15.ゲート
前話から一年ほど時が巻き戻っています( ^ω^ )
──遡ること、一年ほど前。
「姉様、良い天気ですね!」
無事7歳になったアレクが、私に嬉しそうに話しかけてきます。
ウルフェとの訓練を始めてから一年ほど経ちましたが、私の予想を裏切るような結果になりました。なんとアレクは、ウルフェと少しは打ち合えるようになってきたのです。
お陰で、アレクが予想外の怪我をすることも増えました。治癒の機会が増えたのはなかなか良い傾向です。
「姉様。いつものあれお願い!」
「ええ、いいですよ」
とはいえ、今でも変わらず口付けをおねだりしてきます。幼いうちくらいだろうと思っていましたが、なかなか飽きないものですね。
ウルフェのほうは、右手に小型の剣を持って二刀流を使い始めました。彼は五年以上片腕で生活していたため、必死にリハビリをしていましたが、最近は違和感なく使えるようになったようです。これでいつまた腕を失っても安心ですね。
「ねぇユリィシア、いつものエステやってくれない?」
「分かりました、お母様」
「お嬢様、その、あの……いつもの飲み物は頂けないのでしょうか?」
「ええ、用意してますよ、ウルフェ」
それにしても、お母様の癒しのエステはともかく、なぜウルフェの毒は効かないのでしょうか? もしかしたら根本的な原因が何かあるのかもしれませんね。一度強毒を入手できれば何か分かりそうなのですが……。
そんな──日常が続いていたある日のことです。
私が久しぶりに〝アレ″を見つけたのは。
◆
その日私は、ウルフェを連れて、森の散歩をしていました。
バルドを筆頭とする獣人たちが森狩りを行なったおかげで、エンデの森がかなり安全になりました。
加えて、ウルフェという護衛がいることから、なんと私に森の探索許可が降りたのです。
「お父様、お願いします……私はもう引き篭もり生活に耐えられないのです」
「うぅ……わ、わかった。その代わりウルフェを必ず連れて行くんだぞ?」
「はい、もちろんです」
「お嬢様のことは、この身に代えてもお守り致しますので」
ちょっと泣きついてみたら、あっさりとカインは折れてくれました。ちょろいもんです。
ただ、さほど遠くまで行けるわけではありません。できればウルフェに飲ませる強力な毒キノコでも採取できれば良いのですが……。
そのとき、ふと私は気付きました。視界の隅に微かな違和感を感じたのです。
「……少し待って、ウルフェ」
「どうしました?」
ウルフェの質問には答えずに、私は気になった場所を調べます。
そこは──二つの木が交わるように生えた場所で、根元には大きなウロが出来ていました。
「木のウロですね。なにか小動物が住処に使っているのかもしれません。危険ですのであまり近づかないように──」
「ふふふっ」
どうやらウルフェは気づいていないようです。
ですが私の目にははっきりと見えています。
ほんの僅か、空間の淀みのようなもの。
これは──。
「……間違いありませんね」
「えっ? どうなさいました……ってお嬢様!?」
私が木のウロに手を突っ込むと、慌ててウルフェが止めようとして……すぐに動きを止めます。
驚いた表情のウルフェ。たしかに知らなければそうかもしれませんね。
なにせ──私の肘から先が空間の中に消えてしまっているのですから。
「お、お嬢様! こ、これは……!?」
「どうやら未管理の次元門のようです」
私が発見したのは、おそらくこれまで誰からも見つかっていない次元門でした。
見ただけでは分かりませんでしたが、手を突っ込んだ感触で分かります。しかも熱や冷気などは感じず風の流れも感じるので、おそらく普通の場所に繋がっているのでしょう。
ゲートはこのように不意にこの世界に存在しています。ただ、なぜか私は前世の頃からゲートやダンジョンを見つけるのが非常に上手でした。
なのでさして珍しいものではないのですが、ウルフェにとっては初めて見るもののようです。
「なっ……ゲートがそんなにあっさりと見つかるんですかっ!? そ、それ以前に手を入れては危険では……」
「大丈夫です。このゲートは問題ありませんわ。どこに繋がってるか見てみましょう」
「お待ちください! お嬢さ……」
ウルフェの言葉を無視してゲートに頭を突っ込んでみると、入る前と同じような森の景色が広がっています。もしかしてさほど遠くに繋がっていない近距離ゲートなのかもしれません。
確認のために、全身でゲートの中に飛び込みます。外に出て周りを観察してみると、エンデの森の生態系とは異なる植物が確認できました。どうやらかなり離れた別の場所に飛ばされたようです。
「お嬢様! 未管理のゲートに飛び込むなんて、命知らずにも程がありますっ!」
後ろから血相を変えたウルフェが慌てた様子で追いついてきました。
たしかに一般人にとってはゲートやダンジョンは危険なものかもしれません。ですが、上手く魔力で体を覆いながらゲートに入ると、一部分のみをゲートに潜らせる事ができるので安全に確認することができます。
以前はアンデッドを飛ばして確認していましたが、今は治癒魔法があるので大概の場所──それこそ私の【 冥王の軍団 】を格納している【 万魔殿 】みたいに空気が無いところでもなければ平気なものです。
それよりも……。
「ウルフェ、人の気配がしますね」
「はっ!? もしかしてここは……人里近いのでしょうか」
かなり多くの人たちが居る気配がします。私たちは慎重に身を隠しながら、様子を伺ってみました。
「こ、ここは……町、ですか?」
私の視界に飛び込んできたのは、たくさんの露天に武装した男女たち。それに──大きな看板。
「いいえ、ここはダンジョンの入り口のようですね」
人々の頭上に掲げられた大きな看板には、大きな文字でこう書かれていた。
『レウニールのダンジョンへようこそ』
◆
「レウニールのダンジョン……噂で聞いたことがあります。連邦の中でも比較的北方に位置する地方都市で、たしか世にも珍しい〝入場料を払えば誰でも入れるダンジョン〝があると」
ウルフェの呟きに私は同意します。
たしかに前世でも聞き覚えがありました。連邦の議員が所有する大した魔法道具も出ないシケたダンジョンが、これまたはした金を取って開放されている、と。
正直前世の私は、この程度のダンジョン以上の隠しダンジョンをいくつか発見していましたし、そもそもお金に困るようなことはなかったので、ダンジョンそのものに興味はありませんでした。
ただ──今世に関しては事情が異なります。
私の視界に飛び込んできたのは、奥にあるダンジョンの入り口らしき所から出てきた、血まみれの数人の若者たち。おそらくはダンジョンの中でモンスターにやられて大怪我を負ってしまったのでしょう。
「……ウルフェ、出ますよ」
「えっ? お嬢様!?」
あ、でも素顔のまま治癒をするのは危険ですね。すぐ近くの売店に飛び込むと、売られていた適当な仮面を二つ購入します。
「はい、ウルフェ」
「な、なにをなさろうとしてるんですか?」
「何をって、それは──」
支払いを済ましたウルフェにマスクを手渡しながら、私はもう一つのマスクを顔に取り付けます。
「辻ヒールですわ」
「つ、辻ヒール!?」
驚くウルフェを無視して、私は怪我人たちの元へと向かいます。
「うふふ……」
目の前にはたくさんの怪我人たち。
なんて素晴らしいんでしょう! 思わず笑みが溢れてしまいます。
ああ、もしかしたらあのゲートは私にとっては大当たりだったのかもしれませんね。
なにせ──こんなにもたくさんの治療対象がいるのですから。