69.アンバードラゴンと古き賢者(後)
「お、お嬢様! 大丈夫ですか!?」
「聖女様! お気を確かに!」
ウルフェとラスターにゆすられて、私は目を覚ましました。
私はどうやら絶頂して気を失っていたようです。久しぶりでしたので、随分と恍惚してしまいましたね。てへっ。
「私のことはどうでも良いです。クリストルは……『石の賢者』はどうなりました?」
「そ、それが……」
ウルフェが答えるよりも早く、聞き覚えのない男性の声が耳に入ってきました。
「ううーん。あぁ……めんどくせえなぁ。なんか目がさめちまったよ」
「クリス! クリス! 蘇ったりゅ!?」
「お前……アミティか? でっかくなったなぁ。てかオレっちは病で死んだんじゃなかったのか?」
どうやら賢者クリストルは目を覚ましたみたいですね。治癒は成功したようです。
ついでに、魔力がぐっと増強したのがわかります。治療対象としても素体としても、『石の賢者』はとても美味しい獲物でしたね。
「そこにいる聖女様が治療したりゅ! クリスは助かったりゅ!」
「えーめんどくせえなぁ。あのまま死んだほうがずっと寝られて良かったのにな」
おやおや、どうやら彼は永遠の眠りにつきたかったみたいですね。
「よろしければ、私があなたの願いを叶えてさしあげましょうか」
「んあ? おぉ、オレっちを治療してくれた聖女様か。だったらよろしく頼むぜぇ」
はい、これで契約成立しました。
あなたが永遠の眠りについたあとは、バッチリうちの軍団で可愛がってあげますからね。
「はぁ……んでまぁ冗談はこのくらいにして、と。アミティよ、あれからどれくらい経ったんだ?」
「だいたい350年だりゅ」
「なんだって!? オレっちはそんなに寝てたのかよ!? そしたらあいつは……ダイヤールはどうなっちまったんだ? あいつ、悪魔に呑まれちまわなかったのか?」
ダイヤール? どうやら人の名前のようですが、誰でしょうか。なんとなくどこかで聞いたことがありますが……。
私が思い出すよりも早く答えを口にしたのは、意外にもラスター君でした。
「ダイヤール……それはもしかして、帝国の建国帝の名では?」
そうでした、学園の授業で習ったのを思い出します。
ガーランディア帝国の初代皇帝にあたる【建国帝】の名が、たしかダイヤールでしたね。
「ほう、あいつはマジで国を作ったのか」
「は、はい……ですがダイヤール建国帝は即位して数年後には病で崩御したと……」
「そうか……やっぱあいつ無理しやがったんだな。だからやめろって言ったんだけどなぁ……仕方ねぇなぁ。オレっちみたいに適当に手を抜いてりゃよかったのになぁ。バカだなぁ、あいつ」
なにやら一人でぶつぶつ呟くクリストルに、ラスターが尋ねます。
「あの……クリストル様は、もしかしてダイヤール建国帝のお知り合いなのでしょうか?」
「あぁ、ダイヤールはオレっちの弟だよ」
なんとびっくり、彼は建国帝の実兄でした。
ですがクリストルという名前はおろか、ダイヤール建国帝に兄がいた、などという歴史は授業でも習っていません。これはどういうことでしょうか。
もしかすると、鑑定で判明した彼の称号──『裏切られし者』や『歴史の中に埋もれしもの』あたりに関係していたりするのかもしれませんね。
「もしかしてあなたは弟のダイヤールと不仲だったのですか?」
「うひゃあ、聖女様はどストレートに聞いてくるなぁ。まぁ確かにオレッちとあいつはあんまり仲良くなかったぜぇ。あいつ、いっつもオレっちのことぐうたらだって責めてたもんなぁ。でもあいつに秘術を与えて英雄にしてやったのはこのオレッちなんだぜ?」
秘術? 秘術とはなんでしょうか。
「あいつには、オレっちと同じで特別なギフトがあった。その名も──【傲慢の大罪】。魔王の器と言われるギフトだ」
「それは──アナが持っていたギフトと似てますね。確か彼女が持っていたのは【嫉妬の大罪】でしたが」
「アナ? 誰だそれ」
「私の親友ですわ、親友。あぁ、そういえばアナスタシアは帝国の皇女ですのでその──ダイヤールの子孫にあたるのですかね」
「なるほど、さすがはオレっちたちの子孫だな。おそらくその娘も魔王となるだけの器を持っていたのだろう。もしかしたらガーランディアの血族は、大罪ギフトを得やすいのかもしれないなぁ」
「ですが魔王とは、悪魔の王──すなわち悪魔なのでは?」
「いや違う。魔王とは──人の身でありながら悪魔を宿しても耐える魂の力を持ち、さらには支配すら成功した人間のことを指すんだ」
へーそうだったんですね。それは知りませんでした。
「説明がだりぃからはしょるけど、悪魔ってのは簡単に言うと『人間の悪意の塊』だ」
「余計分かりにくいですわ」
「そうかそうか、怠惰なオレっちがそう言われたら形無しだな。そうだなぁ、もっと簡単に言うと──『悪意のアンデッド化』みてーなもんかな」
悪意のアンデッド化……実に私好みの回答ではありませんか。
「悪魔は、人の悪意だけが抜け出して思念化した精神アンデッドみたいなもんだ。そんな恐ろしいものに、普通の人間の魂は耐えられねぇ。暴れるだけ暴れて魂ごと消滅しちまうのがオチさ。だが中には例外もある。悪意がアンデッド化したもの──悪魔をも上回る精神力の持ち主、すなわち【大罪】ギフトの持ち主だ」
「でもあなたも大罪ギフト持ちですよね?」
「さっすが聖女様、よくご存知じゃねーか。この大罪ギフトがあれば、悪魔に支配されずに効率的に悪魔のエネルギーだけを使うことができる。まぁ簡単に言えば超越人間になれるってわけさ」
ほほぉ……。悪魔をエネルギーとして使うことができるのですね。これは初めて知りました。
ですが、そのためには悪魔に耐えられるだけの精神──『大罪』のギフトが必要である、と。案外条件は厳しいのですね。
それに、そもそも悪魔を効率よく捕まえることなどできるものなのでしょうか。
「そこはほれ、オレっちの持つもう一つのギフト──【賢者】の活躍さ。賢者のギフトは人の智を超えた英知を得ることができるものだ。その知識を使って──オレっちは『秘術』を手に入れた。それが──【魔王術】だ」
魔王術。聞いたことがありませんね。
「こいつは人間には制御不能だった悪魔を完全に操作することで、悪魔の力を手に入れることができる秘術だ。この力を使ってオレっちとダイヤールは人外の能力を手に入れたわけさ。もっとも……オレっちはあんまり魔王術は使わなかったけどな」
「なんでですか?」
「オレッちはもともとものぐさだったから、別に楽さえできればあとはどうでもよかったのさ。権力とかにも興味なかったし……しかも秘術はリスクが高いんだよ」
実際、クリストルも死ぬ寸前でしたしね。
「いや、これはただの飲み過ぎと不摂生だ」
ずるっ。
聞き入っていたラスターとウルフェがズッコケます。
このコンビ、意外と似たもの同士ですよね。
「おかげでオレっちの内臓はボロボロになってさー、死にそうになったってわけよ。がーっはっはっ!」
「だからあたちがここで封印したりゅ!」
幼女化したアミティが、クリストルの足にぴったりとくっつきます。
いや、そこはアピールポイントではないと思いますけどね。
「アミティはな、子龍の時にオレッちが拾って育ててやったんだよ。んまぁ親代りみたいなもんかな?」
「だからあたちはクリスの予言を信じて、死にそうになってたクリスを琥珀化したうえで、いつか治療できる日が来るまで守ってたりゅ!」
「予言? オレっち、なんか言ったっけ?」
「言ってたりゅ! 『いつか全てを知る人が現れるから、その時まで寝させてくれ』って!」
「あー、それおめぇがウザかったから、適当に言って眠りたかっただけだよ」
「えっ?」
「えっ?」
なにやら二人の間に色々と齟齬があるみたいですが……まぁ突っ込むのは控えておきましょう。
「じゃ、じゃああたちはこの350年もいったいなにを守って……」
「まぁいいではないですか。こうして病も治ったわけですしね」
私は真実を知って凹んでいるアミティを慰めてあげます。
おかげで私は魔力もアップして優秀な素体も二体もゲットできてもうウハウハなわけですよ。いくらでも慰めてあげますからねー。
「今賢者様からお伺いした話を総合すると……もしかしてダレス大帝は、賢者様の秘術──『魔王術』とやらを使って、悪魔の力を利用しているのでしょうか」
「ラスター、なかなか良いことに気づいたな。たしかにそうかも知れん。【強化騎士】はその全員が悪魔憑きだったからな。おおかたダレスが悪魔を無理やり植え付けたのだろう」
ラスター君とウルフェが横でなにやら熱く語り合っていますが、真実はおそらくそうなのでしょうね。
そもそもダレスは初代皇帝ダイヤールの子孫なわけですから、【魔王術】を知っててもおかしくはないでしょうし。
ですが──今となってはダレスのこともだいぶどうでも良くなってきました。だって賢者クリストルに真龍アミティという二つの超絶素体と出会うことが出来たんですもの。
そもそも私が帝国に来ることになった理由でもある、彼らが使役しているいにしえの聖女のことも、個人的にはほぼ決着がついてますから。
なにせ帝国が使役しているのは、たぶん──別人ですからね。
ちなみにこのことは、先日滅ぼされた北方蛮族の国の廃墟を確認したときに、ほぼ偽物だと確信していました。
まぁあのひとは誰かに操られるような人ではありませんから、どうせ偽物だろうと思ってましたけどね。
と言うことで、私が帝国にいる理由も用もほとんど無くなってしまいました。
ダレスへの嫌がらせも、これだけ頑張ったんですから、きっとアナスタシアも私のことを褒めてくれるでしょうし、あわよくば一緒にお風呂に入ったりして……むふふっ。
……などど、私が一人で妄想を膨らませていた──そのときです。
──────ぐぅぅぅ怨んんんんっ!!
突如背後から──猛烈な、禍々しい気配が吹き付けてきました。
「っ!?」
懐かしいこの感覚は──死霊そのものの発するものではありませんか。
しかもこの死霊力は──間違いなく相当な上位のもの。Sランク……いいえ、SSランクに匹敵するのではないでしょうか。
驚いて振り向くと、そこには──どす黒い魔力を放ちまくる黒づくめの聖導女と、彼女を連れた一人の老人の姿がありました。
しかも彼らの背後には、ゾンビやスケルトン、ゴーストなどの懐かしいアンデッドの皆様の姿まで見えるではありませんか。
「ぐははははっ! ついに見つけたぞ! 【癒しの聖女】!」
うわー、なんだかめんどくさそうなのが出てきましたね。
アンデッドは良いのですが、煩いジイさんは【奈落】の師匠くらいでお腹いっぱいです。
「な、何者だっ!?」
「わしか? よくぞ聞いた!」
私に代わってコミュ力旺盛なウルフェが問いかけると、老人が目をクワッと見開きながら名乗りを上げます。
「わしこそは【終わりの主】クロップス! いにしえの大聖女をも操りし、歴史上最高の死霊術師なりぃ! 【癒しの聖女】よ、ここで死んで──わしのアンデッドコレクションに加わるがいい!」




