25.12歳
ここから前半戦のクライマックスとなるエピソード5です(≧∀≦)
大病によりずっと隠遁していた第二王子のジュリアスが、急に全快して社会復帰した。
その衝撃的なニュースは、リヒテンバウム王国内を一気に駆け巡った。
10年以上も主だった情報がなかったジュリアス王子が実は病気であったことも驚きではあるが、その病を元聖女であるアルベルト剣爵夫人フローラが治癒したのだという。
フローラの名については、【冥王】の討伐や、街中での剣闘士奴隷の救済など、王都民にとっては英雄視するにふさわしい実績を持っていることからよく知られており、人々は彼女がまた新たな伝説を作ったのだと噂したのだった。
同時に、彼の病からの回復は、王国内に大きな二つの話題を提供する結果となった。
ひとつは、ユーフラシア公爵家の地位向上。
そしてもう一つは──王子の婚約者擁立である。
ユーフラシア公爵家については、これまで公爵家の中でも野心家ではあるものの立場が一段下だと言われていたが、今回の王子復活を経てその権力が復活したのだという。その際、オットー伯爵やアルベルト剣爵といった著名な実力者達を新たに陣営に加えており、一段とその地位を強固なものにしていた。
だが、最もインパクトが大きかったのは──2点目の「婚約者」問題についてである。
13歳という妙齢の王子が突然降って湧いてきた。この事実は、王都の社交界に大きな動乱を巻き起こすことになる。
まずジュリアス王子が久方ぶり──おそらくは10年ぶりくらいに人前に姿を現したとき、彼を王子を見た人々は驚きに目を見開いた。
それほどに、彼は素晴らしいまでの美男子だったのである。
世の乙女たちは、見目麗しき王子を一目見ようと殺到した。
そして目にした途端、その全員が恋に落ちた。
有力貴族たちは我が娘を妻にと色めき立った。他国──帝国までもが、ジュリアス王子の様子を見に使者を送ってきたくらいである。
だがジュリアス王子は、その誰とも婚約しようとしなかった。
ユーフラシア公家の出身であるコダータ妃ジュザンヌも、息子の意見に同意した。
だが、彼らの近辺にはとある噂が流れていた。
曰く──すでに心に決めている相手がいるらしい、と。
そのお相手のために、ジュリアス王子は婚約者を作ろうとしていないのだと。
はたして、そのお相手とは──。
◇◇
シーモアの解呪を行ってから、半年以上の月日が流れました。
結局シーモアの呪いが解けた原因は、フローラの献身的な治療行為にあったという結論が下されました。それが、たまたま私と話をしているときに効果が発揮されたのだと。
フローラは最後まで怪訝そうな顔をしていましたが、そこはもうゴリゴリにゴリ押しして、おまけにシーモアにも同意を取らせてなんとか納得させることができました。
ちなみにシーモアには、「これは二人だけの秘密でお願いしますね」というと、嬉々として賛同してくれました。
さて、あの日判明したことですが、どうやら私の左手にはギフトが宿っていたようです。
その名も──《 浄化の左手 》。
呪いなど滅多に出会わないのでなかなか検証する機会が無く、確かなことは言えないのですが、どうやら呪いを破る力があるようなのです。これまで気付かなかったのも、呪いと対峙することがなかったからでしょう。
とはいえ、解呪したときの魔力の増強……とても美味なものでした。
なんとシーモア一発で1000近くも魔力が増えていたのです。
私の魔力は現状で6000を超えています。これは前世の私の6倍以上です。なんと素晴らしいことでしょうか。
この調子で魔力が増強されていったあかつきには、私はどれほどの死霊術師になれるのでしょうか……想像するだけでワクワクが止まりません。
もっとも、現状〝治癒魔法″以外の魔法を使う算段は立っていませんが……。とはいえ、いくつか手段の目星は立てています。それらの手段を実行するためにも、早く15歳になって成人して、自由な身を手に入れたいものですね。
そうそう、問題といえば──あれ以来、ちょっと面倒なことが発生しています。
定期的に後宮に呼び出されるようになってしまったのです。
私を呼び出してくる対象は、アンナメアリやコダータ妃、そして──。
「よく来てくれたね、ユリィ!」
そう、シーモアです。
シーモアは、呪いが解けて完全に元の顔に戻っていました。まるで人形のように整った顔立ち──そう、憎っくきイケメンとなってしまったのです。
正直、王子でイケメンなんてフローラが最高に好みそうなシチュエーションなので、真剣に勘弁願いたいです。
とはいえ、彼も貴重なSSランクの素体。そう無下にするわけにはいかないのです。あぁ、なぜ私は『レアアンデッド集め』などという業深な宿業を持ってしまったのでしょうか。
「ユリィ、君は僕の恩人だよ! おかげで僕はこうしてまた陽の下に顔を晒すことができるようになったんだ」
そう言いながらも、キラキラ輝く笑みを振りまくシーモア。正直うざいです。また爛れてしまえば良いのに。
「そういえば、もうすぐ誕生日なのでしょう? フローラから聞いたよ」
そうなのです。
私もついに12歳になってしまうのです。死霊術士と両軸で目指している「素敵なレディ」に、また一歩近づきました。
先日はアンナメアリと三人の侍女レナユナマナからは、それぞれ宝石、ドレス、化粧道具、香水をもらいました。着々とその道を歩んでいます。
そしてついに──私にも二次性徴がやってきました!
ほんのりと膨らみ始めた私の胸──しかもフローラという巨乳を持つ身内がすぐそばにいるのです。どのように成長するのでしょうか……わくわくが止まりません。
「ユリィ何か欲しいものはないの?」
「欲しいもの、ですか?」
もちろんアンデッドです。できればギッチギチに湿気を抜いた真っ白なスケルトンなんか最高です。叩くと甲高くて良い音がします。
ですが真面目に答えるわけにはいかないので、ここはグッと堪えます。
「遠慮しないで何でも言って!」
「そうですか、であれば……私が望む時、力になってもらえませんか?」
「そんなの当然だよ。それどころかいつだって……今すぐにでも力になるよ」
「いえ、今はいいです。それよりも──その時が来たらお願いしますね」
つまり──あなたが死んだらね。
「いいよ。そのときが来たらきっと、僕はきみを──迎えに行くからね」
キラリと歯を輝かせながら微笑むシーモア。
ほほぅ、どうやら彼はやる気のようですね。死んだら自力でアンデッドになって私の元に参上するつもりのようです。その気概だけは買うとしましょう。
「ところでユリィは……その……婚約者は作らないの?」
婚約者?
そんなものは無用です。いや、本気で。
「こらこら、シーモア。レディを困らせるものではありませんよ?」
最近ではすっかりと優しい目つきになったコダータ妃がフォローをしてくれます。
以前の吊り上がったどキツそうな目もなかなか素敵だったのですが、今の優しげな母性溢れる表情も悪くないです。さすがはかつて一世を風靡した美女ですね。
「でもユリィシアちゃん。何かあったらいつでも言ってね。アタクシやシーモア、それに実家のユーフラシア公爵家は、いつだってあなたの力になりますからね?」
「はい、ありがとうございます」
綺麗な美女に微笑まれると、つい見とれてしまいます。
私も素敵なレディを目指す上で、彼女の持つ独特な雰囲気を見習いたいものですね。
◆
そして迎えた私の誕生日。
「えい、やぁ!」
「アレク様、良い剣です!」
いつものようにアレクとウルフェが王都にある剣爵邸でトレーニングをしています。10歳になったアレクは、一段とたくましく──良い感じにアンデッド素体として活用できそうな体になってきました。
なにせ幼少期の素体は骨がもろく、バンシーのような怨念発狂型ゴーストでもない限り、あまり強いアンデッドにならないのです。
そういえば、例の一件から《 鑑定眼 》で観る範囲を変えたのでした。せっかくなので久しぶりに二人を鑑定してみることにします。
ウルフェは──特に変化はありませんね。ただ、両手での双剣術を使いこなせるようになった結果、かなり強くなっているようでした。アンデッド精製の成功率が軒並み上昇しています。
一方、アレクセイを解析してみると──おや? これは……?
私は鑑定結果を見て目を見張ります。
なんとアレクの情報には驚くべき内容が含まれていたのです。
──アレクセイ・アルベルト ──
年齢:10歳
性別:男性
素体ランク:E → C
適合アンデッド:
スケルトン・チャイルドボーン(C)……97%
デスナイト・ジュニア(B)……68%
スケルトン・インフィニティ(S)……22%
???????(SS)……3%
──
なんと、アレクセイがSランクの適性を持っているではありませんか!
素体ランクはまだまだ低く、成功率も低いですが、スケルトン・インフィニティは相当な素体でないと達成できないスケルトンの最上級の存在です。
さらにさらに……なにやらはっきりとはわからないのですが、SSランクの素質の片鱗も見えています。
なんということでしょう! 私は驚きを隠せませんでした。
──資質は伸びる。
これは、私にとって目から鱗の大発見だったのです。
もしかすると私は、これまでも貴重なアンデッドの素体を見過ごしていたのかもしれませんね。
これは反省です。たとえ使い道のなさそうなジャンク級の素体であったとしても、今後はある程度注意してみるようにしましょう。
──その日の夜。
「ただいまー」
「遅くなってごめんねー」
ずっと仕事に出ていたカインとフローラがようやく帰ってきました。
最近なにやら忙しいらしく、しょっちゅう出たり入ったりしているのです。その分、私は好き放題させてもらえるので問題ないのですが……。
「おかえりなさいませ、旦那様、奥様」
「ごめんねウルフェ、家のことは全部任せっきりにして」
「いいえ、構いませんよ」
「ユリィシアもせっかくの12歳の誕生日だというのに、ごめんなさいね」
いえいえ、お構いなく。
それよりも最近の王都は物騒なのでしょうか? 二人ともけっこうガチの武装をしています。
「お父様、お母様、なにか問題でもあったのですか?」
「いや、ユリィは心配しなくても大丈夫──」
──ドンドン! ドンドンッ!
そのときです、激しくドアが叩く音とともに、大きな声が玄関から聞こえてきました。どうやらカインの部下の兵士のようです。
「隊長! 大変です!」
「セフィールか? どうした!?」
「王都の近郊に……と、とんでもない奴が出現しました! それで、大将が隊長を名指しですぐに来て欲しいとっ!」
とんでもない奴?
それはいったいどんな魔物なのでしょうか。もしちゃんと綺麗に処理していたら、いずれアンデッドの素体として回収したいのですが。
「おう、分かった。すぐ行こう。しかし大将がお呼びとはなかなか大ごとだな」
「できれば奥方様にも来て欲しいと……ちょっとやっかいなアンデッドが出現しているようなのです」
アンデッド!?
しかも厄介なやつ!?
行きたい! 私も行きたいです!
郊外に出現したということは、もしかして天然モノでしょうか。天然モノは活きがいいので私は好きなのです。
あぁ、羨ましい。私も行きたい。なんとか行かせてもらえないでしょうか……。
「ユリィシア、あなたも行きたそうな顔をしているわね。でもダメよ? ウルフェ、しっかり留守番をお願いしますね」
「分かりました、俺におまかせください」
釘を刺されてしまいました……およよ、無念です。
◆◇◆◇
──同時刻。
ここは、王都の北方の一角にある共同墓地。
いつものように墓守が、不審者がいないか墓地の見回りをしていた。
……もぞり。
奇妙な音を聞いて、墓守が振り返る。だが、そこには誰の姿もない。
「なーんだ。気のせいか……って、うわぁああぁあぁっぁぁ!?」
突如響き渡る、墓守の絶叫。
それもそのはず。
なんと──墓地の土中から続々と、ゾンビやスケルトンといったアンデッド達が姿を現していたのだ。
「うわぁああぁ! アンデッドだぁぁあ! アンデッドが出たぞぉおぉぉお!」
息も絶え絶えに叫びながら、必死にこの場から逃げ去る墓守。
その間にも続々と──墓の中からアンデッドたちが飛び出していくのだった。




