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56.嵌められたユリィシア

「黒魔術のミサ……ですか?」


 黒魔術のミサとは、ようは悪魔召喚の儀式です。

 一人では不可能なことを、複数人の魔力を合成させることによって実現する、高度な集団魔術となります。


「そんな高等技をやっている人間が、この学園にいるのですか?」

「なにをとぼけてますの? それがあなたなのでしょう?」

「はい?」


 アナスタシアが口にしたことは、私にとってまったく寝耳に水の話でした。

 そもそも私はアンデッドは大好きなのですが、悪魔については不倶戴天の宿敵であると考えています。

 その悪魔を召喚するような儀式を──私が行うことなどあり得ません。


「アナ、それはなにかの誤解では………?」


 確かに私は前世において、少ない魔力を底上げするために様々な手法を使いました。その中には禁呪と呼ばれるものも含まれています。


 ですが、悪魔だけは別です。

 彼らの力を借りてしまうと、そもそもアンデッドが使えなくなってしまうのですから。そんな本末転倒な力に頼るほど、私は落ちぶれていません。


 そう説明したいのですが──口下手な私は口をパクパクさせるだけで、なかなか言葉が出てきません。


「あなたについての疑惑は3つあります。まず第一に、キャメロン・ブルーノの変貌についてです」


 その間にもアナスタシアはどんどん話を進めていきます。


「キャメロン・ブルーノはほんのわずかな期間で容姿や体型が大きく変わりました。これに──悪魔が絡んでいるのではないかという疑惑が持ち上がっています」

「ちが………」


 私がやったのは、ユリィシア式〝癒しのエステ″と、ダンジョンアタックによる強制的肉体消耗を用いたダイエットだけです。決して悪魔などに手を借りたものではありません。


「次に、ピナ・クルーズ。彼女は内向的で顔に大きなあざがありました。ですがあなたにこの場所に連れてこられた翌日には顔のあざは消え──明るい性格になっていました。こんなこと、普通あり得ますか?」


 あり得……るんでしょうねぇ?

 私もピナがあんなに陽キャになるとは思ってませんでしたから。おかげで彼女と話すのに気疲れするようになってしまったくらいですもの。願わくば元に戻って欲しいのですが……。


「ナディア・カーディ・パンタグラムも同様です。眼帯をつけて大人しかった彼女もまた、あなたに連れ去られた翌日には、眼帯を外し明るいキャラクターになりました」


 ナディアの場合は、ピナに引っ張られているだけのような気もしますが……。


「そしてこの三人に共通するのは、あなたに心酔していることです。もはや一種の宗教……いいえ、この場合は洗脳すら疑われています」


 宗教!?

 洗脳!?

 これまた私とはもっとも縁遠いものです。

 そもそも私は別に彼女たちを身内に引き込もうなどとは思ってませんが……あ、死後は頂く予定ですけどね。


「これらの疑惑を確認するため、学園長に許可を取って容疑者の三人はすでに私のほうで拘束しています。あとは──あなただけですわ、ユリィ」


 ──じゃり。


「素直にいうことを聞いてくれないなら……力づくで対応させていただきます」

「えっ?」

「わたくしは、自分で言うのもなんですが──帝国式無手格闘術の達人ですの。あなた、武術に覚えがあって?」

「いいえ」


 自慢じゃありませんが、私は体を動かすほうはからっきしです。

 ダンジョン探索などを行うこともありますのでそれなりの体力はありますが、私の戦闘スタイルは基本的に「無」。すなわち──なにもしません。前世の時代は『不死の軍団ヘルタースケルター』に戦わせていましたし、今世ではウルフェとネビュラちゃんという優秀な手足がいたので、私が直接手を下すことなどありませんでした。

 直接戦闘など、愚の骨頂だと思っていたくらいですから。


 困りました……どうしましょう。

 どうしたら良いのでしょうか。


「助けを呼ぼうとしても無駄ですわ。周りは私の信頼するランスロットとシャーロットの兄妹に護衛させていますので、あなたの自慢の騎士ナイト侍女メイドはここには来れませんわ」


 あぁ、あの二人はきょうだい・・・・・だったのですね。

 そういえば見たことある名字だと思いましたが………いけませんね、鑑定情報はよく確認しておかないと。


 ──いや、今はそんなことはどうでも良いのです。

 アナスタシアの誤解を解くにはどうしたら良いのでしょうか?


 なにせ彼女は、せっかくできた私の友達・・なのですから──。


 そう、彼女は私の前世も含めて、もしかしたら初めてかもしれない友達なのです。

 誰からも見向きもされず、憎悪の向けられた前世にもいなかった、私のともだち……。

 帝国から来た黒髪の、見目麗しい少女。


 私とアナスタシアは──。



「ともだち……ですよね?」



 ですが、アナスタシアは今まで一度も見たことないような冷たい目で私を見返します。



 そして、アナスタシアが答えたのは……。




「いいえ、違いますわ。

 あなたは悪魔崇拝者で、わたくしは──それを断罪するものですの」



 ちが、う……?




 それって──。




 とも……だち……じゃ、ない──って……こと?



 あぁ……。



 やっぱり私は……わたし……は──。





 アナスタシアの答えを聞いた私は──。





 わたしは──。




 わたし……は…………。








「びぃぃぇぇぇええぇぇぇぇえぇぇえぇぇぇぇぇえぇぇええぇぇぇぇぇえぇぇぇぇーーーーん!!」









 ◇◆







「なんだか嫌な予感がする……」


 なんとなく胸騒ぎを覚えたウルフェは、主人であるユリィシアに休暇を与えられていたものの、いてもたってもいられず『墓地』がある学園の森の奥へと向かっていた。


 彼にとって、ユリィシアという存在は『生きる意味』のすべてだった。


 愛する家族を失い、自暴自棄で命を落とす寸前だった剣闘士奴隷の自分を、あらゆるものを投げ打ってまでも助けてくれた──まさに命の恩人だ。


 しかも彼女は、自分に生きる意味を与えてくれた。

 ユリィシアはこれから、とても大きなことを成し遂げようとしていた。詳細をウルフェは知らない。だがこれまで成してきたことの偉大さから、おそらくは世界を救うであろう尊いことであることは疑いようがなかった。


 そんな、まるで生き方すべてを世界を救うために捧げているような存在であるユリィシアが、この学園に来て初めて年頃の女の子らしい行動を取るようになった。

 仲の良い友達もでき、自然と笑顔が浮かぶようになったことを、ウルフェは自分のことのように喜んでいた。


 たとえその相手が、憎き帝国の皇女であろうと──ユリィシアのために私怨は捨てようと思うようになっていた。


 だがそれでも、ウルフェは帝国を信用していなかった。

 なにせ帝国は、彼の村を騙し討ちのような形で滅ぼしたのだから。


 忘れもしない、10年前の出来事。

 今でも昨日のことのように思い出せる──。


 当時13歳だったウルフェは、突如村にやってきた──赤く血塗られた帝国旗を掲げた金色の騎士の軍団の姿を見て、身も凍るような怖気を覚えた。

 笑顔を浮かべながらも目が笑っていない、獲物を見るかのような視線を向ける彼らのことを、ウルフェはまったく信用していなかった。

 だが村長──彼の父親は、帝国騎士たちの『周辺の治安を維持するために巡回している。今夜は少し休ませて欲しい』という方便を信じ、彼らを歓待した。


 だが、最初は紳士然としていた騎士たちも、夜になるとその顔を一変させた。

 ウルフェたち獣人の村に『内乱を企てる不届き者たち』という烙印を押しつけて、いきなり襲いかかってきたのだ。


 裏切り──いや、そもそも最初から彼らはウルフェの村を滅ぼすためにやってきたことを理解したのはそのときだった。

 だがもはやすべてが手遅れで……妹を殺され村人たちも虐殺され、ウルフェ自身も片腕を失い奴隷として売られることになる。


 そのようなことがあったからだろうか。

 ウルフェはどうしても帝国の皇女であるアナスタシアのことが信じられなかったのだ。


 帝国は、信用できない。

 たとえ主人であるユリィシアに怒られようと、この想いだけは決して──変えることが出来なかった。

 ゆえにウルフェは、ユリィシアの指示に初めて背こうとしていた。


 そのときだ────。




「びぃぃぇぇぇええぇぇぇぇえぇぇえぇぇぇぇぇえぇぇええぇぇぇぇぇえぇぇぇぇーーーーん!!」




 まるで世界の終わりを迎えたかのような悲しい泣き声が、ウルフェの耳に届く。


「この声は、まさか──お嬢様!?」


 すぐに声の主に気づいたウルフェは、予想外の異常事態に、森の中を一気に駆け出して〝墓地″へと向かおうとする。


 だが──彼の行手を遮るものがいた。


「……おやおや、やはり忠犬はご主人様のことが心配でござったかぁ」


 ウルフェの前に立ち塞がったのは、淡い青色の光を放つ剣を手に持った、一人の騎士──。


「お前は──ランスロット!!」

「ちゃんとご主人に言われていなかったでござるか? 大人しくお家で待っていなさい、とな?」


 先日の競技会の時とは全く違う雰囲気を放つランスロットに、ウルフェも足を止めて身構える。


「そこを通せ、ランスロット」

「それは無理でござるなぁ。どうしても通りたいというのなら──」


 ちゃりっ。

 ランスロットが、ウルフェも初めて見る剣──おそらくは魔法の力のこもった特殊な魔法剣を構える。


「拙者を倒してからにするでござるよ、ウルフェ殿」





 ◆





 同じ頃、少し離れた場所で──。


「あ、忘れ物をしていました」


 白々しい独り言を呟きながら、ネビュラは打ち上げ会場である墓地に置き忘れていたナプキンを持って向かっていた。



 ネビュラにとってユリィシアは、一言では表現しづらい存在であった。

 圧倒的な強者であり、自身に数々の呪いを埋め込んだ怨人おんじんでもある。

 だが、彼女の生活を共にするうちに、いったいユリィシア・アルベルトとは何者なのかと興味を持つようになった。


 死霊術師ネクロマンサーたちが血まなこになって探す【黄泉の王ジ・アビス】フランケルの遺産である『不死の軍団ヘルタースケルター』。その現在の管理者であり、自身を上回る死霊術の技を持つ少女。

 だがなぜか普段は死霊術を一切使えず、代わりに治癒能力を持つという奇妙な性質。


 ユリィシア・アルベルトとはいったい何者なのか。

 どうやって彼女がフランケルの遺産を手に入れたのか。

 なぜあんなにも簡単にダンジョンやゲートを見つけられるのか。

 時折見せる死霊術の力はいったいなんなのか。

 そもそも彼女はどこで死霊術──いやフランケルの術を学んだのか。


 その秘密を探るため、また純粋な興味から、ネビュラはユリィシアの側に仕えるフリをしていたのだが──。


 気がつくと、普通にユリィシアの側にいることが面白くなっていた。


 この未知の塊のような少女が、いったいどこに進もうとしているのか。予測不能な彼女の行動に付いていくのが、この上なく楽しくなってきていたのだ。

 ……決して女装が気に入っているわけではない。


 ときどき虎の尾を踏むかのようにユリィシアに絡み、ギリギリの線を攻めるのもネビュラの楽しみの一つとなっていた。

 彼なりに、今の状況を楽しむようになっていたのである。


 さて、あのお嬢様は次はいったいどんな突拍子のない行動を取るのだろうか。

 破天荒なユリィシアの行動は、常にネビュラの観察対象となっていた。


 今回の〝打ち上げ″もそうだ。

 まさかあのような場所に、あのような仕込みをしているなど、誰が予想しているだろうか。


 ネビュラも手伝った『おもてなし』が、帝国の皇女であるアナスタシアにどのように受け取られるのか。

 その様子を直に見たかったので、忘れ物にかこつけてこっそり覗こうと思っていたのだが──。




「びぃぃぇぇぇええぇぇぇぇえぇぇえぇぇぇぇぇえぇぇええぇぇぇぇぇえぇぇぇぇーーーーん!!」




 突如耳に飛び込んできたのは、聞き覚えのある人の泣き声。


「この声はまさか……お嬢様?」


 あのユリィシアが、泣く?

 そんなバカな。


 ネビュラは、絶対にあり得ないはずのことが起こっていることに驚きを隠せずにいた。


 笑いながら人に呪いをかけた、あのお嬢様が?

 ケタケタ笑いながらゾンビの肉を剥ぎ取ったお嬢様が、泣くですって?

 そんなことがあり得るのだろうか。

 あるのだとすると──見てみたい。是非見てみたい。怖いもの見たさで、ガン見したい。


 あまりにも想定外の出来事に、猛烈に状況を観察したい興味に唆られたネビュラが、墓地へと急ごうとする。


 だが──その前に立ち塞がる存在があった。


「ここから先は──行かせません」


 立ち塞がったのは、聖アントミラージ学園の制服に身を包んだ、黒髪の美少女。

 彼女は確か──。


「一回生の──シャーロット様でございますね?」


 だがなぜ彼女が自分の前に立ちはだかっているのか、ネビュラにはその意味がわからなかった。


「失礼ながら、先に進ませていただけますか? とても急いでますので──」

「それは、無理よ」


 無表情のままシャーロットは、懐から一本の棒を取り出す。

 軽く叩くとその棒は──巨大化し、淡い光を浴びた〝棍″へと変貌を遂げる。


「へぇ──魔法武器ですか。なかなか面白いでございますね」

「あなたをユリィシア・アルベルトの助けには決して行かせません」


 単に状況を見たいだけで、別にお嬢様を助けるつもりなどまったく無いのですが──そもそもあのお嬢様が助けを必要な状況など想像もできませんし。


 だがネビュラはそんな言葉を飲み込むと、シャーロットと対峙する。


 そういえばお嬢様から呪いで吸血を禁止されていましたが、もし戦闘中に偶然に血が口に入ってしまったらどうなるのでしょうか?

 あぁ、それは仕方ありませんよね──だって、偶然なんですもの。


 久しく血を飲んでいませんでしたが、どんな味がするのでしょうか。

 この子──シャーロットは間違いなく処女です。きっとその血もさぞかし美味なることでしょう。


「仕方ありませんねぇ……。あぁ、本当に仕方ありません」


 そう口にしながらもネビュラは──なんだか愉しそうに舌舐めずりしたのだった。



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