45.デビュタント(後編)
残り三名。
その中に──ユリィシア様が残っている。
ウチと同様に信じがたいこの事実に気づいた他の生徒たちが、なんだかざわめき始めたっす。
それもそのはず、なにせデビュタントの入場は本人の家柄と後ろ盾に立つ貴族の格によって決まるっす。
そして現時点で残っている3名のうち2名は、いずれも公爵級以上の後ろ盾が確定している人っす。
ということは……ユリィシア様は──。
『次に入場するのは、バルバロッサ侯爵令嬢オルタンス嬢です。エスコートするのは、3回生のエトランゼ・ローズマリー・サウサプトンとなります』
ざわざわっ!!
そのとき、一気に会場のざわめきが拡がったっす。
何故なら、次に会場に入場してきたのが──エトランゼ様に引き連れられたオルタンス様だったからっす。
いや、我らがオルタンスお嬢様も、格という意味ではかなりの大物っすよ?
なにせ本人は侯爵令嬢、お姉様はあの【英霊乙女】エトランゼ様ですし、ユーフラシア公爵家からの後ろ盾をもらってたっすからね。
さすがに帝国の皇女であるアナスタシア様には及ばないものの、かなりの格を見せつけたのではないでしょうか。
とはいえ、他の生徒たちのオルタンス様を見る目はかなり厳しいっす。
みんな明らかに「なんであんな小娘がエトランゼ様の妹に?」って思ってるっすよ。まぁ気持ちはわからなくはないっすけどね、オルタンス様はどんなに頑張っても平凡ですし。
たしかにエトランゼ様への「妹にしてくださいアピール」が効いた結果、妹になれたのはある意味で事実っす。ですが、ぶっちゃけ申し上げると、最終的に決まった経緯は〝政治″なんっすよね、政治。
なんでもエトランゼ様の祖父が元王国の侯爵だったらしく、オルタンス様の父親のバルバロッサ侯爵がそのつてをフルに使って実家の方にも様々な働きかけを行ったそうっす。
その結果、実家経由でエトランゼ様にも話が入ったらしく、無事姉妹の契りを交わすことになったらしいっすよ。
そういう生々しい話を聞くと、なんだか政治色が強すぎて姉妹の契りに対する夢やロマンが薄れてしまうってもんっすよねぇ。
やっぱり姉妹は美しくあって欲しいっす。
とはいえ、今ここで問題なのは、オルタンス様が裏技を駆使してエトランゼ様の妹になったことではないっす。
皆がざわめいている理由は──ユリィシア様がまだ呼ばれなかったってことっす。
侯爵令嬢が呼ばれたのに、剣爵令嬢はまだ残っている。
こんなこと、王族が主催するパーティでは絶対に考えられないことっす。
今回の主催は王家っすが、王様が参加しているわけではないので実質的なトップは王妃様、準妃様、側妃様の3人っす。つまり……ユリィシア様は? うーん、なんだかドキドキしてきて頭が回転しないっす。
ただ、ここで司会から急遽アナウンスが入ったっす。
内容は、1名の準備が遅れているので、順番を最後に回すというものだったっす。
なるほど、ユリィシア様がまだ出てこなかったのはこれが理由っすね。
実は王族の参加するパーティで準備が遅れていること自体が空前絶後の出来事なんっすが、そもそも侯爵令嬢が剣爵令嬢より先に入場している時点で既に異常事態だったので、周りの雰囲気もこれで一気に「理由がわかってスッキリした」って感じに変わったっす。まぁかくいうウチも流された一人っすけどね。
ただ、あとになって冷静に考えれば、この事態がいかに異常かってことがわかるってもんなんすけどねぇ。あのときはウチも舞い上がってたっすよ。
『次の入場は、ガーランディア帝国第三皇女、アナスタシア・クラウディス・エレーナガルデン・ヴァン・ガーランディアです。エスコートするのは我がリヒテンバウム王国の第一王女、カロッテリーナ姫となります』
生徒たちの混乱が落ち着きを取り戻してきた頃になってようやく入場してきたのは、本日のメインであるアナスタシア様っす。
やはりアナスタシア様はすごかったっすねー。
お姉様であるカロッテリーナ様に導かれて入場したアナスタシア様は、真紅のドレスに身を包んでいてそれはもう目を引くような美しさでした。さすが帝国の皇女だけあって、服装も素晴らしく豪華っすね!
しかもそのあと正妃様のところに歩み寄り、直々に薔薇の花を頂いてたっすよ!
王妃様の後ろ盾! これ以上ないものっすね、さすがは帝国の皇女様!
王妃様の後ろ盾を得たってことは、これはもうジュリアス第二王子の婚約者はアナスタシア様で確定じゃないっすかね?
「むぅぅ、ジュリアス王子様の婚約者はアタシも狙ってたのにぃ!」
……いやぁ、さすがにそれは無理だと思うっすよ、オルタンス様。
あ、でもよく考えれば王妃様の息子は第一王子であって、ジュリアス王子はコダータ準妃の息子でしたっすよね?
なのに、コダータ準妃からアナスタシア様への『花の公認』はなかったっすねぇ。それどころか現時点でまだ準妃だけでなくブルーメガルデン側妃も誰にも花を贈ってないっすよ。
これは一体どういうことでしょうか? デビュタントにわざわざ参加される以上、誰かの後ろ盾になると思われてたんっすがね……。
お、噂をすればジュリアス王子が颯爽と会場に入ってきたみたいっすよ。一気に会場がヒートアップしてきたっす。
いやー噂には聞いてたっすが、ものすごいイケメンっすね! 輝く太陽みたいな金髪に優しげな面立ち。まさにザ・王子様って感じっすよ!
ジュリアス王子様は皆に目もくれずにまっすぐ奥まで進んでくると、なにやら母親であるコダータ準妃と会話した後、姉であるカロッテリーナ様やアナスタシア様と軽く雑談されたっす。
ところが──そのままアナスタシア様の横につくかと思えばそうでもなく、挨拶した後すぐに別の場所に移動して一人立っていたっすよ。
……あれれ? てっきりジュリアス王子は今日この場でアナスタシア皇女と婚約発表すると思ってたんすけどね。
だからこそ、妃様が全員参加したと思ってたんですが……違ったんすかね?
『大変お待たせいたしました。最後に入場するのは、アルベルト剣爵令嬢ユリィシア・アルベルト。彼女をエスコートするのは2回生のキャメロン・ブルーノです』
おお、ここでユリィシア様の登場っすね!
ただ、エスコート役の名前が出て、また会場がざわめき始めたっす。そういえば誰っすかね? 2回生のキャメロン・ブルーノ? 聞いたことないっすね。名前的にも平民っぽいっすし……。
「キャメロン・ブルーノですって? 落ちこぼれの?」「え、うそ? あのデブメガネのキャメロン?」「あの子まだいたんだ? たしかステップコースだったわよね」「えーそうだったの? ずっと見ないから、てっきり落第して退学処分を受けてたんだと思ってたわ」「落ちこぼれのデブスが……お姉様になんてなれるのかしら」「あんな落ちこぼれデブスの妹になるなんて、信じられないわ」
おやおや、ひどい言われようっす。
どうやら上級生の先輩方の声を聞いていると、キャメロン・ブルーノという方は落第寸前の方みたいっすね。デブでメガネで落ちこぼれ。それが先輩方の彼女の評価。
ですが、あのユリィシア様がエトランゼ様のお誘いを断ってまで選んだお姉様っす。おそらくは何かあるのではないかと思うっすが……。
「はん? キャメロン・ブルーノ? あの落第生がワタクシよりも優れた姉だというの? ……ふふふ、いったい誰が出てくるのかと思ったら、まさかこんなことになるとはね。これで完全に終わったわね。ユリィシアも、そしてスミレも」
オルタンス様の横に立っていたエトランゼ様が、これまで見たこともないような悪い顔で笑ってるっす。
……案外この二人お似合いなんじゃないすかね?
やがて入場口に人影が見えたっす。いよいよユリィシア様の登場っすね。
ですが、その姿を見て──ウチらは完全に度肝を抜かれました。
入り口に立ったのは、シンプルながらも繊細な刺繍が施された純白のドレスに身を包んだユリィシア様。後光を浴びて輝く白銀色の髪を靡かせる彼女は、まるで絵画の中の天使みたいっすよ!
彼女の背後に控えているのは、4人もの侍女。しかもそのうち三人は──。
「うそっ!? あれは──【美の三宝石】!? なぜユリィシアの側に!?」
オルタンス様、解説ありがとうっす。あれが噂に聞いた伝説の卒業生、美容の天才【美の三宝石】と呼ばれる三人っすね。
とはいえ、なぜゆえ側妃の侍女がユリィシア様の背後に?
え? え? まさかお三方が白薔薇館に来たのは……ユリィシア様に会うため?!
混乱冷めやらぬ中、さらに一人の女性が颯爽と姿を現してユリィシア様のそばに近づいてきます。
現れたのは、クリームイエローの優しげなドレスを着た、初めて見る綺麗なお姉様っした。
「うっそ!? あれがキャメロン!?」「し、信じられないわ……! なんであんなに綺麗になってるの?! まるで別人じゃない!」「あんなにデブだったのに細っそりと……しかもあのスタイルは……ありえない、ありえないわ!」「なによあれ!? 下手するとカロッテリーナ姫様に匹敵するくらい美人じゃない!?」
あれが先輩方が噂していた落ちこぼれのデブスのキャメロンなんすか?
ですが、噂とは正反対に痩せててスタイルが良くてものっすごい美人っす。 しかもなんなんすかあの巨乳! とても14歳とは思えないっすよ!
「だ、誰ですの? あの美女は……」
「うそ……なんなのあれ? あれが……キャメロン?」
さっきまで勝ち誇っていたオルタンス様とエトランゼ様が、二人揃って呆然としてるっす。
どうやらキャメロン先輩はここ最近で劇的な変化を遂げたみたいっすね。もしかしてそれも──ユリィシア様のおかげ?
大きなざわめきの中、中央をゆっくりと歩く二人。
巨乳美女のキャメロン先輩に引き連れられたユリィシア様は、とてつもなく神々しかったっす!
まるで観劇のワンシーンを見ているようっしたよ。
やがて二人は壇上の三人の妃のもとに歩み寄ります。
そこで──またもや驚くべき事態が起こったっす!
なんとなんと、それまで一度も立ち上がらなかったコダータ準妃とブルーメガルデン側妃が立ち上がったっすよ!!
「やっぱり素敵ねユリィシア。レナユナマナを送り込んだ甲斐があったわ」
「ありがとうございますアンナメアリ側妃。おかげで準備が捗りました」
「ごめんなさいねユリィシア、シーモアのわがままで足止めしちゃって。なんでも少し遅れるからあなたの入場タイミングを見たくて足止めしてたんですって」
「いいえ、かまいませんよジュザンナ準妃様」
二人の妃となごやかに談笑するユリィシア様。
どういうことっすか!? まったく理解がついていかないっすよ!
「わたくしはあなたに祝福を与えるわ、ユリィシア」
「わたくしもよ、ユリィシア」
そう言ってコダータ準妃とブルーメガルデン側妃がユリィシア様にお渡ししたのは、赤と黄色の薔薇の花。
なんとなんと、ユリィシア様は両妃から『花の公認』を与えられたではないっすか!
信じられないっす! こんなこと聖アントミラージ学園始まって以来の快挙っすよ!
ですが、ユリィシア様の快挙はこれで終わらなかったっす。
それまでじっとユリィシア様の入場をご覧になっていたジュリアス王子がすっと前に出ると、そのままスタスタとユリィシア様のもとへ向かっていったっす。
「会いたかったよ、ユリィシア。僕の大切な人」
「お久しぶりですね、シーモア。元気そうで何よりです」
「全ては君のおかげだよ」
えええーーーーーっ!?
一体何がどうなってるっすか!?
なぜ王子とユリィシア様が親しげに会話を交わしてるっすか?!!?
「どうしても君のデビュタント姿が見たくってね、無理を言って君を最後に回してもらったんだ。迷惑だったらごめんね」
おおおーーーっ!?
それってどういう意味っすか!?
ユリィシア様が最後になったのは、ジュリアス王子ってことなんすか?!
「そして、この機会にどうしても君に伝えたいことがあるんだ」
「はい? なんでしょうか」
一瞬の静寂。
そのあとジュリアス王子が口にしたのは、とんでもない言葉でした。
「ユリィシア、僕と……婚約してもらえないだろうか?」
うわああああああーーーーっ!?
え、え、え、え、え、えらいことがおこったっすよーーーーーーっ?!?!
なんとなんと、ジュリアス王子が大本命と思われていたアナスタシア様ではなく、ユリィシア様にプロポーズしたっすよーーー!!
なんというありえない、なんというすごいことっすか!
玉の輿っすよ、ウルトラスーパー玉の輿っす!
まさか剣爵などという貴族とはいえ一代限りの最底辺の家柄の令嬢に、王位継承権第2位とはいえ王子様が直々にプロポーズしたっすよ!!
ありえないっす!!
信じられないっす!!
これは──奇跡っす!!
ウチらは、奇跡の瞬間に立ち会ってるっす!!
「ば、バカな……」
隣にいらっしゃったオルタンス様は、放心状態で膝から崩れ落ちてるっす。
「なんなのよこれ……」
いつも素敵なお姉様であるエトランゼ様が髪を振り乱して頭をかきむしっているっす。
気持ちはわからないではないっすが、今はそれどころではありません。
なにせ今ここで──新たな伝説が生まれようとしてるんっすから!!
圧倒的な家柄の差を乗り越えて、ついに結ばれるふたり。
告白は、最愛の女性がデビュタントで社交界デビューする場。
情熱的な言葉でプロポーズをする、超イケメンの王子。
なんなんっすかこれは!!
こんな劇的なお話、物語でも読んだことがないっすよ!
──異様な興奮が会場を包み込む中。
全員がユリィシア様の答えを期待して待っています。
さぁ、ここでイエスと答えて、熱い抱擁とキスを交わすっすよ!
いやーまさかウチらが今後数百年は語られるであろう伝説の場面に同席できるなんて信じられないっすね。
さぁ、このシーンを目に焼き付けるっす!!
きっとウチは、孫の代まで自慢でき──。
「お断りしますわ」
────は?