24.解呪
エピソード4のラストです。
呪い。
それは、特別な魔術です。
呪いは特殊な触媒を用いて、様々な症状を発症させます。
幻覚や能力低下、頭痛や皮膚への痣の浮上など。まれに死者が怨念から発症させることもありますが、私はそれをアンデッドの一種と分類しているので、呪いとは別のものと考えています。
さて、この呪いですが、そもそも極めて使用者が少なく、世間的な認知度がほとんどありません。
また、一般的には精神に悪影響を及ぼすことが多く、肉体面では変な痣が出来たりする程度が知られています。
また比較的、死霊術と相性が良いことから、両方を使いこなす死霊術師もおり、私も前世で軽く呪術に触れたことがあります。
あいにくと私は死霊術にしか相性が合わなかったことから使いこなすことはできませんでしたが。
ただ、今回のように劇的に肉体に影響を及ぼす呪いは見たことも聞いたこともありません。
この呪いは、まるで自然の病気のように発症し、相手を蝕んでいます。シーモアの症状を病と見誤ってしまったのも、そのあたりに起因しているでしょう。
なるほど、さすがに王家のものを呪うだけあって、相手の呪術師もかなりの腕前のようですね。
しかし先入観とは怖いものですね。今回は良い機会でした。次からは呪いも《 鑑定眼 》の確認項目に入れておきましょう。
「ユリィ? どうしたの、黙り込んで」
「なんでもありません」
「そっか……」
しかし原因が分かったところで解決策があるわけではありません。
今の私は治癒魔法しか使えませんから、呪いの解呪する術など持たないのです。
治癒魔法が効かないのであれば、私の出番はありません。
魔力が増加することもないので、もはやシーモアと接していること自体が時間の無駄と言えるでしょう。
あぁ、おまじないなどするのではありませんでした。ここ数日の無駄な時間を返して欲しいです。
「元聖女だった君のお母さんでさえ、僕のことを憐れみの目で見てる。なのに君は──」
あぁ、大切なことを忘れていました。
彼は貴重なSSランクのプラチナムエクトプラズマロイヤルレイスの素体です。ここで簡単に手放すわけにはいきません。
ですが、どうやればシーモアと契約に持ち込めるのでしょうか。
「ユリィ、君と母上だけだよ。僕のことを気持ち悪がらないのは」
「そうですね」
シーモアがなにやらぶつぶつ言っているので、適当に返事をしておきます。
「ねぇユリィ。君がずっと私の側にいてくれたら、この顔は崩れなくて済むのかな……」
ずっと一緒に?
たしかに怪我の治療は魔力の底上げに役立ちますが、誰かの専属になるなど願い下げです。そもそもシーモアの場合は病気ですらないので論外と言えるでしょう。
どうせなら私は後宮で美しい侍女たちやアンナメアリに囲まれてキャッハウフフしたいです。王子の相手など、まったくもって願い下げです。
「私にその気はありませんわ」
「それは、僕がこんなにも醜いからかい?」
「それは関係ありませんわ」
そんなことよりも呪いについてです。
私に呪いを解く手段はありませんが、ここで手助けをしておけば彼に大きな貸しを作ることができるでしょう。
呪いに関しては専門外なので分かりませんが、おそらく解呪専門の術師などがいるのではないでしょうか。王家の権力を使えば、解呪師の一人や二人簡単に確保できるでしょう。
問題は──。
「あぁ、どうしたら君にこの気持ちを知ってもらえるんだろうか」
そう、どうやって知ってもらうかです。
現状、私の《 鑑定眼 》のギフトはフローラにも秘密にしています。なので、安易に呪いのことを伝えるわけにはいきません。
アンナメアリのときのように適当に誤魔化すのも手ですが、安直に何度も同じ手に頼るのは危険だと経験上知っているので最後の手段とします。
それよりも少しでも説得力と納得感のある理由を──。
「いっそのこと、力づくでも君を──」
あぁもう、五月蝿いですね……。
なんなんですか? 私は今思考に忙しいのですが?
いっそのこと力づくで黙らせましょうか。暴力沙汰はあまり好きではないですが、決してしないわけではありません。いざとなれば──。
「ユリィ、ごめん」
がしっ。
なぜか急にシーモアが私の右腕を掴んできました。
おかげで完全に思考が中断してしまいます。こいつ、本当に邪魔ですね。
「離していただけますか?」
「いやだ、離したくない」
うー、本当にめんどくさいですね。
私は思考の邪魔をされるのが一番イラッとするのですよ。
「ねぇユリィ。僕の……婚約者になってくれないか?」
「お断りします」
「そんなこと言わないで、ずっと僕と一緒に……」
「あーもう、やかましいわっ!」
いけません、つい昔の口調が出てしまいました。
驚くシーモア。その顔を見ていたら我慢できなくなって、私はつい──彼の顔面を自由な左手で殴りつけてしまいました。
喰らえっ、一撃必殺★ネクロマン・パーンチ!
バキッ。
「ぐえっ!」
パリーン。
えっ? パリーン?
いまなにか……ガラスが砕けるような音が聞こえました、よね?
驚いた私は、鼻血を吹き出しながら倒れこむシーモアを確認します。すると──右目に驚くべき情報が流れ込んできました。
──《 浄化の左手 》が発動。〝奇面の呪い″の破損を確認しました。
浄化の左手?
なんですかそれは?
その疑問の解は、改めてシーモアを《 鑑定眼 》で解析した際にもたらされます。
なんと、シーモアの顔面を覆っていた不穏な魔力に亀裂が入っていたのです。
もしかして、これは──。
私はすぐに鼻血を出しているシーモアを抱き抱えます。
「うぅ……」
「シーモア、すぐに治癒を開始しますよ」
「えっ? うわわっ」
問答無用でシーモアの頭を掴むと、額に《 祝福の唇 》を落とします。そのまま左右の手で顔を挟み込んで──渾身の治癒魔法をぶち込みました。
すると、すぐに──私の全身を電撃のようなものが貫きます。
間違いありません。この……身体の中に揺蕩っていた衝動が一気に出て行く感覚は──。
「あぁ……有頂天ですわ」
そして私は──。
めくるめく快感に包まれて、久しぶりに──意識を手放したのでした。
◆◆
「た、大変です!」
血相を変えて部屋に飛び込んで来た侍女のエリザの様子に、それまでシーモアの治療方針について話し合っていたコダータ妃とフローラは互いに視線を合わせた。
なにやらシーモアに尋常でない事態が発生したようだ。二人は立ち上がると、慌てて現地に駆けつける。
彼女たちの目に飛び込んできたのは──。
倒れ込んでいるシーモア王子と、彼を抱きかかえたまま満足そうな笑みを浮かべて失神しているユリィシアの姿だった。
「こ、これはいったい……」
「準妃様、それにフローラ様! シーモア王子のお顔を見てください!」
「えっ!?」
慌ててシーモアを抱き上げるコダータ妃。愛する息子の顔を確認したところで──言葉を失った。
数瞬の驚愕が過ぎ去ったあと、コダータ妃が絶叫のような声をあげた。
「シーモア!? うそっ!? シーモアの顔がっ!?」
「も、もとに戻って……」
整った目鼻立ち、長い睫毛、薄くも魅惑的な唇。絶世の美女と呼ばれたコダータ妃の印象を残す、理知的で見目麗しい少年の顔がそこにはあったのだ。
「あぁ神さま! ありがとうございます! シーモアの顔を元に戻してくれて!」
「ほ、本当に復元出来ています……。シーモア王子は完治していますよ」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ん! 良かったよぉ、本当に戻ったよぉぉぉぉ! うぁぁぁあああぁん!」
なぜあれほど崩れ落ちていたシーモアの顔が、元どおりに戻ることができたのか。
こんなことが起こるなど、ありえない。
それこそ──奇跡でも起きない限り。
驚きを隠せない中、フローラの視線は自然と自分の娘の方へと向かう。
「まさか、ユリィシアが……?」
しかし以前、我が娘は信じられないような奇跡を起こしたではないか。
同じような奇跡が二度起こらないと、どうして言えようか。
だが確信が持てないまま、フローラは──息子を抱きしめて大泣きしているコダータ妃の肩を優しく撫でることしか出来ないのだった。
◆◇◆◇
「ぐわああっ!?」
ここは、王都の中にある薄暗い部屋の中。
一人の男が、人知れず──左腕を抑えながら悶絶していた。
「バカな……俺の呪詛が……返された、だと?」
男の左腕はドス黒く変色しており、まるで腐り落ちるかのよう。
──呪詛返し。
知る人ぞ知る、呪いが失敗した時に術者に跳ね返る副作用の症状が、彼の左腕に起こっていたのだ。
「くっ……さすがは天下のリヒテンバウム王国か、俺の呪詛を返すような術者がいるとはな。……もっとも、今回の呪詛は命を奪うようなものでもなかったから、正体さえバレてしまえば返されても仕方がないものだったが……ぐうっ!」
男は何かビンを取り出すと、中身を一気に呷る。すると──左手の爛れが、僅かながらに収まっていった。
「だが問題ない。10年以上もやつらを混乱に陥れることに成功したしな。その間に、俺の王国への復讐の準備はちゃくちゃくと進んでいる。なぁ──お前たち!」
男の声に合わせて、ガチャリ、と大勢の何かが動く音がする。
僅かに月明かりが差し、映し出されたその姿は──ゾンビやスケルトンといったアンデッドたちだった。
「この最強のアンデッドたちとともに、俺は王国を滅ぼすのだ。……だがその前に──決着をつけねばならない相手がいる」
男は側から二枚の写真を取り出す。
映っていたのは、金色の髪の剣士と、茶色の髪に一房の白銀の髪を持つ美女。
「カイン、フローラ。死霊術師の宿敵にして、あの【 黄泉の王 】を討ちし英雄たちよ。お前たちはこの俺が、葬ってみせる。そして俺こそが、真の【 黄泉の王 】となるのだ……っ!」
ギリリッ。
男は写真を強く握りしめる。
そんな彼の後ろに、黒いフードつきマントを被った人物がゆっくりと近づいてきた。
「なぁ? 【 黄泉の王 】よ。その時は俺が──お前を超えるのだ! そう思わないか? あははははっ!」
彼の問いかけに、黒いフードつきマントを被った人物は、無言のままゆっくりと頷いたのだった。
これにてエピソード4は完結です(≧∀≦)
次からはエピソード5になります。




