153.最後の救済
あれだけ大量にいた【魔法王国の亡者】たちが、一匹残らず輪廻転生しました。
彼らを【亡者】たらしめていた張本人であるクオリアは、既に【根源の魔塊】から切り離され、ファラロンの腕の中にいます。
ついに私は──エルマーリヤの願いを叶えることに成功したのです。
くくく……これで彼女たち全員が、完全無欠に私の軍団員になりますね。作戦大成功です。
ところが──ここで私の身体に異変が生じます。
なんと、私の力がみるみる消失していっているではありませんか。
理由は恐らく、力の源であるアンデッドたちの力が弱まっているから。特にファラロンから返ってくる力が著しく減少しています。
怨念が核にあるアンデッドは、未練がなくなると一気にその力を失っていくといいます。
クオリアたちを倒したことで、ファラロンやエルマーリヤ、ギュスターヴのアンデッドの力の根源である【怨念】の力が弱まっているのではないでしょうか。
いけません。これはいけません。
しかも悪いことは続きます。
今度は私の可愛い軍団員たちにも異変が生じ始めました。
アンデッド化した素体たちが、光に包まれて──ひとり、またひとりと消えていっているのです。
こちらは師匠の術が切れた結果、元の体に戻っていっているのでしょう。
『わしはいま、聖母神の奇跡を見た──【癒しの聖女】ユリィシア・アルベルトよ……わしは永遠に汝の名を教会の教義に刻み込むであろう』
教皇がなにやら不吉なことを呟きながら消失していきます。お願いですから現世で変な噂を流さないでくださいね。
──少しずつ現世へと戻っていく、私の愛すべき素体たち。
たとえ僅かな時間だったとしても、私が死霊術師として前人未到の領域まで辿り着いた事実に変わりはありません。おそらく今後も、この域まで到達する術師が生まれることもないでしょう。
……それよりもファラロンです。
改めて視線を戻すと、ファラロンが腕に抱いているクオリアの存在が、既にほとんど崩壊しています。
長い時を【根源の魔塊】と融合した結果、完全に魂が限界を迎えており、危険な状態に陥っています。おそらくクオリアの魂は、あと僅かの時間で完全に〝消滅″してしまうでしょう。
魂の消滅とは、輪廻転生からの逸脱を意味します。
その前に手を打つ必要があるのですが、死霊術師の私から見てもクオリアは手の施しようのない状態です。
このままでは、完全に消滅するしかありません。
同様に、ファラロンの身体も崩壊し始めていました。
彼の場合は──アンデッドとしての力を使い切ったから。未練の完遂と共に、力が失われていっているのです。
「……くっ」
私の軍団員が失われようとしています。
しかも貴重なSSSランク。このまま黙って見過ごすわけにはいきません。
ですが、私よりも先にファラロンの前に辿り着いた存在がいました。
8対の翼を背負った天使──いいえ、エルマーリヤです。
『ファラロン、クオリアの魂はもはや限界を迎えています。これ以上は──』
「……ああ、分かっている」
『では、わたくしが送り届けて──』
「エルマーリヤよ。最後にひとつ、頼みがある」
『何でしょうか?』
「クオリアともども、私を──輪廻転生の輪に送ってくれないか」
それは──。
いけません。貴重なSSSランクの軍団員が失われてしまうではありませんか。
とはいえ、私にもクオリアが手の施しようの無いことはわかります。どうせやるならクオリアだけやってもらえませんかね?
「ファラロン!」
私は叫びます。
ファラロンは、何やら悟ったような表情を浮かべて私に微笑み返してきました。
「──マイ・マスター。ユリィシア・アルベルト。お前には本当に感謝してもしきれない。今なら素直にこの言葉を口にすることができるだろう──ありがとう」
いや、カッコつけてお礼なんてどうでもいいので、輪廻送りなんて考え直してくださいませんかね?
「エルマーリヤ、私ももうあまり時間が残されてなさそうだ。なにせ──未練が綺麗さっぱり無くなってしまったからな」
『……ええ、わかってるわ』
「清々しい……本当に素晴らしい気持ちだ。たとえクオリアが自我を失っていたとしても、こうして救い出せただけで──私は満足だ。私の1000年の亡執は、今ここに報われたのだからな」
悟り顔のファラロンの崩壊がいっそう早まります。
ちょっとちょっと、勝手に満足するのはやめてもらえませんかね。まだまだ私の軍団員として居て欲しいんですけど。
「待って──」
ですが、差し出そうとした私の手を掴むものがいました。
……師匠です。
『すまぬが、奴らをこのまま見送ってやってくれないか』
いやです。
あれは全部私のものです。
みすみす転生させるなんて、到底見過ごせません。
ですが──。
力が失われつつある私にこれ以上なす術もなく……。
ファラロンが、もうほとんど存在が消えているクオリアを抱きしめます。
「さぁ……征こうかクオリア。罪ならば私が、共に背負おう」
そのときです──。
驚くべき事態が起こりました。
『……ファラ……ロン?』
「なっ、クオリア!?」
なんと、もはや自我など残っていないと思われていたクオリアが──言葉を発したのです。
完全に魂が壊れ果て、消滅するだけだったクオリアに自我が残っていたとは……。
ファラロンや師匠、エルマーリヤにとっても予想外だったようで、驚きのあまり皆固まっています。
「……クオリア、まだ自我があったのか? しかもこの私のことを……覚えているのか?」
『……ええ、あなた……ずいぶんと老けたわね……』
「ふん、言うに事欠いてクオリアらしいセリフだな。だが……しかし最後の最後にこんな奇跡が待っていようとは……」
ファラロンが上を向いたのは、なぜでしょうか。
『……あり……がと……』
「……その言葉を聞くために、私は1000年も彷徨い続けていた気がするよ』
はらり。
ファラロンの頬を伝い落ちたのは、涙でしょうか。
泣きたいのはこっちのほうですよ。
「私はもう、満足だ。永かった私の旅も──ここで終わりにしよう。待たせたな、エルマーリヤ」
こくんと頷くと、エルマーリヤが術を発動させます。
いやー、やめてー!
「待っ……」
「さぁ、新たな旅だクオリア。今度は一緒だよ。もう……絶対に一人にはさせないから」
『なか……ないで……わたしも……』
「あぁ。来世でも──いっしょに──」
──《聖者の救済》。
ファラロンがクオリアをしっかりと抱きしめたとき、エルマーリヤの術が完全に完成しました。
輪廻転生を司る聖なる光が満ち溢れ、私は思わず目を細めます。
ファラロンとクオリアは小さな光に包まれて、次の瞬間には──すべて消え去っていました。
二人の魂は──エルマーリヤによって輪廻の輪へと送られてしまったのです。
「ゔぅぅゔぅぅ……」
──気がつくと私は号泣していました。
理由ですか? もちろん貴重なSSSランクのアンデッドが永遠に失われてしまったからです。
『……あのような輩に対しても泣くとは……さすがはお嬢様』
『確かにあれは真実の涙リュ。だけど違う理由で泣いているような気がするのはあたちの心が濁ってるからリュ?』
『お嬢様は真実、心から彼らを失ったことを悲しんでおられるのでございますよ』
まだ消滅せずに残っていたウルフェたちが何やらボソボソと話をしています。なにを言っているんですかね、私は今意気消沈しているのですよ。
『……終わったのだな』
私が茫然自失していると、続けて人の形態に戻ったギュスターヴがエルマーリヤの前にやってきました。
ああ、まだ彼が残ってましたね。
SSSランクアンデッド、【北天の七星龍】──。
『龍王ギュスターヴ……』
『聖母の巫女よ。我は役目を果たした。あとは──残されたものたちの責務』
『あなたも──転生を望むのですね?』
『然り。既に我が望みは達された。もはや存在を続ける意味はない』
ギュスターヴの言葉に私はハッとして顔を上げます。
まさか──彼までも転生してしまうというのでしょうか。
「ギュスターヴ!?」
『我は本来は存在していてはいけない存在。本来あるべきところに戻るだけだ』
「いいえ、違いますわ! あなたは──」
『癒しの聖女よ。汝は多くの存在を救い、大きな困難を乗り越えた。我もそのうちの一つなり。心から──感謝する』
お礼なんてどうでもいいので、とにかく考え直してくれませんかね。
「──行かないで!」
『……既に我が宿願はなされた。聖母神の巫女よ、頼む──』
『……わかったわ、ギュスターヴ』
「うわぁぁぁああぁぁ!」
私は飛びかかってエルマーリヤを止めようとします。
ですが今度はウルフェに羽交い締めにされました。
『お嬢様、ここは堪えてください。ギュスターヴ様の──希望なのですから』
うるさい、黙れウルフェ!
犬の餌にするぞゴラァ!
私たちの様子を見てギュスターヴの龍相が僅かに歪みます。あれは──笑ったのでしょうか。
『ウルフェ、アミティ。【癒しの聖女】を頼んだぞ』
『……もちろんです!』『リュ!』
『さらばだ──未来の子らよ』
「らめぇぇえぇぇぇえぇぇえーーっ!!」
──《聖者の救済》。
ギュスターヴは一切抵抗しなかったのでしょう。
本来であればとてつもない魔法抵抗力を持つギュスターヴが、驚くほどあっさりと……細かな光の粒子となって消え去っていきました。
こうして、ファラロン、クオリアに続きギュスターヴまでもが輪廻送りにされてしまったのです。
◇
「ううぅ……また一体、消えてしまった……」
『フラ……ユリィシアよ、そろそろ戻るぞ。わしの術ももう尽きてしまうからな』
私が悲しんでいると師匠が声をかけてきました。
気がつくと、アナスタシアたちも既に帰還していて、軍団員たちもウルフェ、ネビュラちゃん、アミティの3人だけになっていました。
かく言う師匠の身体も半分透明になっています。
どうやらお祭りも終わりの時が近づいているみたいですね。
ですが私は師匠の問いかけに頭を横に振ります。
「嫌ですわ」
『ほ?』
私は師匠を押しのけると、エルマーリヤに向き直りました。
軽く小首を傾げながら私を見つめるエルマーリヤ。
私はどうしても、彼女に確認する必要があるのです。
「エルマーリヤ、あなたは……これからどうするつもりですか?」
『えっ?』
「あなたも──いなくなるつもりなのですか?」
私の言葉に、エルマーリヤがハッとして私の瞳を見つめます。
クオリアや亡者たちも消え、ファラロンやギュスターヴも旅立ちました。師匠は既に転生を果たしています。
では、エルマーリヤ……一体どうするのか。
躊躇いがちに何度か口を開いたあと、エルマーリヤの口から発された言葉は──。
『わたくしは──』
その時です。
──ゴゴゴゴゴ……。
──ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……。
──ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ──ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……。
まるで地の底から響くような音が聞こえてきました。
空間自体を震撼させるこの音は──まるで異空間そのものが軋み歪んでいるかのよう。
「なんですか、この音は?」
『もしや、これは──』
師匠の言葉を引き継いだエルマーリヤが声を上げます。
『【天界への扉】が──崩壊しようとしています!』
次回、最終話です(>_<)