63.クーデター
クーデター……政権転覆ですか。
ですが、なぜわざわざ皇太子がクーデターを? 放っておいても皇帝になれるのに?
そんなリスキーなことをわざわざするのはなぜなのでしょうか?
「皇太子ダレスは、なぜクーデターなど起こしたのでしょうか?」
「詳細は不明です。ですが元々ダレスは強大な権力を持っていました。実質的に軍を掌握していましたので、クーデターなど起こされたらひとたまりもなかったことでしょう」
あいかわらず他国の詳細な情報を持っているネビュラちゃん。いったいどこから集めているのでしょうか?
私自身あまり情報に興味がないので、ネビュラちゃんのような人材はとても貴重ですね。
「とはいえ、所詮は他国の話。私には関係が無さそうですね」
「それが……そうはいかないのですよ、お嬢様。ひとつ懸念事項があります」
「懸念事項、ですか?」
「はい。おそらくアナスタシア様は……学園を去ることになるでしょう」
「えっ?」
思いもかけないネビュラちゃんの言葉に、私は思わず固まってしまいました。
◇
実際、ネビュラちゃんの言う通り、アナスタシアは翌日から学園に来なくなってしまいました。なんでも新皇帝のダレスが皇族を皆殺しにした結果、皇族最後の一人となってしまったアナスタシアの命を守るための措置なのだとか。
そして──さほど日を置くことなく、彼女を保護するために王都に移送されてしまうことが決まってしまいました。
そう、私とアナスタシアは離れ離れにならざるを得なくなってしまったのです。
「あぁ、アナ……」
アナスタシアの王都行きを聞いた日、私は大変悲しい思いをしながら、学園の墓地で以前のように一人で食事を取っていました。
一応ネビュラちゃんとウルフェが付き合ってくれていますが、私は女の子とキャッハウフフしながら食事をしたいのであって、イケメンどもに用はありません。気分は全く晴れないどころか、むしろイケメンがいることで余計腹立たしくさえあります。
「あぁ、虚しいですわ……」
「仕方ありませんよ、お嬢様。アナスタシア様の身柄は非常に危険な状態にあります。なにせ新たに即位した新皇帝は、皇族を全て皆殺しにするような人物ですからね。いつアナスタシア様にも魔の手が及ぶとも限りませんし、ここにいるよりも王都に行った方が安心できるでしょう」
「アナに魔の手……そんなの私が許しませんわ」
「ええそうでしょう。ですが今アナスタシア様の身柄は国家の問題になっています。いくらお嬢様とはいえ、なかなか手が出しにくい状況にあるのではないでしょうか」
ウルフェの慰めはまったく慰めになっていません。
まったく、これだからイケメンは使えないというのです。
……とはいえ、身近なイケメンに当たり散らしても仕方ありません。悪いのはダレスとかいう愚か者なのですから。
「うぅぅ……ダレスめ、許すまじ」
「それは俺も同感です、お嬢様。なにせダレスは──俺の故郷を滅ぼした張本人なのですから」
そういえばウルフェの故郷は全滅していたのでしたね。
いつか彼の同胞をアンデッドとして回収してあげないといけませんね。
「私がきっと、あなたの同胞の魂を救ってみせますわ」
「敵討ちをしてくださるというのですか……ありがとうございます、お嬢様。ですが無理はなさらないでください。相手はただの個人ではなく、いまでは皇帝です。あやつを相手するということは、帝国を敵に回すことになりますからね」
帝国といえば、実は私は帝国に行くゲートを見つけています。
半年ほど前に学園内で発見したゲートをウルフェに調べさせたところ、どうやら帝国の地方の山の中につながっていることがわかりました。
だから、いざとなればあそこから帝国に討ち入って──。
「ユリィシア様、ここにいらっしゃいましたね」
「おや、これはこれはシャーロット様」
「ひっ!? ネビュラ殿っ!?」
やってきたのはアナスタシアが可愛がっている二回生のシャーロットです。どうやら私を探していたようですね。何か用があるのでしょうか。
「シャーロット、どうなさいました?」
「アナスタシア様がユリィシア様をお呼びです。学園を去る前にどうしてもお話がしたいと……」
「行きますわ」
もちろん即答です。
私はネビュラちゃんを押しのけると、シャーロットを引き連れてアナスタシアの元へ向かいました。
部屋に行くと、すでに旅立つ準備を整えたアナスタシアが、目に涙を浮かべながら私に抱きついてきました。
「ユリィ。わたくし……あなたと離れてしまうのはすごく寂しくて悔しいですわ」
「アナ……私もですわ」
くんくん、やはりアナスタシアは良い匂いです。
この役得がもう味わえないかと思うと、すごく寂しくて悔しいのですよ。
「ねぇユリィ、あなただけに弱音を吐いていいかしら?」
「ええ、もちろんですわ」
「わたくし……本当に信じられないの。家族が、みんな死んでしまったなんて」
ポロリ、アナスタシアの瞳から涙がこぼれ落ちます。
乙女の涙は本当に尊いです。そのまま舐めてしまいたい。
「末の妹のリーゼロッテはまだ6歳でしたのよ。本当に可愛かったのに……まさかみんな殺されてしまったなんて……ううぅ」
「かわいそうなアナ……」
そんなに悲しいのでしたら、ぜひとも皇族の素体を回収して私の眷属の一員に加えてあげないといけませんね。そうすればいつかまた会うことができますし、アナスタシアも寂しくはありませんよね。
「大丈夫、私がきっとどうにかしますわ」
「お気持ちだけで嬉しいでわ。ありがとう、ユリィ……あなたと親友になれてよかったわ」
私もあなたと親友になれてよかったです。
あぁ、14歳の女の子のなんとふかふかして柔らかくていい匂いのすることか。願わくばこのままずっと抱きしめていたい……。
ですがアナスタシアは涙を拭うと、さっと私から離れてしまいます。あぁ、私の好きな匂いが離れていく……。
「現状、皇位継承権を持つのはわたくししかいません。ですので兄──いいえ、兄と呼ぶのもおぞましい、あの男ダレスは、きっとわたくしの命を狙ってくるでしょう」
「まぁ、そんなこと許せませんわ」
「ありがとうユリィ。でもね、わたくしもやすやすと命を奪われるわけにはいきませんので、一旦王都に向かうことにしましたわ。国王陛下やジュリアス王子がわたくしのことをお守りしてくださるそうですの」
「あぁ……アナと離れてしまうのはとても寂しいですわ」
「ええ、わたくしも同じ気持ちよ。あなたと離れてしまうことが、どんなに辛いことか……。ですけど、生きていればきっとまた会えますわ。それまで……元気で頑張ってくださいね」
「アナ……」
「ユリィ!」
私はまたアナスタシアにぎゅっと抱きしめられました。
野獣は一度人間の肉の味を知るとまた人を襲うようになるといいます。いまなら私もその気持ちがよく分かります。
だって、この温もりを一度知ってしまったら、離れてしまうなんてとても耐えられそうにありませんもの。
◇
アナスタシアが去ってしまって1週間ほど経ちました。
私の生活は、まるで彩りを失った絵画のように虚しいものに変わってしまいました。
あぁ、なんとアナスタシアと過ごした日々の素晴らしかったことか。
輝きの失せた日々は、過ごしていてもなにも楽しくありません。ピナやナディアが相手してくれることもありますが、やはり親友を失ってポッカリと空いてしまった胸の奥の空白を埋めるほどのことはありませんでした。
あぁ、私はどうすれば良いのでしょうか?
……そうだ、いいことを思いつきましたわ。
「いっそのこと私もアナスタシアと一緒に王都に行ってしまおうかしら」
「お嬢様、それではナイトストーカーと一緒でございますよ」
いきなり部屋に入ってきたネビュラちゃんが、私の独り言に容赦なく突っ込んできます。
しかもナイトストーカーという、相手の背後をずっと追うアンデッドを例えに出すなんて……さすがはネビュラちゃんですね。どうやらお仕置きが必要なようです。
「あ痛たたたっ、やめっ、やめてくださいっ! おじょーさまー!」
「ふん、それで何の用ですの?」
「はぁ……はぁ……少し攻めすぎましたか……。あーオホン、実は早急にお嬢様のお耳に入れたき情報がございます」
「あら、何かしら?」
「どうやら神聖ガーランディア帝国は、とんでもないものを兵器として手に入れたようなのです」
とんでもない兵器?
たしかにランスロットも曼荼羅陣の臓腑刻印をしていましたし、アナスタシアは悪魔に汚染されかけました。帝国は何やら死霊術師並みにえげつない手法を平気で使ってくるようですが……。
「それがですね………彼らが手に入れたのは、いわゆる生物兵器みたいなものです。いいえ、あれは生物とは呼べないかもしれませんが……」
まるで謎かけのような説明に、私は思わず首を捻ります。
「生物とは呼べない兵器? 回りくどいですね、早く答えを教えてくださいな」
「はい、ではお答えしますが──驚かないでくださいね?」
そしてネビュラちゃんの口から飛び出したのは──本当にとんでもなく衝撃的な内容でした。
「なんと、神聖ガーランディア帝国は──SSSランクアンデッドにして『終わりの四人』の一体、【その名を呼んではいけないもの】を手駒にしているようなのです」
── 【その名を呼んではいけないもの】を手駒に、ですって?
そ、それは……。
まさか──。
「はい、そうです。
神聖帝国はなんらかの手段によって、【その名を呼んではいけないもの】 ──すなわち【いにしえの大聖女】のアンデッドをコントロールし、帝国軍の一団として操っているとの恐ろしい情報が入ってきています」
──ガシャーン。
私の手からカップが落ち、割れる音が響きます。
ですが、私の耳にその音は聞こえてきませんでした。
そんな──。
あの人が……。
なにものにも決して縛られない、あの人が──。
そんな、バカな。
◇◆
ガーランディア帝国の皇太子、ダレス・ウォーレンハイト・スカイガルデン・ヴァン・ガーランディアのクーデターによる皇帝殺害、神聖ガーランディア帝国の樹立の宣言およびその初代皇帝への戴冠。
驚愕のニュースは激震となって、あっという間に世界中を駆け巡り、各地はその対応に追われることになる。
必死に情報を集めようとするもの。
なんとか新しい帝国と繋がろうとするもの。
攻め入られないように守りを固めるもの。
この機に帝国に攻め入ろうとするもの。
そんな中、聖アントミラージ学園においても密かにひとつの事件が発生していた。
──ユリィシア・アルベルトとその側近が、聖アントミラージ学園から姿を消したのである。
学園の関係者は方々を探したが、学園内から出た気配すら見つけることはできなかった。
ただ、室内が綺麗に整頓されていたので覚悟の失踪だったことが伺えるだけである。
ユリィシア・アルベルトがどこに消えたのか。
人々がその行方を知ることになるのは──それから数ヶ月の後のことである。




