152.史上最高の死霊術師
師匠が放った死霊術の奥義《一時不死化》によって、私の愛すべき素体たちがアンデッドとなって──ここ【天界への扉】までやってきました。
私の前に整然と整列していく数万体のアンデッドたち。
まさに壮観ですね。
『ユリィシア、真龍を統べしもの。我は汝のためにあらゆる邪悪を討つ剣となり、災厄から守る盾となろう』
右側に陣取った軍団を率いるのは、【北天の七星龍】ギュスターヴ。
彼の元には、おのずと肉弾戦が得意そうな脳筋アンデッドたちが集結しています。
『ユリィシアよ、魔術が得意なアンデッドたちはこの【奈落】に任せよ』
一方、左側に集まった軍団は──主に魔法が得意な霊系が中心ですね。彼らを率いているのは、師匠である【奈落】です。
『マイマスター。あなたへの恩を返すため、この宵闇の王ファラロンの真価、今こそお見せしようではないか』
そして私の隣に立つイケメンは、【宵闇の吸血王】ファラロン。【不死の軍団】を補佐する軍師役といったところですかね。
彼が抱えていたマリスは、今は私の足元ですやすやと眠っています。ここに置いておけば、ひとまず安心でしょう。
「あぁ……」
素晴らしい絶景を前にして、私の口から思わず歓喜の声が漏れます。
夢にまで見た光景を前にして、興奮を抑えることができません。
「これで私は──史上最高の死霊術師になったのでしょうか」
いいえ……まだです。
なぜなら最後の──いちばん大切なピースが欠けていますから。
SSSランクアンデッド【終わりの四人】をすべて完全に傘下に収めてこそ、私は真の意味で史上最強最高の死霊術師となるのです。
そのためには……。
『これは──どういうことですか?』
異変を感じたのでしょうか。慌てた様子でエルマーリヤが舞い戻ってきました。
ふふふ、まさに飛んで火にいる夏の虫ですね。
残念ながらもう完全に手遅れですよ、エルマーリヤ。もうみんな、私の軍団に入っているのですから。
残るは──あなただけですよ?
『エルマーリヤよ、私たちと共に行こうぞ』
『えっ? ファラロン? あなたどうしてユリィシアに……』
さっそくファラロンが援護射撃してくれます。
こいつ、イケメンですが良い仕事をしてくれますね。
『ギャース』
『えっ? えっ? ギュスターヴも?』
『エルマーリヤよ、おぬしもユリィシアに己を捧げるがいい』
『プロフォンドムまで……一体どうなってるの?』
他の3人に説得されて狼狽るエルマーリヤ。
普段はクールな彼女が戸惑う姿はなんだかかわいらしいではありませんか。
ですが……ゆっくりと眺めているわけにはいきません。残された時間はそれほど長くは無いのですから。
「エルマーリヤ、真の意味で──私の軍団に加わりませんか?」
『え? ええっ!?』
「さぁ、力を抜いて──私を受け入れてください」
やましいことはしませんよ?
ただちょっとだけ……《祝福の唇》のギフトをエルマーリヤに注ぎ込むだけです。
具体的には唇から、ダイレクトに。
そうすればきっと、エルマーリヤも私の力の恩恵をもっと受けることができ、クオリアたちを全転生させることができるだけの力を得ることが出来るでしょう。
そうなるに違いありません。確信があります……根拠はありませんが。
だからちょっとだけ、ね?
『ほ、本気ですか?』
「ええ、もちろんですわ」
『や、やさしく……してくださいね?』
──ドキン。
緊張のあまり胸が大きく高鳴ります。
私は高まる気持ちを押し殺しながら、顔をエルマーリヤに近づけます。
そのとき私は──ふいに気づきました。
あぁ、私のこのギフトは──《祝福の唇》は……。
エルマーリヤと口づけを交わすために生まれた、過去の私の怨念の結晶ともいうべきギフトだったのですね。
ですがその怨念も今、満たされようとしています。
潤んだ瞳のまま目を閉じたエルマーリヤに、私はさらに顔を近づけます。
これが私の、本当の意味でのファーストキス……。
──ふわり。
交わる、唇と唇。
ついに私は──憧れの人と口づけを交わすことが出来たのです。
……はらり。
気がつくと涙が頬を伝っていました。
これは嬉しいから? それとも──。
次の瞬間──。
私は《祝福の唇》のギフトが消滅したことを認識しました。
おそらくは、目的を果たしたから?
同時に──濃厚な魔力の塊が、私の中で炸裂します。
ギフトは最後に、私の中にとてつもない力を産み残したのです。
効果は私だけではなく、軍団員たちにも現れます。
湧き上がる力に驚きの声を上げるアンデッドたち。
特に──エルマーリヤの変化が顕著でした。
白い輝きを放つ魔力がさらに増大し、エルマーリヤの背に8対の白い翼が生えてきました。
この瞬間──新たな女神が、ここに誕生したのです。
『こ、この翼は──すごい魔力が満ち溢れる……さっきまで以上だわ』
「さぁ、準備は整いましたわ! 一同、参りましょう!」
私は唇を舐めながら、回廊の奥を指差します。
本当はもっとエルマーリヤを堪能したかったのですが、可愛い軍団員たちの願いを叶えることも大切ですからね。
目指すはもちろん──クオリア!
「これから、クオリアと魔法王国の亡者たちを──殲滅いたしますわ!」
◇
私は軍団員たちに陣形を整えるように指示しながら、【天界への扉】の最も奥に陣取っているクオリアに向けて《鑑定眼》を発動させます。
すると私の右目に、今のクオリアに関する情報が映し出します。
【永遠という名の煉獄を彷徨いし悪魔たちを統べる狂乱の邪神】──クオリア・アンブローシア・カタストロフ・オブ・ディストピア──
……長っ!
なんだかずいぶんと長い名前の存在になってしまったみたいですね。
もっとも、クオリアが神になってようが悪魔になってようが関係ありません。
今の私は【終わりの四人】をも統べる死霊術師。
恐れるものなど、何もないのですから。
「右翼ギュスターヴ、突撃なさい!」
『ギャース!』
まずはギュスターヴ率いる脳筋軍団……もとい、右翼チームが亡者たちの群れに突っ込んでいきます。
『うおぉぉおお!! 俺がお嬢様に救われたのは、今このときのため! わが身をすべて尽くして戦うぞぉぉぉぉぉ!』
特攻隊長として先陣を切るのは、赤い大剣を振り回すレッドボーンスケルトンのウルフェ。ばったばったと亡者たちをなぎ倒して大活躍です。良かったですね、最後に大暴れできて。
『シギャース』
『ちょ、あんたキモいリュ!』
ドラゴンボーンスケルトンのエシュロンとドラゴンソウルディザスターとなったアミティが、並んでドラゴンブレスを吐いています。龍同士、仲が良いのですかね。
『姉さまの邪魔をする奴は皆殺しだーーー!!』
勇者の亡霊ファントム・ブレイブとなったアレクも大暴れしています。
その横でアレクを援護しながら戦っているスケルトンソードマスターとプリーステス・スペクター、ビショップ・アドマイヤはカイン、フローラ、スミレの3人。私の血族たちが大集結してますね。
『今こそシアに、いや【癒しの聖女】に受けた大恩に報いる時! みんな、こんな変な体になっちまったけど大暴れしようぜ!』
『『『おーーっ!』』』
こちらはデュラハン・ロードとなったエーデルが、同じくアンデッド化したフィーダ(リッチー・プリンセス)、スライ(サイレント・アサシン)、エスメラルダ(リッチー・ウィザード)とチームを組んで戦っています。
思わず見惚れそうになりながらも、なんとか気を取り直して、状況を見ながら追加の指示を出します。
「師匠、左翼による援護射撃をお願いします」
『うむ、わしらに任せるがよい』
師匠率いる左翼アンデッド軍団が、続けて魔術の発動に入ります。
彼の横を舞う銀色の闇を纏う中性的な容姿のヴァンパイア・エクリプスは──ネビュラちゃんですね。
『あの……【奈落】様、ボクを覚えてらっしゃいますか? ネビュロスです』
『あぁ、ユリィシアの配下のネビュラちゃんじゃな。よく知っておるぞ』
『っ!? そこまでご存知とは……』
『これからもしっかりとユリィシアに忠誠を使って尽くすんじゃぞ?』
『は、ははぁ! 承知しました』
『しかし男の娘か……ふむ、悪くないな』
『え? なにかおっしゃいましたか?』
どうやら久しぶりとなる師弟再会を果たしたようですが、師匠がネビュラちゃんのことをほとんど覚えていなかった事実は、ネビュラちゃんの名誉のために墓場まで持っていきましょうかね。ふふふ。
彼らの後方から魔術を放っているのは、他のアンデッドたち。
その集団の中には、キラキラとプラチナ色の輝きを放つプラチナムエクトプラズマロイヤルレイスのシーモアや、ブラックオニキス・ノーライフクイーンとなったアナスタシアの姿も見えます。
あ、アナスタシアが手を振ってくれました。嬉しくなって手を振り返します。
アナスタシアはアンデッドになっても本当に美しいですね。あぁまたスリスリしたい……。
私の目の前で繰り広げられる、夢のような時間。
実に美しい──アンデッドたちの饗宴。
右翼の戦闘力に、左翼の魔法攻撃。
数万体にまで膨れ上がった【不死の軍団・極限】の実力は凄まじく、あっという間に亡者たちの群れを駆逐していきます。
これまでほとんどの攻撃を受け付けなかった【魔法王国の亡者】たちですが、問答無用に浄化していく軍団員たち。
どうやら私の軍団に加わることで聖属性を持ち、悪魔の力が宿った魂である【亡者】であろうと無関係に駆除できるようになったみたいですね。
しかもこちら側は相手の攻撃をほとんど受け付けていません。こんなの……無敵状態ではありませんか。
現時点でもほぼ一方的な展開になりつつありますが、ここで私はとっておきの一撃を加えることにします。
「エネルギー装填! エルマーリヤ砲──発射準備完了!!」
『……ユリィシア、なんですかそのエルマーリヤ砲というのは?』
「……気になさらないでください。雰囲気だけですので」
『はぁ、そうですか……』
「オホン、それではエルマーリヤ、気を取り直してお願いします」
『ええ、まいります──《聖者の救済》』
私のギフトの力を受けたエルマーリヤの放つ《聖者の救済》は、他の軍団員たちが打倒した亡者たちを問答無用で輪廻転生していきます。
たった一発の《聖者の救済》で亡者たちの2割ほど──おそらく数万体が一気に輪廻送りにされてしまいました。
うーん、凄まじい威力ですね。
しみじみ彼女が敵じゃなくて良かったと思います。
「この調子で一気に殲滅しましょう!」
『『『おう!!』』』
私が掛け声をかけると皆は一斉に呼応し、さらに気合を入れた軍団員たちが意気揚々と亡者たちを蹴散らしにかかったのでした。
◇
まるでこれまでの鬱憤を晴らすかのように暴れ回る、【不死の軍団・極限】たち。
彼らの活躍で、亡者たちが次々と輪廻転生していきます。
その様子を、私とファラロンは少し離れた場所で眺めてしていました。
『……なんという光景だ……よもやこのような情景を見ることができるとは……』
既に3回目の突撃を行い、亡者たちの8割以上を輪廻転生させたところで、私の横に控えていたファラロンがつぶやくように言葉を漏らします。
……彼の気持ちはなんとなく分かりますね。
かくいう私も──軍団員たちのあまりの素晴らしさに完全に酔っていましたから。
彼らはまさに──史上最強最高のアンデッド軍団。
前代未聞、空前絶後、唯一無二の圧倒的な力ではありませんか。
素晴らしい……。
夢にまで見た光景が、いま私の目の前に広がっているのです。
「はは……あはは……」
これぞ、究極の多幸感。
これぞ、最大級の満足度。
「あぁ……」
この瞬間、私は──。
「……──史上最強の、有頂天ですわ」
最高の気分に浸っていました。
『マイマスター、そろそろ頃合いかと』
最高の気分のところでファラロンに声をかけられます。
……いつまでもこうしているわけにはいきません。終わりの時は近づいてきています。
ここで一気に勝負をかける必要があるでしょう。
「……ファラロン、準備はいいですか?」
『ええ、我が主人』
「ではいきましょう。死者の軍団・最終陣形──【不死者の行進】」
私はあらかじめ考えていた作戦を一瞬で軍団員たちに共有します。
このようなことができるのが、我が軍団の強さの秘訣でもあるのですよね。指揮命令系統の存在しない烏合の衆である【魔法王国の亡者】たちなど恐るるに足らず。
「師匠、ギュスターヴ! 道を作ってください!」
『ギャース』『うむ!』
私の言葉に頷くと、強烈なブレスと魔術の嵐が亡者の群れに一気に降り注ぎます。
二人の放った特大の攻撃で、ぽっかりと亡者たちに穴が開きました。
穴の先に在るのは──黒い複数の翼を生やした、邪神。
ついに──クオリアまでの道筋が開通したのです。
その穴に向かって──。
「今です! エルマーリヤ、ファラロン!」
『ええ!』『ユリィシア……恩に着る』
私の横には、魔力を極限まで集約させて己自身が〝一本の剣″となったファラロン。
その剣を胸に構え、8対の翼を背負ったエルマーリヤが頷きます。
私はにやりと微笑むと、二人に最後の指示を出します。
「いまこそ、その力を見せるのです!」
これぞ──。
【不死の軍団・極限】 最終究極奥義──。
「──《最高不死体・百鬼夜行》」
エルマーリヤが再び《聖者の救済》を放ちながらファラロンの剣を突き出して突撃していきます。
……かっこいい名前をつけましたが、エルマーリヤとファラロンによる単なる特攻なんですけどね。
とはいえ威力は絶大で、なすすべもなく散り散りに輪廻転生していく亡者の群れ。
エルマーリヤの固有魔法は亡者たちの群れを突き抜け──ついにクオリアまで到達します。
『ファラロン!』
『あとは──任せよ!』
既に何も映し出さなくなったクオリアの瞳は、最後になにを捉えたのか。
人間では到底保ちきれないほどの魔力を自身に収束させたファラロンは──。
『エルマーリヤ、プロフォンドム、ギュスターヴ、そしてユリィシア……この機会を作ってくれたことを感謝する!』
『ジャマスルモノハ……テキ……』
『もう終わりだ、クオリア。すべて終わりにしよう』
『ホロボス……テキ……』
『うぉぉぉぉおおおぉおーーッ!!』
エルマーリヤの手によって──ほぼ完全に【根源の魔塊】と融合したクオリアの胸に──魔力の塊と化した剣がねじ込まれました。
『ギャァァァァァァァァーーーアアアアァァァーッゥゥ!!』
響き渡る、クオリアの絶叫。
──バチバチッ!
激しい音とともにファラロンの身体が弾き飛びます。
ですが──ファラロンはびくともしません。
何度も復元させながら──クオリアの奥深くまで剣が潜り込ませていきます。
『クオリァァァァーーーァァァアアッ!!』
ファラロンは魂までも削ってこの攻撃をしかけているのでしょう。徐々に剣と化した彼の身体の復元が覚束なくなってゆきます。
それでも止まらないのは──クオリアのため?
私には分かりません。
ですが──彼の執念は、奇跡を起こしました。
──バリバリバリッッ!!
激しい音と共に、ついにファラロンの剣は──クオリアと亡者の集合体の中を──貫通しました。
次の瞬間──。
強烈な光が──異空間【天界への扉】内を照らし出しました。
まるで太陽が目の前に現れたかのような──凄まじい閃光。
その光が収まった時には──。
亡者たちも、邪神となったクオリアも──。
──全て消え去っていました。
唯一立っていたのは、半ば身体を崩壊させたファラロン。
ですが、その腕には──。
『やっと……取り戻したぞ──クオリア』
【根源の魔塊】から分離されたクオリアが──しっかりと抱きしめられていたのでした。