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31.宵闇の王

 

 時は少し前、王都郊外の戦場では──。



「くそっ!? なんなんだこいつらは! 臭ぇ!」

「いくら倒しても、じゃんじゃん湧いてくるぞ?!」

「ええーい、貴様らー! 恐れるなー! てめーらは名誉ある王都警備隊だろうがーっ!」

「大将、そうは言っても相手は──ぐがっ!?」


 ザンデル大将率いる『王都警備隊』500名は、大量のアンデッド軍団を前にかなりの苦戦を強いられていた。

 その原因は、2〜3000体近い大量のアンデッドだけでなく──2体の敵の存在にあった。


 一体が、巨大な目玉に触手がついた形状の、見た者に怖気を催す異形の特殊アンデッド『バックベアード』。

 このバックベアードがやっかいなのは、目から光線を放ち、それに触れると──衛兵たちには様々な悪影響が出るのだ。悪寒、震え、しびれ、鈍痛、頭痛、などなど……。

 状態異常を起こす光線の影響で、戦意喪失の衛兵が続出している。


 そしてもう一体は──灰色のマント付きフードを被った両腕に入れ墨がびっしりの男。この男はしゃがれた声で自らを【 黄泉の王ジ・アビス 】フランケルと名乗った。


 そのフランケルと名乗る者から放たれるのは、不気味な緑色の煙。

 その煙を浴びると、ゾンビやスケルトンといったアンデッドたちが一気に活性化するのだ。


「だが……ぐっ!? なんて強さだ! まさかあれは……本物なのかっ!?」 

「そんなはずはないわ! あのときわたしたちは確実に仕留めたはずよ!?」


 まるで物量でごり押ししてくるかのような猛攻に、カインとフローラでさえも苦戦を強いられていた。

 まるで地の底から響くような嗄れた声は、確かにカインやフローラにも聞き覚えがあるフランケルのものだった。だが近寄って確認しようにも、大量に押し寄せるアンデッドを前に、それも容易ではなかった。


「くそっ、せめてあの目玉の化け物はなんとかならないのかフローラ?」

「無理よ! バックベアードはSランクの特殊アンデッド。どちらかというとアンデッドというよりも魔法生物に近い存在よ。だからターンアンデッドは効かないわ!」


 衛兵たちも、鬼将軍と呼ばれる指揮官の元かなり鍛え上げられてはいるものの、数の暴力を前にしてなかなか本領を発揮できずにいた。

 犠牲者こそ出ていないものの、けがをする者が続出で、フローラもなかなかターンアンデッドに集中することができないでいる。


「大将、増援はないのですか?」

「ねえな!」

「王都守護隊や軍の出番は?」

「軍は他の対応で手いっぱい。なんでも他に4箇所でアンデッドが出没しているらしい。おまけに王都の墓地からも湧いて出たってことで、なけなしの衛兵たちが対応に当たってる始末だ。逆に応援を求められてるくらいだぜ! 王都守護隊? あんな穴熊ども、絶対に王都から出てきやしねえよ!」


 王都守護隊はその名の通り王都の、特に貴族を守るための部隊である。

 そのため貴族出身の者も多く、めったに前線には出てこないことから、ザンデルら前線部隊からは穴熊と揶揄されている始末だ。


「それよりもカインよ。あれは本当に本物の【 黄泉の王ジ・アビス 】なのか?」

「わかりません。確かに奴は俺が12年前に成敗したのですが……」

「あのときちゃんとわたしが聖別したうえで、骨まで灰にしたはずよ?!」

「じゃああいつは何なんだよ! ワシは知ってるぞ! あの黄色い煙はフランケルお得意のアンデッド強化術『ゾンビースモーク』じゃねーかよ!」

「そうなんですよ……ですがここでじっとしててもらちがあきません! 大将、俺が攻め込んでみます!」


 意を決したカインは剣をしっかりと握ると、敵の中枢のど真ん中へと突入する。

 途中アンデッドたちに阻まれるも、鬼神の如き勢いで一気に突き抜けてゆく。だが──。


『ギギギ……──《 腐食光線 》』

「ぐっ!?」


 バックベアードの巨大な目玉から発された光線の軌道を変えようとして、弾いたカインの剣が一気に腐食して崩れ落ちてしまう。丸腰になってしまったカイン。これでは武器もなく危険だ。


「フランケルとバックベアード。あの組み合わせ、厄介だな……」


 一度はじき返されたくらいでは諦めない。カインが部下のセフィールから予備の剣を受け取ると、改めて再度突入を試みようとする。


 そのとき──。


「ふはははっ! 天下の英雄【 剣皇騎士 】も、この俺の手駒の前では手も足も出ないみたいだな!」


 フランケルとバックベアードの前に、黒いマントを羽織った一人の人物が天から降り立った。


「貴様、何者だっ!」

「俺か? 俺は──【宵闇の王】ネビュロス。ここにいる『フランケル・ゾンビ』と『バックベアード』の主人であり、次世代の死霊術師ネクロマンサーの王となる者だ!」




 ◇◇




 【宵闇の王】ネビュロス。

 彼の正体は、極めて珍しい特殊アンデッド「ヴァンパイア」である。


 ヴァンパイアの特徴。

 それは『成仏魔法ターンアンデッド』が効かないことと、アンデッドとしては極めて珍しく成長する・・・・ことである。ゆえにヴァンパイアは、アンデッドというよりも一種の生命体であると考えられている。

 また特殊能力として「コウモリに変身する能力」を所持しており、神出鬼没としても知られている。


 ネビュロスは自然発生的に生まれた、いわゆる『真祖』と呼ばれるヴァンパイアである。

 しかし生まれたのはおよそ20年ほど前と、ヴァンパイアとしては比較的年若い……というよりも幼い部類に入る。ゆえにそれが彼の劣等感となっていた。


 彼は生後間もない頃、その劣等感を打破するために最強最高最恐と恐れられる死霊術師ネクロマンサーで、最高位(SSSランク)アンデッド『不死の王ノスフェラトゥ』でもある【 奈落ジ・エンド 】プロフォンドゥムに挑み、あっさりと敗北して捉えられてしまう。


 だが、【 奈落 】は彼を支配はしなかった。

 それどころか、なんの気まぐれか彼を弟子とし、自らの持つ死霊術を仕込んだのだ。


 やがて成長したネビュロスは、一介の死霊術師ネクロマンサーとして世に放たれることとなる。

 そのとき彼は自らに誓った。師の後を継いで世界最高の死霊術師ネクロマンサーになることを。そのためにも、彼の兄弟子である【 黄泉の王ジ・アビス 】フランケルを超えることを最初の目的とした。


 だが──皮肉にも、乗り越える前にフランケルは討たれてしまう。

 あっけなく、【 剣皇騎士 】カインと【 神聖乙女 】フローラによって斬首されたのだ。


 その様子をずっと遠方から監視していたネビュロスは、討たれた直後に影に潜み、フランケルの遺体を偽物とすり替えて回収。フランケルを自らのアンデッドとして保持することに成功する。


 ネビュロスは当初これで兄弟子を超えたと考えていた。

 だが、師である【 奈落ジ・エンド 】プロフォンドゥムにあっさりと否定される。


 多くを語らないプロフォンドゥムであったので、ネビュロスは師の考えを自分なりに咀嚼する。おそらく師は、弟子であるフランケルの死を惜しんでいるのだ、と。

 いくらSランクアンデッド『ゾンビ・ネクロマンサー』として復活させたとしても、師の溜飲は下がらない。


 さらに言えば、【 黄泉の王ジ・アビス 】フランケルは、特殊な固有魔術を操ることと、最強のアンデッド軍団『不死の軍団ヘルタースケルター』を所持していることで有名であった。

 その彼を超えたと自負するためには、この二点においても超える必要があると考えた。



 そこで彼は、まず自分なりの不死の軍団づくりに着手する。

 その名も「闇夜の隊列ナイトパレード」。

 そのほとんどがスケルトンやゾンビなどの低ランクアンデッドではあるが、10年の歳月をかけて総勢一万を超える驚異の軍勢となった。

 その筆頭は、13年前に偶然発見したダンジョンに生息していたものを捕獲したバックベアードだ。


 次に固有魔術。フランケルが所持していた固有魔法『爆霊波』を苦労の末にマスターした。さらにはバッグベアードの能力を使い、相手を呪う能力も手に入れた。


 力は手に入れた。あとは師の復讐の代行だ。

 ターゲットは、フランケルを討った英雄カインとフローラ、そして彼らにフランケルの討伐を命じた王国そのもの。

 己は、師に代わってその二つの打倒を遂行し、名実ともに最高の死霊術師となるのだ。



 そのためにネビュロスは様々な準備を並行して水面下で行ってきた。

 まずは王国に混乱をもたらすために、深夜の後宮にコウモリ姿で忍び込み、第二王子に呪いをかけた。これで王宮は揺れに揺れ弱体化してゆくことになる。

 さらには犯罪者として名の知れたシャプレーを身内に引き込んだ。飴と鞭、褒賞と罰則。その二つを使い分け、シャプレーを己の手駒とする。

 苦労して集めた死者軍団の整備と並行して、フランケルを討った英雄二人の追跡調査も行った。ただカインはほとんどスキがなく、フローラも少し離れた領地に引きこもってしまったため、なかなか機会を得られずにいた。


 だが、辛抱強く待つうちにとうとう機会はやってきた。ついにフローラが王都に帰還したのだ。

 あとはタイミングを見て、仕掛けるだけ……。

 ネビュロスはそう考えていた。


 そんなある日、大きな事件が起こる。

 なんと第二王子にかけていた呪いが解けたのだ。しかも解いたのは巷の噂ではフローラなのだという。そう、己のターゲットに自分の仕掛けがバレてしまったのだ。


 ──もはやこれ以上待つことは、リスクにしかならない。

 では、ここで一気にケリをつけてやろう。

 ネビュロスはついにここで英雄殺しの作戦決行の決断をする。


 彼の考えた戦術はこうだ。

 まず王都の周りで一斉にアンデッドを発生させ、王都の兵士やカインたちに対応をさせる。フランケルを出動させることでカインたちを誘導し、彼らが郊外に出たところで王都内で別動部隊を起動。王都内を混乱に陥れる。そのスキに、彼らの子供を拉致するというものだ。

 子供さえさらってしまえば、あとはカインだろうとフローラだろうと己のいいなりになるだろう。そうなれば、好きに料理するだけだ。ネビュロスはそう考えていた。

 さらには念には念を入れて〝聖女殺し″も確保してある。準備は万全だ。


 カインとフローラの息子の誘拐が無事完了したところで、満を辞してネビュロスはカインとフローラの前に登場する。


「きさまっ! 何者だ?!」

「俺か? 英雄カインよ、俺は──【 宵闇の王 】ネビュロス。【 黄泉の王ジ・アビス 】を超えるものだ!」

「な、なんだとっ!?」

「貴様の子供を無事に返して欲しくば、手ぶらで指定の場所に来るんだな。場所は……貴様の家に手紙を置いてある」

「なんだとっ!? 子供とはユリィシアのことかっ?!」


 ユリィシア? 俺がさらったのは明らかに男の子だったのだが……。

 瞬間、ネビュロスの脳裏に浮かぶ違和感。だがその違和感が致命的なものだと気づくことなく、カインの次の言葉が続けられる。


「それとも──アレクのことかっ?!」

「はははっ、そうさ! それじゃあせいぜい愛する息子の無事を祈ることだな。はははははっ!」


 こうしてフランケルゾンビとバッグベアードを回収し、帰路に着くネビュロス。

 この時点で彼はほぼ自分の作戦の成功と己の勝利を確信していた。


 あとはフランケルとバックベアードの両アンデッドを回収し、罠を仕掛けた倉庫で確実にカインとフローラを仕留めるだけ、そう思っていた。




 隠れ家に戻ったところで気絶したアレクと悶絶するシャプレー、さらにはぶつぶつ言いながらその様子を観察している一人の少女の姿を見るまでは──。





「えーっと……あんた、何やってるの?」


 あまりに予想外な様子に、呆気にとられながらネビュロスが声をかけると、月の光のように美しい白銀色の髪と聖母神像のように美しい容姿を持った美少女が彼に微笑みかけてくる。


 その笑顔に──不覚にもネビュロスは、胸がドクンと高鳴るのを覚えたのだった。


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