54.準備
「キャメロンお姉様!」
「あら、ユリィシア! お久しぶり!」
アナスタシアと別れたあと、浮かれた気分のまま、私は久しぶりにキャメロンに会いに来ました。
彼女は今、マジカルコースの最上級に進んでいて、日々魔法の研究に忙しい日々を送っています。
なんでも歴代屈指の魔力を持っていることから、宮廷魔術師への道が開けているのだとかで、なかなか多忙なようです。
彼女とはもう契約が済んでおり、あとは彼女が死した後に素体として頂くだけなので、普段は無理して会うようなことはないのですが……今日は違います。
「お姉様、聞いてくださいまし! 私、明日打ち上げをしますの!」
「打ち上げ? それってその……仕事がひと段落ついた時にやる、あの?」
「ええ! それをアナと明日やるんですの!」
私の話を聞いて、キャメロンは柔らかい笑みを浮かべました。
「まぁ、お友達に誘われたのね。良かったわね。しかもお相手はあのアナスタシア皇女かぁ、さすがユリィシアよねぇ」
「ありがとうございます」
「せっかくだから、楽しんでおいでね」
「それでその……お聞きしたいことがあるのですが」
「ん、なにかしら?」
私は息を整えると、思い切ってキャメロンに尋ねます。
「打ち上げに際して、私はどんな準備をすればよろしいのでしょうか?」
「……はい?」
あら? 聞こえてなかったんですかね?
「私、打ち上げに参加するの初めてなんです。なにが必要なのか分からなくて……」
「あぁ、そういう意味ね。打ち上げなんて自分や相手が好きなものでも用意すればいいんじゃないかしら?」
「自分や相手が好きなもの……ですか?」
なるほど、そういったものを用意すれば良いのですね。とても勉強になりました。
「じゃあごめんなさい、ユリィシア。あたし研究の途中で……来週末には国家魔法局に論文提出しなきゃいけないのよ」
「いいえ、とても役に立ちましたわ。ありがとうございました、それではキャメロンお姉様も頑張ってくださいね」
さすがは私のお姉様です。
なかなか有意義な確認を取ることができました。
研究に多忙なキャメロンと別れたあと、ほくほく笑顔で白薔薇館への帰路へとついていたところ、今度は私のことを待ち構えていたピナとナディアに声をかけられました。
「ユリィシア先輩!」
「せんぱぁい!」
先輩……いつ聴いてもいい響きですね。
私はつい嬉しくなって笑顔で答えます。
「二人とも、どうしたのです?」
「シャーロットを誘おうとしたのですが、断られました!」
「ユリィシア先輩の良いところを知っていただくチャンスだったですのに……残念です」
あぁ、そういえばもう一人の気になる子、シャーロット・ルルド・アリスターと話す機会が欲しいという相談をしていたことを思い出しました。
ですが、どうやら上手くいかなかったみたいです。
ナディアの時はピナが強引に連れてきてくれたので解決しましたが、毎回そうそう上手く行くわけではありませんね。
「気にしないでよいですよ。また機会がある時で良いですし、それに今は少し忙しいので」
「何かあるのですか?」
「ええ! ありますとも!」
仕方ないですねぇ。
聞かれたからには答えるしかありません。
「打ち上げをやるのですよ、アナとう・ち・あ・げ」
「まぁ、素敵ですね!」
「そういえばアナスタシア皇女と色々と調べられていましたもんね、お疲れ様でした!」
「ありがとう、二人とも。あ、良いことを思いつきましたわ。今度はあなたがたとも打ち上げをしましょうか?」
「えっ!? 良いのですか? わーい!」
「それは……すごく嬉しいです! あたし、頑張って信者を増やしますね!」
……信者を増やす?
はて、それはどういう意味なのでしょうか。
◇
その日の夜。
私は翌日に備えて、ネビュラちゃんと準備をしていました。
「相手の好きなもの、ですか……残念ながら私はアナの好きなものを知らないんですよねぇ」
「皇女様も女の子であられるのですから、お菓子とお茶でも用意すれば良いのではないでしょうか? むしろ、今の準備の方が意味不明かと……」
「でも私お菓子なんて食べないから、なにを用意すれば良いのか分からないわ」
「お菓子であればボクが用意しますよ」
「まぁ、ネビュラちゃんは役に立つわね。素晴らしいですわ」
「お、お菓子程度で喜んでいただけるなら……」
「あなたの女子力の高さにはいつも感心するわ」
「あのー、お忘れかもしれませんが、ボクは一応おと──いえ、なんでもございません」
たまに変なことを言いますが、ネビュラちゃんは実に優秀な子ですね。この件が片付いたら、私の『不死の軍団』の部隊長に任命しても良いかもしれないと思い始めました。
「それで、打ち上げの会場はどこなのですか?」
「私が好んで行く場所が良いと言われましたわ。だからいつもの墓地にしようと思うの」
「ぼ、墓地で打ち上げ、ですか……?」
「あら、ネビュラちゃんは素晴らしいと思いませんこと?」
「ボクだったらドン引きしますけどね」
まぁ。自分だってアンデッドのくせに、酷いこと言いますのね。
「アナをあなたと一緒にして欲しくはありませんわ。彼女は私の好きなところならどこでも良いと言ってくれたのよ」
「……そ、そうですか。でしたらご自由になされると良いのではないでしょうか。それで、ほかに条件はありますか?」
「せっかくだから二人っきりが良いと言われているわ。うふふ、楽しみですね」
「それでしたら、ボクやウルフェも少し離れた場所にいた方が良いかもしれませんね」
「ええ、せっかくですので二人とも休暇を取ると良いですよ」
あぁ、二人っきりの打ち上げ、楽しみですわ!
◆◇
──同じ頃、アナスタシアは──
「決行は明日よ、シャーロット。準備はよろしくて?」
「はい、万全に準備しております」
シャーロットからの報告を聞いたアナスタシアは、目元の書類に目を落としながら頷く。
二人は翌日の『打ち上げ』についての入念な確認を行なっていた。ここでの失敗は許されない。確認は入念に行うに越したことはない。
だが主人であるアナスタシアが別の書類に目を通していることを気にしたシャーロットがつい口を開く。
「失礼ながら──アナスタシア様は何に目を通されているのですか?」
「これ? これはユリィの身辺調査に関する報告書よ」
無造作に書類を渡すアナスタシア。
シャーロットが目を通すと、そこにはユリィシア・アルベルトに関する出生から学園に入学するまでの調査情報が記載されていた。
「父親は──【剣皇騎士】カイン・アルベルト!? 母親は、元聖女のフローラ!? なんと、ユリィシア・アルベルトの両親はあの【黄泉の王】を討った大英雄ではありませんか! たかが剣爵令嬢ふぜいがどうして学園に来れたのかと思いましたが、そういうカラクリでしたか……」
「そうね」
若干興奮気味に食い入るように書類を見るシャーロットに、アナスタシアは感情のこもらない目で頷く。
「聖女の血を引いているということは、もしかして治癒魔法を使えるのかもしれませんね」
「少しは使えるみたいよ。以前聖女エトランゼが認めてたわ。だけど、聖女の域にはないみたいね」
「承知しました。ではそのことも考慮に入れて、準備を整えます。ですが、戦闘能力を持たない時点で皇女様には──」
「……もう良いわ」
「えっ?」
「わたくしも明日の準備に入ります。シャーロットも戻りなさい。明日は早いのでしょう?」
「は、はぁ……かしこまりました」
若干納得のいかない表現を浮かべていたシャーロットではあったが、皇女の言うことは絶対である。
深々と頭を下げたあと、シャーロットはアナスタシアの部屋を辞していった。
シャーロットが立ち去ったあと、控えていた侍女たちも下がらせた上で、部屋で一人アナスタシアは大きく息を吐く。
手には先ほどの報告書を握り締めたまま、アナスタシアは──他に誰もいない部屋の中で、そっと独り言を呟いた。
「ユリィ。あなたは学園だけでなく、領地や王都でも人気だったのね……」
報告書には、ユリィシアに関する逸話がいくつも盛り込まれていた。領地エンデサイドの改革や、王都での立ち回りなど……中にはアンデッド100体を昇天させた、などというにわかに信じられない内容もあった。
だがアナスタシアにとって重要なのはこれらが事実か否かではなく、ユリィシアに関してそういった情報が流れていることそのものにあった。
真実だろうと嘘だろうと、好感度が高くなければそのような情報は流れ出ない。
つまりこれら情報は、ユリィシアが民衆から極めて高い支持を受けていることを示していた。
もちろん、民衆からだけではなく、妃や王子からも──。
「もしかしてジュリアスの求婚は、あなたを準妃や側妃として迎え入れるのではなく、正妃のつもりだったのかしら?」
アナスタシアは己が帝国の皇帝の娘であり、自分が政治の道具でしかないこと重々承知している。
だから夫となる予定の存在が、愛人を何人作ろうと、関係ないと考えていたのだが……。
チクリ。
なぜだろうか──胸の奥が鈍く痛む。
「まぁ仮にそうだったのだとしても、今となってはもはや関係ないことですわ。今やわたくしがジュリアス王子の正式な婚約者なのですからね」
そう口にしてみたものの、アナスタシアの気分が晴れることはない。
だからアナスタシアは、自分に言い聞かせるようにさらに言葉を続ける。
「ジュリアスは第二王子ですが、第一王子が死ねば自動的にジュリアスが王となり──必然的にわたくしが、この国の王妃になりますわ。そのときのために、わたくしはここリヒテンバウム王国内で、確固たる基盤を作っておく必要があるのです。ええ、わたくしより人気な存在など……あってはならないのですよ」
ゆえにアナスタシアは、ユリィシアこそが己がこの先進む道において最大の障壁になると判断する。
あのカロッテリーナ王女との姉妹関係ですら、ここリヒテンバウム王国で権力を握るための道具なり手段としてしか見做していなかったアナスタシアが、ユリィシアのことを──真の意味で己と互角の好敵手であると認めていたのだ。
「ユリィ、もしわたくしが今の立場じゃなかったら……」
だが──そこまで口にして、アナスタシアは口をつぐむ。
一瞬現れかけた感情が、またすぐに消えてゆく。
「わたくしは何を考えているというの? 一度動き出した歯車は止まらないというのに……」
大きく息を吐くと、背筋をピンと伸ばす。
それは──アナスタシアなりの、一つの決別。
彼女の瞳に宿るのは──底知れぬ深い闇と暗い光。
「もはや後戻りは出来ません。ユリィ……全ては動き出したわ。あなたは、わたくしの糧になるしかないのよ」
だがその光の先には、何か別のものも垣間見えた。
アナスタシアがひた隠しにしてきた、真実の──。
「もしそうできなければ……わたくしは……消されてしまうわ。
あの恐ろしい男──ダレス兄様によって、ね」




