23.病の正体
「ユリィシア、君は──僕が怖くないの?」
「……?」
シーモアの不思議な問いかけに、私は首を横に捻ります。
私にはシーモアが言っていることの意味が分かりません。
怖い、とはどういう意味なのでしょうか。
「僕のこの……崩れた顔が怖くないの?」
「別に、なんとも思いませんわ」
私は前世においてたくさんのアンデッドたちを見てきました。好き嫌いは別として、ゾンビなども常に見ていたようなものです。半ば腐ったアンデッドに比べたら、この程度の顔などなんでもありません。
むしろイケメンよりも好印象でしょう。
「ありがとう……たとえウソだとしても、その言葉だけで僕は救われるよ」
ウソ? 特にウソなどありませんが?
そんなことよりも、さっさと治療を開始しましょう。
私が右手を差し出すと、シーモアの体がビクッと反応しました。
「う、うつるかもしれないよっ!?」
「大丈夫です。問題ありません」
「なっ、わわっ!?」
私は御構い無しに問答無用でシーモアの顔に触れます。
撫でると、少しだけ顔の形が復元されます。
ところが──ここで予想外の事態が発生します。
なんと、シーモアの顔がすぐに元に戻ってしまうのです。
《癒しの右手》が効果を発揮しているというのに、どういうことなのでしょうか。もしかして魔力が足りないのでしょうか。
「だ、大丈夫? 僕の顔に触って、気持ち悪くない?」
「別に、気持ち悪くなどありませんわ」
死霊術士は、スケルトンを作る際に自らの手で屍体の処理をすることも普通にあります。それに比べたら、シーモアは特に腐敗臭もしないので遥かにマシです。
むしろこんな感じのゾンビがいたら私の軍団に入れたいのに、と思うくらいです。
「どうして……」
「ん?」
「どうして君は、そんなにも僕に自然に接してくれるんだい?」
「それは、あなたがPERLだから……」
いけません。思わず本音が漏れてしまいました。
プラチナムエクトプラズマロイヤルレイス──すなわちPERLは極めて貴重なアンデッドです。その名称からして王族関係のアンデッドだとは思っていましたが、こうして素体が見つかると我慢できなくなるのです。
「真珠? 確か南方の海で取れるという宝石のことだよね? 君は僕が……真珠のようだっていうの?」
「えっ?」
「えっ? 違うの?」
「あ、ええ。そうです。あなたは──特定の人にとってかけがえのない、極めて貴重で大切な存在なのです」
「特定の人? それは──母上のこと?」
違います。ネクロマンサーです。
ですが私は適当に頷いてごまかします。話の腰を折ることは時間の無駄以外の何者でもありませんからね。
「ユリィシア、君は……本当に不思議な人だね。ありがとう、いろいろと心配してくれて」
「それよりも早く治療を始めましょう。少しおまじないをしますが、驚かないでくださいね?」
「えっ? あっ……わわっ!?」
私はいつものごとく本気の治療を施すため、シーモアの頭頂部に唇を落とします。これで《 祝福の唇 》の仕込みは完了です。
「──治癒魔法『治療』」
ギフトを駆使した私の全力の治癒魔法です。たとえ腕の2〜3本吹き飛んでても治癒してしまうほどの魔力を、その間に受けるがいい──。
「気持ちいい。これは──癒しの奇跡?」
私の治癒魔法が効果を発揮してか、徐々にシーモアの顔が復元されていきます。ですが──。
「あっ……」
やはり、すぐに彼の顔が崩れてしまいました。
なんと、彼の顔は私の治癒魔法の効果を弾き返してしまっているのです。
「君は──癒しの奇跡を使えるんだね。もしかして聖女さまなの?」
「違います。その名は二度と口にしないでください」
「あっ、ごっ、ごめん……」
治癒魔法の効果が現れながらも元に戻ってしまったということは、シーモアの顔の崩壊の原因が怪我や病気ではないということを意味してます。そもそも私の《鑑定眼》も、『健康状態に問題なし』と表示するだけで、なんの病気も示してくれません。
こんなことは──初めてです。にわかには信じられません。
次に私は『生命の樹』を使って顔の再現を試みました。
荒治療にはなりますが、実績のある復元方法です。ですが──。
「うっ……痛い……」
「これも──ダメですか」
顔を復元しようとする働きを、やはり何か別の力が働いて邪魔します。これはいったい、どういうことなのでしょうか?
私が色々と原因を検討しながらぶつぶつ独り言を呟いていると、ふいに遠くの方でシーモアを呼ぶ声が聞こえてきました。
「シーモアさまー? どこに行かれてますかー?」
「あっ……いけない、エリザばあやだ。ごめんユリィシア、僕戻らなきゃ」
「あっ……」
「さようなら、もしまた君に会えたら……嬉しいけどな」
シーモアは再び仮面をつけると、素早く私の前から立ち去ってしまいました。
たった一人取り残された私は、ガックリと肩を落とします。そう、私は──生まれ変わって初めて治癒に失敗したのです。
ですが、だからといって簡単に諦めるわけにはいきません。
なにせ相手はダブルSランクの激レアアンデッド素体なのです。こんな貴重な存在、ますます見過ごしてなるものか……。
私は改めて覚悟を決めると、一人後宮を後にしたのでした。
◆
翌日から、私とフローラの後宮訪問が再び再開されることになりました。もちろん、シーモアを治療するためです。
どうやらフローラはフローラで、シーモアの治療を担当しているようです。決してフローラは口を割らなかったのですが、当のシーモアから教えてもらいました。
「君の母上も素敵な方だね。僕を泣きながら抱きしめてくれたんだ」
ほほぅ、君もあの〝癒しの双丘″に包まれたのかね。それはなかなか良い経験が出来たのではないでしょうか。これで私とシーモアは同志と言えます。
とはいえ、私の治癒魔法ですらどうにもならなかったのですから、おそらくフローラでもこの現象は解決できないでしょう。事実、いつもしょんぼりした顔で帰ってきますから。
それでも、翌日にはまた後宮へと向かうのです。
「じゃあユリィシア、わたしは行ってくるからね。大人しくお屋敷で待っててね」
「わかりました、お母様」
もちろん、大人しくなどするわけがありません。
この日も私はフローラが登城したあと、私は遅れて後宮にやってきます。
さすがに一月以上も通っていると、最近では出入り口もほぼフリーパスにしてくれます。
もしかしたらアンナメアリあたりが何か取り計らってくれているのかもしれませんが……これはまた顔を出さなければなりませんね。ついでにエステもしていきますか。むふふっ。
「ユリィ、また来てくれたんだね!」
「こんにちは、シーモア。お母様の治療はどうでしたか?」
「うん、とても優しくて気持ちよかったよ。さすがはユリィの母上だね」
フローラの治療が終わった後は私の番です。
どうやらシーモアは友達が少ないらしく、私が来ると露骨に嬉しそうな目をします。まるで前世の私を見ているようで、なんとなくいたたまれない気持ちになりました。
なにせ前世の私は「見た目がキモい」という理不尽な理由で周りから避けられ、気持ち悪がられ、挙げ句の果てに無視されていましたから。
シーモアは一応この国の王子様という立場なので、完全に孤立しているわけではなく、母親のコダータ妃の愛情も受けているようなので、当時の私よりははるかにましですが、それでも妙に親近感を感じてしまいます。
そんなこともあって、いつのまにやらシーモアが勝手に私のことをユリィと呼ぶようになってしまいましたが、特別に許可することにしています。
その代わり、死んだらちゃんとその身を私に捧げるのですよ?
「今日もおまじないをしてくれるの?」
「ええ。しますよ」
そして《 祝福の唇 》を落とした後に《 治癒の右手 》を用いた治療行為を行います。
あまり効果はないのですが、シーモアがとても気持ちよさそうな様子なので続けることにしています。これも契約を得るための努力の一環であるのと、わずかな変化から彼の症状の原因を探るためです。
「しかし、あなたもこれが好きなのですね」
「え? あなたもって……他にも誰かにしているの? こ、こ、婚約者とか?」
婚約者? なんですかそれは。
私にそんなものは存在していませんが。
「弟のアレクですよ。あの子は少し変わっているのです」
「あぁ、弟かあ。ちょっとホッとしたよ」
ホッとした? なぜホッとするのでしょうか。私にはよくわかりません。
「ねぇユリィ、僕は──」
「……あっ」
そのとき──私が左手を出したのは、たまたま偶然でした。
──ずくん。
私の左手が、シーモアの腕に軽く触れた瞬間、左目が、左手が、また大きく疼きます。
そのときです。
私の脳裏にある示唆が、稲妻のように閃きました。
「そうか。これは……病気じゃないのかも」
気づいてしまえば単純な話でした。
私は右目の《 鑑定眼 》の見える範囲を変更します。
見る対象は──魔力。
幅広く全身を探りながら、魔力の揺らめきに焦点を当てたところ──ビンゴです。
私の求めていた答えが、そこにありました。
『 状態:呪い 』
──呪い。
なるほど、そういうことでしたか。まるでのどにつっかえていた魚の骨が取れた時のようにスッキリとした爽快感です。
ついに原因が判明しました。
シーモアは──呪われていたのです。




