49.学園の七不思議
新入生たちが入学してから一ヶ月が経過し、今年も無事にデビュタントが終わりました。初々しい一回生のドレス姿を見るのは、心の底からホッコリしますね。
今回は王族ゲストの参加はなく、生徒会長の母親であり現国王の末妹にあたるアーバンシー辺境伯夫人が主賓でした。なんでも前回のように妃が3人も参加すること自体が異例中の異例だったそうです。
私は今年もレナユナマナに来てもらい、めいっぱいおめかししてもらいました。なにやら二人の妃からプレゼントされた薔薇をモチーフにしたペンダントとブローチもつけています。
ですが主役は一回生たちです。私は生徒会のメンバーとしてデビュタント運営のお手伝いをしながら、一回生たちが顔を真っ赤にしたり蒼白になりながら入場してくる様子をニマニマしながら眺めていました。
「ユリィ、なんだか愉しそうね?」
「そう……なんですかね?」
アナスタシアに指摘されてふと気がつきます。
……あれ、私けっこう学園に馴染んでたりしますかね?
◇
デビュタントが終わると、学園の行事もひと段落です。
一回生にとってはここから実質的な授業が始まるのですが、すでに進級していてエレガントコースに入った私にとっては大して変化のある生活ではありません。
そんな時、生徒会長からアナスタシアと一緒に呼び出されました。
「学園の七不思議の調査、ですか?」
アナスタシアの確認に、生徒会長のフェアリアルが和やかに微笑みながら頷きます。
デビュタントが終わったことで生徒会ではこれまで溜まっていた仕事を片付け始めているのですが、私とアナスタシアが命じられたのは、『学園の七不思議』という奇妙な噂に関する調査指令でした。
「あら……いやだわ、学園の七不思議なんて……」
「そもそもその──七不思議とは何なのですか?」
「ユリィったら知らないの? 結構生徒たちの間で有名ですのに」
すいません、他の生徒と全く世間話をしませんので……。
「そうねぇ。わかりやすく言うと、この学園で噂される7つの不思議現象のことよ。たとえば『旧棟トイレの亡霊』なんかはアンデッドの仕業じゃないかとか言われてるわ」
なんと!? アンデッドですって!?
この学園にアンデッドがいるのですか!?
俄然興味が湧いてきた私に、アナスタシアは黒板にカツカツ音を立てながら、その七不思議とやらを書き出してくれました。
・旧棟トイレの亡霊
・深夜に一段増える階段
・動く絵画
・勝手に演奏されるピアノ
・地下にある開かずの部屋
・7人の聖導女
・黒魔術のミサ
「これで7個あるかしら? 人によっては多少言葉が違うものもあるけど、概ねこんな感じみたいね」
「……なんなのですか、これは」
書き出された内容を見て、私はちょっとガッカリしました。なぜならいかにもチープな名称ばかりだったからです。
中にはいかにもアンデッドが関わっていそうなものもあります。トイレの亡霊なんてまさにそうです。
この程度の噂であれば、せいぜいがゴーストやスピリットなどでしょう。SランクどころかCランクですら望めないかもしれません。
とはいえ、もしアンデッドだとすると、久しぶりの『天然もの』です。前に会ったのはネビュラちゃんが作った『養殖もの』でしたからね。天然ものは鮮度が違います。
ぜひ一度お会いしてみたいものですね。
「もちろん、中には根も葉もない噂もあるわ。たとえばここに書いてある『地下にある開かずの部屋』は、生徒会の備品倉庫ですもの」
「ええ、アナスタシアの言う通りですわ。ですが、こういった不埒な噂のせいで怖い思いをしている生徒がいることも事実です。生徒会としてはこれらの七不思議をあなたたちに調べてもらって、生徒の不安を払拭してもらいたいのです。他の役員たちはデビュタントの後片付けとか別の問題解決で手が回らなくて……ですね」
フェアリアル会長が困ったふうに眉を寄せて必死に助けてアピールをしてきます。
一方私はやる気──というか最近かなりアンデッドに飢えていたので調べる気満々です。
生徒会長と私、双方を交互に見比べたあと、アナスタシアが「はぁ」と大きなため息をひとつ吐きました。
「わかりましたわ……それではわたくしとユリィの二人で調査してみます」
「ありがとうございます! 感謝しますわ、アナスタシア、ユリィシア」
こうして私とアナスタシアで『学園の七不思議』とやらの解決に一肌脱ぐことになりました。
「はぁ……わたくし、オバケは苦手なのに……」
「アナ、何か言いました?」
「えっ!? あ、ううん、なんでもないわ」
◇
「じゃあユリィ、これからどう対策するか相談しましょう」
「はい」
生徒会室を出たあとティーサロンに連れて行かれた私は、アナスタシアと今後の作戦を検討することになりました。
周りでは他の女子生徒たちが遠巻きにこちらを見ながらきゃっきゃと黄色い声を上げているのが見えます。
「……あの子たち、何か用があるんですかね?」
「ユリィ、気にしなくていいわ。それよりも現状を整理したから見てもらえるかしら」
アナスタシアが書いた手書きのメモを私に見せてきます。
そこには、『七不思議』の現時点で判明している情報が書き加えられていました。
──
<解決済み>
⚪︎『地下にある開かずの部屋』
──(正体)生徒会用の備品倉庫
<解決の見込みあり>
△勝手に演奏されるピアノ
──誰かが音楽室に侵入して演奏しているのでは?
△旧棟トイレの亡霊
──誰かが旧棟のトイレを使っているのを見ただけかも?
△動く絵画
──ただの見間違い?
<不明>
・深夜に一段増える階段
・7人の聖導女
・黒魔術のミサ
──
なるほど、とても分かりやすく整理されていますね。さすがは帝国の皇女様です。
ただ私であればここに「原因がアンデッドである確度」も追記するところですが……まぁアナスタシアにそこまでは期待するのは酷というものでしょうか。
「さきほども話していた通り、すでにひとつは原因が判明していますわ。あと3つについても理由について予想がついています。ですからまずはこの『解決の見込みあり』3つから先に調査しませんこと?」
「ええ、それで良いですわ」
この中にひとつでも天然ものの犯行があると心踊るのですが……可能性としては、やはりトイレの亡霊でしょうか?
「ところでこの『7人の聖導女』と『黒魔術のミサ』というのはなんなのですか?」
「7人の聖導女は、昔からこの学園に伝わる伝説みたいなものですわ。なんでも亡くなった7人の聖導女が新たな犠牲者を探して彷徨っていて、もしこの集団に捕まると殺されてしまうの。そして犠牲者を取り殺すと七人の内の霊の1人が成仏して、替わって取り殺された者が七人の内の1人となる。そのために七人の聖導女の人数は常に7人組で、増減することはないんですって」
まぁ! なんという禍々しい伝承なのでしょう!
名前だけ聞いたときには意味がわかりませんでしたが、いかにも強力な天然もののアンデッドが出てきそうな予感がビンビンする内容です。
これほど強力なアンデッドだと、場合によってはA……もしくはSランクでさえ期待できるかもしれません。これは俄然興味が湧きましたね。
「……ところでアナ、なぜ震えているのですか?」
「な、なんでもありませんわ」
私が尋ねると急に震えを止めてしまいます。寒いのでしょうか?
「あと『黒魔術のミサ』のほうは、〝悪魔″を呼び出す怪しげな儀式をやっている生徒がいるっていう噂よ」
〝悪魔″──これはまた懐かしい名前が出てきましたね。
この世界には悪魔が実在します。しかもこいつらは極めてタチが悪いです。
悪魔は一種の『精神生命体』のような存在です。
ターゲットとなる人間に取り憑くと、力を与える代わりに邪悪なる意志を持って様々な悪事を働きます。
ですが彼らがもっともタチが悪い理由は、私たち死霊術師が確保している素体と彼らのターゲットが被ってしまうことです。
優秀なアンデッド素体は、すなわち悪魔にとっても貴重な依り代となります。なので悪魔と死霊術師はいつも素体を取り合っているのです。
悪魔に完全に乗っ取られてしまった素体は、もはやアンデッドとしては使い道がありません。悪魔を滅ぼした時点で灰になってしまうからです。
ですので、大事に育てていた素体を悪魔に奪われてしまわないよう、いつも気を配っています。
〝悪魔″とは、死霊術師にとって決して相容れることのない〝永遠の敵″なのです。
「なるほど……それは良くありませんね」
「ええ、昔から心弱きものが悪魔に頼る伝承はたくさんありますからね。ただ、単なる噂の可能性も捨てきれませんので慎重に調べるとしましょう。まずは──簡単な方から片付けてしまいましょうね」
「ええ、わかりました」
ティーサロンを出たあと、私たちは音楽室に向かいました。
ここは七不思議の一つ、『勝手に演奏されるピアノ』の発生源と思われる場所です。
「生徒たちの噂によると、この七不思議は──夕方や夜に音楽室からピアノの音が聞こえるというものでしたわ」
「あら、勝手に演奏とあったので、無人のピアノが音を奏でていると思っていたのですが……違うのですね」
「さすがにそれだと本物の怪奇現象になるわね。でも今回はそこまで確認はされていないわ。たぶん……話に尾鰭をつけただけじゃないかしら」
なるほど、であればアンデッドの可能性はかなり低いでしょう。ちょっと残念です。
「今日はサークル活動も行われていないはずだから、音楽室は無人の予定よ。ゆっくり調べられるわ」
──ポロン……ポロンポロン──。
すると──誰もいないはずの音楽室から、ピアノの音が聞こえてきました。
これはもしかして──。
「ふふふ、さっそく一つ解決しそうですわね」
アナスタシアが悪戯っぽい笑みを浮かべます、
足音を立てないようにしながら二人で音楽室に近寄ると、こっそりと扉を開けます。
中を覗き見ると、室内では──紫色の髪をした一人の少女が、まるで取り憑かれているかのように一心不乱にピアノを弾いています。
あの髪の色は──。
私はこの少女に見覚えがあります。
「あの子は……」
なんとピアノを弾いていたのは──。
私が目をつけていた三人の新入生のうちの一人。
顔の左半分を長い紫色の髪で覆い隠した女の子、ピナ・クルーズだったのです。




