19.側妃の病
「やぁフローラ、お疲れ様」
「ユリィシアちゃん、久しぶりだなぁ! えらいべっぴんさんになったじゃないか!」
四年ぶりに帰還した王都で出迎えてくれたのは、カインと大叔父のオットー伯爵でした。
「お久方ぶりです、大叔父様」
「いやいや、綺麗になりすぎててびっくりしたよ。フローラさん譲りの柔らかな眼差しに、剣爵譲りの凛々しい口元……数年後にはきっと舞踏会の華になること間違いなしだなっ!」
「まぁ、それは期待大だわ!」
なにやらオットー伯とフローラが勝手に意気投合していますが、残念ながら私が華となることはないでしょう。
「しかしユリィも登城すると手紙には書いてあったが……本気か?」
「ええ。あなたも知ってるでしょう? ユリィシアの不思議な力を。わたしだってアンナメアリのことは助けたいのよ」
「もちろん分かってるよ。だが……後宮には〝どくだみ″妃もいる。くれぐれも気をつけてくれよ」
「コダータ妃はワシらと不仲のユーフラシア公爵家のものだしな」
「〝どくだみ″だけじゃなくて、本物の王子様もいるけどね! ……あぁ、そうだわ! この機会にユリィシアが王子様に見初められでもしたらどうしましょ!」
いやいや、そんな機会は御免こうむりたいのですが……。
私はフローラの付き添いという形で、前世から含めても初めて王城シュヴァンシュロスに登城しました。
王城シュヴァンシュロスは、別名白鷺城と呼ばれるほど白く美しい王城です。
ちなみにウルフェとアレクは留守番です。当然ですが、側妃とはいえ王の妃に男性はめったに会うことができないからです。
「俺たちが付き添えるのはここまでだ。あとは──よろしく頼むよ。陛下からも頼まれてるんだ」
「分かってるわ。なによりもアンナメアリはわたしの友達だからね」
「ユリィシアちゃん、ものすごく着飾った貴婦人を見かけたらすぐに隠れるようにするんだぞぉ?」
後宮の入り口までやってきたところで、オットー伯が頭にツノを生やすポーズをしながら私を脅します。
なんでも準妃であるコダータ妃ジュザンナは、大変気が荒くて、ちょっと粗相をしただけで使用人をクビにしてしまうほどに苛烈な人となりなのだとか。しかも実家はユーフラシア公爵家。誰も逆らえません。
ゆえにコダータ妃は影で〝どくだみ″妃と呼ばれているとのこと。
でも、心配なさらなくても大丈夫ですよ大叔父様。私は王族だろうと奴隷だろうと偏見は持っていません。人は死ねば等しく骨になるのみですから。
それに──私の軍団の中には、王族のアンデッドも所持してますからね。ふふふっ。
後宮は、王城シュヴァンシュロスの一角にありました。広い庭を持つ荘厳な雰囲気を持っています。
カインたちとは後宮の入り口で別れ、そこからは案内の女性騎士に導かれて広い通路を歩きます。
もちろん、すれ違う人たちは全員女性です。みな美しく着飾っており、仄かに良い匂いも漂ってきます。
──あぁ、ここはまさに楽園ではないですか!
これまで女性の縁遠い人生を送ってきた私にとって、これほどまでに女性密度が高い場所は未知の領域です。緊張と興奮を隠しきれずにきょろきょろしてしまいます。
「……あら、どこの田舎者が高貴なる後宮に紛れ込んでいるのかしら?」
ふいに声がしたかと思うと、先導していた女性騎士がさっと膝をつきます。
慌ててフローラも後に続いたのですが、私は──呆然と立ち尽くしてしまいました。
目の前に立っていたのは、それはそれは綺麗な貴婦人でした。後宮で出会った誰よりも美しく、圧倒的な存在感を示しています。
あまりの美しさに、私は思わず見とれてしまいました。
「……ふん、どうやら見る目だけはあるようね。準妃たるこのわたくしに見とれるとは」
「ユリィシア、膝をついて!」
フローラに引きずられるようにして、私は床に膝をつきます。
なるほど、綺麗なわけです。この人が王妃に次ぐ準妃の地位にあるコダータ妃ジュザンナだったのですね。
「コダータ妃様、ごきげんよう」
「女騎士、そこな者たちはなにものぞ?」
「ブルーメガルテン妃のお客様にございます」
「ふん……あの女の客ですか」
あの女、という言葉にフローラがピクリと反応します。ですが、ギリギリのところでグッと堪えたようです。
「あなたがた、田舎者なのは仕方ありませんが、用もなく後宮内をうろちょろするではないぞ? 騎士よ、ちゃんと見張っておくように」
「はっ!」
「あと……後宮を汚さないように、おとなしくなさいね。ただでさえ外のものは汚らわしいのですから。オーッホッホ!」
コダータ妃は高笑いを残すと、そのまま大勢の侍女たちを引き連れて立ち去っていきました。
完全に姿が見えなくなったあと、フローラが立ち上がって私の耳元に囁きます。
「さすがは〝どくだみ妃″と呼ばれるだけあるわね。なんて嫌な女なのかしら……」
そう、なのでしょうか?
私にとっては女性であるというだけで総じて尊い存在です。なので、あれほど美しい人であれば、例えなんと言われようと全く気になりません。むしろ声をかけて貰えただけ幸運だと思えるくらいです。良い匂いもしましたしね。
あ、しまったわ。
私としたことが──コダータ妃のアンデッド適性を見忘れていました。
今度会ったとき、確認しなければ……。
◆
「……久しぶりね、フローラ。ごめんなさいね、こんな格好で」
「ブルーメガルテン妃……」
「前みたいにアンナメアリって呼んでもらえないかしら? ここには誰も咎める人は居ないわ。侍女たちは全員、わたしの身内なのよ。だから……お願い」
「わかったわ──アンナメアリ……あなた、こんな大変なことになってたの?」
初めてお会いした〝花園妃″アンナメアリは、大きなベッドに寝込んでいました。どうやらかなり体調が優れないようです。
ですが、やはり側妃──後宮のナンバー3だけあって、病んでいても恐れ多いほどの美しさを保っています。
「医者からは、原因不明と言われてるわ」
「後宮の医者にそこまで言われてるの……?」
確か王宮に仕えるような医師は治癒術も使えるものが多いと聞いています。その医者が匙を投げたということは──もしかすると治癒魔法では効果をなさないほどに病が進行しているのでしょうか。
だとすると、もはや手遅れかもしれませんね。魔力を伸ばす良い機会だと思っていたのですが……まぁその時は仕方ないでしょう。スパッと諦めることも肝心です。
「……あなたがフローラの娘のユリィシアね。初めまして、あなたのことはいつもフローラの手紙で知っていたわ。とっても優しい子だってね。だから──そんなに悲しそうな顔をしないで」
「こんにちは、アンナメアリ様」
寝込んだままで顔色が悪く、かなり痩せてはいますが、それでもちゃんとお化粧していて、身の回りに気を遣っているあたり、さすがは側妃です。女子力が高い。
とりあえず《 鑑定眼 》を使ってアンナメアリのことを調べてみます。
ほほぅ、ランクBのロイヤルゴーストに適性ですか。なかなか素晴らしい素体ですね。さすがは側妃。
ですが、ロイヤルゴーストは既に私の軍団の中におります。いくら貴重なアンデッドだとしても既にコンプしているものは……おっとと、いけないいけない。大事なことを調べ忘れるところでした。
気を取り直してアンナメアリの身体の状態を確認してみます。すると──。
「あっ……」
「どうしたの? ユリィシア」
「あ、いえ……なんでもありません」
思わず声が出てしまい誤魔化しましたが、私の右目は意外な結果を示していました。
「とりあえず見てみないとなんとも言えないわ。ちょっと私に触診させてもらうわね」
私を押しのけて、フローラが一生懸命病気の調査をし始めます。
でも──おそらく無意味です。
なぜならアンナメアリは──病気ではないのですから。
「これは……分からないわね。でも全体的に体が弱ってるわ。特に内臓が……」
「うん、医師にもそう言われたわ。食事も受け付けないくらい弱ってるってね」
「〝癒しの奇跡″は、本来肉体が持ってる治癒能力を活かして癒すわ。だけど……」
「さすがの聖女様でも無理ってことね。……いいのよ、分かってたことだから。ただ、最期に──酷い姿になる前にあなたとちゃんと会いたかっただけなの」
「アンナメアリ! 縁起でもないこと言わないでっ!」
「ごめんなさい……でも本当に来てくれてありがとう」
涙を流しながら抱き合う二人。まるで清らかな水源のほとりで、百合と百合が風に揺られて絡み合っているようです。
今では絶世の美女と呼んでも差し支えないこの二人です。少女時代はさぞかし尊かったことでしょう。仲良く遊んでいた姿を想像するだけで心がファンファンします。
しかし……フローラの力をもってしてもアンナメアリの不調の原因が分からないようです。
──どうやら私が思っている以上に、《 鑑定眼 》は素晴らしいギフトなのかもしれませんね。
普段は情報量が多すぎるので、相手のアンデッド適性くらいしか見ていませんが、今は病の原因を突き止めるためにかなり細かい情報まで確認しています。
その中に、どうにも見過ごすことができない情報が含まれていました。
私の右目には、このように映し出されていました。
状態──『毒』。
そう、アンナメアリは〝毒″に侵されていたのです。
しかし、なかなか興味深いですね。
毒についてはずっとウルフェで検証してきましたが、なかなか治癒魔法が持つ解毒効果は確認できませんでした。
実際、今回のフローラの治療の様子を見る限り、治癒魔法に解毒作用は無いのかもしれませんね。
……いいえ、もしかしたら前提条件が違うのかもしれません。
フローラは、アンナメアリが毒に侵されていると知らなかった。だから癒せなかった。
でも、もし毒の正体を知っていたとしたら──。
既に私は《 鑑定眼 》によって毒の正体を見抜いています。フローラにはできなくても、私なら解毒できるかもしれません。
これは──検証する必要がありますね。
それにしても、毒はどうやってアンナメアリの身体に取り込まれたのでしょうか?
表示された毒の種類、これは前世ではよく縁のあったものです。実に懐かしいと思うと同時に、これを摂取するにはある条件が──。
「ゲホッ、ゴホッ」
「アンナメアリ!」
アンナメアリが咳き込んだのを契機に、後方に控えていた側妃の侍女3人が、慌てて駆け寄ってきました。一人が水を、一人が薬を、そして最後の一人が化粧道具を持ってきます。
あぁ、なるほど。このルートで摂取してしまったのですね。
侍女たちが手に持つものを見て、私はすぐに腑に落ちました。
なぜなら──侍女たちが持つものの中の一つに、当該の〝毒″が含まれているものがあったからです。




