33.素敵な誕生日
ネビュロスにネックレスを着けられたとき、私の心はここにあらずでした。
ですが、すぐに自分の身体の異変に気づきます。それ程に劇的な変化が──私の中で巻き起こっていたのです。
……ゴ……ゴゴ……ゴゴゴゴ……ゴゴゴゴゴゴゴ──。
体の奥の奥から噴き出してくる、なんとも懐かしい感覚。
あぁ、これは……。
「なんだお前……髪の色が黒く染まってる、だと?」
ガタガタと震え始めたネビュロスが、震える指で私の頭を指差します。たしかに視界に映る私の白銀色の髪の毛は、なぜだか暗黒色に変色していっていました。
ですが、今はそれどころではありません。体の奥から突き抜けてゆく、えもいえぬ快楽に身を委ねていたからです。
この感覚は──そう、まるで長年詰まっていたものが一気に溢れ出てくるような、そんな不思議な快楽。
やがて──。
「ふぅぅ……」
すべてが終わった時、私はこれまでにない開放感を味わっていました。
これほどの気分は、これまで何度か経験してきた〝昇天″をも上回るほどの心地よさです。
「あぁ……カ・イ・カ・ン──」
思わず口を割って出たのは、そんな言葉。
ペロリと、無意識に舌で唇を舐め回ってしまいます。
「この感覚……実に久しぶりですね」
今の私の体の中は、膨大な量の魔力で満ち溢れています。
蘇った感覚を確かめるために、しっかりと握り締めていた右手を前に差し出します。もやっと掌から湧き上がるのは──黒い色をした魔力。
見間違えようがありません、これは──死霊術に必要な黒い魔力ではないですか。
私は転生することによって失っていた闇の魔力を、再び手に入れることが出来たのです。
どうやら私の死霊術に関する力は、ずっとこの身に宿る〝聖なる力″によって封じ込められていたのではないでしょうか。それが〝聖女殺し″によって聖なる力が封じられることで、初めて力が外に出た。
それが──今の状況なのではないかと考えられます。
ですが、今は考察よりもこの身に久しぶりに感じる感覚をしっかりと味わいたいのです。
見よ、感じよ、この吹き出す魔力の量を!
なんということでしょう、下手すると前世の10倍近い魔力を包含しているではありませんか。
これだけの魔力を保持していたら、いったいどれだけのアンデッドを操ることができるのでしょうか──想像するだけで生唾を飲み込んでしまいます。
「あなた……ネビュロス、といいましたね」
「あ、ああ……」
「素敵な誕生日プレゼントをありがとうございます。私、いまとっても心が満たされていますわ」
「っ!?」
せっかくお礼を言ったというのに、ネビュロスはなにやら怯えた表情を浮かべています。失礼ですね、本心から感謝しているのですよ?
「お前は……いったい何者なんだ?」
「私ですか? そうですね……今の私は、強いて言うと黒いユリィシア──略して黒ユリ、なんてのはどうでしょう?」
「く、黒百合だとぉ!?」
『黒ユリ』、なんだか死霊術師っぽい二つ名て良くありませんか? 今の私はとっても上機嫌なので、大概のことは許してあげれそうです。
それにしても、湧き上がるこの魔力のなんと素晴らしいことか。
力試しに近場にいたバックベアードとゾンビに触れてみます。
「ピギー!」「ゔゔゔゔ……」
あら、あっという間に私の支配下になりました。
ネビュロスの死霊術師としての実力はたいしたことなさそうですね。これほど手応えなく配下を奪い取ることができるのは、相当な実力差がないと不可能でしょう。
「なっ?! 俺の手駒をあっさりと奪い取ったというのか!?」
「だってあなた、大したことないんですもの」
「ぐっ……到底信じられん……これでも俺はSランクに匹敵する死霊術師なんだぞ?」
焦った様子のネビュロスは、近くにいたシャプレーに目をつけます。
「くそっ、少しでも手駒を増やさねばっ! シャプレー!」
がぶりっ。ネビュロスがシャプレーの首元に噛み付きます。
ごくん……ごくん……。おお、あれが噂に聞く吸血行為なのですね。
ということは、これで──。
「シャプレー、〝黒百合″を押さえつけろ!」
「キシャー!」
やっぱり、シャプレーは人間をやめてしまって彼の眷属にされてしまったみたいですね。
でもまぁ彼はもともとゾンビの適性しか持っていなかったので、ゾンビになるよりはレッサーヴァンパイアになったほうがマシじゃないでしょうか。
ですが──。
「はい」 ずぶっ! 「あ"ア"ゔんっ!?」
私が無造作にシャプレーの額に指を突っ込むと、ビクンビクンしたあとすぐに大人しくなりました。
はい、格付け完了です。
「なっ……ばかな……私の手駒が……すべて奪われるとは……」
私は右にシャプレーを、左にバックベアードを従わせます。うん、やはりアンデッドを侍らせるのは実に最高の気分ですね。
え? ゾンビですか? ちょっと臭うので少し離れた場所に配置しました。元の体だろうと腐れば皆ゾンビですからね。
はい今、名言ができましたよー。腐れば皆ゾンビ。大事なので覚えておきましょう。
「お前……ば、化け物か……」
まぁ。こんなに素敵なレディを捕まえて、化物呼ばわりとは失礼ですね。
ですが、彼がそう言いたい気持ちは分からなくもありません。
なにせ今の私の魔力はまさに底なし。甚大な魔力をすべて死霊術に使うことができるのですから。
──あぁ、そうだ。良いことを思い出しました。
もしかすると今ならいけるかもしれませんね。
前世でも理論上は完成していたのですが、どうにも魔力不足で実現しませんでしたから。
私は両手を使って素早く曼荼羅陣を宙空に描くと、そこに膨大な量の魔力を打ち込みます。その量、およそ──5000。
やがて莫大な魔力に耐えられなくなった空間が徐々に歪み始めます。
よし──なんとか成功したみたいですね。
「どうやらいけそうですね……」
「お、お前……こ、これ以上なにをやる気なんだ!?」
「これからあなたに私の素敵なコレクションをお見せしますわ。『開闢せよ──【万魔殿】への道』」
魔力によって強引に作り上げた空間の歪み「擬似ゲート」。
そこに以前から知っていた【万魔殿】の場所を意識して接続を試みます。
すると──おぉ! 前世では秘宝「次元門の指輪」を使ってなんとか開けることができた道が、自力で開闢することができたではありませんか。
「ばかな……自力で次元門を作ったというのか……?!」
「ほーら、私のコレクションですよ。見てご覧なさい?」
「……げ、げぇぇえぇえっ!?」
次元の歪みから姿が見えるのは、懐かしの私の【不死の軍団】です。
あぁ、あれは苦労して捕獲したSSランクのドラゴンボーンスケルトンではないですか! それにあっちにはSランクのヴァンパイア・レイスにロイヤル・スペクターの姿も見えます。どうやら腐らずに無事保管されていたみたいですね。
ふふふっ……懐かしくて思わず涙が溢れてきます。
【万魔殿】は空気のない空間ですからさほど心配はしていませんでしたが……12年ぶりに姿を確認できて、ひとまずホッと胸をなで下ろします。
しかし、やはり即席の次元門では小窓くらいしか創れませんね。これでは『宝物』を喚び出すにはあまりにも小さすぎます。今後改良が必要ですね……ですが、今回は姿を見れただけでも良しとしますか。
「ば、ばかな……【万魔殿】に接続できるとは……。【万魔殿】の場所はフランケル以外の誰も知らないというのに……なぜお前がそれを知って──」
次の瞬間、ハッとしたネビュロスが私に向き直ります。
なにやら考えすぎたのでしょうか、目の下に隈を作っていて、なんだか薄幸な美少女のように見えてしまうのは気のせいでしょうか。
「まさかお前、【万魔殿】につながる鍵を持ってるのか!? どこで手に入れた!?」
「キー? 私、そんなもの持っていませんが?」
「嘘をつくな! よこせっ! 俺によこすんだ、小娘! それはお前が持つようなものではない! さもなくば──死ぬぞ?【不死の軍団】はこの俺のものだっ!」
「いえいえ、私のものですし」
「なにを寝言を言う!フランケル・アンデッドを手に入れたこの俺こそが、死霊術師たちの宝、『万魔殿』と【不死の軍団】の真の所有者に相応しいのだっ!」
「えーっと、そこのゾンビならもう私の配下ですけど?」
「うるさーい!! えーい、もう辛抱ならん! 命までは奪うつもりはなかったが……こうなっては仕方ない。お前はこの俺が直々に、肉片すら残さずに殺してやる! 後悔しても知らんぞ!? 【黄泉の王】フランケルの最大奥義を食らって死ぬがいい! 飛び散れ──『爆霊波』!」
爆霊波、ですか。これまた懐かしい魔術を使いますね。
ですが構築式がイマイチです。そんな適当な式を使ってたら、簡単に崩れてしまいますよ。現に、ほら──。
「なっ?! フランケル最高の奥義を……指先一つで崩壊させただとっ?!」
「最高の奥義? 違いますよー」
「へっ?」
私は右手の人差し指を使って素早く魔術式を構築していきます。
この体には曼荼羅陣が刻印されていないので、一から魔術式を描く必要はあるので実に不便ですね。ですが自分の編み出した固有魔法の構築式くらいは目を瞑ってても描けますよ。ほら──。
「な……その構築式は……ばかな……」
「ネビュロス、あなたはそもそも『爆霊波』の使い方を間違えています」
「な……なんだとっ?!」
「『爆霊波』はですね、こうやって使うのものなのですよ」
私は完全に組み上がった『爆霊破』の魔術式を、すぐ近くにいたフランケル・ゾンビに向かって放ちます。すると──。
パーーーーーン。
小気味の良い音とともに、元の肉体の腐った肉がすべて吹き飛びました。
残ったのは真っ白な骨のみ。はい、ちゃんと成功しましたね。
なにやら白骨がモジモジと恥ずかしそうに体を隠していますが、大丈夫ですよー。あなた、ずっと骨ですからー。
「『爆霊波』はですね、このとおり──ゾンビから肉をそぎ落としてスケルトンにするための、簡単な肉落としの技なのですよ」
「うっそーーーーん!?」
しかも肉を削ぎ落とすことで、簡単にゾンビ・ネクロマンサーからスケルトン・ネクロマンサーにクラスチェンジさせることができます。実に効率的でお得感満載なオリジナル魔術なのです。
「か、完敗だ……」
なぜか勝手に打ちひしがれているネビュロスが、地面に項垂れています。
「信じられん……【奈落】様の直弟子であるこの俺が……」
おや、なんだか懐かしい名前が出てきましたよ。
【奈落】といえば、私の師匠の二つ名ではありませんか。ということは、もしかして──。
「あらあなた、あのボケジジイの弟子でしたの?」
「ボ、ボケジジイ!? お前、最高峰の死霊術師である【奈落】に対してなんという暴言を──」
「ボケジジイはボケジジイですよ。それであのジジイ、まだ人に死霊術を教えてるんですか」
「な!? ま、まだ教えてる……とは!?」
「あとジジイ、永く存在し過ぎたせいで頭の中がカビてしまった挙句、耄碌してボケちゃってるんですの」
「は、はぁ?」
「そのせいで人の区別が付かなくなってしまって、誰かれ構わず死霊術を教えてしまうんですよねぇ、ほんとにもう、はた迷惑なジイさんだと思いません?」
「……」
私の説明を聞いて、ネビュロスはがっくりと膝を落としてしまいました。
おや、もしかして彼はそのことに全然気づかずに教えを乞うていたんでしょうか? 普通すぐに気づくと思うのですけどねぇ……だって言葉もしゃべれなくなっていたし、明らかに行動も変だったのですもの。
「さて、ネビュロス。打ちひしがれているところ申し訳ないのですが、シャプレーという実験材料が壊れてしまったので、次はあなたで色々と検証させてもらってもよろしいかしら?」
「や、やめろ……」
「不能にするのはもう飽きちゃいましたからね。今度はどうしましょう。──あぁ、こんなにも可愛らしい顔をしているのですから、女の子にしちゃいましょうか。男の子なのに娘……そうですね、男の娘なんてどうです? うふふ……」
「やめてくれ……ください」
「大丈夫です、命までは奪いませんから。なにせあなたは私に素晴らしい誕生日プレゼントを贈ってくれましたからね。うふふっ、うふふふっ……」
「うわぁぁぁぉああぁぉアァォァァァァああア!!」
あー、今日は本当に素敵な誕生日ですわ。




