35.選択
ここからエピソード6になります!
ここは聖マーテル神国の神都フィーリアにある聖母教会の総本山〝大教会″。
7人の枢機卿が一堂に会し、緊急の枢機院が開催されていた。
今回の議題は──リヒテンバウム王国にて〝癒しの聖女″との呼び名がついた1人の少女についてである。
「この噂はどういうことかのぅ? ユリィシア・アルベルトってのはあんたの孫じゃあなかったかい? なぁスミレよ」
「……わかってるよ、コーディス」
【 聖智賢者 】コーディス・バウフマンに問われ、スミレ・ライトは最高に渋い顔で睨み返す。
だがスミレはそれ以上言い返すことはなかった。実際、この噂の主は間違いなく自分が生後から知っている可愛い孫娘のことだからだ。
しかし──あの子が100体のアンデッドを成仏させただって? 娘からは聖女の才能はないと聞いていたのだが……。
様々な思考が頭の中で駆け抜けるが、とりあえずこの場での答えは決まっている。
「アタシが出るよ。自らの目で確認してくるさ」
「しっかり頼むぜ? 自分の孫を見過ごしたってんなら、さすがにこっちも考えることがあるぜよ?」
【 黄金猊下 】エルマイヤー・ロンデウム・サウサプトンに嫌味っぽく言われ、スミレはあからさまに舌打ちする。
エルマイヤーは自らの孫が聖女になっていることから、次期教皇選定レースで一歩リードしている。だからライバルはなるべく蹴落としたいと考えていた。
ここでもかなり高飛車にスミレを責めているが、彼にとってはどちらに転んでも良かった。ユリィシアに聖女の資格があれば嘘つき、隠蔽だと責めるだけだし、資格がなければ彼女はライバル足り得ない。どう転んでもエルマイヤーにとってはプラスだったのだから。
「大丈夫だ。今回は──ちゃんとギフトを使って確認してくるさ」
だが低い声で発されたスミレの言葉に、エルマイヤーは思わずたじろぐ。
それほどに──覚悟が定まったものの目であったのだ。
「アタシの孫だ。ちゃんとあたしが──見極めてくるさ」
◆◆
ちゃっかり私と一緒に回収されたネビュラちゃんは、『悪者に拉致された天涯孤独の女の子』という設定を無理やり押し通して、結局うちで飼うことになりました。
あ、飼うといってもペットとしてではなく、私付きのメイドとしてです。ようはウルフェと同じ扱いですね。
「ネビュラちゃん、うまいこと潜り込みましたね」
「あのまま放置なんて鬼すぎるにゅ! ちゃんと責任取ってほしいにゅ!」
いろいろと煩いですがもちろん無視です。
それにしても《審罰の左目》は便利ですね。このギフトを使えば自我を持つアンデッドもこのとおり、言うことを聞く従順な僕となるのです。
しかもネビュラちゃんはこう見えてヴァンパイアという特殊アンデッドなので、合法的に身近にアンデッドをはべらせることができるという、素晴らしい結果をももたらしました。
ただ、飼うからにはしっかりとしつけをする必要があります。
「いいこと? 〝黒ユリ″に関してはすべて秘密にしてください。さもなくば……わかってますね?」
「は、はい。わかりましたでにゅ」
はい、これで口止めも完璧です。
今後死霊術の研究をするにあたって、私一人だけだとどうしても自由がないことも多いので、元々私を手伝ってくれる要員が欲しいと思っていました。
ウルフェでも悪くはないのですが、どうせなら同類のほうが頼みやすくて手間が少ないです。
その点、ネビュラちゃんは死霊術師、アンデッド、見た目が女の子と三拍子揃っているので理想的です。ついでに黒ユリのことも知っているだけに、話が早いというメリットもあります。
最初は面倒なことになったと思っていたのですが、本当に良い拾い物をしました。おまけにネビュラちゃんを身近に置いておくことで、呪いの持続効果の確認も出来て、一石二鳥ではないでしょうか。
それにしても──。
「語尾の『にゅ』って気持ち悪いですね」
「お嬢様が決めたにゅ! それはあんまりでにゅ!」
ま、気に入らなければ呪いの種類を変えれば良いんですけどね。
さて、このネビュラちゃんが起こしてくれた一連の騒動の結果、いろいろなことが私の身の回りに湧き起こりました。
まずは、〝勇者の光″というギフトに覚醒した弟のアレクについて。
彼はどうやら学校に通うことになったみたいです。
なんでも騎士学校というものがあって、そこに飛び級で入れることになったのだとか。
「すごいぞアレク! 騎士学校に飛び級というのはすごく名誉なことなんだぞ!」
「ですが……僕のこの力は、姉様を守るためのものなんです」
そうそう、誘拐犯であるシャプレーはアレクが倒したということにしておきました。
本当はレッサーヴァンパイアになって私のコレクションの一部になっているんですけど、それはナイショです。
「姉様は特別な人なんです。いつか世界を救うことをなさるでしょう。そのときのために、僕は強くなりたいんだ」
「その気持ちはわかるが、だったらよけい騎士学校に行くべきだ。あそこには強い奴らがたくさんいるからな」
もしかしてアレクは将来私のコレクション収集に付き合ってくれるつもりなのでしょうか。
だとしたら、なかなかできた弟ですね。姉としても嬉しい限りです。
「わかりました! だったら僕はそこで最強になって、父上やウルフェよりも強くなります!」
「おお、その意気だ! 姉を守れる強い男になれよ!」
「はいっ!」
「同期に第二王子もいるから粗相のないようにな!」
第二王子? はて、どこかで聞いたことがあるような……。
「ところでユリィシア、学校といえば……あなたも学園へ行かないかしら?」
「学園、ですか?」
不意打ちのようにフローラに言われたのは意外な申し出。
しかし学園などというものに、前世の私は良い思い出がありません。
無視。嫌われ者。嫌がらせ……。うっ……頭痛が……。
「いえ、結構ですわお母様」
「えー、あなたを【聖アントミラージ学園】に入れることが私の夢だったのに……」
なんですかその怪しい名前の学園は。絶対に行きたくないです、そんな場所。
そもそも私は学校と名の付くものにトラウマがあります。
だから私が学園に通うなんてことなんて一生ない──そう思っていた時期が、私にもありました。
ですが、そんなことを言ってられない事態が発生してしまったのです。
運命を告げる来訪者は、何の前触れもなくやってきました。
「ちょっとフローラ! 出てきなさい!」
「げっ!? お母さん?!」
そう、祖母のスミレが突然家にやってきたのです。
◇◇
「フローラ! あんた嘘ついたわねっ!? おかげでアタシゃあ枢機院でいやみたっぷりに言われたよ! 『あんたは孫の管理もできてないのか』ってね!!」
「うるさいわね! 仕方ないでしょ! あたしだって知らなかったんだからさ!」
スミレさん激おこです。フローラとずっと喧嘩しています。フローラも負けていません。壮絶な母娘喧嘩です。
ただ、二人の喧嘩の原因が、どうやら私にあるようなのです。
先日、北部の墓地で100体ものアンデッドをまとめて昇天させてしまったのが、どうやら噂として広まったらしく、聖国の聖母教会本部まで届いてしまった結果、私の存在が知られてしまったようです。
私にとってはアンデッドに触れないことが判明した悲しい出来事です。その後、レアアンデッドをゲットしたりネビュラちゃんを拾えたり死霊術師としての今後の道筋が見えたりしたので、結果としては良しとしていたのですが……。
まさかスミレの耳にまで私の情報が届くとは、さすがにちょっと不用心すぎましたね。大いに反省です。
「こうなっちゃあ、さすがにアタシも枢機院を抑えられないよ。ユリィシアを神都に連れて行って、聖女として一から仕込みます。いいですね?」
「絶対嫌よ! ユリィシアは学園に入れるのよ!」
ちょっとちょっと、なんだかとんでもない話になっていませんか? まさか私が聖女認定を受けることになろうとは……。
救いを求めて視線を横にいたカイン、ウルフェ、アレクの三人に向けますが、さっと目を逸らされます。さすがにガチ喧嘩しているあの母娘の間に割って入る勇気はないようです。なんとまぁ、使えない男どもですこと。
一方ネビュラちゃんはニヤニヤと愉しそうにしています。どうやら私が困っているのが嬉しくて仕方がないみたいです。どうやら教育が足りなかったみたいですね。あとでみっちり色々と教え込まないといけませんね。ふふふ……。
「あーもう! アタシたちだけで話しててもらちがあかないわ! ユリィシアを呼びなさい!」
「ええ、いいわよ! 本人の意思を確認しましょう!」
そうこうしている間にも、二人の話は勝手に進んで私の意思を確認する段取りになっていました。
ですが私の答えなどもちろん決まっています。
聖女など論外です。
「私、学園にいきます」
「がーーん」
「いえーーい」
明らかにショックな表情のスミレに、嬉しそうにガッツポーズをかますフローラ。
でもこれは苦渋の選択なのですよ? だって聖女認定されて聖母教会などに連れて行かれたら……私の魂が成仏してしまいますからね。
「……はぁー。まぁとにかくユリィシアの気持ちはわかったわ。でも最後にお願いがあるの。あなたにアタシのギフトを使わせてもらえないかしら?」
「おばあさまの、ギフト?」
ぎくっ。
まさか……あのギフトを私に使う予定ですの?
「ああ、《 罪悪の神判 》と言ってね、アタシの質問に正直に答えているかどうかを判別するものなのさ」
やはり《 罪悪の神判 》でしたか。
前世の私を追い込んだ、問答無用で嘘偽りを判別するという恐ろしいギフトです。このギフトを使って裁判を行うスミレは【 冷徹聖判 】という恐ろしい二つ名を得ていました。
怖い……どんな質問が来るのでしょうか。
「そんなに怖がらなくていいよ。ユリィシアはアタシの質問に正直に答えてくれればいいだけだからね?」
「は、はい……」
「じゃあ最初の質問だよ?」
ドキドキ……。
ううう、なんとか誤魔化して、聖女認定や神都への強制送還などを避けなければ……。
「ユリィシア、あんたは〝癒しの大奇跡″を使えるのかい?」
「いいえ」
「……おや、ウソはついてないみたいだね。では簡易治癒より上の奇跡は覚えていますか?」
「いいえ」
私が使えるのは最低ランクの簡易治癒だけなので、ウソはついてません。私の答えを聞いて、スミレの顔がみるみる曇っていきます。
「あんた、12歳にもなって簡易治癒しか使えないのかい」
「はい……」
「じゃあ次の質問だ。先日、王都北の墓地で100体のアンデッドを全てターンアンデッドで昇天させたのはあんたなのかい?」
「いいえ」
実際私はターンアンデッドなど使っていないので、こちらもウソは言ってません。
「でも何体かは成仏させたんだろう?」
「はい」
「……なるほど、じゃああの噂は、ユリィシアのやったことがちょっと過大に誇張されて拡まったって感じかい?」
「はい」
これも嘘偽りありません。他人はともかく私はそう思っていますから。
一通りの質問を終えて、スミレは大きく息を吐き出しました。
「……やっぱりあんたは嘘をついてなかったね。わかったよ、あとはアタシにまかせな。枢機院にはアタシからうまく説明しておくからさ。ユリィシアはしっかり学園で頑張るんだよ」
「はい、おばあさま」
ふいぃぃ。なんとかスミレを誤魔化すことに成功したみたいです。スミレが魔力判定の道具を持ってなくて助かりました……。
さぁ、これで私は安心して学園に通えますね。
──えっ? 学園!?
隣を見ると、フローラが満面の笑みを浮かべています。
「ユリィシアが学園行きを決めてくれて嬉しいわぁ」
……はっ!
し、しまったわ。
なんだか知らないうちに、私、学園に行くことになってしまったではありませんか。
ですが今更前言を覆すわけにはいきません。そんなことをしたら即神都送りの刑です。
な、なんということでしょう……トホホ。
──こうして私は、自らの意思で聖アントミラージ学園に通うことになったのでした。
ネビュ子「お嬢様、学園に行くことになって良かったですにゅ。ぷぷぷ」
ユリィ「……とりあえずネビュラちゃんにも頑張ってもらわないとね」
ネビュ子「えっ!? な、何を頑張るんでにゅ!?」
ユリィ「それはね……うふふっ」
ネビュ子「ひぃいいぃぃ!? 怖いでにゅぅぅうぅ!?」
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