59.黒薔薇 vs 黒百合(前編)
友達じゃない。
そうアナスタシアに言われた途端、私の目の前が真っ暗になりました。
だって──友達だと思っていたのが私だけだったのですから。
あぁ、これでは前世と変わらないではないですか。
やはり私は──誰とも友達になれない、哀れなボッチなのですね。
そう思うと悲しくて……気がつくと泣いていました。
「びぃぃぇぇぇええぇぇぇぇえぇぇえぇぇぇぇぇえぇぇええぇぇぇぇぇえぇぇぇぇーーーーん!」
女の子になってしまったからでしょうか。
妙に涙腺が緩くていけません。
でも……とっても悲しいんですもの。仕方ないじゃないですか。
考えれば考えるほど、気持ちは深く沈んでいきます。
エンドレスなマイナス思考。沈んでいくブロークンマイハート。どんどん落ちてくユリィシア。
……韻は良いのですが、気分は全く晴れません。
「ぴぎゃああぁああぁああぁあああぁあああぁあぁぁーーーーんっっ!!」
溢れ出る悲しい気持ちは止まることを知りません。
すると──少しずつ妙なことが起こり始めました。
なんだか体の奥から、黒いモヤモヤが浮かび始めてきたのです。
この懐かしい感覚は──死霊術に必要な黒い魔力ではありませんか。
なぜでしょうか? これまで聖なる力が封じた時だけしか見ることができなかった黒い魔力が、私の内側から噴き出してきたのです。
驚きのあまり思わず泣き止んでみると──今度は別の異変に気付きました。
目の前のアナスタシアから、ものすごく嫌な気配を感じたのです。
この鬱陶しい感じの嫌らしい力は──間違いありません、これは悪魔の力ではありませんか。
前世でも何度か『悪魔憑き』と出会ったことがありますが、彼らは一律的に独特な気配を放ちます。なんというか──ウザいのです。
それと同じ気配を、アナスタシアの中から感じることができました。
なんとアナスタシアは、悪魔によって汚染されていたのです。
『ふはははっ! ついに、ついにこの機会が来たぞ! 我は魔王の器に受肉し、魔王としてこの世界に君臨するのだっ!』
アナスタシアの口から飛び出してきたのは、およそ以前の彼女とは別人の声。おそらくは彼女を乗っ取ろうとする悪魔の声なのでしょう。
──あぁ、なるほど。そういうことだったのですね。
私はようやく合点しました。
アナスタシアの態度が激変したのは、全て悪魔の仕業だったのです。そうでなければ、とっても優しかったアナスタシアが、あんな酷いことを言うはずがありません。
状況を確認するため、全身から猛烈な魔気が溢れ出ているアナスタシアを鑑定してみることにします。
すると……。
── アナスタシア・クラウディス・エレーナガルデン・ヴァン・ガーランディア ──
年齢:14歳
性別:女性
素体ランク:SS(覚醒後)
ギフト:『嫉妬の大罪』(解放済み)
状態:悪魔憑き(末期:悪魔メイガスの憑依につき、228秒後に完全悪魔化予定)
適合アンデッド:
?????(SSS)……3%
※ただし228秒後に悪魔化した後はアンデッド化不可
──
……なんと、アナスタシアが覚醒しているではありませんか!
しかも、この適合アンデッドは──初めて見る『SSS』!
アナスタシアに……まさかの『ユニークアンデッド』の適性が具現化していたのです!
そもそもSSSランクのアンデッドは、唯一無二の存在であり、同種類は存在しません。特別な力を持つ固有の存在だけがなりうる極めて特殊なアンデッドです。
特別な才能、数奇な運命、偶然──様々な要素が混じることで、初めて生まれるのが究極のアンデッド──SSSランクなのです。
現在この世界でSSSランクに位置づけられているアンデッドは、わずか4体。
なんとアナスタシアは、5体目のSSSランクとなる素質を持っていたのです。
……ですが、残された時間はほんのわずか。
たったの4分弱でアナスタシアは完全に悪魔に取り込まれてしまいます。
そうなると完全に手遅れです、アナスタシアは魂ごと消滅してしまうでしょう。
しかも現時点でも相当侵食されているので、いまのアナスタシアは自我をほとんど保てていないでしょう。
ああ、なんということでしょう。
アナスタシアが……私の初めての友達が──。
──そのときです。
信じられない奇跡が起きました。
ほとんど意識が消失しているはずのアナスタシアが、口を開いたのです。
漏れ出た言葉は──。
「……たすけ……て……。──ユリィ!」
あぁ──なんということでしょう。
悪魔に乗っ取られ、地獄の苦しみを味わっているアナスタシアが──私に助けを求めてきたのです!
普通ならとっくに意識が飛ばされていてもおかしくない状況で、まさか私のことを思ってくれていたなんて……やはりアナスタシアは私の友達だったのですね!
でなければ、私に助けを求めるはずがありませんもの。
……わかりました。
必ず友達のことは助けてみせましょう。
この私の──全力を以って。
それにしても、許せないのはアナスタシアを乗っ取ろうとしているゴミ虫ヤローです。
悪魔メイガスとやら、よくも私の大切な友達をこんな酷い目に──絶対に許すまじ。
我が不倶戴天の敵よ。このフランケ……いいえ、ユリィシアが、生まれてきたことを後悔するような目に合わせてみせましょう。
──ゔぅぅぉぉぉんっ!!
猛烈な怒りとともに──私の全身から信じられない力が溢れ出てきました。死霊術を使うための黒き魔力です。
ですが今の私は、聖なる力を封じ込める魔法道具も持っていません。でもなぜ──いや、そんなことはどうでも良いです。
私は──許せない。この悪魔が。
絶対に、許しません。
「私の友達から──出て行きなさい」
『なんだ貴様は……この【黒薔薇魔女王】たる我の最初の餌食になるものか?』
「たかだか悪魔ごときがこの私と相対しようというのか? このゴミ虫がっ!」
──ゔぅぅぉぉおぅ────怨 怨 怨 怨怨ぉぉぉおおぉ────ぉんっ!!
これまで感じたことのないほどの膨大な魔力が、私の体から吹き出します。あまりに強烈な勢いに、アナスタシア──いいえ、悪魔メイガスの身体がぐらりと揺れています。
『な、なん貴様のその禍々しいまでの魔力は──』
「煩い……黙れゴミ虫。私の友達から離れろ。それ以上──アナを穢すな!」
──ゔぉぉぉおおぉおぉぉんんっ!!
私の気持ちに呼応して、背後に九つの黒い穴が出現します。
中からチラチラと覗くのは──私の愛する『不死の軍団』たち。
あ、あそこに見えるのはSSランクのドラゴンボーンスケルトン!
こちらは、先日手に入れたばかりのバックベアード!
さらにあちらには……スケルトン? あぁ、あれは前世の私の骨ですね。ですからなぜ前を隠す? 骨なのに?
なんでしょうか──私の心の奥から怒りが込み上げるごとに、どんどん闇の魔力が増強されていきます。
このままいけばもしや──『万魔殿』に繋がる?
……ですが、いけまけん。
感覚的にはそれでも時間が足りないのです。
経路ができ、私の軍団が悪魔を滅ぼす前に、アナスタシアの汚染が完了してしまうでしょう。
それでは手遅れです。魂が消滅してしまったら私に助ける手立ては……ありません。
『ふはははっ! 驚かせおって! だがどうやらここまでのようだな! 悪魔に侵食されたものを、人間ふぜいにどうにかすることなどできるものかっ!』
ふーむ、最高に腹が立ちますね。このゴミ虫をどうにか排除できないものでしょうか。
……せめて破邪の力でもあれば──。
──ん? 破邪の力?
そういえば、あるではありませんか、私の左手に──悪魔を撃退する破邪の力が。




