48.生徒会
──生徒会。
そういえば以前、ネビュラちゃんがいろいろと調べて教えてくれたことを思い出します。最近すっかり他の方のメイドとも仲良くなって日々エンジョイしているネビュラちゃん、もしかして自分が男である事を忘れてたりしませんかね?
さて、ネビュラちゃんの話は置いておくとして……。
生徒会は、聖アントミラージ学園において、生徒たちを統括することを目的として設立された、全生徒たちの頂点に君臨する組織です。
基本的に生徒会役員の推薦によってのみ入ることができ、特に生徒会長になると絶対的な権力を持ちます。
歴代生徒会長はどこかの王族が務めることが多く、もしいない場合のみ王族に血のつながるものが生徒会長になっています。現生徒会長も後者になりますね。
現生徒会には、同級生ではアナスタシアの他にオルタンスとそのお友達三人が入っているものの、基本コミュ障で引っ込み思案な私にはまるで縁のない存在──だと思っていたのですが……。
「はぁ……生徒会、ですか」
「ええ、実はあなたを生徒会に推す声は多いのよ。カロッテリーナお姉様も強く推していたくらいですからね」
推薦。なんと甘美な言葉。
かつての私は人から避けられることはあっても、推薦されることなどありませんでした。そんな私がカロッテリーナやアナスタシアなどに推薦されるなんて……なんとも複雑な気持ちになります。
ですが私、面倒なことは嫌なのです……。
そもそも良質なアンデッド素体探しや黒ユリ化への研究など、私のプライベートはかなり多忙を極めています。生徒会に入って面倒ごとを押し付けられても対応する時間がなかなか取れないのです。
なのでここは即お断りするに限ります。限るのですが……。
「お願い。わたくし、あなたと是非一緒に仕事がしたいのよ」
アナスタシアがウルウルした瞳で私の手を掴んできます。
あぁ、こんな美少女に全力でお願いされたら私……断れるわけないじゃないですか。
「わ、わかりました……」
これがイケメンでしたら即却下していたのですがね。
「やったー! うれしいわ、ありがとうユリィ!」
おぉ、なんという役得。歓喜するアナスタシアに抱きつかれたではありませんか。
……まぁアナスタシアが喜んでくれるのでしたら、仕方ありませんわね。
こうして私は不本意にも──生徒会に入ることになってしまったのでした。
◇
生徒会室は、学園の中でも最上階にある時計台の近くにあります。
入り口にはとても豪華な扉があり、左右には女性警備兵まで控えていて厳重な警備がされています。
アナスタシアは女性兵たちに軽く挨拶をすると、そのまま生徒会室へと入って行きました。
「失礼します。会長、生徒会候補者を連れてまいりましたわ」
アナスタシアに連れられて中に入ると、ふわっとウェーブがかった茶色の髪にメガネをかけた大人しそうな女性が待ち構えていました。現生徒会長のフェアリアル・エルデ・アーバンシー辺境伯令嬢です。
ちなみに前会長はカロッテリーナで、エトランゼが風紀委員長でした。
「まぁ! あなたは──『悲劇の令嬢』ユリィシア・アルベルト! ……あ、ごめんなさい、失言だったわ」
はて、何が失言なのでしょうか。
「初めまして、会長。ユリィシア・アルベルトです」
「彼女はわたくしが勧誘しましてよ、フェアリアル会長」
「まぁアナスタシアが? だったら安心ね、なんの問題もないわ。ユリィシア、ようこそ生徒会へ。わたくしたちはあなたを歓迎しますわ」
おや、あっさりと受け入れられてしまいました。
こんなにユルユルで良いのでしょうか。
「いいのよ、ユリィは有名人ですからね」
「……有名人?」
いったいどこで有名になってしまったのでしょうか。まるで心当たりがありませんが……あぁ、もしかして先ほど言っていたカロッテリーナの推薦というやつですかね?
「生徒会の細かいルールについてはアナスタシアから教えてもらっても良いかしら?」
「ええ、もちろんですわ会長」
「それじゃあさっそくだけど、二人に生徒会の仕事をお願いするわね。新入生向けの講習会をあなたたちにお願いしてもよろしいかしら?」
講習会? それはなんでしょうか。
「講習会とは、新入生向けに学園のルールを説明する場のことですわ。ユリィも受けたのに、覚えてませんこと?」
すいません、さっぱり覚えていません。
「今回の講習会ではもともとわたくしが講師の役割を担ってましたのよ。だからユリィはわたくしのお手伝いをしていただけますか?」
「ええ、もちろんですわ」
手伝いだったら特に問題ありません。
ちゃっちゃと終わらせて、ウルフェたちと最近疎かになっていた学園の敷地内探索にでも行くとしましょうかね。
生徒会室を出ると、私とアナスタシアは並んで新入生たちが集まっている小さめの講堂へと向かいます。
途中、他のサポート要員もプリント類を持って合流してきました。あ、ミモザの姿も見えますね。
「それで……私は何を手伝えば良いのでしょうか?」
「……うふふ、ユリィはわたくしの隣に立っていていただけるだけでよろしいですわ」
へ? それだけで良いのですか?
「ええ。たぶんそれで十分な効果があると思うから、ね」
「はぁ」
アナスタシアの言葉に、他のサポート要員たちも頷いています。いったいどんな効果があるというのでしょうか。さっぱりわかりません。
なんとなくざわめく講堂にたどり着くと、入った瞬間、新入生たちから大歓声があがりました。
「きゃーーー!! アナスタシアお姉様よーー!!」「すてきーー! なにあれーー!!」「お隣にいらっしゃるお姉様も素敵!! どなたですの?!」「あの方はあれよ、二人の妃様からお花を渡されたユリィシアお姉様よ!」「きゃーすてきー!! 二人ともこっちむいてくださーい!!」「お願いです! あたしのお姉様になってくださーい!」
……圧倒的な黄色い声の前に、思わずひるんでしまいます。そんな私の背中を、アナスタシアがそっと押してきました。
「大丈夫よ、取って食われたりはしないから」
いや、なんとなく食べられそうなんですが……。
「ほら、みんな静かにするっすよー!」
サポート要員としてついてきてくれたミモザが一生懸命声をあげますが、誰も言うことを聞きません。
「お静かに!」
ところが壇上に上がったアナスタシアが凛とした声で言うと、みな一斉に黙りました。
さすがはアナスタシアですね、自然と王族の気品と威圧のようなものを感じました。
新入生たちは情熱的な瞳で、説明を行うアナスタシアを見つめています。それもそうでしょう、凛々しい長髪黒髪の美少女が、こうして皆の前でお話をしているのですから。私も横から見ているだけでつい見とれてしまいます。
「みなさま、ようこそ聖アントミラージ学園へ。わたくしは生徒会で新入生担当を務めるアナスタシア・クラウディス・エレーナガルデン・ヴァン・ガーランディア。こちらは私の補佐を務めます、ユリィシア・アルベルトです」
こうしてアナスタシアが学園生活のイロハについて説明を始めます。生徒たちは先ほどまでの喧騒が嘘のように神妙な顔つきでアナスタシアの話に集中していました。
ここで特に出番がない私は一気にやることがなくなってしまったので、なんとなく新入生たちを観察することにしました。
わずか1歳下だというのに、とても初々しく見えますね。ほんの1年前にあちらの立場だったのかと思うと、なんだか不思議な気持ちです。
とりあえず面白そうな素体がいないか鑑定しながら眺めていると──おや、なんだか面白そうな子がいますね。しかも……三人も。
せっかくですのでこの三人についてじっくり鑑定してみることにしましょう。
まず一人目は──なんと顔の左半分を長い紫色の髪で覆い隠した女の子です。
名前は……ピナ、というのでしょうか。
── ピナ・クルーズ ──
年齢:12歳
性別:女性
素体ランク:D
適合アンデッド:
スケルトン(E)……91%
ゴースト(E)……89%
──
素体の資質という意味ではかなり低いのですが、これは伸び代が高い可能性があります。期待十分です。
なにより顔を隠しているというのがとても気になります。早く調べてみたいですね。
二人目は、目に眼帯を着けた水色の髪の女の子です。眼帯を着けた子なんて初めて見ました。
── ナディア・カーディ・パンタグラム ──
年齢:12歳
性別:女性
素体ランク:B
適合アンデッド:
スペクター(C)……96%
レイス(D)……99%
──
この子は素体ランクが高い割に、適合アンデッドが少なくレベルが低いのが気になります。
それに右目の眼帯も……なにかありそうですね。気になります。
そして三人目は、アナスタシアと同じ黒髪の女の子。もしかして帝国出身者なのでしょうか?
── シャーロット・ルルド・アリスター ──
年齢:12歳
性別:女性
素体ランク:A
適合アンデッド:
スケルトン・ソードナイト(A)……71%
ナイトストーカー(A)……76%
──
なんと、素体ランクAです。適合アンデッドから見ても素晴らしい資質の持ち主であることは間違いありません。
過去の経験上、これだけの素体ランクを持っていると、低確率ですが『覚醒』する可能性があります。このタイプはダンジョンに打ち込むのが一番効率的なのですが……そのためにも早く仲良くなる必要がありますね。
あぁ、なんと素晴らしいのでしょう。
こんなにも期待できそうな素体を、新入生の入学早々見つけることができるなんて。
同級生が頭打ちになってしまい、新たな候補を新入生から探さなければいけないと思っていましたが──まさかこのような方法で見つけることができるとは思ってもみませんでした。
生徒会など面倒なことが多いと思って敬遠していたのですが、新たな楽しみが増えましたね。
さて、どの子からお話ししてみましょうか。
うふふ……実に楽しみです。
◇
ところがその後、なかなか一回生と接点を持つ機会には恵まれませんでした。
そもそもコミュ障の私が一人で一回生の教室に飛び込むなど、ドラゴンの巣に単身突入するよりも難易度が高いです。
え? 同級生の時はどうしたのかって?
そこはほら、同じクラスにいればなんとでもなりますからね。「どうしたんですか? 暗い顔して」って。それだけ言えばあとは勝手に相手が話してくれることがほとんどでしたもの。
でも下級生ではその作戦が使えません。
私は早くも手詰まりとなってしまったのです。
そんな私に、新たな突破口を見出してくれたのは、またもや生徒会のお仕事でした。




