66.ラスターと癒しの聖女の邂逅
ここは、西方にある港湾都市エーレーン。
かつてこの街を牛耳っていた大商人ビトレッツァ家に代わって新たな領主となったバロシュ・グエン・ホワンは、帝国の【強化騎士】だ。
【魔皇大帝】ダレスの最側近である四人の将軍──『四魔天将』のひとり、【魔獣操王】ウィーガルからこの地を預かって統治をしていた。
そのバロシュは、一言で言うと『俗な』領主であった。
街中から美女を集め、周りにはべらす。金をばら撒き、金を巻き上げる。日々酒池肉林に溺れ、俗物らしく権力を欲しいままにしていた。
そして今日もバロシュは美女たちを大量に集めると、半ば裸のような格好をさせては躍らせ、その様子を鑑賞しながら美酒と美食に酔いしれていた。
ただ──人間の欲望が詰まったかのような宴席の中で、一つだけいびつな光景があった。
バロシュの目の前に、血まみれの少年が倒れ伏していたのだ。
少年の名はラスター・ヴァン・ヴァレンタイン。近隣の小さな農村を治めていた領主の息子であるが、バロシュが暇つぶしに壊滅させ、少年の家族を虐殺していた。
たまたま村にいなかったラスター少年は、虐殺の事実を知り、敵討ちにエーレーンまでやってきていたのだが、バロシュによって逆に返り討ちにあい、身動きが取れないほどに痛めつけられていたのだった。
「うぐぅうぅ……」
「ふん、雑魚が選ばれし騎士── 【強化騎士】であるこの俺に刃向かおうなど100年早いわ。おい、さっさと追加の美女を連れてこんか! 殺す前にこいつの目の前で見せつけてくれるわ!」
「ははっ! バロシュ様、お待たせしました! 今宵の新たな夜伽候補を連れてまいりました」
「ほう……俺の目に適うかな? さっさと連れてこい」
血まみれのラスターを横目に部下に連れられて現れたのは、長い金髪に顔を薄く透けるヴェールで隠した美女であった。
美女を集めたこの宴席においても飛び抜けた美貌である。
そのあまりの美しさに、バロシュの鼻息は一気に荒くなる。
「おぉ、なんと美しい! 女よ、近うよれ!」
「……はい」
金髪の美女は恥ずかしいのか、はたまた焦らすためか、腕や足が長袖で隠れて目立たない服装をしていた。それがまた、裸同然の美女たちに見慣れてしまったバロシュの琴線に触れる。
「ぐふふ、悪いようにはせんぞ! さぁ、その柔肌をこの俺に……」
「きしょい、でございます」
「は? おぬし、いまなんと………」
「腐れた男の血など吸う価値もありません。黒魔法──《影縛り》」
「んなっ!?」
次の瞬間、バロシュの全身が黒い紐のようなもので包まれた。
全く身動きが取れず、慌てるものの黒い紐はびくともしない。
「なっ?! お、お前は何をっ?!」
「あー、気持ち悪かったでございます。いくら女装を強制されてても、さすがに襲われそうになるのは勘弁願いたいでございますね」
金髪の美女は立ち上がると、入り口の方に視線を向ける。
すでにこの場にいたものは、全員が倒れ伏していた。どうやら眠っているようだ。
ここでようやくバロシュは、敵の侵入を許したことに気づく。
「き、きさまはなにものだっ!?」
「ボクでございますか? ただの通りすがりのメイドでございますよ」
「なっ!?」
金髪の美女がバサッと服を脱ぐと、その下から現れたのは──なんと黒いメイド服である。
バロシュが驚きを隠せずにいると、さらに奥から見知らぬ二人の人物が入ってきた。
一人は燃えるような赤髪に長身の獣人の男性。そしてもう一人は──白銀色の長髪を靡かせる、白衣の美少女。
その美少女を、メイド服姿の女性と狼の獣人が膝をついて出迎える。
バロシュは噂を聞いたことがあった。
赤い髪の獣人と黒服のメイドを連れた、一人の少女の噂を。
ということは、まさかこの少女は──。
「赤毛の獣人にメイド服姿の女を連れた聖導女……ま、まさかお前たちは──【癒しの聖女】とその一行かっ!?」
「私は聖女などではありませんわ」
「ということは、赤毛の獣人が【紅蓮の聖剣】で、メイド女のほうが【聖列の侍女】かっ!?」
「あのー、私の話聞いてますか? 私は聖女ではありませんってば」
「ぐぬぬぬぅぅ、よもやこの地に【強化騎士】狩りをしている貴様らがやってくるとはな、だがここで会ったが100年目、このバロシュが貴様を成敗して……」
「だーかーら、人の話を聞けっちゅうの!」
「ぎゃーーっ!!」
【癒しの聖女】と呼ばれた少女のデコピンが炸裂し、バロシュの体から真っ黒な煙のようなものが飛び出す。
続けて少女が祈りのような姿を取ると、その黒い煙は──ゆっくりと消滅していった。
力を失ったかのように、その場に倒れ伏すバロシュ。
その光景を、ラスターは呆然と眺めていた。
自分が手も足も出なかったバロシュを、あっさりと倒したこの少女たちは、いったい──何者なのか。
◆◇
「ふう、これで一件落着ですね」
私のデコピンがさく裂し、『七人の聖導女』の踊りもあって、悪魔に乗っ取られていた【強化騎士】の体から悪魔が消滅しました。
相変わらず手応えのない割には、得られる魔力増加量が多いですね。悪魔は実にコストパフォーマンスの良い獲物です。
「お嬢様、お見事です」
「ありがとう、ウルフェ」
私はウルフェから渡されたタオルを受け取り、顔を拭きます。あぁ、今回もいい仕事をしました。
「それにしてもネビュラちゃんの娼婦姿もなかなかでしたね。いっそのことそっちに職種変更してみますか?」
「お願いですから勘弁してください。ボクはお嬢様のメイドで結構でございます」
さて、なぜ私たちが港町エーレーンにいるのかというと……もちろん遊びに来たわけでもネビュラちゃんをイヂるためでもありません。
私たちは帝国内を3か月ほどふらふらしていました。
もちろん、適当に旅をしていたわけではなく、目的のメインはいにしえの大聖女探しです。
残念ながらこちらはほとんど進展はありませんでした。大聖女に滅ぼされたという北の蛮族の国も見に行きましたが、ある程度の情報は得られたものの、確証までは得られずじまいです。
その代わり……ではありませんが、行った先々にいた悪魔どもを、行きがけの駄賃とばかりに狩りまくりました。
いやー、奴らはどこにでも湧いてくるゴキブリのようなものですね。
おかげで私が帝国内で狩った悪魔は、さきほどのやつを入れて……実に12体となります。
悪魔を狩るにあたり、私が帝国の軍隊の邪魔をしたことがおおよそ10回。月平均3~4回の頻度です。
そのほとんどが悪魔に汚染された人間──すなわち【強化騎士】がリーダーとなっていました。これはどういうことなのでしょうか。
「もしかすると帝国‥‥‥いえ神聖ガーランディア帝国は、悪魔を利用する術を開発したのかもしれませんね」
「ええ、そうなのかもしれませんね」
高濃度エサ自動製造装置……ちょっと欲しいかもしれません。
「なんという恐ろしい所業をなすのだ。新皇帝め、許せん‥‥‥」
「アナスタシア様が悪魔に侵食されかけたのも、もしかするとダレスの仕業なのかもしれないでございますね」
ああなるほど、その通りかもしれませんね。
おかげで悪魔を食いまくった私は、魔力がまた1万近く増えたのでかなりご満悦なのですが……。
そして今日もご覧のとおり、帝国の【強化騎士】を悪魔から解放しました。
ついでとばかりに目の前で血まみれで倒れていた少年も治療します。ところで彼は誰なのでしょうか?
「あ、ありがとうございます‥‥‥聖女様、ですか?」
「いいえ、私は聖女ではありませんわ」
「ですがさっきバロシュが……」
「お嬢様は慎み深いのですよ」
いや、本当にその呼び名が嫌なだけなんですけどね。
それにしてもこの少年、なんでこんなところにいるのでしょうか。
とりあえず鑑定してみたところ──おやおや、この少年、実に個性的な力を持っているではありませんか。
── ラスター・ヴァン・ヴァレンタイン ──
15歳、男
ギフト:『英雄の光(未発現)』
称号:『勇者と並び立つもの(覚醒前)』、『時代を切り開くもの(未発現)』
素体ランク:B(発展途上)
適合アンデッド:高ランク未解放のため低ランクは未表示
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このギフトは……間違いありません。弟のアレクが持っている勇者関連のギフトと同類のものです。
まだ覚醒前なのに判明したのは、おそらく──アレクで一度発現するところを目撃しているからでしょう。
以降、勇者関連のギフトを得られる可能性があるものについては、鑑定眼で分かるようになったのだと推測されます。
私が観察している間にも、ウルフェが彼と勝手に話を進めていました。このイケメン、妙にコミュ力が高いんですよねぇ。
「そうか、君は故郷の村の敵討ちに……」
「はい……ですが返り討ちにあってしまって……うぅっ」
「そうか、無念であったな。このウルフェ、君の辛い気持ちはよく分かるぞ。なにせ俺も……愛する家族や一族を帝国によって失ったのだからな」
「あ、あなたも……辛い目に……」
「だが泣くな少年。すでに諸悪の根源である悪魔はお嬢様が浄化された。ここにいる騎士も、単に操られていたに過ぎん。ゆえに……もう彼らを恨むでない」
「うぅぅ……」
なにやらウルフェと熱く語り合っているラスターですが、惜しいことに彼のギフトはまだ未発現です。
今後彼に良い素体になってもらうためには、どうにかしてギフトに覚醒してもらう必要がありますね。
えーっと、アレクの時はどうやって覚醒したのでしたっけ…‥?
あ、思い出しました。たしか追い込めばよいのでしたね。
よーし、ここは一つ頑張ってみますか。
「くそぅ、俺に力があれば……みんなを守れたのに……」
「そんなのはいいわけですわ。あなたは本当に努力をしてまして?」
「えっ!?」
追い込むといえば、やはり言葉攻めですね。
あの子も色々言われて覚醒しましたからね。
「努力もしてないのに、勝てるわけがありません。そんなのは犬死にです」
「ぐっ!?」
「帝国の騎士団の人間でさえ、曼荼羅陣の臓腑刻印をしていました。あれは地獄の痛みと苦しみを伴うものです。あなたにそこまでの覚悟はおあり?」
「う、うぅ……」
実際私も前世ですべての内臓に曼荼羅陣を入れていましたが、あれはキツいんですよねぇ。
刻印するときも地獄の苦しみなのですが、なにより発動するごとに物凄く痛むんですよ。それこそ血を吐くほどに。
「俺は……俺は……」
「無理をしろ、とは言いません。ですが努力もせずに己を嘆くのもいかがなものかと思いますよ」
私がいろいろと冷たく言い放つと、ラスターは静かに黙り込んでしまいました。
おや、これだと単に落ち込ませてしまっただけではありませんか。
「お嬢様はあえて厳しい言葉遣いをしているが、お前のことを心配しているのだ。出来ないことを背伸びする必要などない、とな」
「ぐぅぅ……」
いや、才能はあるので出来るとは思うんですけどね。
まぁ今回ダメでもそのうち覚醒してくれるかもしれません。今後の彼に期待しましょう。
「う、うぅ……こ、ここは?」
そのときになって、悪魔を追い払って正気を取り戻した元黒騎士がようやく目を覚ましました。
「き、きさまっ! バロシュ!」
「待て、少年。彼は悪魔に操られていただけだ。悪事を働いてる時の記憶は無いぞ?」
「お、俺は……こんなところで何を……」
「バロシュ、お前は悪魔に操られて悪事を働いていたのだ。それを、ここにおわすお嬢様がお救いなさった」
「なっ……お、俺はなんてことを……」
「お嬢様は慈愛の方だ。お前の罪も許してくれるだろう」
「お、おおぉ……」
いつものようにウルフェが勝手に状況を説明してくれますが、変なことを言うのがたまにキズなのですよねぇ。
彼に任せていると面倒なことになるので、私は単刀直入にバロシュに聞きたいことを聞くことにします。
「ところであなた、私はいにしえの大聖女を探しています。あなたはなにかご存じありませんか?」
「い、いにしえの大聖女についてですか? 申し訳ありません聖女様、俺は存じ上げておりませんが……別の伝説的な存在なら知っております」
「別の伝説的な存在?」
「はい、それは──『石の賢者』についてです」
石の賢者?
なんでしょうかそれは、初めて聞きましたね。
「帝国の西部にある大渓谷に、水晶のような石の中にいにしえの賢者が閉じ込められた、聖なる土地があるのです」
石の中にいにしえの賢者の素体ですって!?
なんて素晴らしい情報なのでしょうか。石の中にあるということは間違いなく死体……というか化石なのかもしれませんが、ぜひ一度みてみたいですね。あわよくばアンデッドの素体として回収したいです。
「ただ、そこには恐ろしい魔獣がいると聞いたことがあります」
「魔獣、ですか?」
「ええ、それは……龍です。アンバードラゴンという種類の真龍が、その聖域に生息しているそうです」
思いがけないバロシュの言葉に、私はウルフェと顔を見合わせたのでした。




