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40.私のお姉様(前編)

 私はかつて初恋をしていました。

 そのお相手は──いにしえの〝大聖女″。


 王都の聖母教会に飾られていた、大聖女の像。母性溢れる表情に、魅惑的な聖なる双丘。

 初めて見た私は、一目で彼女に恋に落ちました。


 私は初恋を叶えるために死霊術を学び、ついには聖女が眠る墓地を荒らして彼女を蘇らせます。

 その結果、生まれたのが──理性も何もなく、ただの亡者と化した大聖女のアンデッドでした。


 完全に制御不能となったアンデッド大聖女を、私は最終的に諦めて手放すことになります。私の身に危険が差し迫ったからです。

 力があまりに強大なうえ、言うことを一切受け付けない。聖魔法も一切効かず、周りの生きとし生けるものを全て滅ぼそうとする。端的に言うと私より強かったのです。


 結局、彼女は私の元を離れると、そのままどこかに旅立ってゆきました。以後、彼女がどうなったのか私は存じておりません。

 どこかの村を壊滅させたとか、森を一つ滅ぼしたなどと風の噂はまれに聞きますが、神出鬼没でとんと行方が知れなくなってしまったのです。


 ですがそれ以来、聖女という存在は私にとってのトラウマとなってしまいました。

 実際、大聖女をアンデッド化させた報復として10人もの聖女に追い詰められましたし、最終的に私を討伐したのもフローラという聖女でしたからね。

 なので、たとえ相手が美人だろうと──聖女という存在はちょっと受け入れることができないのです。


 なので──。



「えーっと、お断りします」


 がしゃーーん。

 私が答えたとたん、隣にいたオルタンスが盛大に机を倒しながら転がりました。


「ちょ、ちょっとあなた! エトランゼ様の姉妹の契りのお誘いを断ろうっての? 聖女様直々のお誘いですわよっ!?」

「聖女の誘い、ですか?」


 聖女の誘い、なかなかのパワーワードですね。僅かに心が揺れます。

 ですが聖女ですよ? 私の天敵ですよ?

 いかにエトランゼが凛々しく美しい女性だとしても、このトラウマを払拭することは簡単ではありません。しかも彼女、残念ながら丘が低いひんにゅーですし。


「やっぱり無理で──」

「ユリィシア、あなたはワタクシの誘いを断るというの? 齢12にして聖女認定された、この【英霊乙女】エトランゼの誘いを?」

「は、はぁ、すいません……」

「……ありえないわね」


 私の回答を受けて、なにやら頭に手を当てるポーズをするエトランゼ。いちいち芝居がかっているように感じるのは、私の気のせいでしょうか。


「ま、まぁいいわ。あなたも急に言われて混乱しているのね。いえ、そうに違いないわ」

「そんなことないと思いま──」

「少しの間、考えなさいユリィシア。その上で、もし気が変わったのなら3回生のエレガントコースに来るのよ。あなたはたぶん──いいえきっと来るわ。期待して待ってるわよ」


 それだけ言い残すと、エトランゼは華麗なステップを踏んでスタスタと立ち去ってしまったのでした。


「ちょっとあんた、わかってるの!? 相手は聖女様よ!? エトランゼ様よ! 彼氏にしたい生徒ナンバーワンで、カロッテリーナ様のお相手ランキングでダントツ1番人気のエトランゼ様ですよ!?」


 えーっと、彼氏って、ちょっと意味がわからないのですが……。


「なんで断るのよ! 断るくらいならアタシに権利を譲りなさいよ!」

「はい、それで良いですよ」

「えーー!? ちょっと本当に譲るの!? あんた何考えてるのよ!?」

「だって……私にはオルタンス様の方が大切ですもの」


 私の言葉に、オルタンスがぴきっと固まると、すぐに顔を真っ赤にして横にそらしました。

 あら、なかなかかわいい仕草をなさいますのね。アナスタシアのような美少女は大好きなのですが、オルタンスのような感じの女の子が照れる様子も悪くないものです。


「おや……ユリィシア様は案外攻めっすか」

「オルタンス様も意外と受け弱いですよねー」

「この組み合わせ、悪くない」

「おだまりなさい! ミモザ、トリス、カディ! はぁ……もう! ユリィシア、あなた覚えてらっしゃい!」


 オルタンスは顔を真っ赤にしたままそう言い放つと、3人を連れてスタスタと連れ帰ってしまいました。

 私はついニコニコしながら、そんな彼女たちに手を振るのでした。


「だーかーら、なんでアタシに手を振るのよっ!」




 ◇



 その日の夜。

 ネビュラちゃんに今日の出来事を話しながら彼女?の淹れた紅茶を飲んでいると、激しく扉を叩く音と共に、血相を変えたウルフェが部屋に飛び込んできました。


「お嬢様! お気をつけください! ここには憎っくき帝国の犬とバルバロッサ侯爵の娘がおりまする!」

「帝国の犬? バルバロッサ侯爵の娘?」

「ええ、帝国の第三皇女アナスタシアと、バルバロッサ侯爵令嬢のオルタンスですよ! 帝国は我が故郷を滅ぼした大敵ですし、バルバロッサ侯爵は6年前まで俺を剣闘士奴隷にして弄んでいた奴です!」


 あぁ、あの豚野郎ですか。懐かしいですね、あれからもう6年以上の月日が流れたのですか。オルタンスがあの豚野郎の娘だったとは……なんだか不思議な運命を感じますね。


 しかし、ウルフェはこれまで一度も過去のことは口にしなかったのですが、どうやらまだ恨みを持っていたようです。

 恨みを持ち続けているのはよくありません。恨みなどの邪念は、アンデッド化するときに制御不能に狂ってしまうリスクを生じさせるからです。

 ……仕方ありません、素体ケアのために少しお話をするとしましょうか。


「……ウルフェ。彼女たちのことを気にする必要などありませんよ」

「えっ!? そ、それはなぜです?」

「たしかにあなたは帝国や侯爵に恨みがあるかもしれません。ですが、彼女たちはその娘。直接的には関係はありませんよね?」

「た、たしかにそうですが……」

「ウルフェにとっては辛い出来事だったかもしれません。ですがその過去があって、私たちは出会うことができたという事実を忘れてはいけません」

「うっ!」


 ウルフェとの出会いが、私の転生後の死霊術師ネクロマンサーとしての第一歩だったと言っても過言ではありません。

 あれから沢山の素体をキープすることができたのですから。


「それに、オルタンス様は既に私の友人です。あなたは私の友人を害するとでも言うのですか?」

「なっ……!? い、いえ、そのようなことは……」

「そもそも過去の恨みなど抱えていても、なにも良いことはありません。さぁ、ウルフェ。あなたは過去と決別するのです。そして──私と共に新たな道を歩みましょう」

「お嬢様……」


 もちろん、我が〝不死の軍団ヘルタースケルター″の一員たる、SSランクアンデッドのレッドボーンスケルトンとして、ですけどね。


 私の言葉に、ウルフェは深々と頭を下げました。


「……ありがとうございます、お嬢様。しかし、さすがでございますね。お嬢様の志の高さ、このウルフェ感服いたしました」

「……わかっていただけたのでしたら良いのですよ。さぁ、今日は部屋に戻っておやすみなさい。明日も授業があるのでしょう?」

「ありがとうございます……」


 どうやらウルフェは納得してくれたようで、なにやら涙を流しながら従者用の宿舎へと帰って行きました。

 さ、これで一つ問題は解決ですね。


「……これは計算なのでしょうか、それとも……天然?」

「何か言いましたか? ネビュラちゃん」

「い、いいえ! なんでもございません、お嬢様!」




 さて、問題は聖女エトランゼのほうです。

 メントーレを断るのは簡単なのですが、なんとなく執念深そうですし……。

 聖女のしつこさは、前世で嫌というほど味わいましたからね。


 あぁ、何か良い手はないものでしょうか。


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[一言] 貴重なツッコミ役がいい仕事しとる・・・
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