26.アンデッド来襲(前編)
リヒテンバウム王国で王都守護兵を統べる立場にある大将のザンデル将軍は、丘の上から眼下に広がるアンデッドたちの軍団を眺めていた。
守護兵たちの戦力はおよそ500。一方のアンデッドはその数倍の数が集まっていた。
「なんだこのアンデッドの数はっ?!」
近くの兵士たちに怒鳴り散らすザンデル大将。そのヒゲモジャの顔面や傷だらけの肉体から発される怒声に、周りの兵たちは一気に縮み上がる。
「そんな声を出しちゃ、兵たちはビビっちゃいますよ?」
だが髭の大将に怯むことなく、ごく自然に話しかける人物がいた。ユリィシアの父親で、王都守護兵団の部隊長を務めるカイン・アルベルト剣爵である。その背後には、妻の元聖女フローラと、カインの部下セフィールの姿もあった。
「おお、カインじゃねーか! 遅かったな! それに奥方様も! 悪りぃな手間をかけさせちまってよ!」
「声が大きいですよ、ザンデル大将。それよりも、これはいったい何が起こっているんですか?」
カインの問いかけに、ザンデル大将はただでさえ恐ろしい顔をさらに強張らせる。
「……おいカイン、テメーはたしか10年以上前に【 冥王 】を討伐したんだったよなぁ?」
「え、ええ。そうですが……」
「じゃあよ、あいつはいったい何なんだ?」
ザンデルが丘の上からある一点を指差す。
その先にいたのは──。
両腕にびっしりと魔法陣を彫り込んだ、顔の見えない痩身の男。
しかも彼の横には、巨大な目玉の化け物のような歪な姿の怪物が鎮座している。
「あのアンデッドは……バックベアード!? Sランクのアンデッドじゃないですか!」
「そいつも十分に問題だが、もっとヤベェのはその横にいる男だ。あいつはな──」
ザンデル将軍は、鋭い視線で睨みつけたまま、苦しげにつぶやく。
「あいつは……自らを【 冥王 】フランケルだと名乗りおったんだ」
◆◆
カインとフローラが飛び出して行ったあと、私たちは館の中で気ままに寛いでいました。
貴族の館と言っても底辺の剣爵家は、普通の一軒家に毛が生えた程度の広さしかないので、使用人なども特にいません。
大きなソファーに座って自ら淹れた紅茶 (もちろん本物の)を飲むのはこの上なく気楽なものです。
「姉様、今日の日課よろしく!」
「はいはい、わかりましたよ」
アレク用の紅茶の準備をしていたら不意に催促されたので、紅茶を注ぎながらいつもの『おまじない』を額に落とします。
これで仮に魔力が1増加するとしたら、一年でおよそ360も増加します。流石にそこまでの効果はなく、感覚的にはこの半分程度しか増えていませんが、それでもそれなりの効果は認められ──。
ドンドン! ドンドン!
私の思考は、またしても玄関のドアの叩く音で中断されました。
それにしても今日は実に来客が多い日ですね。
「夜分恐れ入ります! フローラ様! フローラ様はいらっしゃいますかっ!?」
「どうしたんですか?」
家主の代わりにウルフェが出ると、やってきたのは王都の衛兵でした。私は見たことがないので、カインの部下ではない人物なのでしょう。
「実は──郊外にある下級平民向けの墓地で、アンデッドが大量発生したのです!」
なんですって!?
アンデッドの大量発生!?
なんと心踊るパワーワードなのでしょうか!
「アンデッドの大発生だって!? ですが……申し訳ありませんが、奥様は今ザンデル大将に呼ばれて郊外に出ております」
「なんと! それは困りました……実は主力のほとんどが郊外の異変の方に取られていて、現地の対応人数がかなり不足しているのです」
あぁ、今日な何て素敵な誕生日なんでしょうか!
外にもアンデッド、中にもアンデッド! まさにアンデッドパラダイス!
これは天が私のことを祝ってくれているとしか思えませんね。このビッグウェーブ、乗るしかありません。
「ウルフェ、行きますよ!」
「えっ!? うわわっ!?」
真剣な顔で話し合っているウルフェたちを押しのけると、私は素早く家を飛び出します。続けてウルフェが慌てて私の後を追ってきました。
ですが予定外なことに、アレクまでも飛び出して来ています。
「姉様、待って! 僕も行きます!」
「ダメです。アレクはここで待ってなさい」
今夜は死霊術師の宴会なのです。弟などに邪魔されるわけにはいきません。
「嫌だ! 僕だって姉様を手伝いたいんだっ!」
「いけません。ちゃんと待ってないと──『おまじない』をもうしてあげませんよ?」
「うっ……」
うん、悪くないアイデアですね。単なる思いつきの脅し文句でしたが、良い機会なのでそろそろ『おまじない』を卒業するのもアリだと思います。
ですが、私の一言にアレクは動きを止めてしまいます。
「わかった……待ってるよ」
おや、素直に言うことを聞きました。そんなにあの『おまじない』が好きなのですか。困った子ですね……。
ですが今は時間がありません。結果オーライということで、さっさとアレクを置いて向かうとしましょう。
「そこのあなた、アレクのことをお願いしますね」
「は、はっ! 承知しました!」
私はアレクのことを例の衛兵におまかせすると、そのまま──下級平民の墓地に向かって一気に駆け出して行ったのでした。
◇
下級平民向けの墓地は、王都の北の端の方に位置しています。
上級平民もしくは王侯貴族であれば、墓に埋葬する際に聖母教会などに依頼して『清浄』の儀式などを行うことで『アンデッド化』を阻止します。
ですが、あまりお金を持ってない下級平民の墓などはほぼ野ざらしに近い状況です。実に簡単にアンデッド化してしまいます。
一応墓守などを雇って予防策を打っていることもありますが、私たち死霊術師からすると、そんなものザルですね。
ちなみに今回は大量発生と聞いています。その場合はほとんどのケースで死霊術師などの手が加わってますね。んー、残念ながら天然モノではないようです。
天然であれば少数もしくは一体で出現しますし、非常に活きが良いので、私としてもぜひ堪能したかったのですが……。
「お嬢様、墓地の場所などご存知なのですか?」
「ええ、あそこですよ」
「おぉ……」
ちなみに私の頭の中には王都の墓地マップが完全に入っています。特に今回の墓地は聖職者のケアがあまりなされていない場所だったので、ずっと目を付けていたのです。
なんとなく秘密の場所を他人に取られた気がして、ちょっぴり悔しい気分なのですが……。
さて、現地にたどり着くと、仄かに懐かしい香りが漂ってきました。腐臭とカビ臭が織り混ざった独特の香り。
これですこれです。これこそが私がずっと愛し続けたアンデッドの香りです。
さーて、いったいどれくらい湧いているのでしょうか。
墓地を少し離れた場所から観察してみると、ゾンビやスケルトンを中心に、ちらほらゴーストの姿も見えます。どうやら今回出没しているのは、低位のアンデッドばかりのようです。
ただ数がかなり多いように見えます。おそらくは100体近くいるでしょうか。
これだけの数が出現した場合は、まず間違いなく死霊術師が呼び出した養殖ものでしょう。
んー。いろいろと残念ですが、とはいえそれでもアンデッドはアンデッド。えも言えぬ感動が胸の奥に突き抜けていきます。
あぁ……私はこんなにもアンデッドを愛していたのですね。
久しぶりの再会に、私は改めてその思いを強くしました。
「えい! やぁ!」「くそっ! こいつ頭を飛ばしても動くぞっ!?」「いてぇーー! こいつ噛みやがった!!」
現場では、王都の警備兵たちが、必死にアンデッドたちを蹴散らしています。ですが、若干劣勢のようです。
まず警備兵達に神官の姿が見えません。これでは一気に処理する死霊成仏を使えるものがいないので、苦戦は必至でしょう。
次に警備兵たちそのものの練度が低いです。あれではアレクの方がまだマシに見えます。
おそらく別件──カインとフローラが呼び出された郊外の異変の方に、主要な戦力が駆り出されているのではないでしょうか。
「お嬢様、助太刀いたしましょうか!」
二刀を抜いたウルフェが私に尋ねてきます。
きっと彼の腕前ならば、この程度のアンデッドであればあっというまに駆逐してしまうでしょう。
「いえ、結構です」
ですが、ウルフェに手を出させるわけにはいきません。
たとえ養殖ものだとしても、私にとっては12年ぶりのアンデッドなのですから。
あぁ──今であればゾンビのあの腐った匂いでさえも愛おしい。
「……愛おしい」
「えっ? お嬢様?」
「ここは──私におまかせなさい」
私はそれだけをウルフェに伝えると、そのまま戦乱の中へと突入していきました。
後半に続く!




