17.やりすぎました
私が見つけた次元門は、エンデサイドからはるか遠くのレウニールという場所のダンジョン近くに繋がっていました。
この距離を行き来するには馬車だと軽く一月はかかりますから、かなり長距離のゲートになります。
売ってしまえばそれなりのお金になるかとは思いますが、私はお金には興味ありません。
興味があるのは──治療対象がたくさん在ること。
その点、レウニールは素晴らしい場所でした。
なにせここはフリーのど底辺冒険者たちが集うジャンク・ダンジョンです。潜ってる底辺は大抵無鉄砲で無計画で無謀なので、簡単に怪我して帰ってきます。
──すなわち、私の獲物です。
ここで私は仮面をかぶって正体不明を装いながら、片っ端から治療して回りました。これはもう完全なボーナスタイムです。
他にも、治癒を施した者にはあまり噂を広げないことや聖女と呼ばないことなどを条件に付けましたが、領地ではないので正体がバレさえしなければ特に問題ありません。
もし身バレの危険が迫ってきたら、さっさと退散してしまえば良いのですから。
ここレウニールで、私は1年ほどやりたい放題やらせていただきました。
おそらく100ケース以上の実証実験を行ったでしょうか。さすがに毎日長時間滞在するとフローラに怪しまれてしまうので、週に2〜3回程度に自重していましたが。
まずは──これまでちゃんと検証できなかった〝治癒魔法″についての調査です。
治癒魔法自体には興味は無いのですが、道具として使う以上、好き嫌いを抜きにしてちゃんと知っておく必要があると考えたからです。こういった拘りがあったりするあたり、もしかすると私に学者的な一面があるのかもしれませんね。
初級回復魔法『治療』は、基本的に全治3日の怪我を治療します。全治3日など、ちょっとした擦り傷程度の治癒しかできませんね。
一方、《 治癒の右手 》だけの場合は全治7日間程度の怪我を治癒することが判明しました。これは次級魔法の『治癒』と同等の効果です。意外なことに、治癒魔法以上の効果が《 治癒の右手 》にはあるようです。
また、『治療』に《 治癒の右手 》を加えると、効果がほぼ一律的に6〜7倍に跳ね上がることが判明しました。単純に掛け算に近い効果が得られていることが分析できます。
この結果、二つを掛け合わせると、おおよそ全治15〜20日程度の怪我を完治させることができるのです。これは中級魔法の『中治癒』に相当しますね。
つまり私は、右手を使って最も初歩的な治癒を施すだけで、容易に中級魔法級の効果を発揮することができるのです。
この結果は、正直驚くべきものでした。過魔力供給といった裏技や《 祝福の唇 》の効果を使用しなくても、これほどの効果を発揮するのはかなり反則級な能力です。
……もっとも、それは私にとってあまり良いことではありませんでしたが。
なにせ、大して魔力を込めなくても回復できてしまうのです。簡単に治癒してしまうと魔力の増加は期待できません。
そこで私は次のステップに進むことにしました。
まず、《 治癒の右手 》のギフトを使わずに治療をすることにしました。そうすれば治癒効果は弱まるので、オーバードライブで過魔力をぶち込むことで治癒力を強化しながら魔力の底上げを実現します。
さらには、非接触での治癒を試みることにしました。
これまでは手を触れることで治癒魔法を発動していたのですが、少し距離を取って治療するのです。
この実験は、なかなか良好な検証結果を得られました。
治癒魔法は非接触にするだけでガクンと効果が激減して、おおよそ半減します。距離を取ると減り方は顕著になって、1メートル離れるごとにさらに半減──もしくは二乗に反比例していくイメージです。
ただ、これではオーバードライブに《 治癒の右手 》を重ねて全治60日──『大治癒』へと昇華させたとしても、5メートル離れてしまうともはやかすり傷ですら治癒することができなくなります。これはこれで魔力を消費するのですが、あまり効率的ではありません。
その問題を解決したのが、ギフト《 祝福の唇 》でした。
遠距離型治癒を発動する際に、右手に口付けをします。
すると、たとえ距離が離れててもあまり効果が減らなくなったのです。
数々の検証の結果、私は10メートルくらいの距離であれば『中治癒』程度の効果を保つことが出来るようになりました。
遠距離治療が出来るようになると、一気に効率が上がりました。いちいち相手と接触しなくても、勝手に治療することが出来るようになったのです。
それまでは治癒をするのに毎回話しかけていたりして、コミュ障の私にはすごく苦痛だったのですが、こうなると関係なしです。相手に了承すら取らずに、場合によっては物陰に隠れたまま勝手に治癒をするようになりました。
そうなると、次は数をこなすのが面倒になってきます。
この問題を解決するために、私は次の新しい技術を思いつきました。
遠距離治癒の拡張版──『範囲治癒』です。
『範囲治癒』は、半径5メートル以内にいる対象に一律的に治癒を施します。まとめて10人くらい一気に回復できるようになったのです。
この魔法の発明によって、私の治癒効率はさらに向上しました。
ただ、さすがにこの頃になってくると面倒ごとも増えてきます。
「おいお前か? この辺で治療しまくってるっていうガキは」
声をかけてきたのは、筋骨隆々な肉体を持つ四人組の冒険者でした。
「お前、便利だな。俺様の専属になれよ」
「……お断りしますわ」
私がしたいのは無差別の辻ヒールであって、特定の誰かの専属ではありません。論外です。
そもそも《 鑑定眼 》で見てみたところ、彼らには低級スケルトンとゾンビくらいにしか適合性がありませんでした。
……端的に言うとゴミですね。キープする価値すらありません。
もっとも、こんなカス迷宮に出入りするような冒険者なんて、押し並べてこの程度なんですけどね。
「おいおいガキ! 俺様の誘いを断ると痛い目を見るぜ?」
あぁもう、面倒ですね。
私がウルフェの方に視線を向けると、意味を理解したウルフェが戦闘態勢に入ります。
よしウルフェ、そのまま半殺しぐらいに滅多斬りにしてください。
「おいおいあんた、なにやってんだ?」
「俺たちの天使になに手を出そうとしてやがるんだよっ!」
そのときです。
チンピラたちを制止する声を上げるものがいました。
なんですか、良いところでしたのに。
「あん? 誰だ? この俺様を誰だと……げっ!?」
チンピラが絶句します。
それもそのはずです。なぜなら彼らの背後には、数十人の冒険者たちが、手に武器を持って凄んでいたからです。
「な、なんなんだよテメーラはよ!」
「おいお前、俺たちの〝天使″に手を出すなんて絶対に許さねぇぞ?」
「それとも、これだけのメンツを敵に回すつもりか?」
「俺たちは〝レウニールの天使″に救われたんだ。彼女に迷惑をかけようってなら全力で阻止させてもらうぜ?」
「あっ……し、失礼しましたー」
他の冒険者たちからさんざんプレッシャーを受けて、チンピラは尻尾を巻いて退散していきました。あぁ、せっかくの治療機会を得るチャンスでしたのに……残念。
「お嬢ちゃん、もう大丈夫だぜ!」
「なんかあったらオラ達が守るべさっ!」
「あんたぁ命の恩人だからなっ!」
まったく、良いところでしたのに邪魔して。
まぁでもいいですわ。代わりに皆様にたくさんケガしてもらって治療機会を作ってもらうとしましょう。
「皆さま、安心してケガしてくださいね。私が全て治療しますので」
そう伝えると、冒険者たちは和かに微笑んだのでした。
◆
私の検証三昧の日々ですが、やがて終わりを迎えます。
最後の方で出会ったのは、とても美味しいケガをした3人組の冒険者でした。
レウニールのダンジョンに挑む冒険者たちの中で、命に関わるほどの大怪我をして出てくるものはかなり稀です。なぜならそれほどの大怪我を負ったものたちはほとんどダンジョンの中で死んでしまっているからです。
ところがエーデ……なんでしたっけ、名前は忘れてしまいましたが、彼らは珍しく致命傷を負ってダンジョンから脱出してきました。
もちろん、すぐに治療させてもらいました。
さすがに全治30日を超えるような怪我の治療は接触が必要です。それでもすぐに治療を終えて、満足感を得たまま立ち去ろうとしたのですが……おや、リーダーの子の顔色が冴えません。
なんとなく感じるものがあって理由を聞いてみると、なんと彼には生まれつき目の見えない病気を持った妹がいるとのこと。
──生まれつきの病気。
これは初めてのケースです。ぜひ治癒の検証を行いたいと思いました。
「妹のところにすぐに連れて行ってください。私が──治療しますので」
実際に会ってみると、私と同年代の女の子でした。女の子と話すのは転生前から含めてかなり経験不足でしたので、話しかけるときは緊張してドキドキします。でも目が見えないとのことで、少し落ち着いて接することができました。
しかも、《 鑑定眼 》で見てみると、思っていたよりもかなりの逸材でした。なんとSランクのリッチーに適性があったのです。
「これは──視神経が生まれつき切断されているみたいですね。あぁ、だというのにSランクの素質……素晴らしいですわ。あなた、お名前は?」
「え? フィーダです」
「そう、フィーダ。あなたには魔法の素質があります。治ったら鍛えると良いですね」
あの娘は美味しかったです。
なにせ久しぶりに絶頂しましたから。
やはり『生命の樹』を使って行う人体組成レベルの回復魔法は、相当魔力増強効果が得られるようです。
フィーダのお陰もあって、この一年で私の魔力は5倍くらいまで伸びました。
しかし、幸せな日々も終わりを迎えることになります。
ついに──あいつを見つけてしまったのです。
「っ!? ウルフェ、隠れて!」
「えっ!? どうしました、お嬢様?」
私の視線の先に映るのは、十字のネックレスをつけた中年の男性。姿形を誤魔化してますが、私には一発で分かりました。
あれは──聖密偵です。
聖密偵は、聖母教会に所属する情報収集担当の──いわゆるスパイです。
あらゆるところに存在して、情報をかき集めています。前世でも彼らには苦しめられました。私が聖母教会に追い詰められたのは、優秀な聖密偵によって居場所が暴かれたせいでもあったのです。
そんな聖密偵がここにいるということは──おそらく私の存在が気になって調べにきたのでしょう。
「……少し調子に乗ってやりすぎてしまいましたね」
「えっ? お嬢様、何かおっしゃいましたか?」
「もはや潮時です。ここから撤収しましょう」
残念ですが、聖母教会に目をつけられてしまったからにはこの検証作業はおしまいです。スパッと諦めてこの地に来ることを断念することにしました。
私はレウニールに通じる次元門を放棄することを決めたのです。
非常に美味しい狩り場だったのですが、仕方ありませんね。欲張りは命取りになります。
なぁに、心配する必要はありません。
また新しい次元門を探せば良いだけなのですから。
【 英霊乙女 】「さぁ、このあたしがやってまいりました。噂の〝レウニールの天使″とやらの力を判断してあげましょう」
聖密偵「それが……もう出没しなくなったみたいです」
【 英霊乙女 】「な、なんですって!?」
聖密偵「無駄足を踏ませたみたいですいません、聖女さま」
【 英霊乙女 】「ぐぬぬ!おのれぇ! 辻ヒールなどというふざけた不届きものを成敗してやろうと思ってたのにぃ!」
従者「聖女さま、成敗しちゃまずいですって。うちらの仕事は確認だけですよ!」
【 英霊乙女 】「ええい、うるさい! 私に口答えするな!」
従者「スミレさまに怒られますよ?」
【 英霊乙女 】「……」
従者「……」
聖密偵「……」
【 英霊乙女 】「か、帰りますか」
従者「そうですね、引き上げましょう」
聖密偵「【 英霊乙女 】……噂通り気性の激しい聖女さまだなぁ」
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これにてエピソード3は完結です!
なお、ここまでが第一部「聖女光臨編」となります。
次のエピソード4から、第二部「王都騒乱編」がスタートします( ^ω^ )




