61.親友
わたくしは──深い闇の中にいました。
まるでどんよりとした空間の中……心を過ぎるのは『後悔』。
あぁ、わたくしはなんと愚かだったのでしょう。
わたくしはなんと惨めだったのでしょう。
浅はかな嫉妬などに狂い、悪魔に付け入る隙を見せて、挙げ句の果てに魂まで喰われてしまった。
しかも、大切な人まで巻き込んでしまって──。
──ユリィ。
ユリィシア・アルベルト。
わたくしは己の愚かな感情のせいで、大切な存在を傷つけてしまった。
──罪。
そう、これは罪なのだ。
自分は、かけがえのない友達を陥れた罪によって、永遠に魂を悪魔に奪われてしまうのだ。
いまさら後悔したって、もう遅い……。
わたくしは、取り返しのつかないことをしてしまったのですから。
だけど、もし時が戻るのならば──。
わたくしはユリィに……。
謝りたかっ──。
「……──アナッ!」
「っ!?」
わたくしを呼ぶ声によって、深い闇の中に沈んでいたわたくしの意識は一気に光の世界へ呼び戻されました。
目を覚ますと目の前には──まるで天使のような慈愛の笑みを浮かべている美しい少女の姿が。
ここは──天国?
いいえ、違いますわ。わたくしが彼女を見間違うはずはありません。
そう、彼女は──。
「ユリィ……」
「あぁ、良かった。目を覚ましたのですね」
夢……ではありませんよね?
でも悪魔に喰われてしまったら、夢など見るはずがありません。なにせ魂ごと消滅してしまうはずですから……。
数々の伝承によってわたくしは知っています。一度悪魔に魅入られて、乗っ取られてしまったものは、二度と人間には戻れない、と。
でも、夢でないとしたならば、目の前に広がるこの光景は、一体なんだというのでしょうか?
「皇女様!」
「ア、アナスタシア様っ!」
わたくしの疑問を打ち消すように、聞きなれた二人の声が耳に飛び込んできます。視界の端に飛び込んできたのは、ランスロットとシャーロットの兄妹です。その後ろにはウルフェとネビュラというユリィの従者たちの姿もあります。
確か……彼らには足止めをお願いしていたのですが……一体どうなっているのでしょうか?
「申し訳ないでござる、皇女様をお守りするどころか危険な目に遭わせてしまうとは……拙者、腹を切って詫びるでござる!」
「兄さん、そんなことをしても〝あのお方″にまた癒されてしまうだけですよ」
あのお方?
あのお方とはいったい──?
ですが、わたくしの疑問はすぐに解けました。
なにせランスロットとシャーロットの兄妹が見つめていたのは──他でもない、ユリィだったのですから。
「皇女様、拙者たちはユリィシア様に助けられたでござる」
「はい。ユリィシア様は戦いに敗れた私たちだけでなく、悪魔に魅入られたアナスタシア様をも魂ごと救ってくださったのですよ」
魂ごと──救った?
そんな非現実的なことが……本当に起こりうるのでしょうか?
「そんなこと……聞いたことがありませんわ。悪魔に魅入られたものは、決して逃げられないと……」
「それが、ユリィシア様は成し遂げられたでござるよ! 彼女こそ──真の【聖女】でござる!」
「私は聖女などではありませんよ」
ランスロットの言葉を、笑顔で否定するユリィ。
ですが、否定したのは聖女に関する部分のみ。
ということは、本当に──?
「しかもユリィシア様は、兄さんの臓腑刻印された曼陀羅陣まで治癒してしまったようにございますよ」
「えっ? 曼陀羅陣を?」
「ははっ、そうでございます。曼陀羅陣を失って拙者は確かに力を無くしましたが、あのような邪術はもうこりごりでござるよ。いくら力を手に入れても──届かない頂があることを知ったでござるからな」
苦笑いを浮かべながら、後ろにいるウルフェをチラリと見るランスロット。その様子から、どうやらランスロットはウルフェに敗れたのだと察します。
ですが、今のランスロットには傷一つ見ることができません。それどころか、帝国で刻まれた曼荼羅陣すらも治療したのだと言います。
曼荼羅陣の臓腑刻印は禁術とまでいわれる秘法で、内臓に曼荼羅陣を刻むという、施術できる人ですら限られる特別なものです。それを治療するとは……いったいどういうことなのでしょうか。
まさかユリィがとてつもない治癒の力を──?
わかりません、わからないことだらけです。
ただ、一つだけ確かなことはあります。
わたくしたちは、ユリィによって助けられた、という事実です。
「どうやらわたくしたちは……完全に敗れたみたいですね」
敗れた、という表現が正しいのかどうかもわかりません。
悪魔に魂を食われなかっただけマシではあるものの、己のしでかしたことは──紛れもない事実。
幸いなことにわたくしのつまらない企みは全て失敗し、このように惨めな身を晒しています。
ですが──不思議と気持ちはスッキリと晴れ渡っています。ずっとわたくしの心を占めていた妙な感覚が、綺麗さっぱり消えてしまっていたのです。
ユリィに、完全に負けたというのに。
……いえ、本当は負けたことなどどうでも良いのです。
ただ、どうしようもない事実だけが残っています。
わたくしは──ユリィを陥れようとした。これは紛れもない事実なのです。
わたくしは──ユリィを裏切りました。
この罪は、決して消えることはありません。
許してもらおうとは思いません。
ですが、せめて──ユリィには素直な気持ちで謝って……。
「ユリィ……わたくしは……わたくしは──」
「もう──いいのですよ、アナ」
ですが、ユリィは全てを受け入れる聖母神のような笑みを浮かべたまま、わたくしの頭を優しく撫でました。
ようやく今気付いたのですが──わたくしはユリィに膝枕をしてもらっていたのです。
「でも、でもわたくしは──あなたを陥れようとして……」
「そんなこと関係ありませんわ。だって私たち──『お友達』でしょ?」
友達──。
こんなわたくしを、ユリィはまだそう呼んでくれるというのでしょうか。
愚かで、嫉妬に狂って、大切な人を陥れようとした挙句、悪魔に取り込まれそうになったこのわたくしを──それでも友達だ、と?
「ユリィ……ユリィ……わた、わた、わたくしは……愚かで……ぅぅうぐぅ……」
「気にしていませんわ。だって友達ですもの」
「あな……たを……陥れよう……として……ぐぅぅ」
「問題ありませんわ。友達が困っているときに助けるのは当たり前でしょう?」
「でも……でも……」
「そんなときもありますわ。でも──友達ですもの。友達が困っていたら、私はいつでも手助けしますわ」
「うぅ……」
あぁ……ユリィシア。
わたくしは──そんなあなたが──。
「うわぁぁぁぉああぁぉぁぁぁぁあ──ぁぁぁん!!」
気がつくとわたくしは、ユリィにしがみついて泣いていました。
とめどなく溢れる涙。
ですが、不思議と寂しくも悲しくもありませんでした。
「ごめんなざぁぁぁぁあぃぃぃぃ、ユリィぃぃぃぃいぃぃ! うわぁぁぁぁあぁぁぁーーぁぁん!」
子供のように泣き喚くわたくしを、ユリィは優しく抱きしめてくれました。
先ほどはユリィを泣かせてしまったというのに……不思議なものですね。
……わたくしは、ユリィに完膚なきまでに敗れました。
もしかすると、たくさんのものを失ってしまったかもしれません。
ですがわたくしは──かけがえのない、大切なものを手に入れることができました。
それは──。
「わたくし──わたくし……あなたの友達で良かったわ、ユリィ」
「もちろん私もですよ、アナ」
とても大切な、友達。
ユリィシア・アルベルト。
わたくしは、ついに……本当に欲しかったものを手に入れることができたのです。
「ねぇユリィ、お願いがあるんだけど……」
「ええ、なんでしょうか?」
「わたくしの──親友になってもらえないかしら?」
その言葉に、ユリィの瞳が──まるで宝石のようにキラリと輝きました。
わたくしがこれまで見てきた数々の宝石よりも美しい、かけがえのない──。
「それは──素敵な考えですね! もちろんですわ、アナ!」
こうしてわたくし── アナスタシア・クラウディス・エレーナガルデン・ヴァン・ガーランディアは、聖アントミラージ学園に来て、他の何ものにも代えがたい……大切な宝物を手に入れたのでした。
「……(女の子とお友達……しかも初めての親友……ぐふふ)」
あれ、いまユリィの口から何か聞こえたような……。
「ユリィ、なにか言いましたか?」
「えっ? いいえ、なにも言ってませんよ?」
「そう、なら良いのですけど……」
変ですね、気のせいだったのでしょうか。
「……(ふぅ、危なかったです……)」
あれ、やっぱり何か聞こえたような……。
── 学園編 完 ──
〜〜〜おまけ〜〜〜
アナスタシア「そういえば……悪魔に乗っ取られそうになったとき、ユリィが黒くなってたように見えたんですが……?」
ユリィシア「(ぎくっ!?)そ、それは気のせいではありませんかね?」
アナスタシア「気のせい、かぁ……ま、いっか。あ、そういえばユリィは打ち上げでわたくしになにを見せてくれる予定でしたの?」
ユリィシア「あぁ! 実はそれはですね──」
ネビュラ「あーっ! おじょうさまーーー! ちょっと用事があるんですけどーーー!(アナスタシアに悪魔を取り込んだセブンワンダラーなんて見せたらいけません! 刺激が強すぎるからーーっ!)」
◇おまけ2◇
ネビュラ「(アナスタシアもお嬢様に完落ちした挙句、超デレ化……やはりお嬢様は只者ではないですね……)」
シャーロット「げっ!? ネビュラっ!?」
ネビュラ「あ、シャーロット様。その後御加減はいかがですか?」
シャーロット「ひ、ひぃぃいぃいぃ」
ネビュラ「なぜ逃げるのです? シャーロット様。ボクたちの間にはなにもありませんでした……よね?」
シャーロット「ひぃいぃぃ、舐められるのもういやぁあぁあぁ──」
ネビュラ「待ってくださいでございますよー、怪我したらボクに言ってくださいね?」
シャーロット「い、いやあぁああぁあぁ!」
◇おまけ3◇
ランスロット「ウルフェ殿、拙者完敗だったでござる!」
ウルフェ「いやいや、そんなことはないですよ。ランスロット殿も強かったです」
ランスロット「謙遜なさるな! それよりもウルフェ殿が強くなった秘訣を教えて欲しいでござる!」
ウルフェ「うーん……お嬢様への愛と献身、ですかね?」
ランスロット「なんと!? で、では拙者も皇女様を……」
シャーロット「兄さん、やめてください。本当にうざいです」
ランスロット「げぇぇ! でござる……しょぼーん」
これにてエピソード8および学園編はおしまいです。
このあと人物紹介を挟んだあと、新章に突入します。




