44.デビュタント(前編)
こんちはっす! みなさんご存知、ミモザっす!
きょうはウチが『デビュタント』について説明させていただくっす!
まず『デビュタント』とは、聖アントミラージ学園に入学した女子生徒たちを歓迎する目的で開催される、リヒテンバウム王国主催の社交パーティのことっす。
毎年、一回生入学の一ヶ月後に開かれて、大勢の貴族の方々が集まる国内最大級の盛大なパーティーっすよ!
過去にはこの『デビュタント』の場で王子様に見初められた女子生徒がのちの王妃になったこともあって、『デビュタント』の場で社交界デビューを果たすことが王国の女性たちの憧れとなっているっす。
だからでしょうか、同級生の淑女候補たちは、めっちゃ気合いを入れて準備してるっすね。
もちろんウチも、父ちゃんが気合い入れて買ってくれたドレスを着て社交界デビューを果たすっす!
鮮烈なデビュー、期待して欲しいっすよ!
さて、まさにウチら花の乙女たちにとっての夢の舞台といえるデビュタントっすが、今回は特に色々な意味で注目を浴びてるっす。
その一番の理由は、『幻の王子様』と言われたジュリアス第二王子が、初めて社交界の場に参加するってことっすね。
ジュリアス・シーモア王子はリヒテンバウム王国の王位継承権第二位の純然たる王子様っすが、実はつい最近までその存在が秘匿されてたらしいっす。
なんでもその理由が、王子様が病弱でいつお亡くなりになってもおかしくない状態だったからだそうっす。
それが、とある聖女様の奇跡によってようやく健康状態が回復して命に別条がない状態になったそうで、およそ10年ぶりにその存在が明らかになったっすよ。
いやー、あれはすごいビッグニュースっしたね!
なにせ今まで存在をほとんど知られていなかった第二王子様がいきなりポーンと現れたわけっすから。
今はかなり健康になって騎士学校に通っているジュリアス王子様。
そんな理由で最近ぽっと出てきたっすから、特に貴族界隈の社交場は相当色めき立ったらしいっす。なにせ妙齢の王子様なのに、特定の婚約者がいないわけっすからね。しかも噂によると超イケメン!
そんなわけもあって、今回のデビュタント参加予定者のお嬢様方も大変色めき立ってるっすよ。
「さぁ、完璧に仕上げますのよ!」
「はいっ、お嬢様!」「がんばります!」「おー!」
我らがボス、オルタンスお嬢様も超気合いが入っている一人っす。
こんな調子で実家からたくさんの人を連れてきて、着せ替え人形しながらいろいろと準備をしているみたいっすねー。
あ、ウチっすか? ウチはそこまでは無理っすねー。だって学園に通ってると言っても特待生扱いの平民っすもん。
あ、もちろん誰かに見初められるってのはアリっすよ。あーでもウチは平凡な顔なんで玉の輿なんて期待はしてないっすね。
ですが、別のことは期待してたりするっすよ。それはもちろん──就職関係っす。
なにせ我らがオルタンス様が公爵家から仕入れてきた情報によると、今回はなんと、ジュリアス王子の母親であるコダータ準妃と、第3妃にあたるブルーメガルデン側妃も参加するらしいっすよ!
仮に王子様との玉の輿に失敗したとしても、才能や物腰が準妃様や側妃様に認められれば、のちのち後宮にスカウトされる、なーんて可能性も十分にあるっすからね。
事実、学園の先輩が同時に三人も現ブルーメガルデン妃の侍女に採用され、今や【美の三宝石】と呼ばれるほどの存在になってるくらいっすからね。
ウチは公務員になってダンジョン局に配属されることが目標っすが、後宮もかなりホワイトな職場だと聞いてるっすから、こちら方面へのスカウトも全然アリっすね!
さていよいよ前日となったときに、さらに驚きの情報が飛び込んできたっす。
なんと、ブルーメガルデン妃の侍女を務める【美の三宝石】と呼ばれる三人──【衣装の金剛石】レナール・ステューシー、【化粧の紅玉石】ユナリア・モルデン、【髪結いの翠玉石】マナティス・バーバルートが、なんと白薔薇館に後輩たちの激励に来てくれたらしいっすよ。
いやーオルタンス様も興奮してらっしゃいましたね。
なにせお三方は家の出自こそ男爵や子爵などの低級貴族っすが、その溢れんばかりの美の才能を以って側妃の侍女まで上り詰めた天才っすから。
しかもこのお三方、在学生の誰かのパーティの準備をお手伝いしに来たらしいっすよ。これは、とんでもないお話っすよね。なにせ側妃の美貌を担当する天才三人がデビュタントのアシストを務めるわけっすから。
お三方は明確に誰の手伝いに来たかは口にしなかったらしいっすが、可能性としてはやっぱりカロッテリーナ姫様か、ジュリアス王子の婚約者候補筆頭のアナスタシア様あたりっすよね。
あぁー、きっと姫様も皇女様も明日はたいへんお綺麗なんでしょうねー。
──あと、忘れちゃいけない【窓辺の銀天使】ユリィシア様も。
……ユリィシア様は、うちのクラスにいる超絶綺麗なお嬢様っす。
出自は剣爵と低位貴族なんっすが、溢れんばかりの気品と美しさ、立ち居振る舞いから周りからかなり注目されてる存在っす。ぶっちゃけ、アナスタシア様よりも美人だと推す声も多いくらいっすからねー。
ところがうちのボスであるオルタンス様は、なぜかユリィシア様を敵視してるっす。
理由はたぶん──自分の実家より爵位が下なのに、自分より美人で可愛くてスタイルが良くて心優しくて皆の注目を集めまくってるからだと思うっすよ。
自分より綺麗な人に、陰湿な悪口を言ったり立場を陥れようとするあたり、オルタンス様も相当腐った人っすよねー。あ、ここだけの話っすよ?
特にオルタンス様憧れの現役聖女【英霊乙女】エトランゼ様からの姉妹の契りの申し出をユリィシア様が断った時点で、完全に敵に回ってたって感じでしたね。
ですが心優しいユリィシア様は、そんなオルタンス様の嫌味にもいっさい嫌な顔一つせず、いつも笑顔で応対してくれるっす。
なんでもユリィシア様は身内に聖女がいるらしく、彼女自身もその資質を持ってるらしいっす。いやーさすがユリィシア様、あれだけお優しければ、聖女の資格があるってのも頷けるっす。
その時点でオルタンス様とは人としての器の格が違うとしみじみ思うっすよ。うちのオルタンス様も、ユリィシア様のカケラほどでも気品と優しさを身につけて貰えたら良いんすけどねぇ。
実際、ユリィシア様は皆の評判もすこぶる良くて、クラスの中でも注目をアナスタシア様と完全に二分してるくらいっす。
いつも一人で物憂げに外を眺めている様子などを覗き見ては、勝手に【窓辺の銀天使】などと名付けて、他の子達もウットリとしながら観察してるっすよ。
なんでも一部コアなファンの間では『ユリィシア不可侵条約』なるものがあるらしくて、牽制し合いながらも声もかけずに、遠くから眺めては崇め拝んでいるらしいっす。まぁ気持ちは分かるっすけどね。
そんな人たちからすると、うちのオルタンス様はガンガン接してるから、ファンにはものすごく嫌われているみたいっす。
おかげで派閥メンバーのウチらは肩身がせまいっす。ほんとは彼女たちと仲良くユリィシア様を眺めていたいんすけどねぇ。
このようにクラスでは若干浮き気味のオルタンス様ですが、上の人に取り入るのが実は大変上手っす。
敬愛してやまないエトランゼ様に対しても、
「でもあの女も今日でおしまいよ! なにせエトランゼお姉様と約束をしているのですからね」
「エトランゼお姉様よりも素晴らしい方をメントーレにですって? そんな人いるわけがありませんわ! これでユリィシアもおしまいね、オーッホッホッホ」
こんな感じでエトランゼ様に取り入って、ついには姉妹の契りを取り交わすことに成功したっすよ。
いやーこれはこれで特殊な才能っすよねー。
オルタンス様は、ある意味で天才だと思うっす。真似したくはないっすけどね。
◆◆
さて、ついに迎えた『デビュタント』当日。
聖アントミラージ学園の生徒たちは、敷地内にあるパーティ会場に向かって、石畳の道をゆっくりと歩いていたっす。
道の途中、他の着飾ったデビュタント前の生徒たちが色めき立ちながらお話ししている声が聞こえてきたっす。
「あたし、側妃様からお花をいただきたいわぁ」「じゃあわたしは準妃様!」「あんたたちなんか無理よ、せいぜい男爵か何かの公認でももらえるといいわね!」「あー王妃様からお花をいただきたいわぁ」「そのためには一度生まれ変わらないと無理かもねー!」
あ、ちなみに、デビュタントを果たす淑女候補に対して、上位貴族の女性から花を渡される場合があるっす。
これを専門用語で『花の公認』と言うっす。うちらは面倒だから「花を贈る」って言うっすけどね。
デビューした女の子に花を渡すということは『わたしはあなたの後ろ盾になりますよ』という意味があるっす。
より高位の女性──特に王族や妃様からの後ろ盾を貰えると、その子の社交界での立場は決定的になるっす。良縁間違いなしっすからね。
だから一回生の親御さんは上位貴族の女性の奥様の後ろ盾をもらおうと必死になって取り入ったりしてるらしいっすよ。
オルタンス様もユーフラシア公爵家からの後ろ盾をもらっているらしく、ずっとうちらに自慢してきてたっす。
いやー公爵クラスの後ろ盾をもらえると、デビュタントでも相当王子様や王族の近くに配置されることになるっすから、すごいリードっすよね。
……あ、うちっすか? うちはもちろんバルバロッサ侯爵の後ろ盾を頂いてるっす。まぁこの辺りが俗物の限界っすよ。あははー。
それと、デビュタントの習わしという意味でいうと、姉妹の契りを交わしている場合、お姉様がエスコートして入場することになってるっす。
現時点で姉妹の契りを交わしている1回生はかなり少ないっすが、ことごとく名家のお嬢様ばかりっすから全員注目の的っすよね。
盛大な管弦楽団の演奏に合わせて、いよいよ王家主催の社交パーティ『デビュタント』の開幕です。
まずはお姉様や後ろ盾のない淑女候補たちの入場から始まります。実際、全体の8割以上はこのグループっすね。
先に会場入りしていた二回生や三回生の先輩方に拍手されながら会場入りです。みんな顔を真っ赤にしながら入場していったっすよ。
続けて、うちら上位貴族の後ろ盾がある淑女候補の入場っす。
ウチとトリス、カティの三人はまとめてバルバロッサ侯爵夫人からバラの花を渡されたっす。夫人は初めてお会いしましたが、オルタンス様に結構似ているっすね。
「娘をよろしくね」と言われたので「こちらこそ!」と答えたっす。結構緊張したっす!
さぁ、これでウチらの出番は終わったっす。
ここあとは、いよいよ……VIPの生徒たちの入場っす。
今回、お姉様を引き連れて、かつ公爵以上の後ろ盾を貰える予定の方は、たったの三名です。
……え、三名?
オルタンス様とアナスタシア様と──あれ? あと一人、誰なんっすかね?
一生懸命誰か思い出そうとするっすが、該当する上位貴族のお嬢様は思い浮かばないっす。
えーっと、まだ見てない人は……と。
「……っ!?」
そうっす。
あの人が、いないっす。
そのことに気づいた瞬間、ウチは思わず息を止めてしまったっす。
ま、まさか、あの人が──。
「あれ、〝窓辺の銀天使″様のお姿がないわね?」
「本当、ユリィシア様はどこに行ったのかしら?」
いや、違うっす。
そうじゃないっすよ!
ウチは心の中でトリスとカティの会話を否定したっす。
居ないんじゃなくて、まだ出てきてないだけっすよ!
つまり……。
ユリィシア様は──。
──これから出てくるっすよ!