27.アンデッド来襲(後編)
──王都北部にある墓地にて。
衛兵とアンデッドたちは、既に乱戦状態となっていました。あちこちで剣や槍と骨肉がぶつかり合う音がします。
「あぁ、ここには俺の親父やじいさんも眠ってるんだぞ!」「くそっ、なんで俺たちの身内を……ひでえことをしやがる!」「まさかご先祖や元家族とこうして戦うことになるなんて……」「あぁ、なんてこったい! 神はこうも無慈悲なのかっ!?」
どうやら彼らの肉親達のお墓だったのでしょう。衛兵たちは絶叫しながらアンデッドと戦っています。
中には涙を流している人までいます。なにを悲しんでいるのでしょう? 人は死ねばただの素体にしかならないというのに。
それよりも、飛び散る肉片、砕け散る白骨。んー、懐かしい感覚です。
しばらく酔いしれたいところですが、そういうわけにはいきません。そもそもアンデットをそんなに雑に扱わないでほしいです。
「おやめなさい!」
私は声を出して衛兵たちとアンデッドの間に立ちました。もちろん、これ以上アンデッドを傷つけないためです。
アンデッド・ファースト。アンデッドは全てに優先するのです。
「だ、誰だあんたはっ!?」
「私はアルベルト剣爵家の娘ユリィシア。ここは私がどうにかしますから、すぐに引いてください」
「な……子供っ!?」「剣爵って、あの英雄の?」「危ないぞ!」「子供はお家に帰って寝ときなっ!」
衛兵たちはなにやら色々と声をかけて来ますが、手を止める様子はありません。
こうなっては実力行使です。私は彼らを無視してアンデッドたちの方へ向かっていきます。
「えっ?」「ちょ、あんたなにを……」「危険だぞ!? 死ぬぞっ!?」
さーて、可愛い子たちを呼び起こした死霊術師は、どれほどの腕の持ち主なのでしょうか。少し確認してみることにしましょう。
実は死霊術師は、操られているアンデッドに触ることで、ある程度相手の実力を測ることができます。その差が圧倒的にこちらが上の場合には、主人変更することも可能だったりするのです。
なので、死霊術師同士が戦うときは、まずは手駒のアンデッドにアクセスすることから始まります。
とりあえず衛兵たちを一旦引かせると、間近にいたゾンビに手を伸ばします。
するとどうでしょう──。
「あ"あ"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ンンンンんッ!!」
なんと──私の右手が軽く触れただけで、ゾンビたちが光に包まれたかと思うと、一気に灰になってボロボロと崩れ落ちてしまったのです。
哀れにも彼らは、そのまま風に乗って飛ばされていってしまいました。
「なっ?!」「なんだこれは!?」「うそっ!? 倒した?!」「ターンアンデッド……もしや聖職者なのか?」「あんな子供なのに!? まさかっ!?」
なんということでしょう。
どうやら私の癒しのギフトは、アンデッドに致命的な打撃を与えてしまったようなのです。
これはいけません。私はすぐに左手を伸ばしてスケルトンに触れました。
すると今度は──。
「カタカタカタカタカタ……カタカタ……カタ……」
スケルトンはそのまま動きを止めると、バラバラになって地面へと崩れ落ちたではありませんか。
そ、そんな……。
で、ではゴーストはどうでしょうか!?
「ウヒョヒョヒョ……ヒョ……ヒョーン」
ゴーストは光のヴェールに包まれて、そのまま天へと昇っていきました。
あぁ、信じられません。
私は──アンデッドに触れることができない身体になってしまったのです。
「あぁぁ……」
気がつくと私は涙を流していました。
私は悲しいのです。こんなにも愛してやまないアンデッドに触れることができないのですから。
それどころか……すべてを容赦なく昇天させてしまいます。もはや彼らをアンデッドとして再利用することは叶わないでしょう。
こんな悲劇、許されて良いのでしょうか。
「あぁ、少女が泣いている……」「もしかしてアンデッドになったものたちのために泣いているのか?」「なんて優しい……まるで聖女じゃないか」「アルベルト剣爵家といえば、奥方が元聖女の英雄だよな?」「あぁ、だからか……なるほど」
衛兵たちがなにやら言っていますが、私の耳には一切入って来ません。
堪らない気持ちになった私は、もはや我慢できずに──近くにいたゾンビやスケルトン、ゴーストを片っ端から一気に抱きしめようとしました。
ですが──いずれのアンデッドも私の手が触れた瞬間、崩れ落ちて灰になり、骨はカタカタと音を立ててバラバラになり、穢れた霊魂たちは手と手を繋いで笑みを浮かべながら天に向かって昇天していってしまいます。
やがて──。
「うぅう……」
気がつくと──この場にいたすべてのアンデッドたちが居なくなっていました。
己のあずかり知らぬうちに容赦なくアンデッドたちを滅ぼす凶器と化したこの身体は、およそ100体ものアンデッドをあっさりと成仏させていたのです。
「おお……なんという尊い……」「まさに慈愛の聖母──いや、聖女だ!」「ありがたや、ありがたや……親父も笑顔で天に召されていったよ」「救われた! オラたちもアンデッドたちも救われたんだっ!」
なにやら衛兵たちが騒いでいますが、私には関係ありません。
あぁ、私の可愛いアンデッドたち……。
私は膝から崩れ落ちると、その場で灰やただの骨となってしまった可愛いアンデッドの残骸たちを抱きしめ、ポロポロと涙を流します。
「お嬢様……なんと心優しい」
ウルフェが肩に手を置いてきますが、ハッキリ言ってウザいです。イケメンにフォローされるくらいなら、腐敗臭漂うゾンビに触れられる方がまだマシです。
ですが、この場にはもうアンデッドたちはいません。
なぜならこの私が片っ端から──引導を渡してしまったのですから。
「……もはやこの場所に私のいる意味はありません。ウルフェ、帰りましょう」
私は涙を拭いながら、なんとか立ち上がります。この忌々しい地を、一刻も早く立ち去りたかったのです。
後方で衛兵たちが涙を流しながら両手を組んで拝んでいました。ですが私の目は──涙で滲んで、なにも見えませんでした。
◇
館への帰り道。
「お嬢様……気に病まないでください」
またもやウルフェに慰められます。さっきからしつこいです。イケメンに慰められると、無性に腹が立つのはなんででしょうか。
「きっと葬られていた彼らも、成仏できて満足したことでしょう」
「うるさいです!」
気が立っていた私は、ついウルフェに当たってしまいます。
「あなたに、私の気持ちがわかりますかっ!?」
死霊術師が愛しいアンデッドたちを成仏させてしまった気持ちを!
このクソ──イケメンがっ! 今すぐスケルトンにしてやろうか!?
「すいません……俺なんかにお嬢様の高邁な気持ちなど察することもできなくて」
あぁ、でも仮に今スケルトンにしたとしても、触れるだけで成仏してしまうでしょう。それではせっかくのSSランクの素体を台無しにしてしまいます。
いけません……何か手を見つけるまでは冷静にならなければ……。
私は大きく深呼吸すると、そっと心を落ち着けます。
「……いいえ、こちらこそ申し訳ありません。ウルフェに当たってしまいました」
「俺でよければいくらでも当たってください。俺はそのために、あなたの側にいるのですから」
そうですか。でしたら近々とびっきりのドギツイ猛毒をモリモリぶっ込んで差し上げましょうかね。
その時のことを想像して、少しだけ溜飲が下がりましたが、この手で愛おしいアンデッドたちを葬ってしまった悲しみは、そうそう癒えるものではありません。
とりあえずウルフェが真剣にウザいので、どこかに行ってもらうとしましょう。
「ウルフェ、ではあなたにお願いがあります」
「なんでしょうか?」
「今回の件をお父様とお母様に報告してきてください」
「えっ? それは……」
明らかに渋るウルフェ。ですが私も一人になりたかったのでさらに追い討ちをかけます。
「事態は一刻を争います。なにせ先ほどの一連の騒動を起こしたのは──死霊術師なのですから」
「ネクロマンサー!?」
「ええ、ですからすぐに──伝えて来てください」
「そ、それは一大事ですね! わかりました!」
駆け足で街外へ向かっていくウルフェ。私は満面の笑みでウルフェの背中に手を振りました。
ふぅ、これでウザいやつはいなくなりました。
実にスッキリです。
ですが……これでアンデッドたちを大量に滅ぼしてしまった悲しみが癒えるわけではありません。すぐに胸の奥に鈍い痛みが襲いかかって来ます。
どうも私は大きく女性に転生してから、涙もろくなってしまったようですね。
「ううぅ……しくしく」
失意の私がひとりで剣爵邸にたどり着くと、館の中はしーんとしていました。なぜか全く人の気配がしません。
「……ただいま戻りました」
しかし、誰も出てきません。おや、アレクはどこに行ったのでしょうか?
とりあえず室内に入ると、やはり誰もいません。
リビングまで来ると、テーブルの上になにやら一枚の紙が置かれていました。
そこには──走り書きのような文字でこう書かれています。
『カイン、フローラ。
貴様たちの息子は預かった。
もし息子の命が惜しければ、丸腰で西門近くの倉庫の廃墟に来い。
──【 冥王 】を超えるもの、より』
……えーっと。
もしかして、これは──。
「──アレクが拐われちゃった?」




