34.ボーナスタイム終了
ピシッ、バキンッ。
パラッ、パラパラ……。
しばらくネビュロス相手に遊んでいたところ──鈍い音とともに、聖女殺しのネックレスが音を立てて壊れてしまいました。
あらあら、随分と楽しめたのですが……やはり耐久限界を超えてしまったのですね。
魔法道具破壊は想定していたので仕方ありませんが、思っていたよりも時間が短かったのが残念です。
すると──みるみる私の髪の色が、元の白銀色へと戻って行きます。どうやら聖なる力が復活してしまったようです。寂しいですが、誕生祝いはこれでお開きのようですね。
小窓のように小さかった【万魔殿】へのゲートも、徐々に小さくなっていきます。
『ヴヴヴ……』
『キシャー』
『……』
せっかくなので、今回お仲間に加わったバックベアード、レッサーヴァンパイア(シャプレー)、スケルトン・ネクロマンサー(元フランケル)の3体も【万魔殿】に送り込むことにしました。
送るだけなら、ネビュロスの影魔法をうまく駆使することで転送に成功したのです。この子の魔法、なかなか便利ですね。
それでは、愛しのアンデッドともこれでしばらくのお別れです。新参者の三体は、先輩たちと仲良くするのですよー。だからそこのスケルトン、もう骨だけなんだから恥ずかしがらないで!
私は最後に消えゆく擬似ゲードの向こう側にいる可愛い軍団員たちに手を振ります。
いつか必ず迎えに行きますから……そのときまで待っていてくださいね。
彼らと離れ離れになるのはとても寂しいです。思わず涙がこぼれ落ちます。
ですが、そう遠くないうちに再会できると私は確信しています。
なにせ今回、私は死霊魔術を使う手段を知ることができました。この事実がわかっただけでも、今回は大収穫と言っても良いでしょう。
もう少し研究を進めれば、いつか必ず死霊魔術を使う力を取り戻すことができるはずです。
そのときまで──しばしのお別れです。
「うぅうぅぅ……ボクは……ボクをどうする気だにゅ……?」
私がひとりで感傷に浸っている間にも、なにやら地面に這いつくばったままのネビュロスがうめき声をあげています。
あぁ、彼のことを忘れていましたね。
ネビュロスは、シャプレーと違って壊れたわけではありません。彼はちゃんと私の実験に耐え切ったのです。えらいえらいです。
さすがはSランクアンデッドのヴァンパイア。呪いに対する耐久性は高く、けっこうな数の呪いを植えつけることに成功しました。
「さぁ立ち上がりなさい、ネビュロス──改め『ネビュラ』ちゃん」
「は、はい……お嬢様にゅ」
私の言葉に従って、素直に立ち上がります。
今回、私がネビュロスに植えつけた呪いは以下のようなものです。
・これからずっと女装をすること。その際はもちろん女の子のふりをする(理由は特にありませんが、イケメンというだけで腹が立ったのでついやってしまいました)
・女装している間、名前は「ネビュラ」に改名する(ネビュ子でもよかったのですが、激しく嫌がっていたので仕方なくこれにしました)
・一人称は「ボク」にすること(さすがに女装しての「俺」口調はイケていませんので)
・吸血禁止(眷属が増えたら面倒臭いので)
・私や私の家族に直接的に危害を加えない(一応保険ですが)
・語尾に「にゅ」を付ける(おまけです。理由は特にありません。ただの思いつきです)
・私の命令には絶対遵守
これが優先順位順になりますが、女装が最上位にあるのはご愛嬌です。
シャプレーは3つくらいの呪いをかけるとおかしくなってしまったので、最終的には7つもの呪いを受け入れたネビュラちゃんは、なかなかに優秀な素材だと思います。さすがはSランクですね。
ちなみに今回の呪いは、もしルールを破ると、いずれも全身に激しい激痛が走るように設定しています。痛みの度合いでいうと、普通に痛覚のある生き物であれば、決して逆らおうとは思わないレベルにはしていますので、呪いが効いている限り彼、いいえ彼女が私に直接害を及ぼすことはないのではないでしょうか。
さて、せっかくなので、ネビュラちゃんに私が着ていたドレスを着用させることにします。
すると──おやおや、ずいぶんと似合っているではありませんか。少し破れて見える肩の部分が、また色っぽくてなんとも言えません。
私ですか? ちゃんと服の代わりに彼のマントを奪って着ていますよ。さすがに異性の前で裸体を晒したりはしませんので。
こうして出来上がったネビュラちゃんは、かなりの美少女に変身していました。仕掛け人の私としてとっても満足です。
「ユリィ、シア……このおれ──ぐふっ!? ぼ、ボクを……これからどうするにゅ? ここで消滅させる気にゅ?」
「えー、そんなことしませんよ。あなたは好きになさるといいわ」
……別に飽きたとか、面倒になったとか、そういうわけではありませんよ? ほら、彼には〝聖女殺し″という素敵なプレゼントをいただいたわけですし、ね。
「げっ?! この状態でボクを解き放つにゅ!? それはそれで鬼だにゅ?!」
「そんなことは知りません。あーそうそう、思い出しました。お父様とお母様に置き手紙を残していってくださいね。もう2度と悪さはしませんって」
「わ、わかりましたにゅ……ですがせめてこの口調くらいは解いてほしいにゅ……」
「却下」
「あうっ」
そこまでネビュラちゃんと会話を交わしたところで、私の視界が一気にグラッと揺れました。
どうやらさすがに限界が来たみたいです。あれだけの魔力を使いましたからね。一気に意識が遠のいていきます。
「……それじゃあおやすみなさい。あとはよろしく……」
「え?! ちょ、マジで放置すんの?! ねぇ、やばいって! このままの状況であなたの両親がここに来たら……」
ネビュラちゃんが必死になにやら言っていますが、もはや私の耳には届きません。
そのまま私の意識は──抵抗する間もなく一気に暗転したのでした。
◇◆
王都郊外における戦場で【宵闇の王】を名乗るネビュロスを取り逃がした後、カインとフローラはザンデル大将と今後の対応策について検討していた。
そこへ、かけ足でやってきたウルフェからの報告を聞き、慌てて自宅のある王都内へと駆け戻る。
ところがそこにユリィシアの姿はなく、代わりに家に残されていたメッセージを見て、一同は一気に血の気が引いた。
息子のアレクセイが攫われた。
しかも、娘のユリィシアも行方不明。
ユリィシアに命令されて二人を呼びに行っていたウルフェも、主人のまさかの失踪に顔面蒼白となる。
だが狼狽えていても仕方がない。三人は休む間も無く、指定された倉庫へと一気に突入していった。
だが、カイン、フローラ、ウルフェの三人が現場で見たのは──。
前のめりになって失神しているアレクセイの姿と、その横で──満面の笑みを浮かべて気を失っているユリィシアの姿であった。
しかも彼女のそばにはもう一人、なぜかユリィシアが着ていたはずのドレスを着用する美少女の姿もある。
「ユリィシア様! ご、ご無事ですかっ?!」
「落ち着いてウルフェ、みんなちゃんと息をしているわ」
「お、奥様すいません、取り乱して……」
「いいのよ。それよりも──特に目立った外傷はないみたいね。よかったわ……ところであなたは大丈夫? お名前は?」
「ボクは……ネビュラというにゅ。悪い男にさらわれていたんですけど、ユリィシア様に助けてもらったにゅ」
「あら、あなたも攫われてたの? それは大変だったわね……あなたにも癒しの奇跡を施しましょうか?」
「だ、大丈夫ですにゅ! ユリィシア様にもう完全に癒されてるにゅ!」
「あらそう? それにしてもあなた、不思議な口調ね。どこか地方の訛りなのかしら?」
フローラがネビュラと名乗る少女と会話を交わしている間、敵がいないかを確認していたカイン。
やがて現場に無造作に置かれた一枚の置き手紙を見つける。そこに書かれていた内容は──。
ーー
『わたくし、【宵闇の王】ことネビュロスは、皆様の強さに参りましたので逃げさせていただきます。
今後、二度とこのような悪さはしませんので、どうかお許しください。
いろいろご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。
ネビュロスより』
ーー
「なんだこれは……」
手紙を読んだカインの第一声がこれである。
書いてある内容は到底信じられない。だがなぜネビュロスがこの手紙を残したのか、その理由は、目的はなんなのか。
カインにはさっぱり理解できないでいた。
「どうしたの、あなた?」
「フローラ、この手紙を見てくれよ……」
「どれどれ……うんうん……。こ、これは……到底信じられないことが書かれているわね」
そう、読んだ人は誰一人本気とはとらえなかった。それだけ書かれていた内容が突拍子もないものだったのだから。
まさか書かれている内容が真実であるとは、二人が知る由もなく……。
「だが実際にフランケル・ゾンビもバックベアードもいなくなっているな」
「本当に逃げ出したのかしら……」
「わからない。だけど油断はできない。一応ザンデル大将には報告しておこう」
「ええ、そうね」
数々の疑問を残したまま、カインがアレクセイを、ウルフェがユリィシアを抱え、ネビュラと名乗る少女を連れた一行は、古びた倉庫を後にする。
だが、不思議と──この夜を契機に、王都における異変がパッタリと途絶えることになった。
◇◆◇◆
リヒテンバウム王国の王都を襲い、多くのけが人を出した『アンデッド一斉襲撃騒動』。
この混乱は「首謀者の謎の逃亡」という驚きの結末を持って不完全燃焼のまま幕を下ろした。
とはいえ、多くの混乱をもたらしたこの騒動は、結果として王都に新たな伝説をいくつか生み出すこととなる。
そのうちの一つに──アルベルト剣爵家の長女ユリィシアにまつわるものがあった。
例の墓地において行われた奇跡は、当時その場にいたものたちの心に深く刻まれていた。
死者をいたわり、傷を癒し、魂を救う。彼女の素晴らしい行いの数々は口々に広がってく。
噂を広げた彼らは、自然とユリィシアのことを【癒しの聖女】と呼ぶようになった。
やがて、【癒しの聖女】ユリィシアの噂は風に乗ってどんどん広がっていくことになる。
それは、ユリィシアすら把握できないほどの速さで一気に広まっていったのであった。
──もちろん、聖母教会の総本山がある聖マーテル神国の神都フィーリアにも……。
これにて第二部『王都動乱編』の締めとなるエピソード5は完結です!
このあと人物紹介を挟んで、第三部となるエピソード6が開始します!




