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5.適正と限界

 時は流れ、私は6歳になりました。弟は4歳。人間の成長とは実に早いものだと実感しています。

 最近、お母様フローラの教育の成果もあって、口調がだいぶ淑女的な形になってきたと感じていますわ。


 さて、ここ数年で判明したことですけど、私は極めて高い聖魔法の適性を持っていました。

 ……というよりも、おそらくは聖母神の加護持ちだと思われます。


 聖母教会に選ばれた元聖女であるフローラや、教会の枢機卿の一人である祖母のスミレが「ユリィシア、あなたは間違いなく聖母神様の特別な寵愛を受けているわ!」と太鼓判を押してくれたくらいです。なるほど、生まれ持った高い魔力は神の加護を得ていたからなのだと納得しました。

 ただ、フローラはあまり私を聖女にはしたがっていないようです。


「あの子には、わたしみたいな陰気インキャな青春を送って欲しくないのよ。やっぱり青春はラブアンドロマンスよね!」


 などとよく口にしていました。

 ラブアンドロマンスはどうでもいいですが、聖母神などに仕える気は毛頭なかったので、フローラのこの考えはありがたいと思っています。


 両親に似なかった白銀色の髪──聖母の御髪とやらも、膨大な魔力が髪の色を変色させているためだと推測されます。

 月明かりのような白銀髪。聖母神は生と月を司る女神と言われているため、たしかに私は聖母神の加護を受けているのでしょう。……すごく迷惑ですが。


 ですけど私は、その加護とやらによってずいぶんと苦しめられることになりました。

 なんと、あれほど前世で心血を注いで極めた死霊魔術をまったく使えなくなってしまっていたのです。



 5歳を超えたころ、ようやく指の動きがスムーズになってきた私は、かつて極めた死霊魔術を使ってみようと試みることにしました。

 ですが、魔術を発動しようとすると、強制的に魔力が散ってしまう現象に遭遇します。まるで私の魔術発動を拒むかのように、死霊魔術の黒い陰の魔力を、無意識のうちに湧き出てくる白い陽の魔力が打ち消してしまうのです。


「だめだわ……魔術が発動しない。それ以前に、魔力がかき消えてしまう」


 何度試しても失敗してしまう。これでは死霊魔術を行使することはできません。


 半年ほどは粘ってみたものの、最終的に私は苦渋の決断を下します。今の私に、死霊魔術の適性がないことは明らかでした。


「私はもう……死霊魔術を使うことはできないのでしょうか……」


 窓際で外を眺めながら、はぁとため息を漏らします。気分はアンニュイです。


 そんな失意の私に、フローラは嬉々として聖魔法を教え込もうとしました。どうやらこっそり魔力操作をしているのがばれてしまったみたいです。


「その年で魔力を感じるなんて、あなたはすごいわ!」

「……いえ、たまたま何かを感じていただけで……」

「あぁ、きっとあなたは大変な魔法の才能を持ってるんだわ! そして王子様と運命の出会いをして、恋に落ちるのよ! あぁ素敵……」


 と遠い目をしたまま大喜びして、私を強引に鍛えようとしました。


 とはいえ、私に聖魔法を覚える気などさらさらありません。なにせ私は転生しても死霊魔術師なのです。聖魔法など、アンデッドの存在に仇をなす宿敵のようなものでしかありません。なぜ私がそのような魔法を覚えなければならないのでしょうか。


 ──だけど私は、あるときふと考え直すことになります。


 確かに私は、今は死霊魔術を行使できません。

 でも、魔法を極めていく過程で、いつかこの枷を外せるようになるかもしれないではありませんか。

 そのときになって魔力のトレーニングをしようとしても手遅れです。なにせ魔力は、幼少のころから鍛えることで成長します。大人になってからでは伸びは限定的なのです。であれば、たとえ自分の好みと違っていたとしても、現時点でできるベストを尽くすべきではないでしょうか。


 思い直した私は、フローラから聖魔法を教わることにしました。歓喜したフローラは全身全霊を以って聖魔法を伝授してくれました。……目は笑ってませんでしたが。


「まずは癒しの奇跡──『治療トリート』の奇跡からよ。ゆっくりと体の中の白く清い魔力を感じ取りながら、両手に集めてみて」

「はい、お母様」


 聖母教会では魔法のことを奇跡と呼びます。上位魔法である魔術のことは、大奇跡と呼ぶそうです。もっとも、私には馴染みがないので心の中では魔法と呼ぶことにしています。

 ということで、言われたとおりに治癒魔法の発動を念じてみると、スムーズに魔力が両腕に籠っていきます。魔法陣回路すら入れておらず、詠唱すら行っていないというのに、なんというスムーズな魔力の流れなのでしょう。私は思わず感嘆の吐息を漏らしてしまいました。


 驚きは私だけでなくフローラも同様でした。彼女は右腕に、治癒の魔法を円滑に行うための聖母教会直伝の魔法陣回路を入れています。ですが私の治癒魔法は、彼女の魔法陣回路よりも早くスムーズに、しかも高い効果を持っていました。


「すごいわ、ユリィシア。あなたは治癒の奇跡に素晴らしい適性があるのよ」

「……そう、なんでしょうか」


 どうやら元聖女が認めるほどの才能を持っているようですが、正直私は治癒魔法にまったく興味がありません。

 とはいえ、この才能がいずれ死霊術に応用されると思うと、おのずと興味のない治癒魔法のトレーニングにも精が出るというもの。私は一生懸命トレーニングをしました。


 ですが……結果は芳しいものではありませんでした。

 なんと私は、治癒魔法以外の聖魔法がまったく使えなかったのです。


「不思議ね。あなたは〝治癒の奇跡″以外の奇跡にまったく適性がないみたいだわ」

「……そうですね、お母さま」

「聖母神様はどういう想いであなたにこのようなご加護を施したのかしら……」


 それは是非私も神に聞いてみたいです。なにせ治癒魔法はアンデッドにとって害にしかなりません。死霊術師にとって何の役にも立たない忌むべき呪われた加護を、なぜこの私に授けたのか。

 ですがこの疑問に対して、フローラは一つの答えを導き出しました。


「あぁ、わかったわ! きっとこの加護は、ユリィシアがいつか素敵な王子様に守ってもらうために、聖母神様があえてこのような能力にしたのよ。ほら、非力な女の子って守ってあげたくなるじゃない?」


 ……そ、それは無いと思いますが……。

 ですがフローラは自分の出した誤答こたえが気に入ったようです。


「あぁ、きっとそうだわ! ユリィシア、あなたはいつか、あなたを守ってくれる素敵な男性に出会うわ。いい? あなたはその『運命の出会い』を大切にするのよ?」


 運命の出会い? 正直、そんなものは願い下げです。

 そもそも死霊術が使えるようになれば、アンデッドをガーディアンに使えます。であれば、守ってくれる男など不要です。


「お母さま、守ってもらうだけなら別に男や、ましてや王子様である必要はないと思うのですが……」

「何言ってるのユリィシア! そんなの素敵な王子様じゃなきゃいけないに決まってるでしょ! あなた、何度も物語を読み聞かせしてあげたというのに、もしかして何も分かってないの? もし分かってないと言うなら──」

「……大丈夫です。わかっておりますわ、お母様」


 鬼のような形相になったフローラを前にしては、無駄な抵抗は厳禁です。私は被害を最小限に抑えるため、素直に同意するフリをしてやりすごすことにします。

 あぁ、それにしても参りましたわ。フローラに変な「運命の出会い」を押し付けられる前に、死霊術が使えるようにならなければ……そう心に誓いました。



 ですが、悪いことは重なります。

 肝心の、魔力を伸ばす機会に恵まれなかったのです。


 そもそも治癒魔法は傷ついた相手にしか効果を発揮しません。効果を発揮しなければ魔力を伸ばすことができません。

 しかし、そうそう周りに怪我人など居ません。機会を作ろうとしても──。


「お母様、相談があります。聖母教会の治療院に行って、治療のお手伝いをしたいのですが……」

「それはダメよ、ユリィシア」


 なんとフローラに、キッパリとダメ出しされてしまいました。

 なんでも治療院での奉仕活動は、病気感染を防ぐために12歳以上でないと認められていないのです。

 そこをなんとかと頼み込んだのですが、フローラは「ユリィシアは優しい子なのね。でももう少し大人になるまで我慢してね」と慈愛の笑みで、ですが断固として首を縦に振ってくれませんでした。


 こうなるとテコでも動かないフローラです。私はすぐに説得を諦めることにしましてた。

 非効率は私の敵です。常に効率的に、最小の労力で最大の効果を得るのが私のポリシーなので。


 仕方なく、弟を転ばせて怪我をさせた上で治癒魔法をかけたりしてみたものの、きゃっきゃと喜ぶばかりで微々たる効果しか示しません。

 おまけにこの方法はいかにも非効率です。あとリスクもあります。何度も弟を転ばせていると、いつか仕打ちがバレてしまうかもしれません。ハイリスクローリターンは、効率厨の私には到底受け入れられませんでした。


 こうなってしまうと、もはや現時点の私にできることなど皆無です。ローリスクでできることは、せいぜい弟に『おまじない』を施す程度。

 この時点で、私の魔力成長は完全に頭打ちとなってしまいました。


「あぁ、困りましたわ……」


 このままではせっかく生まれ変わって得た幼少期の成長機会チートタイムを無為に過ごすことになってしまいます。伸びしろがあるだけに、実にもったいないです。

 ですが、傷ついた人を癒す機会などまずありません。6歳になったとはいえ、まだ私は幼児の姿をしています。いくらカインとフローラが子供に甘いといっても、外に自由に出させてくれるほど甘くはありません。


 打つ手なし。

 時だけが刻々と過ぎていきます。


 せっかくの生まれ変わりが、このままだと無意味になってしまいます。

 私は、どうすれば良いのでしょうか。



 そんな──フラストレーションが限界を迎えそうになっていた私に絶好の機会がおとずれたのは、7歳の誕生日前のある雨の日のことでした。


これにてeps0はおしまいです。

次回からeps1剣闘士奴隷編となります!


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無敵なドMばかりの取り巻きが完成される未来が予想できてしまう
[一言] 地雷聖女とか最悪すぎて草
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