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41.私のお姉様(後編)

 

 聖アントミラージ学園での授業は、最初のうちはオリエンテーションと言って学校の制度や設備などの説明が中心でしたが、徐々にちゃんとした授業も開始されはじめました。

 というのも、一ヶ月後に舞踏会デビュー、すなわち『デビュタント』が控えているからです。


 入学後一ヶ月ほど経った頃に、生徒たちは舞踏会デビューを果たします。これが初めて社交の場に出ることになるので、『デビュタント』といって大々的に人を集めて披露するのだそうです。


「絶対見に行きますからね! それまでに素敵なお嬢様になってるのよ!」


 というのが別れ際にフローラが目を血眼にして伝えてきたメッセージだったくらいです。立派な淑女を目指す私としても、これは外すことが出来ない大事なイベントとなっています。


 授業は、まずはマナーや口調、姿勢、ダンス講義などのデビュタントに向けた講座から始まります。

 実は私、フローラにかなり徹底的に鍛えられてるので、そこそこマナーについてはこなせる自信があります。ちなみにフローラのはある意味我流のような部分もありましたので、アンナメアリやレナユナマナを見習って少しずつ自分で改良カスタマイズを加えていたりするのですが。


 これらの授業に並行して、ごく簡単な魔法の授業なども始まりました。

 内容としては、淑女としてのたしなみ程度の軽い魔法──たとえば寝癖を直すために髪を湿らせる水魔法ですとか、ほのかに良い香りを飛ばすための風魔法ですとか、そういった実用的なものを教えていただけるのですが、こちらについてはやはり──私は全く適性を持ち合わせていませんでした。


「あーら、ユリィシアはその程度の魔法も使えませんのね! なのにエトランゼ様のお誘いをお断りして……あなた恥ずかしくないですの?」

「どうも私には魔法適正がないようですね……お気遣いありがとうございます、オルタンス様」

「お気遣いなどしておりませんし!」


 さすがに声をはりあげすぎたのか、オルタンスのことを他のクラスメイトたちが注目して見ています。

 慌ててミモザたちがなにやら取り繕っていましたが、オルタンスはふんっと息を吐くとそのまま席に戻ってしまいました。


 それにしても、やはりオルタンスは心優しい子ですね。自分が目立ってしまうことも厭わず、私のために真剣に声を出していろいろと指摘いただけるなんて。

 彼女の適性がゾンビなのは非常に残念なのですが、それ以外は特に欠点など見当たらないくらい良い子なんですけどねぇ。




 ◇




 そして今日も私は一人で墓地で昼食です。

 本日のランチはパンにしました。リスやネズミを寄せるには、シンプルなパンがベストだからです。

 パラパラとパンをあたりにばらまきながら様子を見ていると……がさがさっ。うふふ、どうやら来たようですね。


「きゃっ?!」


 ところが茂みの中から出てきたのは、ネズミではなく大きな生き物──いいえ、女子生徒でした。

 丸々とした太っちょの体格に、メガネをかけた女の子です。あのスカーフの色は……たしか2回生のものでしょうか。


「あなたは……」

「ごめんなさい、覗き見みたいなことをしてしまって! あなたがあまりに綺麗で……つい見とれてしまったの。あたしは2回生のキャメロン・ブルーノよ」

「初めまして、私はユリィシア・アルベルト、一回生です」


 私が挨拶すると、キャメロンはメガネの下の大きな目をぱちぱちしたあと、慌てて服についた葉っぱなどを手で叩き落としました。一つ一つの動作がなんだかコロコロしていて、なんとも可愛らしい女の子ですね。

 しかも彼女、よく見るとバインバインです。実に素晴らしい双丘ものをお持ちではないですか。


「あの……もしかして、昨日もそこで見てらっしゃいました?」

「あ、気づいてた? そうなの……こんなところに来る人があたし以外にいて、しかもすっごい美少女だったものだから、つい……悪気はなかったの、ごめんなさいね」

「謝る必要なんてありませんわ。むしろ気が合いそうですね」


 もしかしてキャメロンはアンデッド好きなんでしょうか?


「ち、違うのよ。あたしはここに逃げてきてただけなの」

「逃げて?」

「ええ。実はあたしは……落ちこぼれなの。しかもお友達もいなくて、なにせこんなに太っちょで可愛くないし……それで教室に居場所がなくてね。あなたのような天使みたいに綺麗な子とは全然違うのよ」

「そんなことないと思いますけど」

「お世辞は……いいわよ」

「お世辞ではありませんよ」


 なにせ私にとっては、女性であるというだけで女神と等しい存在です。

 なぜそんな相手を厭わなくてはいけないのでしょうか。いいえ、そんなこと決してありえません。

 むしろキャメロンは、アナスタシアのような美少女と違って、不思議と安心できる感じがするくらいです。あの素晴らしい肉感と包容力、ぜひ一度包まれてみたいものです。


「でも、あたし才能もなくて……どのコースにも入れなかったの」


 キャメロンの話によると、実はエレガントコース、マジカルコース、マイスターコース以外に、世間ではほとんど知られていない第四のコースというのがあるのだそうです。


「それが……ステップコース。みなは落第組コースと呼んでいるわ。実はうちの学年でステップコースはあたししかいなくて……本当に恥ずかしい」


 へぇー、そんなコースがあったのですね。知りませんでした。

 とりあえず、自分のことを落第組だというキャメロンのアンデッド適性がどんなものなのか気になったので、《鑑定眼》で見てみることにします。


 実を言うと、ここ聖アントミラージ学園に来てから、なかなか良いアンデッド素体が見つからずにちょっとがっかりしていました。期待していたアナスタシアやカロッテリーナでさえ、Aランクのロイヤルスペクター止まりでしたからね。


 そしてキャメロンに関してもやはり大したものはありませんでした。

 一応Bランクのバンシーがあるので悪くはなく、むしろ学園の中では良い方の部類ではないでしょうか。落第クラスにいるのが不思議なくらいです。

 とはいえ、このレベルであれば特にキープなどする必要のない、比較的ありふれた素体でしかありません。普段の私なら、特別注目することなどなかったでしょう。


 ですが──。

 なんでしょうか、妙に彼女のことが気になるのです。


 もちろんバインバインだというのもありますが、それだけではありません。自信なさげな表情におどおどとした仕草。人の目を見ない話し方に、自らを蔑む発言の数々──。

 なるほど、理由がわかりました。彼女には以前の私と同じ匂いを感じるのです。


「あたし、才能が無いみたいなの」


 そう言って下を向いて俯くキャメロン。その姿が以前の私と重なります。

 容姿が優れないと落ち込んで、他人からも厭われて、周りが離れていって……やがてボッチな死霊術師ネクロマンサーになってしまった哀れな過去じぶんと──。


 だからでしょうか、どうしても彼女に伝えたくなったのです。


「才能なんてもの、関係ありませんわ」

「……えっ?」

「だってあなたは、とっても素敵な女の子なんですもの」


 そう、キャメロンはまごうことなき女の子なのです。

 女の子というだけで、私にとっては神のような存在と言えます。

 その神が──暗い顔で落ち込んでいる姿など見たくありません。

 そもそもキャメロンは、14歳とは思えないほどの素晴らしい個性きょにゅうを持っているではありませんか。


「そんな……あたしなんか……」

「あたしなんか、なんてことはありません。あなたはあなたなのです。それに、あなたにもきっと、磨けば光るものがあります、あるはずです。ただ──あなたはその光から目を逸らしているだけではないのですか?」

「っ!?」


 ただでさえ女の子は、女の子であるだけで素敵なのです。

 しかもキャメロンは、他人にも誇れる素晴らしい

武器ばいんばいんもちゃーんと持っています。


 そのことに、ちゃんと気づいて欲しい。

 モテない男だった私が言うのだから間違いありません。


「で、でも……あたしは……」

「だから、お願いです。そんなに暗い顔をしないでください」

「あ、あぅ……」


 再び俯くキャメロンは、まるで昔の私を見ているよう。

 そんな彼女になんとも言えない気持ちになって──気がつくと私は自然と『祝福の唇』を落としていました。さりげなく胸にタッチしてしまったのは偶然ですよ?

 頭に唇が触れた途端、驚きの表情を浮かべるキャメロン。


「えっ……?」

「これはほんのおまじないです。だから自信を持って、前を向いてください」

「ほ、本当に? あたしなんかが……自信を?」

「ええ、大丈夫です。この私が保証しますわ」


 私の言葉を受けて、キャメロンの表情が僅かに変わりました。

 なにか──彼女の中で心境の変化が訪れたのでしょうか。


 すると、次の瞬間──。

 いきなり右目に襲いかかってきた閃光に、私は思わず右目を塞ぎました。なぜならキャメロンの顔が、突然ぱあぁぁぁっ、と眩しく輝き始めたからです。


「えっ!? これは……」

「ユリィシア、どうしたの?」


 ですが、眩しいと感じていたのは私の右目だけ。これはもしかして──《鑑定眼》が見せている光なのでしょうか?


 そこで私はハッとします。

 同様の事象に覚えがあったからです。

 それは──アレクが〝勇者の光″に覚醒したときのこと。


 これは、もしや……。


 私は慌てて再度キャメロンを鑑定します。

 その結果──右目に映し出された情報を見て、私は言葉を失いました。



  ──キャメロン・ブルーノ ──

 年齢:14歳

  性別:女性

 ステータス:ふとっちょ気味

  素体ランク:A

  適合アンデッド:

  ゴースト(E)……97%

 スペクター(C)……89%

  バンシー(B)……63%

  ???????(SS)……1%

  ──





 きたーーーーーー!!

 久しぶりに大物がきたーーーーーっ!!


 私の《鑑定眼》は、アレクの覚醒の時以来パワーアップしたらしく、ごく稀に隠された情報をも表示してくれるようになりました。

 どうやらその素体に大きな成長の可能性や見込みがある場合にのみ、未確定ながら素質に関連するアンデッドの情報を見せてくれるようになったのです。


 そして今回のこの情報の出方は、まさにアレクの時と同じもの。

 現時点では詳細は不明ですが、おそらく彼女は、何かきっかけさえあれば、覚醒して素晴らしいアンデッド素体となるに違いありません。


 あぁ、なんということでしょう。このような特別な機会、絶対に逃すわけにはいきません。

 なんらかの契約を締結して、素体を確保しなければ──。


 ……契約?

 あぁ、そういえばちょうど良いのがありましたね。


「そうですわ。キャメロン様、ひとつお願いがあります」

「は、はい……なんでしょうか?」

「私の──お姉様(メントーレ)になってもらえませんか?」




その頃、三回生のエレガントコースの教室では、優雅に紅茶を飲みながらユリィシアを待つエトランゼの姿があったそうな……。



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― 新着の感想 ―
エトランゼぇ… 敗因:高ランクアンデット素体じゃなかったっぽいこと うん、これに尽きる
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