39.お姉様(メントーア)
すでに学園が始まって数日が経ちました。
残念なことに、私にお友達は増えていません……。
ときどきオルタンスが「低位貴族は大人しくしてることね!」と親切にも注意してくれるくらいで、他に誰も私に話しかけてくれないのです。
はぁ……困りました。
他の人と仲良くなる良い手はなにかありませんでしょうか。
「──あなたが、ユリィシア・アルベルトね?」
「はっ!?」
いきなり声をかけられて、私ははっと振り返ります。
いつのまにかとなりの席に座っていたのは、流れるような黒髪の見事な美少女。帝国の皇女のアナスタシアです。
いつも周りを他の令嬢たちに取り囲まれて、ついさっきまでも他の女生徒たちの中心にいたと思ったのですが……。
その──まさに私とは正反対の立場にいる現時点でクラスの弱肉強食の頂点に君臨するアナスタシアが、最底辺にいるぼっちの私に声をかけてきたのです。
「やっと声をかけられましたね。私はアナスタシア・クラウディス・エレーナガルデン・ヴァン・ガーランディア。親しい人はアナって呼んでくれますわ」
「はぁ……そうですか」
「あなたのことは色々な人から聞いているわ。わたくしの『お姉様』であるカロッテリーナお姉様や、ジュリアスからも、ね」
ジュリアス? はて、ジュリアスとは誰なのでしょうか。
「実はわたくし、今度ジュリアスと婚約する予定ですの。ジュリアス・シーモア・フォン・ユーフラシア・リヒテンバウムとね。そういう意味では、カロッテリーナお姉様は本物の義姉になる予定だったりしますの」
あぁ、誰だか分かりました。プラチナムエクトプラズマロイヤルレイスの素体であるシーモアのことですね。そう言って頂ければ伝わりますのに、ジュリアスなんて言われたら誰だかわかりませんよ。
「シーモアの婚約者なんですね。おめでとう御座います」
「あら、お祝いしてくれるの? 嬉しいわ。ジュリアスってばいっつもあなたの話ばかりするんですもの」
「私の……ですか?」
「ええ。詳しくは教えてくれないのですが、あなたに命を助けられた。すごく感謝してるって」
別に、優秀な素体を確保するためにやったことですからね。
「大したことはしていませんよ」
「まぁ、謙虚ですのね。さすがは聖女のお嬢様ですわ」
美少女に面と向かって褒められると悪い気はしません。なんだか照れてしまいます。
「……ユリィシアは、わたくしがジュリアスと婚約してもお嫌じゃなくて?」
「嫌? 別に、特には。シーモアが誰と結婚しようと気にしてません」
死後手に入れば良いだけですからね。
「ジュリアスはあなたにシーモアと呼ばせているのね。わたくしには呼ばせないのに……。それに婚約の件もまだ予定であって決まってはいないの。ジュリアスがどうしてもうんって首を縦に振らないんですって」
「はぁ、そうなんですか。それは残念ですね」
「王族の結婚は感情ではできないわ。国と国との思惑でするものよ、そう思いませんこと?」
私は王族についてはまったくもって疎いのですが、もしかするとそういうものなのかもしれませんね。
「ええ、そうなのかもしれませんね」
「……ユリィシア、あなたはとっても素敵な子ね。ふふふ、あなたとはとても仲良くなれそうですわ」
「ありがとうございます、アナスタシア様」
「あら、あなたは私のことをアナって呼んでくれないのかしら?」
いやー、そんなの恐れ多いですよ。
あなたのような美少女は遠くから眺めているだけでも心が満たされますし。
「わたくしはあなたのことを──ユリィって呼びたいのに……でもいいわ、今は焦らないの。また今度、ゆっくりお話ししましょうね」
「あ、はい」
そろそろ会話を打ち切りたいと思っている私……だってなんだか後ろに控えているクラスメイトたちの視線が痛いんですもの。
私、注目されてるんですかね? 陰キャが出しゃばるなって感じですかね?
やっぱりアナスタシアとお友達になるには色々と敷居が高そうです。
「あ、ところでユリィシアはまだどなたとも〝メントーア″の〝リアゾン″をなさってないのですよね? きっとあなたのことを深く知れば、みんなあなたとリアゾンしたいと思うに違いありませんわ」
「はぁ……ありがとうございます」
で、その『めんとーあ』で『りあぞん』って何なんですかね?
◇◇
気がつくとお昼になっていました。
わざわざアナスタシアが声をかけてくれたので、少し様子が変わるかなぁと期待していたのですが……まったくそんなことはなく。相変わらず誰も話しかけてくれません。
仕方なく私は今日も一人で昼食をとることにします。
ここ聖アントミラージ学園では、様々な形で昼食の場が提供されています。
多くは共同の食堂でとるのですが、上位の貴族の方だけが入ることができる特別なリストランテもあるそうです。
その中で私はいつもパンやサンドイッチを手に、庭で一人で食べることにしています。
だって……食堂でぼっちって、本当に辛いんですもの。
私だって他の女の子とキャッハウフフしたいのにー。
今日買ったサンドイッチを手に向かうは、昨日発見した素敵な場所です。
そこはもちろん──墓地。なんとここ聖アントミラージ学園にも墓地があったのです。
あぁ、なんという淀んだ空気。ここの墓地は聖職者によってきちんと聖別されていないので、なにかきっかけがあれば簡単にアンデッドが生まれそうです。素晴らしい隠れ癒し墓地ですね。
しかもここには他には誰も来ません。誰にも邪魔されず、私はめいいっぱい空気を吸い込みます。
あぁ、なんという禍々しさ。これこそザ・墓地って感じですね。ですが墓地でボッチとは、これいかに。
「チュンチュン」
「あら、小鳥さんこんにちわ」
今日は小鳥さんが私のサンドイッチをついばみに来ました。
実はあまり知られていませんが、小鳥はアンデッドとしては素晴らしい素体です。
骨が弱すぎてスケルトンには向いていませんが、ミイラ化してしまうと小回りがきいて偵察などに有能なディッキー・ミイラとなります。前世では聖女や聖職者の追跡を警戒するときなどに非常に重宝していました。
「これで契約は成立しましたからね」
「チュンチュン」
さぁ、あなたも死んだら私に奉公してくださいね。
──がさがさっ。
そのときです、なにやら近くの木々が揺れる音がしました。
もしかして小動物でもいたのでしょうか?
あぁ、リスやネズミなどの小動物もアンデッドとしては優秀ですね。陸のミイラマウスと空のディッキーミイラ。両方揃えるとかなり万全の体制と言えます。
今度はぜひネズミさんも餌付けするとしましょう。
教室に戻ると、どうやらわざわざ私のことを待ってくれていたらしいオルタンスが話しかけてきてくれました。
「ちょっとあなた、アナスタシアと何か話してたわね。あなたも帝国のスパイなの?」
「たしかにお話ししていましたが、私はスパイなどではありませんよ」
「だったら気をつけることね。アナスタシアは危険よ。なにせ帝国の皇女、この国をスパイしに来たのに違いないわ。だからどうせ入るなら、アタシの派閥にしなさい」
「いろいろとお気遣いありがとうございます。オルタンスは優しいのですね」
「ちょ、誰が優しいのよっ! それに剣爵令嬢ふぜいが勝手にアタシのことを呼び捨てにしないでくれる?!」
「はい、失礼いたしましたオルタンス様」
「な、なんで微笑みながら返してくるのよ?! 嫌みなの!?」
嫌み? 単に嬉しいだけなんですけれども。
だってお友達に間違っていることを指摘されるなんて、素晴らしいことだと思いません?
「……あなた調子狂うわねぇ。まあいいわ、アタシはこれから忙しいのでいくわね。あぁ、早くアタシも素敵なお姉様とメントーレのリアゾンしたいですわ」
また出ました。めんとーあとりあぞんする。
いったいこれはどういう意味なのでしょうか。
「あのー、それはどういう意味なのでしょうか?」
「あなた、この学園にいてそんなこともご存知ないの!? あぁもう面倒だわ、ミモザ、説明してあげて」
「おっけーっす! あ、ウチはミモザっていうっす、よろしくっす! 早速説明させていただくっすが、〝メントーレ″とはこの学園における重要な隠し制度っす」
なんと、隠し制度だったのですね。
どうりで私が知らなかったわけです。しかし、重要な制度とは……。
「この学園では、教師以外にも、上級生が下級生に様々なことを指導するっす。その際に、とても良い関係性になった先輩後輩に限って、特別な契約を結ぶっす。それを『姉妹制度』というっす」
ほほぅ、そうなんですか。
それにしても不思議な口調で話す子ですね、このミモザって子は。彼女ともお友達になれるでしょうか。
「このメントーア制度では、上級生と下級生が〝姉妹の契り″を結ぶっす。これを『契約』というっす。このリアゾンを結んだ場合、下級生は上級生を姉──すなわちお姉様として慕い、姉も妹のために尽くすことを求められるっす」
「ほうほう」
「上級生が気に入った子と結ぶ特別な関係、それがメントーア制度っす。もっとも、必ずしも全ての生徒がメントーレのリアゾンを結ぶわけではないっすよ」
なるほど、意味がわかりました。簡単に言うと師弟制度みたいなものですね。
しかし私みたいなコミュ障のボッチからすると、【奈落】の師匠みたいにボケて会話もろくに出来ないような相手でない限り、なかなかハードルが高そうです。私なんかとリアゾンしてくれるような奇特な方がいるんでしょうか……。
「まぁあなた程度の格の人間だとなかなか叶わないかもしれませんけどね。ですがアタシは違います。ぜひともエトランゼ様のような大人っぽくて素敵な方とメントーレのリアゾンしたいですわね」
エトランゼ……聞いたことのない新しい名前が出てきましたね。
オルタンスの口ぶりから、おそらくは三回生の大人っぽくて素敵な先輩なのだと思われますが……。
──そのときです。
がらがらがら──。
大きな音とともに、教室の扉が開きました。
中に入ってきたのは、軽くウェーブがかった茶色のショートカットの髪と、凛々しい大きな目をした大人っぽい感じの背の高い美女です。彼女が教室に入ってきた途端、クラスメイトたちが「きゃー!」と黄色い声を上げています。
「あの方は……【英霊乙女】エトランゼ様!」
「わずか12歳にして聖女認定された素敵なお方よ」
「きゃー! なんて凛々しいの!」
聖女?
今、聞き捨てならない単語が聞こえたような……。
「うわっ、エトランゼ様よ! 本物じゃない!」
となりのオルタンスも驚きの声をあげます。さすがにオルタンスが憧れるだけあって、カロッテリーナやアナスタシアとは違うタイプの美人ですね。なんとなく男っぽいというか、凛々しい感じがします。
そんなふうに私が観察している間にも、エトランゼはスタスタとこちらの方に近寄ってきます。
「あぁ、まさかエトランゼ様がアタシのお姉様にわざわざなりに来てくださったのかしら?」
「えー違うと思うっすよ……」
「う、うるさいわね!」
沸き立つオルタンスやツッコミを入れているミモザたちをスルーして、エトランゼはなぜか私の前に立ちます。
「……あなたがユリィシア・アルベルトね?」
このような呼ばれ方は今日二回目です。わざわざ確認する必要があるほど、私の存在感は薄いのでしょうか?
「はい、そうですが……」
「ワタクシは3回生のエトランゼ・ローズマリー・サウサプトン。あなたの『メントーア』となるものよ」
メントーア? あ、今聞いた『お姉様』というやつですね。
この人が、わざわざ私のメントーアになってくれるというのでしょうか? いったいなぜ? 今日初めて会ったのに?
「お爺様から聞いてるわ。あなた、聖女候補だったそうね」
ざわっ!?
一気に場がざわめきます。
「それは何かの間違いです。私は聖女などではありません」
「それを決めるのは他の誰でもない、聖母教会の認定聖女であるワタクシよ。この【英霊乙女】のエトランゼが──直々にあなたのことを見極めて差し上げるわ。だからあなた、私とメントーレのリアゾンなさい。これは決定事項よ!」
ビシッと私を指差しながらポーズを決めるエトランゼ。
きゃーすてきー! おねーさまー! とクラスメイトたちの声が湧き上がります。
「ワタクシをメントーレとできることを聖母神様に感謝するのね! そして──以後ワタクシのことはランゼお姉様とお呼びなさい。ユリィシア!」
そんなエトランゼの申し出に、私は──。
「えーっと、お断りします」
即答で却下です。
だって、聖女がお姉様なんて……そんなのあり得ないんですもの。




