36.入学
「なんと、聖女候補者をみすみす学園に行かせることにしたのですかな!」
コーディス・バウフマンに呆れ顔で言われ、スミレはふぅとため息を漏らす。
「あの子はたしかに簡易治癒は使えたものの、それだけよ。噂先行タイプだわ。そんなのこれまでもたくさんいたでしょ? だから毎回枢機院で審査してるんじゃない」
「おんしは孫を聖女にしたくないのかえ? なんとも欲のないことよのぅ……じゃが身内だろうと公平に見ようとするその姿勢、好意的よのぅ」
横にいた【 規律模範 】エメラルダス・ソラーレがメガネをくいっと持ち上げながら頷く。
「まあええじゃないか。聖アントミラージ学園といえば、確かあの子が入学しておる。せっかくだしあの子に監視させれば良いじゃろう」
「あの子──【英霊乙女】ですね」
実は【英霊乙女】はかなり若くして聖女認定されていたのだが、その立ち居振る舞いに難が多いことから、学園に通わせてマナーや人との協調性を学ばせることとしていたのだ。
「それで文句はあるかな? スミレよ」
「ああ、それで良いよ」
「それで、もしおんしの孫が聖女たる実力を持っておる時には……」
「そのときにはアタシはこの役を降りるよ。アタシのギフトが錆び付いたってことだからね」
「枢機卿に二言は無いぞ?」
「くどい!」
スミレの言葉に、【 黄金猊下 】エルマイヤー・ロンデウム・サウサプトンはニヤリと笑ったのであった。
◆◆
半年ほどの期間を経て、私は聖アントミラージ学園に入学することになりました。
聖アントミラージ学園はそれなりの格式のある学園で、入学には最低でも男爵以上の貴族である等の資格か、もしくは有力者の推薦が必要となるそうです。
ですが残念なことにその点はクリアしてしまいました。私にはちゃんと推薦があったそうで、あっさりと入学が許されたのです。ちなみに推薦していただいたのはユーフラシア公爵という方です。……誰でしたっけ?
さて、月日はあっという間に流れていき──。
私が学園に行くよりも一月ほど早く、アレクが騎士学校へと入学していきました。
「姉様、行ってきます。僕は強くなってきますね」
「アレクに変な虫がつかないか心配です……」
手元から貴重なSSランクの素体が離れるのは少し不安です。またネビュラちゃんみたいな不届きものが現れないとも限らないので……。
「あははっ、なんの心配ですか姉様!」
「お嬢様、そんなに不安そうな顔をしなくてもアレク様は大丈夫ですよ。このウルフェが保証します。アレク様は大変強くなられました」
「……ウルフェ、姉様のことを頼んだよ。あなたなら安心して預けられる。僕が帰ってくるまでよろしくね」
「ええ、わかりましたよアレク様」
なにやら男同士で拳を叩き合って勝手に盛り上がっています。これが男子の友情というやつでしょうか。
あぁ、いいですね。私もそういうのに憧れている時期がありました。前世では叶うことなくずっとボッチで生涯を閉じることになりましたが……。
もしかして学園に行けば私にも友達ができますかね? 期待してもいいんですかね?
「……立派になるのですよ、アレク」
「はい、姉様も元気で」
立派に敬礼しながら馬車に乗って行くアレク。
こうしてアレクは騎士学校へと旅立って行きました。といっても騎士学校も聖アントミラージ学園も実は王都近郊にあったりするので、そんなに離れてはいないのですがね。
アレクが旅立ったあとは、いよいよ私の番です。
アレクは一人で行きましたが、私の場合はお供を連れて行くことが許されています。お供はもちろんネビュラちゃんとウルフェです。
なんでもメイドは3人まで、護衛は一人まで連れて行くことが可能なのだそうですが、うちは低位の貴族なのでこれが限界です。というより他にいないのですが。
「あら、レナユナマナを連れて行っていいのに」
「あたしも行きたかった〜」「学園懐かしいよね〜」「あれは青春だったわ〜」
アンナメアリがありがたい申し出をしてくれました。というかレナユナマナも学園の卒業生だったのですね。アンナメアリが卒業生だというのは知っていましたが。
ですが、さすがに側妃の侍女を借りるわけにはいきません。彼女らの申し出は正直とても魅力的なのですが、今回は断念することにしました。
なにより連れて行く侍女は基本的に同じ部屋で生活します。レナユナマナみたいに綺麗で洗練された人が三人もいたら落ち着いて死霊術の研究ができません。
そういう意味では弟弟子、いえ妹弟子のネビュラちゃんを連れて行くのがベストです。
「ということで、代わりにこの子を鍛えてもらえませんか?」
「えっ!? ボクですにゅ?!」
「あら、これまた可愛い子を侍女にしたわねー。いいわ、任せといて」
「きゃー肌きれーい!」「化粧ノリよさそう!」「お着替えしてもいいかしら?」
「すいません、この子照れ屋なのでお着替えとお触りはNGでお願いします」
「えっ!? えっ?!」
「ちぇー、しょうがないなー」「ま、全力で鍛えるわよ」「まかしといて!」
「えっ!? えっ!? えーーーっ!?」
こうしてネビュラちゃんはレナユナマナによって徹底的に英才教育されることになったのでした。
◇◇
そしていよいよ入学当日。
私はスーツ姿に帯剣したウルフェと、メイド服姿のネビュラちゃんを伴って登園します。
私が着ているのはもちろん聖アントミラージ学園の制服です。ひらひらとしたスカートの可愛らしい制服は、なかなかに可愛らしくて気に入って鏡の前で何回もくるくると回ってしまいました。少し胸も膨らんできて、立派なレディにまた一歩近づいてきましたよ? うふふっ。
しかし、気になるのは──どこをどう見ても女の子の生徒しかいないことです。男子はどこに行ったのでしょうか。
「女の子ばかりですね。この学園は男の子はいないのですか?」
「あれ、お嬢様はご存知なかったのですか? 聖アントミラージ学園は女子のみの学園ですよ」
なんと! 女子だけしかいない学園ですとーっ!?
私は思わずくわっと目を見開いてしまいました。
それは予想外です。まったく想定していませんでした。
思えば前世を含めたこれまでの人生において、女性に縁があったのは後宮に通っていた頃くらいです。
それがまさか、女子のみの学園に通うことになろうとは……。
あぁ、今頃になって急に心臓がバクバクしてきます。
「大丈夫ですか? もしかして緊張してらっしゃるのですか?」
「そそそそんなことありませんよ」
「お嬢様でも緊張することがあるにゅ? ぷぷぷー」
「……ネビュラちゃんはあとでおしおきですね」
「にゅーっ!?」
あぁ、どうしましょう。私、女の子と話せるのでしょうか。
これまで話したことがあるのは、年上のお姉様のみ。同年代の女子とはまったく話したことがありません。
前世で話しかけたときに「キモい。声をかけないで」と言われたのが最後の記憶です。あぁ、どんなことを話せば良いのでしょうか……。
ふと気がつくと、周りからの視線がこちらに集まっているような気がします。もしかして私、注目されているのでしょうか。
ですが、よくよく女の子たちの視線を確認すると、どうやら注目を集めているのは私ではなく──ウルフェのようです。
「なぜか俺が注目を浴びている気がするのですが……気のせいですかね?」
「それはウルフェ様が獣人だからじゃないですかにゅ?」
「あぁ……なるほど。たしかに貴族で護衛に獣人を連れているものなどいませんね。もしかしたら俺の存在がお嬢様にご迷惑をおかけするかもしれません。その際には俺のことを遠慮なく切り離してくださいね」
ウルフェを切り離す。それはつまりSSランク素体の「レッドボーンスケルトン」を手放すということを意味します。
「あなたを私が手放すことは、どんなことがあってもありません。あなたはずっと私のものです」
「お嬢様……」
ウルフェが涙を流して喜んでいます。そんなにスケルトンになるのが嬉しいのですかね?
「あんたは騙されてるにゅ……お嬢様は腹黒にゅ」
ネビュラちゃん、余計なことを話すとおしおきですよ?
「あいただだだっ!? お、お嬢様、ごめんなさいでにゅー!」
ふむ、わかればよろしい。
◇◇
入園式はつつがなく行われました。
詳しく話を聞いていると、どうやらここ聖アントミラージ学園は王国だけでなく周辺国も含めた貴族や有力者、大富豪もしくは極めて優秀な能力──ようはギフトを持つエリートのみが入学を許される、特別な学校なのだそうです。
学科はおおきく3つに分かれていて、いわゆる『お嬢様育成』を志すエレガントコース、魔法を極めるマジカルコース、手に職をつけるマイスターコースがあるそうです。
まったく知りませんでした。というよりも知ろうとしていなかった私が悪いのかもしれません。
授業のメニューもダンスや礼儀作法、基礎教養など、洗練された淑女になるためのものも多く、どうやら私が思っていたものとはかなりかけ離れているようです。
ちなみに私はどのコースを目指すのかって? もちろんエレガントコースです。私は強い意志を持って淑女になるのです。目指すは可憐な乙女……うふふ。
新入生挨拶では、綺麗な黒髪の美少女が凛とした声で挨拶をしていました。
どこぞかの王族のようですが、私のような陰のものには縁のなさそうな方なのでよく覚えていません。
一方在校生代表挨拶では、見事な金髪のものすごい美人が、鈴の鳴るような可憐な声で「ようこそ聖アントミラージ学園へ。私たちはあなたがたを歓迎します」などというものですから、私は年甲斐もなく興奮してしまいました。
……もしかして私、年上の女性が好みなのでしょうか?
思い返せばフローラやアンナメアリ、レナユナマナとった魅力的な女性に囲まれて育ってきた私です。環境的には年上の方に目が移ろうのは自然の成り行きというものなのかもしれません。
こうして──私の学園生活が始まりました。
学園の在学期間は3年間。
果たして私はその期間を無事──つつがなく過ごすことができるのでしょうか?




