が片手を上げた途端、熊獣人はいきなり泡を吹いたかと思うと──ばったりと倒れてしまいました。
念のため鑑定してみましたが、やはり……熊獣人は完全に息絶えていました。うーん、治療する暇もありませんでしたね。
「あぁ、なんてことを……」
あの熊獣人は悪くない素質を持っていたのですが……実にもったいない。これでは〝素体の無駄遣い″です。
「死んだ……? それに聖女様が悲しんでる……? 救えなかったから?」
「お優しいお嬢様なら当然だ! だが貴様! なんて酷いことを!」
ラスターとウルフェが低級アンデッドを相手にしながら怒りに震えています。ああ、でもあんまりその子たちを粗末に扱わないでくださいます?
とはいえ、かくいう私も今かなり不機嫌です。
せっかくの治療対象兼成長途上の熊獣人を、問答無用で絶命させられてしまったから? いえ……正しくはもっと前からです。
それは──『黒き聖導女』をこの目で見た時から。
なぜなら、クロップスの操る『黒い聖導女』が、私にとって到底受け入れがたい──極めて不愉快な存在だったからです。
影を渡ってすぐ近くまで飛んできたネビュラちゃんが、私の耳元で囁きます。
「お嬢様、あれが──『いにしえの大聖女』なのですか?」
「いいえ、違いますわ。あのひとをあんなものと一緒にしないでくださいますこと?」
「いにしえの大聖女ではない? ではあれは……いったいなんなのです?」
「ネビュラちゃん、あなたほどの死霊術師でもわからないの?」
「はい。凄まじいまでの怨念が籠った超強力なゴーストの一種であることはわかるのですが……」
ネビュラちゃんが戸惑うのも仕方ありませんね。
私も実物は──初めて見るのですから。
「あれは──そうですね、〝蠱毒″の一種のようなものです」
「蠱毒?」
蠱毒とは、古来からある強烈な毒を作るための手法です。
毒のある虫同士を戦わせて、最後までに生き残ったものを触媒に使うと、強烈な毒を発する呪法が使える、というものです。
ただ、出来上がった毒が強力なうえに制御が困難、おまけに作り出す手段の忌々しさもあって、禁呪の一つとして今では使用するものもあまりいなくなってしまいました。
そしてあの黒い聖導女も、それと似たような原理で作り出された……強烈な怨念を持つアンデッドです。
「おそらくあの男は、いけにえとなる少女を大変むごい目に遭わせて殺したのでしょう。強烈な怨念を持ったその少女は、怨霊と化した。それが──あのアンデッドの正体なのです」
私の右目が、黒い聖導女の正体を映し出します──。
── 蠱毒怨念呪縛霊・固有種『黒き聖導女』 ──
アンデッドランク:SS
聖母教会の聖女を素体にした、強大無比な怨念を持つ呪縛霊。
猛毒の瘴気を放ち、その空気を吸うだけで人間を簡単に絶命させるほどの威力を持つ。
その毒は強力で、すでに5000人以上の命を奪っている。
ただしその強烈な怨念ゆえ、生あるものすべてを無差別に憎んでおり、制御は不能。
──
私たち死霊術師にも禁忌があります。
それは──自らの手で殺めてアンデッドを作り上げることです。
それにはもちろん理由があります。多くが殺害者を恨んでおり、言うことを聞かないからです。
同様に、怨念を残して死んだ素体を使ってアンデッド化した場合、死霊術師の制御を受け付けない場合が多くあります。私はその状態のことを「狂った」と表現します。
狂ったアンデッドをコントロールするのは不可能です。ですので私は恨みを持つような素体をあまり活用しませんでした。
ですがクロップスは、あえてそれを使っています。
では彼は、どうやって狂ったアンデッドを制御しているのでしょうか?
……その答えは、『生贄』です。
彼は、生きた人間を餌にすることで、狂ったアンデッドをコントロールしていたのです。
なんと低俗で、愚かな──畜生にも劣る下劣な手法を用いるのでしょうか。いえ、あれは手法などという上等な手段ですらありません。なにせ──単に餌で釣っているだけなのですから。
直接手を下してアンデッドにするだけでなく、あのような下劣で……素体にリスペクトのかけらも無い術を使う輩が死霊術師を名乗るなど、私は到底受け入れられません。
確かに『黒き聖導女』は、猛烈な怨念が渦巻くハイランクなアンデッドではあります。
でも手段を選ばないのであれば、私にだってこのくらいは作ることができるのです。
死霊術師の禁忌を平気で破る、死霊使いの風上にも置けない男。それが──このクロップスという男の正体でした。
しかもあの男は、こんな下劣な手法で作った狂ったアンデッドを、『いにしえの大聖女』と偽って、己を誇張する材料としました。
あんなものを──蠱毒などどいう惨い手法で強引に作った狂ったアンデッドを──あのひとと一緒にするなど、到底許せません。
なんという、侮辱。
なんという、無礼。
許せません。
私の大切な人を貶めたこの男の行いを──私は決して許しません。




