37.ミモザから見た聖アントミラージ学園
ウチの名前はミモザ。
フルネームはミモザ・スライフック。
ウチの父親は王国所属の国家公務員として王都南ダンジョン探索部の部長まで出世したたたき上げのひとっす。けっこー強いっすよ!
その才能をありがたいことに受け継いだウチは、なんと聖アントミラージ学園への入学を許されることになったっす。
聖アントミラージ学園は、普通では入学することが叶わない特別な学校っす。
王国もしくは隣国の貴族階級の方か大金持ち、もしくはギフトを持っていて、尚且つ有力者の推薦がないと入学できないくらい格式が高いっす。
ちなみにウチが買われた才能は、戦闘力っす。父親の血か、斧使いの才能のギフトを得ていたおかげで、一芸入試の際に騎士学校の生徒といい勝負をしたのが効いたみたいっす。
あと、なんでもいまは女性活躍の時代ということで、王国も積極的にダンジョン局に女性を採用してるらしいっす。そのビッグウェーブに乗れたこともあって無事に受かったっすよ。ほんとウチは超ラッキー!
推薦に関しては、親父の上司にあたるバルバロッサ侯爵が推薦してくれたっす。なんでも同級生に侯爵の娘がいるそうで、必ず仲良くするようにと親父に口を酸っぱくして言われたっす。
もちろんウチはその条件を飲むつもりっす。だってウチみたいなド平民が聖アントミラージ学園などという素晴らしい学園へ通えるっすからね。そりゃ喜んで魂だって売るっすよ。
学園に入ったら、いずれは親父と同じように王国所有のダンジョンに潜れるように、国家公務員を目指してマイスターコースに進むことがウチの夢っす。
聖アントミラージ学園にさえ入学できれば、その道は約束されたようなものではないでしょうか。ビバ・安泰!
そのためにも、ウチみたいな平民は大人しくつつがなく過ごすことが求められるっす。
なにせ聖アントミラージ学園には高貴な方々がたくさんいらっしゃるので、粗相がないようにしなければいけないっす。目をつけられたらウチみたいな平民はすぐに首スパッっすからね!
「貴女がミモザ? アタシはバルバロッサ侯爵令嬢のオルタンスよ。よろしくね」
「はい、オルタンスお嬢様」
そんなわけで、さっそくオルタンスお嬢様にお目通しです。
オルタンス様は釣り目がちの、ちょっと気の強そうなお嬢様っす。そんなに美人ではないけれど、化粧で誤魔化してる感じっすかね? あーでもウチより綺麗かもしれないっすが、スッピンなら五分五分じゃないっすか。
「貴女はアタシの手足としてしっかり働くのよ」
「もちろんっすよ、オルタンス様」
長い物には巻かれろ、これが我がスライフック家の家訓っす。もちろん今作ったっすが。
聖アントミラージ学園は、リヒテンバウム王国王都の少し南の郊外にあり、ひと学年がおよそ100人、全校生300人ほどの規模の学園っす。
周りは完全に閉鎖された敷地内に、寮や付き人の住まう住居までが全て納まってるっす。
各学年は3つのクラスに分かれていて、2回生からはコース別に分かれてしまいますが、1回生の間はほぼ全て同じ授業を受けることになるっすよ。
だから1回生のときは、いずれエレガントコースへと進む高貴な方々とも一緒に授業を受けることになるんで、すごく緊張するっすよね!
聖アントミラージ学園は、近隣諸国でもあまりない女性だけの高貴な学校ということもあって、毎年世界各地から色々な方々が入学してくるっす。
もちろんその中には、目玉となるような超すごい人も入学してくるっす。
たとえば2学年上の3回生には、リヒテンバウム王国の第一王女であるカロッテリーナ様や、わずか10歳で聖母教会から聖女認定された聖女エトランゼ様もいらっしゃるっすよ。
そして今年の目玉はなんといっても、ガーランディア帝国から皇女アナスタシア様が来てることっすね!
なんでも帝国の人は黒髪の人が多いらしいっすが、今回いらっしゃる第3皇女アナスタシア様もご多分にもれず綺麗な黒髪で、ものすごい美少女で才女なのだそうっす。今年の新入生の訓示はこのアナスタシア皇女がなさるらしいっすよ。
学園での私が従うことになるバルバロッサ侯爵令嬢オルタンス様もかなり意識してたっす。
──いよいよやってきた、入学当日。
いやーびっくりしたっす!
ものすげぇイケメンの獣人を従者として連れたどこかのご令嬢がいたっすよ!
ウチは思わず見惚れたっすね。周りの子たちも同じだったっす。だって絵から飛び出したかのようなイケメンっすよ!?
あれだけのイケメンを従者として侍らせるなんて、ご令嬢の顔は後ろからだったから見えなかったっすけど、あれはきっとかなり高貴な貴族のお嬢様っすね。
ちなみにうちはビンボーな平民だからお付きの侍女も護衛もいないっす。お付きがいない生徒は、学生寮『向日葵館』があるので、まとめてそこで共同生活をすることになるっすよ。
だいたい生徒のほとんどはこの学生寮の方で、一部の限られた──それこそ侍女や従者の持ち込みが学園側から許された生徒だけは、別にある『白薔薇館』で生活されるっすよ。
でも白薔薇館にいるのは基本的には上位貴族ばかりなので、たぶんウチには縁のない世界っす。
……あ、バルバロッサ侯爵令嬢オルタンス様はもちろん白薔薇館っすよ。侍女もふたり連れてさすがっすよね!
クラスに入ってびっくりしました。
驚くほどの美少女が、クラスにいたっす。
流れるように白銀色の髪。
人目を一気に引く麗しき容貌。
ウチはあんまり美人じゃないし、ぶっちゃけオルタンス様もあんまり美人な部類じゃないけど、この白銀色の髪の女の子は度肝を抜かれるほどの美人さんだったっす。正直、アナスタシア皇女よりも上かもしれないって思ったっす。
その美少女が、たった一人最後方の窓際の席に座って、肘をついたまま外をぼーっと見ているっす。あぁ、なんて尊いんでしょうか! 新しい何かに目覚めてしまいそうっす!
あまりにも尊すぎて、誰も声をかけれないでいるっす。
あ、オルタンス様ってばプルプル震えてるっす。これは嫉妬っすね。自分より目立つ人がいるのが許せないタイプっすね。
「アルベルト剣爵家長女ユリィシア・アルベルトです。宜しくお願いします」
自己紹介で一気に教室内がざわめいたっす。
なにせ剣爵といえば、功績を得たものが一代限りで得る最低限の貴族号。貴族は貴族っすが、格としては男爵以下の低位の貴族だったっす。
「うん、やっぱり低俗な家柄の娘だったのね。品が顔に出てるわ」
隣に座るオルタンス様が嬉しそうにウチに話しかけてきたっす。
ぶっちゃけウチは「あんたのほうが品がないっすよ」と言いたかったっすが、俗物たるウチは何も言わずに笑顔でウンウンと頷いたっすよ。
結局、ユリィシア嬢はその後もずっと一人で座っていたっす。
周りの子達も、すんごい美人なんだけど家柄があまり高くないから、なんとなく近寄れない感じだったっすね。
ウチも本当は話しかけたかったっすけど、オルタンス様が派閥を作るのに大忙しで、ユリシィア嬢を完全無視して、周りの貴族の子達を取り込むことに精を出してたっす。
「あなたのうち、男爵家ですわよね? よければ今度お茶会をご一緒しませんこと?」
「あなたは商会のお嬢様よね? たしかバルバロッサ家とも取引があったのだと思うのだけれど」
オルタンス様、顔と性格はイマイチですが、情報収集能力と周りを取り込む能力には長けていて、あっというまに取り巻きを増やしていったっす。といっても、ウチもその取り巻きの一人なんっすけどね。
あっという間にオルタンス派の取り巻きは3人に増えました。ウチと、男爵令嬢のトリスと、商家の娘カディの3人っす。なんともしょぼい取り巻きっすが、それでもこのクラスでは2番目の勢力を誇ってるっすよ。
一番? そんなのアナスタシア様に決まってるじゃないっすか。
……そうなんっす。
なんとウチのクラスには、ガーランディア帝国の皇女アナスタシア様がいたっすよ!
アナスタシア様はさすがっす。
皇女だけあって、本当にオーラがあって近寄りがたくって、それでいて品があって、オルタンス様とは月とゴブリンってくらい差があるっすよ。ウチだってアナスタシア派に入りたいくらいっす。
「あの女は油断なりませんわ。なにせ帝国のスパイですものね」
「スパイですかっ?!」
「だって、あの帝国の第3皇女なんですのよ。そんなの邪悪に決まってますわ!」
なにやらオルタンス様が不穏なことを口にしています。純粋な男爵令嬢のトリスなんかはすぐ間に受けるから勘弁して欲しいっす。
──そのときっす。
前方にある教室のドアが開いて、颯爽と入ってくる人の姿がありました。
とてつもなく美人の上級生。まちがいないっす。あの金髪の美女はリヒテンバウム王国の第一王女、カロッテリーナ姫っすよ! うわー間近で初めて見たっす。ドン引きするくらい綺麗っす!
そのカロッテリーナ姫が、お供となるこれまた美人なお姉さまを3人引き連れて、つかつかとこちらにやってきたっす。オルタンス様が興奮気味に立ち上がりましたが、たぶん目的はあなたじゃないっすよ。
オルタンス様の横をすっと通り過ぎたカロッテリーナ姫が向かったのは──もちろんアナスタシア様のところ……ではなく!
なんとなんと! 窓際で外を眺めていた白銀色の髪の美少女のところに、つかつかと歩み寄って行ったではないっすか!
「あなたがユリィシア・アルベルトね」
「はい、そうですが……」
「貴女のことは弟から聞いているわ。わたくしとも仲良くしてくださいね」
「は、はぁ……」
ざわっ!
教室内が一気にざわめいたっす。
今のセリフは一体何なんっすかね?
あのユリィシアという下級貴族の娘は、もしかしてリヒテンバウム王家とお知り合いなんっすか?!
だけど、疑問を解くよりも先に、カロッテリーナ様は黒髪の皇女アナスタシア様のところに向かったっす。
「お久しぶりですね、アナスタシア」
「あらカロッテリーナ様、わたくしより先に他のお嬢様のところに行くんですもの。ちょっと妬いてしまいますわ」
「あらうそおっしゃい。【帝国の黒薔薇姫】と呼ばれる貴女がその程度のことで妬くもんですか」
ふふ、ふふふっ。
美女と美少女が見つめあって微笑んでるっす。なんとも絵になる景色じゃないっすか。ずっと眺めていたいと思ったのはウチだけじゃないと思うっす。
「……ところで貴女の『メントーア』はわたくしが務めることになるわ。よろしくね、アナスタシア」
「あら光栄ですわ、カロッテリーナお姉様」
きゃーー! きたーー! うわーーー!!
なんとなんと、アナスタシア様のお姉様になるのはやはりカロッテリーナ様っすよ!
正式発表キターっすよ! 公式カップリング認定っすよ!
前々から噂はされてましたが、やはりアナスタシア様のお姉様はカロッテリーナ様っしたね。これで学園中の話題はこのネタでもちきりになるっすよ。
「とは言っても正式発表は明日ですけどね」
「ちょっとフライングではないですか? カロッテリーナお姉様」
「それだけ貴女に早く伝えたかったんですよ」
「うふふ。嬉しいですわ、カロッテリーナお姉様」
あぁー、ウチも素敵な先輩に見初められて、お姉様の関係を結びたいっすなぁ!
願わくば、すごく素敵なお姉様がいいっすね。一番人気のカロッテリーナ様は無理としても、次は聖女エトランゼ様とか……きゃはっ!
いやぁー、明日からの学園生活が楽しみになったっす!




