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55.打ち上げ

 いつものように生徒会室──。

 アナスタシアが手渡した数枚の報告書を、生徒会長のフェアリアルが笑顔を浮かべながら受け取ります。


「よくまとまった良いレポートですね。さすがはアナスタシアです」

「ありがとうございますわ、会長」


 結局、報告書はすべてアナスタシアが書きました。というよりも、私が他の七不思議の調査結果を把握していなかったので、書きようのない私を気遣ったアナスタシアが「あとはわたくしに任せてくださって大丈夫ですわ」と言ってくれたのです。

 私の存在意義はいったい……と考えてすこし凹んでしまいましたが、今回は深く考えるのは辞めて素直に甘えることにしました。人間、素直が一番ですね。


「はい、たしかに報告書は受け取りましたわ。二人とも、おつかれさまでした」


 とにかくこれで私たちの生徒会のお仕事は無事完了です。

 結局、『学園の七不思議』のすべては解決しませんでした。一応5件については解決としていますが、残り2件──『黒魔術のミサ』と『七人の聖導女』については、アナスタシアも調査すらしていません。

 ですがアナスタシア曰く「もともとこの仕事は、わたくしに他の雑用をさせるわけにはいかないって理由で割り振られた仕事なのよ」とのことなので、最初から全部解決しなくても良かったのでしょう。


 ぺこりと頭を下げたあと生徒会室を退出すると、うーんと伸びをしながらアナスタシアが微笑みかけてきました。


「さぁー、これで全部終わりましたわね! ユリィ、お手伝いありがとうございました」

「いいえ、たいしたことはやっていませんので」


 実際、私はほとんどなにもやっていません。

 ですが晴れやかな笑顔で話しかけてくるアナスタシアを前にして、野暮なことをいうのはやめておきましょう。


 だって見てくださいよ。自然な笑顔を見せるアナスタシアの、なんと可憐なことか。

 前世では決して味わうことができなかった特別なコミュニケーションに、言葉にできない幸せを感じます。

 あぁ、やっぱり女の子って素敵ですね。私、生まれ変わって幸せなのかもしれません。


「じゃああとは打ち上げね。今日はユリィはわたくしをどこに連れていってくださるのかしら?」

「うふふ、今は秘密ですわ。放課後までお楽しみにしててくださいね」


 このやりとりって、なんだか友達同士っぽくありません?

 今まで憧れてきた、友達──。きゃー、どうしましょ!


 私、学園に来て本当に良かったです。あのとき聖母教会に連れて行かれていたら……と考えると、身の毛もよだちます。このまま卒業まで過ごせたら、私はものすごくハッピーなのかもしれませんね。


 さぁ、未来の幸せな学園生活のためにも、アナスタシアを喜ばせられるよう、しっかりと会場の準備は整えておかないといけませんね。

 ユリィシア流のとっておきの『打ち上げ』を──アナスタシアに提供しますわ。



 ◇



 そして迎えた放課後──。

 私はアナスタシアの手を引きながら、学園内の森の中をズンズン進みます。


「どこに連れて行ってくれるのかしらね?」

「うふふ、もうすぐ着きますよ」


 え? なんで手を握ってるのかって?

 そんなの役得に決まってるではありませんか。だってアナスタシアの手、ものすごくスベスベなんですもの。


「さぁ、到着しましたよ」

「こ、ここは……」


 アナスタシアを引き連れてたどり着いたのは、私の癒しスポット──寂れた墓地です。

 ただ、いつものように殺風景な雰囲気ではありません。ネビュラちゃんにお願いして、事前に日傘やテーブル、お菓子やお茶などを用意させておきました。なので、今日だけは煌びやかな打ち上げ会場に変貌を遂げています。


 アナスタシアも驚いたのでしょうか、素敵な雰囲気の会場を前にして立ち止まっています。

 たった二人っきりの秘密の打ち上げですが、準備はバッチリなのです。


「さぁアナ、こちらへどうぞ」

「……」


 鼻高々な私は、自信満々に用意したテーブルと椅子のある場所へアナスタシアを連れて行こうとします。

 しかし、アナスタシアはじっと立ったまま動こうとしません。

 どうしたのでしょうか?


「あの……お菓子もお茶も用意してありますよ? ネビュラちゃんにお願いして手配した、今女の子に流行りの甘いクッキーやチョコレートを……」

「ユリィ」


 ですがアナスタシアはお菓子に目もくれず、改めて私の名前を呼びます。

 心なしか、口調が硬いような気がするのは気のせいでしょうか?





 ◇ ◆





 同時刻──。


 学園内の魔法研究ラボ内では、キャメロンのもとへアナスタシアの侍女の一人が訪れていた。


「私は皇女アナスタシア様の侍女を務めますものです。キャメロン・ブルーノ様ですね?」

「あ、はい……そうですが?」


 アナスタシアにはお付きの侍女が3人おり、それぞれ黒髪の美女として顔が知られている。そのうちのひとりが自分の元にやってきたことに、キャメロンは驚きと戸惑いを押し殺しながらも、なんとか平静を装って応対する。


「学園長からの呼び出しがございます。ご多忙のところ大変申し訳ありませんが、いまから私と一緒にきていただけますでしょうか?」


 言いながら侍女は、一枚の紙をキャメロンに示す。


「こ、これは……」


 さすがのキャメロンも、これには戸惑いを隠すことができなかった。

 差出人の名は、聖アントミラージ学園の学園長を務めるカーミラ夫人。

 そう、これは──学園長からの招集状であったのだ。





 また別の場所でも──同じく学園長の招集状を受け取ったものがいた。


「ピナ様、ナディア様」


 カフェで敬愛するユリィシアとの『打ち上げ』の計画を練っていたピナとナディアの二人は、突然黒髪のメイド服姿の女性二人に声をかけられて振り返る。


「あなたがたは、たしか……」

「アナスタシア先輩の……」

「お忙しいところ申し訳ありませんが、学園長からの招集がかかっております。私どもが案内いたしますので、付いてきていただいてよろしいでしょうか」


 ピナとナディアは顔を見合わせたものの、学園長からの招集であれば、断るわけにはいかない。

 意味がわからないながらも、とりあえずは──侍女の言う通りに付いて行くことにしたのだった。




 ◇◆




「………申し訳ありませんが、わたくしは座るわけにはまいりません」


 表情の見えないままのアナスタシアの口から出てきたのは──そんな言葉でした。

 座るわけにはいかない?

 それは一体どういう意味で………。


「ユリィ……わたくしはとても残念ですわ」


 えっ? 残念?

 なにか……気に入らなかったのでしょうか。


 私としてはがんばって準備したつもりです。

 学園内で最もお気に入りの場所であるこの墓地に、大きな日傘とテーブルと椅子を準備し、素敵空間を作り上げました。おまけにネビュラちゃんに用意させた女の子たちに流行のお菓子も取り寄せてもらいました。


 ……あぁ、さてはネビュラちゃんのお菓子がイマイチだったのですね。

 たしかによくよく考えたらあの子の中身は未だに男の子。完全に女の子に染まりきっていないので、自分好みのお菓子を用意してしまったのかもしれませんね。今度会ったらおしおきを──。


 ──ちゃり。

 ………鈍い音とともに、アナスタシアが何かを取り出します。

 あれは──手鎖? なぜ手鎖などを出すのでしょうか?


「わたくしは今回、会長の指示で『学園の七不思議』を調べる過程で──とある重要な事実に気づいてしまいました」

「はえ?」

「七不思議のうちの一つ……『黒魔術のミサ』について調査しているわたくしの耳に、一つの情報がはいってきました。それは、『黒魔術のミサ』が本当に行われている、というものでした」


 悪魔を呼び出すという儀式が行われていた? この学園で?

 悪魔召喚の儀式というのは、悪魔術というかなり高度な黒魔術を極めたもののみが行うことができる、超高難易度の術式です。学園の生徒レベルの才能で本物の悪魔を召喚するなど、到底不可能でしょう。もし実現可能性があるとすれば、キャメロンと──いま目の前にいるアナスタシアくらいではないでしょうか。


 なので、私は最初から『黒魔術のミサ』の噂については真実だとは思っていませんでした。

 せいぜいどこかの生徒が低級霊を呼び出す程度の間違った魔法陣を組み立てて遊んでいたのではないか、と思っていたくらいです。

 なのに、アナスタシアは本当に『儀式』が行われているのだといいます。

 きっと彼女はなにかを勘違いしているのでしょう。打ち上げという楽しいイベントに水を差さないためにも、変な勘違いは打ち消したほうが良いかもしれませんね。 


「アナ、その噂はたぶん──」

「それはあなただったのですね、ユリィ……」


 私?

 私がなんだというのでしょうか?


 思わず首を横に傾げてしまう私に、アナスタシアは指を突きつけます。


「ユリィ、いいえ、ユリィシア・アルベルト」

「はい」

「あなたには、この場所で特定の生徒たちを引き連れて『黒魔術のミサ』を行った疑惑が持たれています」

「──はい?」

「この件はすでに学園長にも報告済みよ。だから──」


 ──ちゃり。

 アナスタシアの手にある手鎖が、鈍い音を響かせます。



「わたくしはあなたを──黒魔術のミサ、すなわち『悪魔召喚儀式』を行なっていた容疑で、捕縛させていただきますわ」






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