42.ユリィのスペシャルトレーニング
「へっ?! あたしが、ユリィシアのメントーレ? そそそそそんなの無理ですよっ!?」
私の申し出は、あっさりとキャメロンにお断りされてしまいました。
「どうしてダメなのですか?」
「だって、あなたものすごい美少女じゃない! そんなあなたのお姉様に、あたしみたいなおデブの落ちこぼれがなるなんて無理に決まってるもの! きっと、他の人からものすごく白い目で見られるわ。あたしだけでなく……あなたもね!」
はて、意味がわかりません。
「どうしてですか?」
「えっ?」
「どうしてあなたは他人の目が気になるのですか? 私は他でもない、あなたが良いのですけど」
「っ?!」
キャメロンが顔を真っ赤にしてぼんっと湯気が出ます。なんだか可愛らしい人ですね。
「で、でもダメよダメ! そもそもユリィシアみたいな素敵な人だったら、きっともっとお似合いのお姉様がいるはずだわ。たとえばカロッテリーナ姫様とか、エトランゼ様とか……」
「エトランゼ様のお誘いはすでにお断りしていますわ」
「ぶっ!??!」
ちょっと、いきなり吹き出さないでくださいまし。聖なる滴が飛び散ってきましたわ。
「ええええええエトランゼ様のお誘いを、おおおおお断りした!? 全生徒の憧れのお姉様候補トップスリーに入る、現役聖女のエトランゼ様の誘いを!?」
「ええ、そうですが」
「で、エトランゼ様を断った上で、あたしにお姉様になってほしいと?」
「はい、そう申し上げております」
「どっひゃーー!!」
キャメロンは泡を吹き出しながら仰向けにぶっ倒れてしまいました。そんなに驚くようなことなのでしょうか。
ですがすぐにキャメロンは息を吹き返すと、上半身を起こして今度はガタガタと震え始めます。
「あわわ……エトランゼ様からの姉妹のお誘いを断った人が、あたしの妹に!? ……殺される。きっと殺されるわ」
「姉妹制度とは命がけのものなのですか?」
「い、命がけじゃないけど精神的にあたしはみんなから抹殺されるわ。どうしよう……あ、もしかしてこれって、ドッキリ? あたしをバカにして、周りでみんなが見てるとか?」
「……私の気持ち、信じてもらえないのですか?」
あまりにも疑われたのでちょっと寂しげな表情を浮かべてみると、キャメロンがぐっと顔を引き攣らせます。
「……ご、ごめんなさい。あたしそういうのに慣れてなくて……でもなんであたしなの? あたしなんておちこぼれだし、なんの才能もなくてデブでブサイクでメガネだし……」
メガネは関係ないと思いますけどね。
「ですから、あなたは自分を過小評価しすぎなのです。キャメロンお姉様」
「お姉様……はうっ。妄想では何度も言われたことあるけど、リアルで言われると破壊力抜群すぎだわ。そんな風に言われたら、あたし……もうダメになっちゃうかも」
「どうでしょう? 私を信じて一緒にがんばってみませんか?」
「がんばるって、なにを……?」
そんなの決まってます。
もちろん──。
「命がけの努力を、ですわ」
私の言葉に、キャメロンは生唾を飲み込みながらも、最終的にはうんと頷いたのでした。
◇◇
キャメロンという素晴らしい素体を手に入れる算段がついて、ウキウキ気分のまま学園に戻ると、私を待ち構えている人がいました。
【英霊乙女】ことエトランゼです。
「ちょっとユリィシア! あなたなんでワタクシのところに来ないのですか!」
「え?」
「ずっと待ってたのに……ぐすん」
エトランゼの涙ぐむ様子に、さすがの私も罪悪感に襲われます。私、女性の涙には弱いんですよね。
しかし断ったというのに……やはり聖女は諦めが悪いです。ここはきっぱりとお伝えすることにしましょう。
「エトランゼ様。申し訳ありませんが、私のお姉様は決まりました」
「そ、そんなバカな……齢12にして聖女認定された、このエトランゼの誘いを断ってまでも選びたい人がこの学園にいるというのですか?」
「ええ、そうです」
「それはどこの誰よ!?」
「今はまだ秘密です」
なにせまだキャメロンとは正式に姉妹契約を締結していませんからね。ここで彼女の名前を出すわけにはいきません。
私がそう告げると、エトランゼはワナワナと震えたあと、私に指を突きつけてこう言い放ちました。
「わかったわ、それなら今度のデビュタントの時にあなたのお姉様とやらをお見せなさい! もしいいかげんな相手でしたら──きっとあなたのお祖母様がとんでもないことになりますわよ」
スミレがとんでもないことに? それはぜひ見てみたいですね。
ですが、スミレを陥れるためにわざわざ貴重な素体候補を手放すつもりもありません。
キャメロンが覚醒すればもうけもの。仮に覚醒しなくてもスミレがひどい目にあうだけ。
あぁ、なんて素晴らしい二択なのでしょうか。どっちに転んでもバッチグーです。
「良いですわ。その条件で受け入れます」
「では当日、楽しみにしていますね。うふふふ……」
エトランゼは華麗にステップを踏むと、その場でターンして教室から去って行きました。
「あ、待ってくださいエトランゼ様!」
慌てて彼女を追いかけるのはオルタンスです。優しい彼女のことです、きっとエトランゼのフォローに向かってくれたのでしょう。
大切な友達に聖女を押し付けるのはすごく申し訳ないのですが、オルタンスであればきっと聖女であっても優しく対応してくれるはずです。ここは素直にお任せすることにしました。
あぁ、持つべきものはやはり優しい友人ですね。
◇◇
次の日から、私とキャメロンの秘密特訓が始まりました。
名付けて、『ユリィのスペシャルトレーニング』。
会場は、二人が出会った例の墓地です。
ちなみにキャメロンは、連合出身の評議員の娘なのだそうです。連邦は貴族制を持たない国ですので、全てが平民です。そのあたりも彼女がこの学園で浮いてしまった要因かもしれませんね。
そんな彼女も保持する能力が認められて入学したのですが、結局その力がうまく開花することなく、いまに至っているとのことでした。
「キャメロンお姉様の持つギフトは何ですの?」
「えっと、〝ものを柔らかくする″っていうギフトを使えるんです。おじいちゃんもいままで見たことない不思議な力だって言ってたわ。だけど使い道がなくて……」
ものを柔らかくするギフトですか、初めて聞くものですね。
たしかに、どう使えばいいのか私にも見当がつきません。ゾンビの肉を削ぎ落とすのには便利そうですが。
「ギフトのおかげで入学はできたんだけど、あとが続かなくて……このとおりよ」
まぁその辺りも、これからのトレーニングで確認していけば良いですね。
「じゃあ準備はよろしいですか? 早速いきましょうか、キャメロンお姉様」
「えーっと、あ、あの……ユリィシア? 正式に姉妹になるのは、あたしの特訓の成果が出てからでもいいかしら?」
「ええ、もちろんですわ」
「それで、特訓って……なにをするのでしょうか?」
私の後ろに立っている、メイド服のネビュラちゃんと身軽な服装になったウルフェを見て目をパチクリさせています。
その仕草がまた可愛らしのですが……今はその話題は置いておいて。
「その前に、キャメロンお姉様の体について調べさせていただきます。こちらに座っていただけますか?」
「えっ? 墓石に座るんですか? 祟られたりしませんかね……」
「それはそれで問題ないので、ご安心ください」
「ふぇ? よく分かりませんが、わかりました……」
ちょうど良い塩梅の墓石に腰掛けてもらうと、私はキャメロンの身体に優しくタッチしながら調べていきます。うふふ、合法的に女の子タッチです。
フローラやアンナメアリみたいに成熟した女性も良いのですが、キャメロンのように若くて瑞々しい身体も素晴らしいですね。スケルトンから鞍替えしてしまいそうな気持ちになります。
私ってば実は浮気者なのでしょうか。
「あたし太ってるでしょ? なんだかストレスでつい食べ過ぎてしまって……」
「私はふんわりしたこの身体も好きですけどね」
「っ!? そ、そんな言い方しないで、あたし勘違いしてしまうわ……」
──とはいえ、確かにキャメロンは体質的にも太りやすいみたいです。覚醒させるためには、この肉体を根本的に改造した方が良いかもしれませんね。
「はい、ありがとうございます。これでキャメロンお姉様のトレーニング方針は決まりました」
「ふぇっ!? も、もう終わりなの?」
「はい」
ちょっと残念そうな顔をするキャメロン。心配しなくてもあとでたっぷりお触りしますからね。
「それで……何をするのかしら?」
「短期間で人を成長させる、最も効率的な場所に行きます」
「それは……どこなの?」
「異界迷宮です」
「はあ?」
ダンジョン。
そこには数多くの異界生物がいて、彼らと戦い勝つことで様々な力を得ることができます。
たとえばこの世に存在しない不思議な鉱石や魔法道具、そして何より得難いもの──すなわち『経験』です。
「人は死地に追いやられることで目覚めることがあると聞いたことがあります。実際、私の弟も危機に瀕して覚醒しました。ですから、この1ヶ月ダンジョンに挑んでみることにします」
「で、でも……ダンジョンなんてどこにあるの?」
「ここです」
「はぁ?!」
私が指差したのは、墓地の中。一番奥からひとつ手前にある、少し十字架が欠けた墓石に手を触れます。
「ここに空間の歪みがあります。見えますか?」
「い、いえ……それは何かの冗談なのかしら?」
「冗談ではありません。実は初日に見つけていたのですが、ゲートではなくダンジョンだったので放置していたのです。ゲートだったらお散歩とかに使えたんですけどね……とはいえこうなるとダンジョンでよかったかもしれません」
「え? え? ユリィシアは本気で言ってるの?」
「私はいつだって本気ですよ。さぁ、いきましょう」
私はキャメロンの手を引っ張ると、ウルフェとネビュラちゃんを引き連れて空間の歪みへと突入していきました。




