21.仮面の少年
ブルーメガルテン妃の居室でのこと──。
「きゃー、かわいい!」
「うわー、これ似合いますね!」
「ユリィシア様、素敵ですわ!」
「そ、そう……ですかね?」
すっかり侍女たちに気に入られてしまった私は、なぜかさまざまなドレスを着せられていました。
ちなみに侍女は名前がそれぞれレナ、ユナ、マナと言います。別に三つ子ではなくそれぞれアンナマリアの実家である伯爵家の分家にあたる男爵家や子爵家のご令嬢なのだそうです。それでも剣爵よりも格上なんですけどね。
「まるでお人形さんみたーい」
「しかも、化粧ノリがすっごい良いのよね」
「これが若さかしらねぇ……」
おまけにレナユナマナたちにお化粧までさせられて、まさに着せ替え人形状態です。
しかし、この状況は私にとってもかなりのメリットがあります。これまであまり知識がなかった女性らしい振る舞いや服装、お化粧や香水などを教わることができたのです。
なにせ彼女たちは、アンナメアリの盟友であり美容やファッションの全てを担当しています。メイクやファッションセンスにおいて相当の腕を持っているのです。
おかげで、後宮に通うようになってから私の女子力は一気に向上していきました。
見てくださいまし、このお人形のように美しい少女を!
「ユリィシアちゃん、すごくかわいいわぁ……わたしも娘が欲しかったのよねぇ」
「ありがとうございます、アンナメアリ様」
「もしデビュタントするときには、わたしがあなたの後見人になるからね。必ず言ってね!」
「じゃああたしは服を選ぶわ!」「私はお化粧を!」「じゃあフレグランスを!」
「は、はぁ……」
アンナメアリには子供がいません。そのこともあって私のことをとても可愛がってくれました。もっとも、社交界進出などする予定はないのですが……。
アンナメアリはもともと体が弱かったこともあって、これまで子をなしていなかったとのことです。せっかくなので調べてみたところ、アンナメアリは腎臓と子宮に軽い疾患が見られました。
そこで、フローラが居ないタイミングを見計らって『生命の樹』を使ってアンナメアリの体の弱いところを復元してみました。
すると、これまで以上の速度でみるみると体調が改善していったのです。
この調子で〝癒しエステ″を行なった結果、アンナメアリは一週間ほどで歩くことが出来るほどに回復しました。
実は解毒行為自体が一週間ほどで終わっていたのですが、あの〝奇跡の身体″にダイレクトタッチしたくて、つい調子に乗って丸一ヶ月近く続けてしまいました。
その結果、アンナメアリは──輝くばかりの美しさを取り戻していったのです。
すでに肌は光るように艶やかになり、吸い付くような柔らかさに。触れると双丘は──至福です。これぞまさに〝国宝級″というやつでしょうか。
フローラの双丘も悪くはないのですが、全体のバランスを見たときにはアンナメアリの方が私の好みです。顔は身内びいきもあってフローラの方が好きなんですけどね。
よーし、私はアンナメアリの身姿を目指すとしましょう。まだ膨らみ始めてすらいない胸元をチラ見してそう決心します。
さて、本当はもう少し長い間この〝国宝″を愛でていたかったのですが、さすがに白魔鉱石の毒が抜け切ってしまったので、これ以上続けることが出来なくなってしまいました。
……うーん、無念です。
「すごく──名残惜しいです」
「わたしもユリィシアちゃんと離れたくないわぁ」
「あぁ、ユリィシア様に会えなくなるのは残念だわぁ」
「ほんと、こんなに綺麗な子初めて見たもの」
「もっと着せ替えして遊びたかったわね」
この一月ですっかり仲良くなったアンナメアリが残念がり、レナユナマナの侍女トリオもウンウンと頷いています。
素晴らしい至福なとき。願わくば永遠に続いて欲しかったです。
なにせ、こんなにも女性に囲まれてキャッハウフフしたことはありませんでしたから。
「ユリィシアちゃん。せっかくだから、あと一回お願いしてもいいかしら?」
「はい、もちろんです」
名残惜しいですが、いつかは終わりが来ます。
その日も話があるというフローラを残して、私一人で女性騎士に連れられ、後宮から退出することにしました。
「あっ……大事な引き継ぎ書類を置いてきちゃいました」
帰り道、途中までを来たところで、なにやら女騎士さんが忘れ物を思い出したようです。
「良かったら取りに行って良いですよ。ここまで来れば一人で戻れますので」
「でも……あなたを出口まで送り届けるまでが私の仕事で──」
「お気になさらないで大丈夫ですよ」
こんなところで一人でポツンと待たされる方が時間の無駄です。一生懸命女騎士を説得して、一人で戻ることに成功しました。しめしめです。
その──帰路の途中です。
「あっ……」
私はまた例の〝仮面の少年″に出会いました。なにやら物陰に隠れてコソコソと動き回っています。
怪しいやつですね……こんな人はきっと面白いアンデッド適性を持っているはずです。
早速ですので彼のアンデッド適性を確認させてもらいましょう。
どれどれ……。
──
名前:
ジュリアス・シーモア・フォン・ユーフラシア・リヒテンバウム
素体ランク:S
適合アンデッド:
プラチナムエクトプラズマロイヤルレイス(略称:PERL)(SS)……98%
──
なっ!?
「ちょっと待って!」
私は思わず声をあげていました。
ビクッと反応して、少年はピタッと足を止めす。
声をかけたのは良いもの、かける言葉が見つかりません。
さて、どうしたものでしょう?
ですが、ここでみすみすダブルSランクの超貴重なアンデッドの素体を逃すわけにはいきません。なにせこれまでの11年の人生で出会ったダブルS素体はウルフェのみなのです。この出会いを逃せば、もう二度と手に入らないかもしれないのです。
なにか言葉を選ばなければ……。
「私はユリィシア、あなたは──アンデッドはお好き?」
「えっ?」
おっと、困った挙句アンデッドのことを聞いてしまいました。
いけません、私の悪い癖です。
今の私は剣爵の娘です。死霊術師ではありません。とりあえずは──。
「あなた、私とお、お、お、お友達になりませんか?」
うわー、言ってしまいました。
前世から含めて始めて、私から誘ってしまいました。
思い起こせば前世の幼い頃──同年代の子に同じように声をかけて「気持ち悪っ!」と拒絶されてから、私は他人との距離を保つようになってしまいました。友達に誘うというのは、まさにトラウマを刺激されるのです。
ですが、彼は前世の子供とは違います。
私のことをじーっと見つめ返してきました。
どうやらファーストコンタクトは成功したみたいです。
「君は──」
「はい、なんでしょう?」
「君は、僕のことを知ってるの?」
はて、知りませんが?
──ずくん。
また──左目と左手が疼きました。
◆◆
「アルベルト剣爵の奥方フローラ様ですね」
ユリィシアを先に返したフローラが、女性騎士に連れられて帰路についていた途中、ふいに見知らぬ女性に声をかけらた。
「は、そうですが……」
「私は、コダータ妃の侍女を務めておりますエリザと申します」
コダータ妃、という言葉に一瞬身構えてしまうフローラ。
それほどまでに彼女はコダータ妃に対して悪感情を持っていたのだ。
だが、侍女エリザの口から発されたのは、予想外の言葉であった。
「我が主人のコダータ妃が、ぜひともフローラ様にお会いしたいと申しております。ご帰宅のところ大変恐れ入りますが……ご一緒に来ていただけますでしょうか」
一瞬、フローラの脳裏に嫌な事態が浮かぶ。
『なにかしら……もしかして自分の手下になってアンナメアリのスパイでもしろって言われたりするのかしら?』
後宮の中でも権力争いは存在しているのだという噂は、フローラも聞いたことがあった。ライバルを蹴落とすためなら平気でスパイ活動や陰謀などを行うという。
しかし、公爵家に繋がる準妃の誘いを無下に断るわけにはいかない。断ればそれだけで相手に理由を与えるようなもの。
自分がアンナメアリの足を引っ張るわけにはいかない。
そう考えたフローラは、すぐにこの侍女の申し出を受け入れることにした。
「わかりました……。では、ご一緒させていただきます」
侍女エリザに連れられてやってきたのは、後宮の奥にあるとても豪華な一角だった。所狭しと並べられた彫像や絵画、豪華な装飾品の数々。
アンナメアリの居住空間とのあまりの違いに、フローラは圧倒されていた。
「こちらです」
エリザに導かれながら、コダータ妃付きの侍女たちに頭を下げられる。侍女だけで軽く10人を超えているだろうか。やはり公爵家出身の準妃ともなると、人員体制も豪華なようである。
「こちらのお部屋にお入りください」
やがて辿り着いたのは、さらに豪華な扉のある一室であった。
中に入ると、最奥にある豪華なソファーに、これまた豪華に着飾ったコダータ妃ジュザンナが座っていた。
フローラが意外に思ったのは、あれだけの侍女を従えているコダータ妃であるのに、なぜかこの室内にはエリザしか居ないことである。
フローラが目の前に辿り着いたところで、コダータ妃が口を開いた。
「ようこそアルベルト剣爵夫人。アタクシは準妃であるコダータ妃ジュザンナよ」
「フローラにございます、コダータ準妃」
「ええ、そこに座ると良いわ」
なんという上から目線の挨拶だろうか。先入観もあってフローラは率直にそう思った。人を呼んでおいて座って偉そうに自己紹介をするコダータ妃に、嫌悪感は上昇する一方である。
「アルベルト剣爵夫人。そなたはかつて【 神聖乙女 】と呼ばれた元聖女であると聞いた。間違いないのかえ?」
「はい、そうですが……」
「【 冥王 】を討伐したあの英雄の?」
「え、ええ……」
だが、コダータ妃の口から出てくるのは、フローラについての質問のみ。しかも質問というよりは確認に近いものでばかりあった。
彼女は一体何が聞きたいのだろうか。
どうやら自分が思っていたようなスパイ活動の要請ではないらしいと、少しずつ気付き始めるフローラ。
「それで……そなたがブルーメガルテンの病を治したというのは本当なのですか?」
「は、はぁ……」
ユリィシアを巻き込むわけにはいかないと判断したフローラは、あえて娘が治療したとは言わずに曖昧に頷く。
すると突然──予想外の事態が発生する。
なんとコダータ妃が、フローラに向かって頭を下げたのだ。
「なっ!?」
準妃たるコダータ妃が──しかも自分のような底辺の貴族に頭を下げるなど前代未聞である。あまりに理解不能な事態についていけず、ただ狼狽えてしまうフローラ。
だがコダータ妃は、畳み掛けるように口を開く。
「お願い……!」
「えっ?」
そしてコダータ妃の口から──決定的な言葉が発される。
「シーモアを……アタクシの息子を──助けて欲しいの!」




