38.お友達
あーびっくりしました。
だって、いきなり金髪の美女に声をかけられたんですよ?
私、思わずキョドってしまいました。
ですがその女性は、私と話した後すぐに別の場所にいた黒髪の美少女の方へと行ってしまいます。どうやらそちらが本命だったらしく、私に声をかけてくれたのはそのついでだったようです。
それにしても、あの金髪美女は誰だったのでしょうか。
「それは、第一王女のカロッテリーナ姫でございますね。今年の生徒会長でございますよ」
「へぇ、そうなんですか」
「前に第二王子のジュリアス・シーモアとどちらかに呪いをかけようとしたので存じ上げてございます。たしかカロッテリーナ姫は正妃の娘でございますよ」
あぁ、なるほど。それで『弟から聞いている』と言っていた意味がわかりました。カロッテリーナはシーモアの母親違いの姉なのですね。
言われてみればたしかに顔が似ている気がします。イケメンの姉妹は美人だと聞いたことがありますが、どうやらそれは事実のようですね。
「あと、カロッテリーナ姫が話しかけたという黒髪の女性が、帝国の第3皇女アナスタシア様でございますね」
「あら、よく調べてありますね」
「侍女の務めでございますから」
ちなみにネビュラちゃんの口調に関しては、だんだんウザいと感じ始めたので「にゅ」から「ございます」へ変えることにしました。
そのほうがなんとなく侍女っぽくないですかね?
「まぁ『にゅ』よりははるかにマシでございますが……」
「おや、なにか不満でも?」
「いえいえ! 全然不満なんてございませんっ!」
ま、飽きたらまた別なのに変えれば良いだけですからね。
「ゾクッ! お嬢様が何か良からぬことを考えている悪寒が……」
「ところでネビュラちゃん、研究の準備の方はいかがですか?」
「あ、はい。とりあえず道具を揃えるところから始めてございます」
ネビュラちゃんに用意させているのは、私が『黒ユリ』状態となるために必要な魔法道具もしくは魔法薬作成のための研究の準備です。
例の一件のおかげで、聖なる力を抑えることさえできれば、死霊術を使えるようになることが判明しました。
なので、レアな割には使い捨てになってしまうダンジョンドロップ品などに頼らずに、聖なる力を抑制する方法を研究することにしたのです。
もしこの研究が実用化されれば、私はいつでも自由自在に『黒ユリ』になれるでしょう。実に素晴らしいことですね。
実は今回の学園行きに伴って。ネビュラちゃんと一つの盟約を交わすことにしました。
それは、侍女として私の手助けをちゃんとすれば、フランケルの力の一端を与える、というものです。
「……お嬢様はどうやってフランケルの遺産を手に入れたんでございますか?」
「それを知りたければ、私に尽くしてください。場合によってはその一部を与えても良いですよ」
「っ!?」
実際、今の私では『不死の軍団』を十分に管理できません。その管理代行くらいの権限なら与えても良いかなと思っているのです。……裏切らないのであれば、ですが。
「(どうやってお嬢様がフランケルの遺産を手に入れたのか、近くにいればその謎が解けるかもしれないでございますね……)」
「何か言いましたか? ネビュラちゃん」
「え? いえいえ、なにもございませんよ!」
「そうですか、だったら良いのですが」
今のところネビュラちゃんは自主的に色々と手伝ってくれているので、私としては助かっています。学園に在学している有名人についてのリサーチも、他の侍女の方々とコミュニケーションを取って色々と情報を仕入れているようです。
……こやつ、なかなかに有能ですね。
そういえばウルフェの方も今日から自主的に『執事トレーニング』という実習を受けることになっています。なんでも随行者限定の授業で、令嬢に仕える執事として必要なスキルを学ぶことができる特別講義なのだそうです。
「俺、お嬢様のために立派な執事になりますね」
私としては立派な骨になってくれれば良いのですが、まぁその過程についてはどう過ごそうと不問とすることにしましょう。
◇◇
翌日。
いよいよ学園での授業が始まります。
それはすなわち、私の学園生活がスタートするということを意味しているのです。
友達、できるかな。できちゃったらどうしましょう。
そんな──私のささやかな期待は、あっという間に脆く崩れ去りました。
なにせ……誰も話しかけてきてくれないのです。
周りでは女の子同士がきゃっきゃ言いながらどんどんグループを作っていきます。
その流れに、私は完全に取り残されていました。
ぼっちです。
ええぼっちですよ。
生まれ変わっても、やはり私はぼっちなのです。
いや、何をすれば良いのかはわかっているのですよ?
そうです、自分から話しかければ良いのです。
実に簡単なことなのです。
ですが、私にはその簡単なことが、死霊術よりも難しいのです。
なにせ……何を話せば良いのかわからないのですから。
私が話せることといえば、アンデッドと死霊術の話ばかり。
ですが、この手の話で前世でドン引きされた経験を持つ私は、絶対に口にしてはいけないネタだということは承知しています。
とはいえ、私からアンデッドネタを取ってしまうと何も残らないのです。
今日はいい天気ですね。
ご機嫌いかがですか。
今日の朝は何食べましたか。
あと……あと……うーん、うーん。
……なにも出てきません。
だめです。
やはり私に友達を作るなどという高難易度の任務は果たせないのです。
こうなってしまっては、もはや諦めるしかありません。
クラスメイトたちは、帝国の第3皇女であるアナスタシアの周りを取り囲んで、なにやら盛り上がっています。
なんと羨ましいのでしょう。私もあんな感じで女の子たちに囲まれてみたい……。
他の生徒たちも、なにやら『めんとーあ』というネタで盛り上がっています。カロッテリーナとアナスタシアが今日中庭で『めんとーあ』を『りらぞん』したらしいです。
さっぱり意味が分かりません。何かの隠語でしょうか。
仕方ないので、私はぼーっと外を眺めることにしました。
思い返せば、前世から私はずっと女性が苦手でした。
なにせ私のヘルタースケルターには女性のアンデッドがいないくらい、女性が苦手だったのです。
いや、女性のことは嫌いではないのですよ? むしろ大好きなくらいです。なにせもともとはモテたくて死霊術を始めたくらいですから。
ですが、死霊術を極めれば極めるほど逆に女性が離れていく結果となり、余計私は女性から縁遠くなってしまったのです。
あぁ、こんなことになるならヘルタースケルターに女性のアンデッドを入れておけば良かったです。そうすればもう少し会話のシミュレーションが出来たでしょうから。
そう考えると、後宮に通っていたあの頃は幸せでした。なにせアンナメアリやレナユナマナ、それにジュザンナも、私からなにも言わなくても勝手に話しかけてくれるのですから。
はぁ……やはり私みたいな陰キャぼっちは、学園なんて来るのではなかったですかね。
もしかして学園に来なくて聖女になって、魂的に滅びてしまった方がよかったのでしょうか。
ごめんなさい、私の可愛いヘルタースケルターたち。私はこんなにも──心が弱い人間なのです。
「ふんっ。あなた、ずっと外ばかり見てて変わってますのね」
そのときです。
私に声をかけてくれる救いの神が現れたのです。
「えっ?」
「わたくしはバルバロッサ侯爵令嬢のオルタンスよ。あなた、アルベルト剣爵家のユリィシアでしょ? なぜあなた程度の格のものが、偉大なるリヒテンバウム王国の第一王女であるカロッテリーナ姫様にお声をかけてもらえたのかしら?」
後ろに3人の女の子を従えて、私に話しかけてきたのはオルタンスという女の子でした。
こ、これはもしかして───。
「どうしたのかしら? 理由も話せないの? それとも、わたくしが侯爵令嬢と聞いて恐れ慄いているのかしら?」
「は、はぁ……」
「まぁ己の格が分かっているのであればそれに越したことはありませんわ。その程度の格の家柄なら、これ以上出しゃばらないことですわね。さっさと長いものに巻かれるのが得策ですことよ、オーッホッホ!」
それだけを言い放つと、オルタンスは申し訳なさそうな顔をしている3人の取り巻きを引き連れてさっさと自分の席に戻っていったのでした。
◇◇
「……ということで、オルタンスはどうやら私のことを心配して声をかけてくれたみたいなのです。これってもうお友達ですよね?」
「は、はぁ……」
「すごいでしょう、たった1日で私にもお友達が出来たんですよ?」
私が嬉々として今日の出来事をネビュラちゃんに話すと、なぜだか呆れ顔でこう切り返されてしまいました。
「それ、絶対違うと思うのでございますが……」
「ふん、何を言いますか。アンデッドのあなたに何が分かるというのです」
「少なくともボクのほうがお嬢様よりは他人とコミュニケーションを取れているのではございませんでしょうか……」
「コミュニケーションは量より質なのです」
私がぎゃふんと言わせるようなことを言ってやると、ネビュラちゃんはわざとらしく「はぁーっ」と大きなため息をついて研究に戻っていきました。
ふんっ、言い負かされたからって不貞腐れるとは、ずいぶんと失礼な子ですね。
ですが、どうやらこれで私の学園生活も明るいものになりそうです。
ふふん、見ていらっしゃい。きっと友達100人作ってみせますわ!




