18.王宮への招待
ここから第二部 王都騒乱編
エピソード4となります( ^ω^ )
レウニールへと至るゲートを放棄したあと、私はエンデの森の捜索可能範囲で、二つの次元門と一つの異界迷宮を見つけました。
どうやらエンデの森は、無名ながらも比較的優秀な異空間発生地点のようです。何か魔力の歪みでもあるのでしょうかね?
「お嬢様、すごいです……こんなに簡単にゲートやダンジョンが見つかるなんて……」
「そうですかね?」
私は前世で100以上のゲートやダンジョンを見つけています。なので大してすごいとは思わないのですが……あぁ、ウルフェは剣闘士奴隷としての生活が長かったから、そのあたりのことをあまり知らないのかもしれませんね。
さて、せっかく発見したこれらの異変ですが、残念ながらあまり役に立ちそうにありませんでした。
ゲートについては一つは山奥の崖の真下。もう一つは吹雪が吹き荒れる氷河のど真ん中に繋がっていたのです。
二つめのゲートは魔導冷蔵室代わりくらいには使えるかもしれませんが、ブリザードが吹けば全て台無しですね……。レウニールに繋がったゲートに比べると使い道は無さそうです。
ダンジョンのほうはもっと役立たずです。
そもそもダンジョンとは魔法道具や貴重な貴金属などを入手できる〝産地″ではありますが、私は元来学者肌なので、ダンジョンそのものに興味がありません。
他人に売ればお金に変えられるのですが、前世などそもそも他人と接する機会自体がなかったので、ほとんど放置したままでした。
今世でも特にお金などは困ってませんので、ダンジョンはそのまま放置することにしました。
「お嬢様はそれで良いのですか?」
「別に構いませんわ」
「……なるほど、お嬢様はこのダンジョンを公開することで、多くの冒険者が傷付き命を落とすのが耐えられないのですね」
あぁ、確かにここに冒険者を集めるのはアリかもしれませんね。そうすれば効率的に治癒を行使することができます。
ですが……さすがにそうなるまでには数年単位の時間がかかるでしょう。
私の当面の目標は、死霊術師として魔力を伸ばすことです。さすがに何年も待ってられません。
しかも、レウニールのときのように聖母教会に目をつけられてしまうリスクもあります。
つい先日も、スミレが久しぶりに様子を見にきたばかりです。幸いにも何事もなく、なにやらフローラと言い争いをして帰って行きましたが、 下手なことをして尻尾でも掴まれたら、身動きが取れなくなってしまうでしょう。
やはり気をつけなければ……。
15歳になって成人さえしてしまえば、あとは自由にやれるのです。あえて今、リスクを負う必要はありません。
今の私は11歳。
鏡で見ると、幼少期を抜けだいぶ女の子らしい姿になってきました。
微笑んでみます──微笑み返してきます。えへへっ。
やはり女の子に微笑まれるという経験は何ものにも変えられません。これぞ転生を果たしたご褒美というものではないでしょうか。
もう少し成長して、フローラ級の〝双丘″をもし手にしたとしたら、その時私はどうなってしまうのでしょう?
……今から期待と不安で胸がはちきれそうです。
成人まで──あと四年。
「さぁ、行きますよウルフェ」
「承知しました、お嬢様」
最近はだいぶ行動が洗練されて、本物の執事のようになってきたウルフェが、私の言葉に反応して恭しく頭を下げたのでした。
◆
「はぁ……はぁ、ウルフェ、今日もありがとうございます」
「アレク様も腕を上げられましたね」
今日の訓練も終わります。アレクセイがちょっとだけ怪我をしていたのですぐに治療を施しました。
「怪我をしていますよ、手を出してください」
「……ありがとう、姉様。いつものアレもお願いします!」
「ええ、わかっていますよ」
頭に口付けをしながらしみじみアレクを観察します。彼は強くなりました。9歳にしてそれなりに剣を振れているので、なかなか良いセンスを持っているのではないでしょうか。さすがは英雄カインの息子です。
ですが、それ以上に腕を上げたのがウルフェです。
元々失われていた右腕に小剣を持ち、二刀流となったウルフェは、いつの間にやら剣術を洗練させ、かなり強くなっていたのです。英雄であるカインにある程度本気を出させるほどの実力は、相当なものと言えるでしょう。
仮に前世の私が対決したとしても、そこそこ手こずるかもしれません。
ちなみに上位スケルトンは、死した瞬間の実力を保ち続けます。ウルフェも今スケルトンにした方が最高の状態を保てるのでしょうか? いやいや、まだ伸び代がありそうです。
ウルフェはいま22歳。たしかに脂は乗ってますが、果物は熟したときが最も美味しいといいます。収穫するのはもう少し先でも問題ないでしょう。
……あぁ、その時が楽しみですね。
ウルフェに対してもいつものように毒物を飲ませます。アレクセイにもねだられますが、絶対に与えません。下手に毒が効いて治療できなかったらフローラやスミレに抹殺されてしまいますからね。
「姉様のケチ……なんでウルフェばっかり」
「これはまだ子供にはまだ早いものなのです。決して口にしないようにね、アレク」
「じゃあ僕が大人になったら、僕にも飲ませてくれるの?」
アレクセイに問われて、私は唇に人差し指を当てて少し考えます。
たしかに魅力的な提案です。本人が希望するなら、検証してみても良いのですが……アレクが成長するのと私の魔力成長期が終わるの、どちらが早いでしょうかね?
「あっ、みんなここにいたのね」
どうやら私たちを探していたらしいフローラが、少し困った表情を浮かべたまま声をかけてきます。
最近フローラは、なぜかどんどん綺麗になっていっているような気がします。肌がツヤツヤになり、どう見ても若返っているのです。……どうしてでしょうか?
そのフローラは手になにか──あれは手紙でしょうか──を握りしめたまま、私たちの元へ駆け寄ってきました。
「お母様、どうしたの?」
「あのねアレク、どうやらわたしたちはここを離れなければならなくなりそうなのよ」
「えっ?」
「わたしに、王宮からお呼びがかかったのよ」
そう言うとフローラは、手紙を拡げて私たちに見せてくれたのでした。
王宮からの呼び出し。
それは、カインがフローラにしたためた一通の手紙の中に書いてありました。
「お父様のお手紙には……ブルーメガルテン妃さまがお母様に会いたがっている、と書いてありますね」
「そうなの。私が王宮にお呼ばれしてしまったのよ」
たしかブルーメガルテン妃アンナメアリは現国王の側妃であり、フローラと旧知の仲であったと記憶しています。
とはいえ、いくらアンナメアリが妃としては3番目の序列であるとしても、たかだか剣爵の妻程度のものを個別に後宮に呼ぶというのはかなり異例なのではないでしょうか。
「アンナメアリはね、まだ側妃になる前に聖母教会に修行に来てたことがあるの。その時に仲良くさせてもらってたわ」
なるほど、フローラの幼馴染というわけですか。
「それにしても、なぜお母様なのでしょう」
「尊い方は、直接的な物言いは絶対にしないわ。たぶん……アンナメアリ本人か彼女の身近な人に、私の力が必要な事態が起こっているのだと思うの」
フローラの力、ですか……。
おそらくフローラの元聖女としての力、すなわち治癒が必要な人がいるということですね。
「もしかすると王都に長くいる必要があるかもしれないから、家族全員で戻ってきてほしいというのがカインの手紙の趣旨よ。もしかしたらアンナメアリは良くない病気なのかもしれないわね。わたしも幼馴染のことは気がかりだから、あなたたちには申し訳ないんだけど、一緒に王都に戻ってもらえるかしら?」
まぁ領地エンデサイドでやることはもうほとんどなくなってしまったことですし、ほとぼりが冷めた王都に戻るのは別に構わないでしょう。
「わたしとしては、できればユリィシアにも一緒にアンナメアリのところにも行ってほしいのだけれどもね。あなたは不思議な力を持ってるみたいだから……」
「行きます」
即答です。
なにせ病であれば、治療によって魔力爆上げの可能性があるのですから。悩むなど、ただの時間の無駄です。
「あら、ユリィシアは同意してくれるのね。てっきり残りたいって言うかと思ってたわ」
「お嬢様が居なくなると知ったら、領民たちはきっと悲しむでしょう」
「そうね、ユリィシアものすごく領民から慕われてるものね」
「みんな姉さまのこと大好きだって言ってたよ」
そういえば領地エンデサイドは、来た当時に比べてかなり発展しました。領民の数はいまや5倍以上に増えています。
そして私は領民のほぼ全員と既に『約束』を取り付けています。彼らは死んだあと、きっと私の優秀な軍団員となってくれることでしょう。
「そう……ありがとう、ユリィシア。あなたがいてくれるとほんとうに心強いわ」
王都には、一体どんな病気や怪我が待ち受けているのでしょうか。
願わくば致死的で致命的なものが良いのですが……。
考えるだけでワクワクします。こんな場所で立ち止まっているわけにはいきません。
──さようなら、領地エンデサイド。
もはやこの地に、私の未練などありません。
◆
いよいよ王都へ戻る日。
村長のダリアンやその息子ジミー、熊獣人のバルドや兎獣人のラビアなど、見覚えのある領民たちに見送られて、出立することになりました。
「……私はまだここで立ち止まるわけにはいかないのです。なので、皆様とはお別れです」
「さすがはお嬢様、エンデサイドの光ですじゃ!」
「お嬢様はこれからも救いを求める人の元ヘ向かって突き進んでください!」
皆が喜びの顔で送り出してくれる中、ただ一人──村長のダリアンだけが浮かない顔をしています。
「父さん、どうしたんだい? シケた顔をして。」
「……わしはもう歳だで、いつ死んでもおかしくありません。これから羽ばたいて行くお嬢様のお力になれないことが悲しいんですじゃ」
なんだ、そんなことですか。
なかなか殊勝な素体ですね。彼は死んでもきっと忠実でよいスケルトンになることでしょう。
「大丈夫です。もし死んだとしても、あなたはずっと私と共にあります」
──もちろん、私の冥王の軍団の一員として、ですが。
私の言葉を聞いたダリアンが、嬉しそうな表情を浮かべます。どうやら私の回答に満足してくれたみたいです。
「ありがとうございますじゃ、お嬢様。これでわしは安心して逝けます……」
ちなみに村長ダリアンは、一年後に流行り病でポックリと逝ってしまうのですが、最期の瞬間は満面の笑みを浮かべていたそうです。
そのせいでしょうか──未練など一切持たずに旅立ってしまい、挙句、村の司祭によって丁重に聖別されて埋葬されてしまったので、アンデッドの素体としては全くの役立たずになってしまったのです。
なんてことでしょう、せっかくの貴重な素体サンプルが……ぐぬぬ。
……とまぁ、このように紆余曲折はありましたが──私たちはおよそ四年ぶりに王都への帰還を果たしました。
そして、痩せこけて病床に臥せるブルーメガルテン妃と対面することになるのです。
〜ユリィさん語録〜
「エクスタシィ」
「むふふ」
「ぐぬぬ」(new!!)




