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53.報告

「はっ!」

「しぇあっ!」


 鋭い声が響き、剣と剣がぶつかり合う音が聞こえます。


 私たちの前で剣を交えているのはウルフェと、アナスタシアの護衛を務める黒い鎧に身を包んだ騎士、ランスロットです。

 ランスロットの下の名前は……うーん、面倒なので忘れました。だって今は剣士系の素体はかなり優秀なのが集まっているので、ランクBくらいでしたらあまり興味がわかないのですよ。私も贅沢になったものですね。うふふ。


 ちなみにランスロットは、黒髪をポニーテールにした、これまた爽やかな笑顔を顔面に貼り付けたクソイケメンです。

 しかもいちいち声がうざい。余計気にくわないのですが、アナスタシアの従者なので我慢しています。



 それで、なぜウルフェとランスロットが剣を交えているのかというと──今日は、年に一度の従者たちの活躍の場『円卓闘技』が行われていたからです。

 これは、生徒の従者を務めるものたちだけのトーナメント制の戦いです。日頃の鍛錬を主人に見せる貴重な機会であり、他の令嬢にとっても一流の剣術を目の当たりにすることができる場を提供しています。


 その一回戦で、ウルフェはアナスタシアの従者であるランスロットに当たってしまったのでした。


「しぇぇああああっ!」

「っ!?」


 ついにはランスロットの剣がウルフェの剣を弾き飛ばし、勝負は決しました。

 ランスロットの勝ちです。


「きゃあーー!」「ランスロット様、すてきー!」「さすがはアナスタシア様の従者ですね!」「さいこー!」


 一気に周りから黄色い声援が飛びます。

 もちろん、生徒たちが歓声を上げているのはランスロットに対してのみです。負けたウルフェは完全にスルーです。やはり彼が獣人だからでしょうか? そんな理由もの、どうでも良いことですのにね。と思っていたら──。


「ウルフェ様! さすがユリィシア先輩の従者です! 素晴らしい戦いでした! ピナは感動いたしました!」

「ピナだけずるーい! あたしも感動しましたよ! 応援してましたし!」


 例の件以来すっかり懐いてしまったピナとナディアが、声を上げて応援してくれていました。


 いやぁ、二人の治療はとても美味しかったです。

 ピナは回復魔法と『生命の樹セフィロト』の組み合わせでアザを治癒することで、ナディアに関しては彼女の持つ邪眼を私の《審罰の左目》で使用制限をかけることで、二人の持つ素質ポテンシャルを開花させることに成功しました。

 その結果、ピナは人前で堂々とピアノの演奏が出来るようになるとともに演奏関係のギフトに覚醒し、ナディアは邪眼で少しずつ絵を描けるようコントロールできるようになりました。


 二人とも目に見えて明るく──陽キャになってしまったので相手するのは少し大変なのですが、それでも芸術系Sランクアンデッドという、これまで存在を知らなかった特殊アンデッドの素体を確保できたという意味で、極めて素晴らしい成果を得られたと考えております。


 なにより、二人が精神的に悩みから開放され素質を開花させたことで、なんと合計で1000近くの魔力が向上したのです。ここ最近ではキャメロンお姉様以来の御馳走でした。


 やはり、アレクのときに推察していた『素質を開花させることにより魔力が増加する』ということは、今回で紛れもなく事実なのだと証明されたようですね。

 これからも良い素材エサを見つけ、どんどん育ててあげないといけませんわ。うふふ。


「参りました、ランスロット様」

「いやー、ウルフェ君もなかなか強いでござるね! さすがは皇女様のご友人の従者を務められるだけはあるでござるよ」


 私が考え事をしている間にも、二人は戦いのあとの挨拶に入っていました。

 爽やかな笑顔で右手を差し出すランスロット。対するウルフェはほぼ無表情で握手を交わしています。やはりウルフェもイケメンは嫌いなのでしょうか、なかなか良い傾向ですね。


 その後戻ってきたウルフェに、私は労いの言葉をかけます。


「よく頑張って負けました・・・・・ね、ウルフェ。誰もあなたが手を抜いていたなんて気付いていませんでしたよ」

「お褒めに預かり恐縮です、お嬢様」


 もちろん、ウルフェにはわざと負けさせました。

 だって、活躍なんてしたら目立ってしまってあとが面倒なんですもの。


「もしかして、ウルフェは本気で戦いたかったですか?」

「いえいえ、そんなことはございませんよ。確かに相手は憎き帝国の騎士ですが、これもお嬢様のためですし──なにより俺が真の実力を発揮するとすれば、このような場ではありませんから」


 爽やかな笑顔で答えるウルフェ。うーん、やはりイケメンの笑顔はイラつきますね。


 こんな時は一発強烈な毒でも盛ってあげたいところなのですが、実は──私が毒を精製しようとすると、すべて浄化されて無毒化されていることを最近ネビュラちゃんに指摘されて気づいてしまったのですよ。

 どれだけ毒を盛ってもケロっとしているので頑丈なやつだなぁと思っていたのですが……まさかすべて浄化されていたとは……。

 以来私は、ウルフェに対する無意味なポイズンポーションの刑からは卒業しました。残念ですが、なにかウルフェで行える新たな実験を検討しなければなりませんね。


「ユリィ!」


 ピナやナディアに囲まれながらウルフェの今後について思案していると、向こうからアナスタシアとランスロットが笑顔でやってきました。


「あなたの騎士もなかなかの腕ね、ユリィ」

「ウルフェは騎士ではなく従者ですわ、アナ」

「あら、従者なの? だったらもしかして、スカウトできたりするのかしら?」

「それは無理ですよ、アナ。私はウルフェを手放すつもりはありませんので」

「うふふ、冗談よ。それよりも──この闘技が終わったら、生徒会長のところに報告に行きますわよ」


 報告?

 何か報告するようなことはありましたでしょうか。




 ◇




 結局、今回の『円卓闘技』はランスロットがそのまま優勝しました。

 前の年はカロッテリーナ様の従者が優勝して、ランスロットが準優勝でしたので、順当な結果ですかね。


 従者の中に誰か掘り出し物がいるかと期待してたのですが、残念ながらイマイチ優良な素体はいませんでしたね。三位だったオルタンスの従者などCランクでしたし……。


 おそらく学園の生徒の護衛程度なので、実力よりも家柄や信頼度で人選しているのでしょうか。これなら学園の女子生徒たちとキャッハウフフしながら覚醒狙いした方がはるかにマシですし、なにより私が楽しいです。


 得たものがあまりない時間を過ごしたあとの放課後、アナスタシアに引き連れられてやってきたのは生徒会室です。

 中では生徒会長のフェアリアルがお茶を用意して待ってくれていました。


「お待ちしていましたよ、アナスタシア、ユリィシア」

「お待たせしましたフェアリアル会長。それでは『学園の七不思議』に関するこれまでの調査状況を報告させていただきます」


 ……あぁ、すっかり忘れてました。

 そういえばそんな仕事を依頼されていましたね。そもそも七不思議はどんな内容だったでしょうか。


 生徒会長のフェアリアルを前にして、アナスタシアが現在の調査結果を報告内容を、ホワイトボードにペンで色々と書き始めました。

 ありがたいことです。おかげで復習できます。



 ──


<解決済み>

 ○『地下にある開かずの部屋』

 ──生徒会用の備品倉庫


 ○勝手に演奏されるピアノ

 ──とある生徒が、学園に許可を取り演奏していた


 △旧棟トイレの亡霊

 ──誰かが旧棟のトイレを使っていたのを見間違いではないか?


 ○動く絵画

 ──風で揺れた絵画の見間違いと確認


 △深夜に一段増える階段

 ──数え間違いでは? そもそも夜に学園への立ち入りは不可



<不明>

 ・7人の聖導女

 ・黒魔術のミサ


 ──


「○は確定、△は見聞きした情報からの推察になります。不明の二つは現時点では有力な情報を得られませんでした」


 ……いくつか、私が知っている事実とは違う答えもありますが、その辺りは特に気にしなくて良いでしょう。なによりもこの面倒な仕事から早く解放されることが大事ですからね。


「以上がわたくしたちが調査した結果です。必要であれば証人を用意致しますが──」

「いいえ、これだけでも十分な成果ですわ。さすがはアナスタシアです、ありがとうございます」

「いいえ、ユリィが手伝ってくれたおかげですよ」


 私は付いて行っただけですが……面倒なので、とりあえず黙って頷いておきます。


「残りの二つはなんだか物騒ですので、アナスタシアたちは調査しなくて結構ですわよ。ご苦労様でした」

「はい、ありがとうございます」

「では最後に──お手数ですが、今回の調査結果を簡単にまとめた報告書をあとで提出して頂けますか?」

「かしこまりました、フェアリアル会長」


 どうやら報告書を書けば、今回の生徒会の仕事は終わりのようです。

 会長室を出たあと、アナスタシアが笑顔を浮かべながら話しかけてきました。


「ユリィ、これで一つの仕事が終わりましたわね。報告書を書き終わったら、ふたりで打ち上げでもしませんこと?」


 う・ち・あ・げ!?


 女の子と二人っきりで、打ち上げですって!?


 私が書物でしか見聞きしたことがない──仲の良い友達同士が仕事の終わりに飲んだり食べたりするという、幻の会合のことですね!?


 それを──アナスタシアという美しい少女と、しかも二人っきりでできると言うのですか!?


「あら……わたくしとでは、お嫌でしたの?」


 上目遣いのアナスタシアに、私は慌てて首を横に振ります。

 お嫌なものですか、むしろ大歓迎でございますわ。


「良かったわ、じゃあまた明日ね!」


 ついにコミュ障だった私にも──お友達とキャッハウフフする時がやってくるのですね。まるで夢のようです。


 あぁ……明日が来るのがとても待ち遠しいですわ。




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