表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/167

28.《 side:アレクセイ 》 姉様

 僕の名前はアレクセイ・アルベルト。

 アルベルト剣爵家の長男だ。

 そして僕にはひとりの姉がいる。

 ユリィシア・アルベルト。僕がこの世で一番尊敬している人だ。


 僕は姉様が大好きだ。

 白銀色の長くて綺麗な髪に、長いまつげに少し下がり気味の瞳。実の姉だというのに僕とは似ても似つかない優しげな顔立ちには、いつも笑みを浮かべている。

 そんな──誰よりも優しくて素敵な、自慢の姉。


 姉様は本当に綺麗で、優しい。

 いつも僕のためにいろいろとやってくれる。


 たとえばウルフェとトレーニングをしているときに怪我をしたら、すぐに治療をしてくれる。

 過保護な感じがちょっと嫌で、まるで母上みたいだよって邪険にしたこともあったけど、姉様はぜんぜん気にした様子もなく、いつでもすぐに治療してくれたんだ。


 そう──姉様は特別な力を持っている。

 すごい癒しの力を持ってるんだ。

 ウルフェもずっと前に姉様に命を救われて、それから姉様を守る守護者になるって決めたんだって。

 姉様はほんとすごい人なんだ。


 特に好きなのは、姉様の『おまじない』だ。

 これは、僕の頭に姉様がキスをしてくれるんだけど、すごくほんわかした気持ちになって、とってもハッピーな気分になるんだ。誰にもしない、僕だけにやってくれる特別なおまじない。

 それが暖かくて気持ちよくて──大好きだった。


 そんな姉様は、ちょっと不思議な人だ。

 ときどき変なことをブツブツ呟いていたり、変なことをしていたりする。

 以前聞き耳を立てたときは「アンデッドが……」って呟いてたんだけど、たぶん姉様はアンデッドを憎んでいるんだと思う。

 だから僕も、成長してもっと強くなったら姉様の力になりたいと思う。

 そして、姉様と一緒にアンデッドを狩るんだ。


 だけどウルフェが来たときは、少し荒れたんだ。

 僕は大好きな姉様がウルフェに取られると思った。だから反抗したんだけど──姉様は微笑みながら、全てを受け入れてくれた。

 だから僕も、ウルフェを受け入れたんだ。


 ウルフェは、僕の剣の師匠だ。

 父様はずっと離れて暮らしているからなかなか会う機会はないけど、その代わりをウルフェがしてくれている感じだ。

 姉様を巡ってはある意味ライバル関係ではあるけれど、剣の腕も含めて絶対に負けたくないと思ってるんだ。

 いつか必ず、彼を追い越してみせる。それが僕の目標であり、通過点なんだ。


 でもウルフェに飲み物をわざわざ渡しているのを見たときには、すごく嫌な気分になった。だって僕以外に特別なことをしているなんて、簡単には受け入れたくないよね?

 だけど姉様は僕が大きくなったら作ってくれるって言った。だからきっと僕は姉様の特別なんだ。そう確信して、ほっと胸を撫で下ろしたんだ。



 エンデサイド村に行ったときも、姉様は人気者だった。

 エンデサイド村で姉様はみんなから尊敬され、愛されていたんだ。僕は知ってる、村の人たちが陰で姉様のことを「聖女」と呼んでいたことを。

 でも姉様は聖女と呼ばれることをずっと拒んでた。激しく拒否してたんだ。


 その理由を、僕は──僕だけは知っている。

 きっと姉様は、まだまだ自分が聖女と呼ばれる域には達してないと思ってるんだ。

 だから、聖女と呼ばれることを拒んでる。

 だけど誰もが知ってるんだ。姉様ほど聖女にふさわしい人は他にはいないってね。





 そして──僕が10歳になり、姉様が12歳の誕生日を迎えたこの日、大きな事件が起こった。


 その日、父上と母上は忙しくて、朝からずっと二人で出動していた。夜になってやっと帰ってきたと思ったら、今度は父上の部下のセフィールさんがやってきて、また仕事に出て行ったんだ。

 呼び出したのは、父上の上司のザンデル大将。大将には一度会ったことあるけど、とても怖い顔をした、すっごく強くて声が大きくて、だけどとっても優しい将軍なんだ。


 自分の誕生日に両親が呼び出されたというのに、姉様は嫌な顔一つせずに送り出してた。そのあたりが姉様がすごいところだと思う。


 そのあと、見たことがない衛兵がやってきて、今度は王都の中でアンデッドが出没したっていうんだ。

 アンデッド! 姉様がときどきうわ言のように呟いているアンデッドだ!


「姉様、待って! 僕もい……」

「アレク、あなたはここで待ってなさい」

「嫌だ! そんなの僕だってっ!」

「ちゃんと待ってないと、『おまじない』もうしませんよ?」


 おまじないをもう辞める!?

 ダメだ、それだけは受け入れられない。僕と姉様の特別な絆の証なんだ。

 だからしぶしぶ姉様の指示を受け入れる。


「わかった……待ってるよ」

「そこのあなた、アレクのことをお願いしますね」

「は、はっ! 承知しました!」


 こうして僕は、さっきの衛兵と一緒に家で待つことになる。


 だけど──こいつが曲者だった。

 姉様たちがいなくなった途端、本性を現したんだ。


 姉様とウルフェが飛び出して行った後、一度は残ることを受け入れた僕だったけど、やはり姉様を追いかけようか、それともおまじないを取るかを改めて真剣に悩んでいた。


 ガツンと後頭部に衝撃が走ったのは、そのときだった。

 僕は一瞬で意識を失ったんだ。


 ──気がつくと、僕はロープで縛られて見知らぬ部屋に転がされていた。生活感のない室内と、窓の外に見える景色から、ここは倉庫だろうか?


 そして僕はすぐに悟る。

 どうやら誘拐されたらしいと。


 最初に考えたのは、姉様のことだ。

 きっと優しい姉様のことだ。僕を一人残した結果、誘拐されてしまったことをすごく気に病むだろう。

 僕のことをあんなにも愛してくれる姉様だから……あぁ、すごく悪いことをしたなぁ。


「へへへ、【宵闇の王ナイトキング】様。このとおり英雄の息子を拉致してきやしたぜ」

「よくやったな、シャプレー」


 しばらくすると、二人の人物が会話をしながら部屋に入ってきた。

 【宵闇の王ナイトキング】様と呼ばれているマントにフードで顔を隠した男は見たことがなかったけど、もう一人のシャプレーと呼ばれた男には見覚えがある。あのときアンデッドの大量発生を知らせてきた衛兵だ。

 あいつ……偽物だったのか!


「貴様……謀ったな!」

「おやおや、息子くんは目を覚ましたのか。これはこれは」


 シャプレーはニヤニヤ笑いながら俺のそばに近寄ってくると、いきなり蹴飛ばしてきた。


「ぐっ」


 痛い。でもウルフェとの模擬戦ほどのダメージはない。肉体の痛みは耐えられることを僕は知っていた。


「父上や母上がきっとお前たちを成敗するぞっ!」

「どうかな……あやつらには今俺が持つ最高のアンデッド二体と対峙させてる。もっとも、ただの時間稼ぎでそのうち引き上げさせるつもりだけどな。そのあとじっくりお相手してやるよ。おまえをダシにな」


 最強のアンデッドが二体だって?!

 ってことは、この男【宵闇の王ナイトキング】は、もしかして──死霊術師ネクロマンサーなのか!?

 しかも僕をダシにって、やっぱり……人質として囚われたんだ! あぁ、なんて不覚。僕は本当に役立たずで無力だ。

 悔しい……悔しくて涙が出てくる。


 そのときだ。

 急になにか空間がゆがんだかと思うと、透明な人間みたいな存在が【宵闇の王ナイトキング】の前に現れた。

 もしかしてあれは──ゴーストの上位種のスペクターだろうか。僕も姉様の力になるために、こっそりアンデッドの勉強をしているんだ。


 そのスペクターが、なにやら【宵闇の王ナイトキング】に耳打ちをしている。


「……なんだと!? 北部の墓地に陽動部隊として召喚した俺のアンデッド軍団が、たった一人によって全滅しただと!?」


 続けてスペクターがなにやら映像を壁に映し出す。

 確か本で読んだけど、スペクターは残留思念という能力を持っていて、過去の映像を相手に見せることができるんだとか。


 そしてスペクターが映し出したのは──涙を流しながらアンデッド達を成仏させている姉様の姿だった。


「なんだこれは……」

「こいつは……このクソガキの姉です!」

「なるほど、元聖女の娘には聖女の素質があるってことか。なかなかやっかいだな」

「やばくないですか? 陽動作戦で王都にいる有力な聖職者達は片っ端から郊外に放り出したというのに……手紙を置いてきたから、あのガキがこっちに来るかもしれませんぜ?」

「聖なる力を持っている子供など、大したことはないさ。それにな──俺には〝聖女殺し″がある」


 【宵闇の王ナイトキング】が言う〝聖女殺し″がなにかは分からない。だけどその呼び名から、何かとんでもないものであることは察しがついた。おそらく、英雄と呼ばれる父上と母上を殺すための秘密兵器なのだろう。

危険だ──こいつは危険すぎる!


「そうですか、だったら安心ですね。【宵闇の王ナイトキング】様」


 シャプレーが両手を揉んで媚びへつらっている。僕はこいつが──心底嫌いだと思った。何より信用できない薄っぺらい態度。


「ふん。だが陽動部隊が全滅したということは、外の騒動も早期に収束するかもしれんな。……そろそろ潮時か。では俺は【 冥王 】を回収してくる。シャプレー、お前はここで待ってろ。一応手駒は置いておく」


 どうやら【宵闇の王ナイトキング】もシャプレーのことが信用ならなかったんだろう。右手を挙げると部屋の扉からゾンビ五体とスケルトン五体が入ってきた。おそらくシャプレーの監視用も兼ねたアンデッドなんじゃないだろうか。

 一気に部屋の中に広がる腐臭に顔を歪めながら、シャプレーが頷く。


「へいへい、承知しましたぜ」

「いいかシャプレー、決して俺を裏切るなよ? もし裏切ると──こうなるからな?」


 【宵闇の王ナイトキング】は近くにいたゾンビに対して右手を前に出す。すると、右腕に彫られた魔法陣──いや、あれはもしかしてより高度な曼荼羅陣?! それが一気に黒いオーラのようなものを放出はじめる。

 禍々しいまでのあの魔力──かなりやばいぞ!?


「──弾き飛べ、『爆霊波ボル・ガ・ボル』!」


 黒い波動が右手から飛び出し、ゾンビの右腕に当たる。すると、次の瞬間──ゾンビの右半身が一気に吹き飛んだんだ!

 なんという威力!

 なんという恐ろしい魔術!


 驚愕の魔術を目の当たりにしたシャプレーも、明らかに動揺した表情を浮かべている。


「うわわ……なんですかこの恐ろしい魔術は!?」

「これぞ【 冥王ジ・アビス 】が持っていた固有魔術『爆霊波』だ。この魔術はな、対象を跡形もなく吹き飛ばすものだ」

「ひえぇぇ……しかし【宵闇の王ナイトキング】様がその固有魔術を使えるんで?」

「ああ、そうだ。この俺は誰一人再現できなかった【 冥王ジ・アビス 】の持つ究極の固有魔術でさえも自由に使いこなせるのだ。そう、この俺こそが【 冥王ジ・アビス 】を超えるもの──【宵闇の王ナイトキング】だ!」


 ゾンビやスケルトンが、ビチャビチャカンカンと音を立てながら手を叩く。その様子を僕とシャプレーはポカーンと眺めてたんだ。


「ははぁ、よくわかりました。あっしは決して逆らいませんので……」

「ふん、しっかり見張りくらいはしとけよ」


 シャプレーに対してそれだけ言い残すと、【宵闇の王ナイトキング】は片手を挙げる。

 黒い煙幕が炸裂したかと思うと、【宵闇の王ナイトキング】の体が──なんと大きなコウモリに変化していたのだ。

 そのままコウモリは羽ばたいて、倉庫の外へと飛んで行った。



 しばらくして完全に【宵闇の王ナイトキング】の気配が消えたあと、衛兵もどき……シャプレーがふーっと息を吐いた。


「はぁ……おっかねぇ旦那だ。おちおち裏切れねぇや」


 そして僕の頬を手で鷲掴みにすると、臭い息で僕に問いかけをしてくる。


「……ところでよ、お前の姉貴はけっこー美人だな? あれ幾つだ? まだ成人してないんだろ? なかなか食べ頃で美味しそうじゃないか、当然処女だよなぁ?」


 衛兵の男が最低最悪な下卑た笑みを浮かべ、僕に向かって毒を吐く。

 こいつ、絶対に姉様に対して良からぬことを考えている!

 ふざけるなっ! 貴様なんかに姉様を指一本触れさせない!

 僕はこいつを殺したいと思いながら、決死の目で睨みつける。


「あんだよーその目はよぉ。ちょっとくらいつまみ食いしてもいいだろぉ? 俺だって働いてんだからさぁ。そもそも【宵闇の王ナイトキング】様の指示は子供を拐えとしか言われてなかったからよぉ……少しくらいボーナスがあってもいいと思わないか?」

「貴様……なにを考えているっ!?」

「ぐへへ、なんだと思う? まだお子ちゃまのオメーには分かんないかもなぁ。あー最近ご無沙汰だったからなぁ。貴族の娘で聖女候補の処女なんて、サイコーじゃねぇか! いやぁ楽しみだなぁ!」

「貴様ぁぁぁぁあっ!!!」


 ──そのときだ!


 どんっと激しい音とともに、部屋の扉が一気に開く。

 と同時に、まるで月の光が降りてきたかのような白銀色の輝きが室内に飛び込んできた。



 あぁ──まさか……。

 こんな──ウソだろう。


 可能性を考えなかったわけじゃない。

 いや、僕の大好きな姉様だったら、絶対に来ると思ってた。


 だけど本当に来るなんて──。




「弟を、返しなさい!」




 まさに最悪のタイミングで──。



 姉様が──たった一人で登場したんだ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ