51.お悩み解決
私はネビュラちゃんを連れてピアノの音が聞こえる音楽室へと向かいます。
最初はなんらかのアンデッドの仕業かと期待していたのですが、近づくにつれて私のワクワクは泡のように消えて行きました。
なぜなら、アンデッド特有の負のオーラというか、そういったものを全く感じなかったからです。
このピアノを弾いているのは、残念ながら未練を残して死んだゴーストでもスピリットでもありません。生身の人間です。
実際、教室を覗いてみるとそこで演奏していたのは──。
昼間と同じく、やはりピナでした。
「女の子、でございますね? あれがご主人様のおっしゃっていたピナ・クルーズですか?」
「ええ、そうよ」
「しかしなぜまた夜に演奏を?」
その理由については心当たりがあります。
ですが、私にとって理由などどうでも良いのです。
彼女の悩みを解決して、優秀なアンデッド素体として覚醒してもらえれば──。
「こんばんは」
「っ!?」
扉を開けて声をかけると、ピナは驚いたかのように飛び上がります。
「ユリィシア……先輩」
「あっ。その響き、いいですね」
「どうしてこんな夜中に……」
「それはこちらのセリフですわ、ピナ」
こちらには生徒会という名目がありますからね。たとえ不審がられても、生徒会の仕事だと言い張ればなんとでもごまかせますから。
ですがピナはどんな名目で夜の学園に侵入していたのでしょうか?
この学園の警備は、ヴァンパイアのネビュラちゃんの闇魔法を駆使して侵入しなければならないくらい厳重です。
ということは──ピナもネビュラちゃん同様の手段を持っているか、もしくは……他に手引きをしたものがいた、ということになります。
しかし、アンデッド素体としてランクの低い彼女が、ネビュラちゃん級の魔法を使えるとは思えません。
また、いくらネビュラちゃんでもピアノの演奏音までは抑えられません。実際ピナの演奏音は外に漏れていたくらいですから。
ですが、警備兵達がピアノの音を気にしている様子はありません。
ということは、ピナは──。
「あなたは学園から演奏の許可を得て、やっているのですね」
「……はい」
ピナは何か諦めたかのように、ピアノの前から立ち上がりました。
「ピナは……ギフトに目覚めていません。ですがその可能性があるということで、特別枠で入学を許可されました……」
ほう、やはりまだ覚醒していませんでしたか。
ですが、それでいて特別枠が認められるということは、彼女がかなりの素質を持っていると判断されたのでしょう。
私の《鑑定眼》は、基本的に剣術や魔法力などの戦闘能力を中心に鑑定を行います。しかし、彼女のように芸術側に寄っている場合は、今の鑑定条件ではちゃんと見ることができません。
実際、音楽の才能を踏まえた鑑定に調整してみると、ピナの情報に変化が見られました。
── ピナ・クルーズ ──
年齢:12歳
性別:女性
素体ランク(芸術/音楽):A
適合アンデッド:
バンシー(C)……99%
ララバイゴースト(B)……59%
マエストロ・ファントム(A)……28%
──
表示されたのは、これまでとは全く異なるアンデッドの名称。
ピナは──おそらく戦闘向きではない、ですがレアリティの高い貴重なアンデッドの資質を持っていたのです。
──なるほど、そういうカラクリでしたか。
これは完全に盲点でしたね。とても勉強になりました。
「たしかにあなたは才能を持っているようね」
「……ピナは平民です。貴族の方のように将来を約束されているわけではありません。だからどうしても今以上の才能に目覚める必要がありました。だけど……ダメなんです。この顔のアザが、全てを狂わせているのです」
それにしても、初めて見る名前のアンデッドばかりですね。よもやアンデッドに芸術的な資質を持った存在があったとは……死霊術のなんと奥深いことか。
「小さな頃からずっと言われ続けていました。お前の顔にアザさえなければって。だからいつも気になっていて……。その結果ピナは、どうしても人前で──演奏することができなくなってしまいました。人前で演奏できなければ、ピアノの奏者などなれるわけがありません。だけどこの顔のことがどうしても気になって、乗り越えることができないのです。このままではピナは……うぅぅう」
この子、覚醒させたらどんな素質を開花させるのか……実に気になります。
現時点でAランクが見えているので、この調子ですとSランクは固いのではないでしょうか? もしかすると……SSランクも?
「一つ確認します。ピナは……顔のアザさえ消えれば、大きな悩みは解決しますか?」
──アザが消えれば。
その言葉を聞いた瞬間、ピナの顔色が変わりました。
「ええ、変わるわ! 変わりますとも! ピナがどれだけこのアザのせいでひどい目にあってきたか! 今だって同級生達からも顔のアザのことを気味悪がられているわ。しかもそれだけじゃない、ピナは知ってるの……みんながピナのことを陰で『ゾンビ顔』って言ってるのをね! ピナにわからないように、近くで鼻をつまんだりしているのよ! まるで腐ってるみたいって、そんなの……辛いに決まってるじゃない!」
「あなたの顔は、とても可愛らしいわ」
「そんな表面だけの言葉なんて聞き飽きたわ! アナスタシア皇女も似たようなことを言っていたけれど、ピナはうわっつらだけの言葉なんていらないの! それよりも……ピナを普通の顔にしてください……うぅぅ……神様お願いします……」
そんな彼女を、私は優しく抱きしめました。
だって、涙を流す女の子が可愛らしくて仕方ないんですもの。
ええ、もちろん役得です。キャメロンのようにふくよかでないのは残念ですが。
「わかりましたわ。私に……おまかせなさい、ピナ」
「えっ?」
「私が、あなたの人生を変えてみせましょう」
そういうと、私はピナにゆっくりと手を伸ばします。
ですが──その手を止めるものがいました。ネビュラちゃんです
「お嬢様、学内でアレをなさるのは危険でございます。場所を変えたほうがよろしいかと」
「たしかにそうね、分かったわ。ではピナ、明日の放課後にここにいるネビュラがあなたを迎えに行きますので、ついてきてください。今夜の続きを行いましょう。それと──」
私は人差し指を唇に当てながらピナに言います。
「このことは、他言無用でお願いしますね?」
私の脅しのような確認に、素直なピナはただ黙ってコクコクと頷いてくれたのでした。
翌日の放課後──。
私はいつもの墓地で一人、墓石にもたれかかるようにして黄昏ていました。
こうして人を待つっていうのは悪くありませんね。前世ではあまり人と接することがなかった私が、こうも他人と深く関わっているのですから……本当に不思議なものです。
「お嬢様、お連れいたしました」
やがてネビュラちゃんがちゃんと言いつけ通りピナを連れてやってきます。
ピナは見るからに怯えているようですが……大丈夫ですよ? 今すぐあなたをアンデッドにするわけではありませんからね。
「あの……ユリィシア先輩? こんなところで一体何を……?」
「あ、その響きが良いのでもう一度言ってもらえますか?」
「え? ユリィシア……先輩?」
あぁ、何度聞いても素晴らしい響きですわね。
何度でも聞き続けていたい……。
「あのー、それでここで一体何をなさるのですか?」
「あぁ、あなたのそのアザを治療しますわ」
「──はい?」
私の言葉に、ピナは意味がわからないといった感じの表情を浮かべます。
「あの……治療、というのは? ピナの顔はお医者様でもさじを投げたアザなのですが……」
「文字通り、治すのよ。あなたはそのアザを取りたいのでしょう? 取れば、すべての問題は解決するのでしょう?」
「……そ、それはそうですが……このアザさえ消えてくれれば、ピナだって……でも……」
「わかりました。でしたらあとは私におまかせください」
「えっ!?」
私はそういうと、ピナの頭に《祝福の唇》を落とします。
どうやら彼女のアザはなかなか根治が大変そうです。それでも『生命の樹』を持つ私に不可能はありません。
さぁ、久しぶりに全力で治癒を行いましょうかね。
「ではいきますわよ──『簡易治癒』」
「ふわぁあぁあぁ!?」
ピナの全身が、私の右手から放たれた光に包まれます。
次の瞬間──私の魔力が、ピナの中で一気に炸裂しました。
◇◆◇◆
──翌日。
聖アントミラージ学園の一回生の教室は、ざわめきに包まれていた。
なぜならば、颯爽と入ってきた紫色の髪の美少女に、クラスの誰もが目を奪われたからだ。
輝くような明るい笑みを浮かべる彼女がいったい誰なのか、クラスメイトたちは一瞬理解できなかった。だがすぐに特徴的な髪の色から、その人物の正体に気づく。
「あれ? あの子って、もしかして……」「ピナ・クルーズ!? うそっ!? あのネクラ!?」「なんで顔があんなに綺麗になってるの!? あのアザはどうして消えたの!?」「あの子、あんなに明るい笑顔ができる子だったんだ……」
もはやそこに、クラスメイトたちが知るピナの姿はなかった。
かつてのピナは暗く沈み、いつも下を見ていた。顔の半分を髪で覆い、人を避けていた。
そんな彼女のことを、クラスメイトたちは陰ながら「ゾンビフェイス」などと揶揄していたのだった。
だが今の彼女にゾンビフェイスの面影はない。顔に残るアザの痕跡など何一つ残っていなかった。
代わりに髪をアップにし、堂々と表に出した今の彼女の顔に浮かんでいるのは、輝くばかりの笑顔。
これまでほとんど注目を浴びることがなかったピナの素顔は、誰もが驚くほどの美貌だった。
だがどうして?
なぜ彼女のアザは消えたのか?
そしてどうして──まるで別人のように自信にあふれた表情を取り戻しているのか?
そんな生徒たちの疑問に答えることなく、ピナは教室のど真ん中を堂々と歩いていく。
彼女の向かった先は──たった一人でぽつんと外を見ていたナディアの目の前。
「こんにちは、ナディア」
「ふわっ!? あ、あなたは……ピナしゃん!?」
慌てたせいか、眼帯をずらしながらドモるナディア。
そんな彼女に怪しげな笑みを浮かべながら横の席に座ると、ピナはそっとナディアに耳打ちをしてきた。
「……あなた、大きな秘密がありますね?」
「っ!?」
「あなたの悩み、苦悩。そのすべてを──あのお方が解決してくれますわ。ですので放課後──ピナについてきてもらえませんか?」
「ふぇ、ふぇえぇぇぇ……」
ブルブルと震えながら頷くナディア。
こうして放課後、ピナに連れられてナディアもまた例の墓地へとやってくるのであった。




