151.ヘルタースケルター・インフィニット
私の目の前をふわふわと漂う骸骨姿の師匠。
あぁ懐かしい、あの頃のままですね。
「師匠……しかしなぜこんなところに」
『くくく。このプロフォンドム、無策で転生するわけがなかろうが。わしほどの存在になれば、転生する際に一つや二つ秘策を残しておくもんじゃよ。そのうちの一つが、今披露しておるこの術──《前世顕現》じゃ』
師匠の秘密兵器、《前世顕現》。
師匠曰く、この術はたった一度、短時間だけ、前世【奈落】の力を呼び起こすことができるものだそうです。
さすがは師匠、いざというときのための手段を残していたのですね。
『くくく、恐れ入ったか』
「ですが……そのような貴重な術をいま使ってしまってよろしかったのでしょうか」
『ふふん、この時をおいて他にいつがあろうか! なにせ今こそ、全てに決着をつける最大の好機じゃからな』
なるほど……しかし師匠はどうやってここに来ることができたのでしょうか。
ここは【天界への扉】と呼ばれる特殊な異空間。この場にたどり着くことができる唯一の手段である魔法道具【クオリアの冠】は私が持ったままですから。
『それは──おぬしのおかげじゃよ、フランケル……いいや、ユリィシアよ』
私のおかげ、ですか?
『うむ。おぬしは──ユリィシアとして生を受けた今世においてたくさんの人々を救い、契約を交わしたな』
……ええ、たしかに素体候補を収集する過程で多くの人たちに唾をつけたりしていましたが。
『おぬしがユリィシアとして数多くの人たちと契約を交わした結果、おぬしと素体たちとの間を結びつけるものが生まれた。わしはそれを──縁と呼んでおる』
縁、ですか。
なんとも不思議な語感のものですね。
『このわしとて例外ではない。先日おぬしと約束したからな。……死霊術の奥義を授けると。その瞬間から、わしとおぬしの間にも縁が生まれたんじゃ』
「えっ。さすがに私、師匠を素体にしようとまでは思っていませんでしたが……」
『わかっておる。わしが望んで、わざとやったことじゃ。おぬしと縁を結ぶためにな』
ははぁ。あのときのやり取りには、そんな理由があったのですね。
『縁によって生じた繋がりは強固じゃ。その絆は次元すらも超える。ゆえにわしはこの場の座標を特定することに成功し、人工ゲートを創り出して魂だけを飛ばしてきたんじゃよ』
なるほど。そういうカラクリだったのですね。
これが──縁の力。
『それだけではないぞ。おぬし、今は力が満ち溢れておるであろう?』
確かに……ファラロンやギュスターヴを軍団に組み入れてから、なぜか強大な力が湧き上がるようになりました。
『それこそ……死霊術の真髄じゃ。死霊術師はな、心を通わせたアンデッドの数だけ強くなれるんじゃよ』
心を通わせたアンデッドの数だけ強くなる……。
なるほど、だから今の私は力が満ち溢れているのですね。
……ちょっと待ってくださいよ。
ということは、過去の私は──。
「師匠。もしや前世の私が、世に名を馳せるほどの死霊術師になれたのは……」
『【不死の軍団】のおかげじゃな。あやつらは皆、フランケルに心を寄せておった。なぜなら……みな孤独で死んだボッチどもだったからじゃ』
「ボッチ……」
『まぁもっとも、自分と似たような境遇のおぬしに共感なり同情なりした結果、というのが真相じゃろうがな』
途中までなんだかいい話っぽかったのですが、最後で台無しですね。
とはいえ、私が前世においていっぱしの死霊術師になることができたのは──。
「彼らのおかげ、だったのですね」
『そうじゃな。おぬし自身は気づいておらなんだが、実際当時のおぬしは10万ほどの仮想魔力数値を持っておったぞ?』
……はい?
10万、ですか?
し、信じられません。
当時の私の魔力は1000程度でした。
ですが……確かに師匠の言う通り、私は人々に【黄泉の王】と呼ばれ、魔力以上に多くのアンデッドたちを操り、人々に恐れられていました。
多少不思議に思っていましたが、その理由が今、明らかになったのです。
「前世の私は……実は強かったのですね」
『うむ、じゃが今は前世以上じゃな。なにせフランケルは美しい乙女ユリィシアに転生した。モテないボッチだった軍団員たちからすれば最高じゃろうて! モチベーションもけた違いじゃ」
──可愛い女の子に指示されたいよぉぉぉお。
──ハァハァ、命令してくださいユリィシア様!
──俺のことを踏んでくださいお願いします。ぶひぃぃ!
──イエス・フランドゥム!!
私の脳裏になにやら様々な邪念が聞こえてくるような気がします。
……こいつら最低ですね。とりあえずエシュロンを踏んづけると、嬉しそうに『シギャース』と鳴きました。
『しかも今のおぬしは、ファラロンとギュスターヴの心からの協力をも得ている。エルマーリヤはまだ完全には傘下に加わっていないようじゃが、それも時間の問題じゃろうて。なにせ現時点でおぬしは既に──【超越者】に匹敵する力を手に入れておるのじゃからな』
「やはり……」
『それだけではない。──感じることができないか?』
へ? 何がでしょうか。
『胸に──手を当ててみよ』
むにむに。うん、実に良い双丘ですね。
『違うわい! 内面の方じゃ!』
内面、ですか?
言われてみると……おおお、感じることができますね。これは──温かな力。
『死霊術師の真髄はもう一つある。それは、術師と心通わせたアンデッドは、術師の力を使うことができる、と言うことじゃ』
術師の力を使うことができる?
あぁ、だからファラロンはあれだけボロボロになりながらも復元できたのですね。
『そして今のわしであれば、おぬしとの【縁の力】を使って魔力の供給を受け、前世の全盛期並みの力を発揮することができるであろう。であれば、禁断のあの秘術でさえも使うことができるに違いない』
師匠が両手を挙げると、周りに見たこともないほど超高度な魔法陣が複数組成されていきます。
私でさえも構造を理解することは困難なほどの術式によってくみ上げられた魔術は──。
『これは──今は亡きヤニ王国にて用いた究極の魔術。あのときは慌てて発動したせいでアンデッドを大量発生させてしまったが……今であれば完全な形で発動させることができるであろう。さぁ、刮目して見るがいい』
師匠が両手を前に出し、術を開放します。
『死霊術・奥義──《一時不死化》』
◆◇
──少し時は遡る。
ユリィシアたちが吸い込まれていったあと、残された者たちはその場に呆然と立ち尽くしていた。
目の前で繰り広げられた数々の奇跡の前に、完全に戸惑っていたのだ。
自分たちはなにを見ていたのか。
そして彼女たちはどこへと旅立っていったのか。
真相は分からない。
だが自分たちが伝説の──いや、いずれ神話と呼ばれるようになるであろう一幕に立ち会ったという感覚だけはあった。
このまま──自分たちは何もできないのか。
ただ立ち尽くすことしかできないのか。
戸惑い狼狽る残された人たち。
彼らの雰囲気を一変させたのは、たった一人の少女の、とある行動だった。
「──祈りましょう!」
その美しい少女は、皆に率先して膝を折り、両手を組み合わせて祈りを捧げた。
歳の頃は10歳くらいであろうか。あと5年もすれば傾国の美女と呼ばれるであろうほどの美貌を持つ少女の姿に、皆が一瞬見惚れる。
まるで手本のような見事な祈り姿に感服したのは教皇であるイノケンティウス15世である。
「……わしも祈ろうではないか!」
教皇の宣言に続き、一人ひとりと祈りの姿勢を取っていき──。
気が付くと、この場に集まった数万の人物たちが全員祈りを捧げていた。
「お嬢様、どうかご無事で……」
「ユリィシア、がんばるリュ」
「どうかご無事で……」
ウルフェ、アミティ、ネビュラの三人も、それぞれの思いで祈りを捧げる。
だが、人々は知らない。
この少女の名が、ウルティマ・サーリ・トゥーレということを。
そして彼女こそが、史上最強のSSSランクアンデッド【奈落】の転生した姿であることを。
やがて祈り始めた人々の体が、ぽつりぽつりと輝きだす。
淡い青色をした光を放ち始めるが、誰も気づかず一心不乱に祈っている。
そして──。
ふいに、ウルティマが立ち上がる。
その目は虚ろで、まるでこの場に魂がない抜け殻のようだ。
両手を挙げて複数の立体魔法陣を構築していく。
だが、他の人々は祈りに夢中で気づかない。
やがて術は完成し、ウルティマの口から放たれた言葉とともに発動する。
「死霊術・奥義──《一時不死化》」
◆◇
師匠の術は放たれたものの、なにも起こりません。
ですが師匠は気にした様子もなく、私に指示を出してきます。
『ユリィシアよ、今こそ勧誘の術を使うのじゃ!』
「は、はい。わかりました」
私は師匠に急かされるようにして術を発動させます。
術式を構築していると──ふいに師匠が、フランケルの指輪を嵌めた私の左手に手を重ねてきました。
一瞬、師匠の姿に美しい少女『ウルティマ』の姿が重なって見えます。
「──《不死軍団勧誘》」
私の術式が放たれた瞬間──フランケルの指輪が輝き、【天界への扉】の入り口付近にゲートを作り出します。
繋がった先は──【万魔殿】ではありません。師匠が座標を書き換えたのでしょう。
そして、ゲートの向こう側から出現したのは──。
おびただしい数のアンデッドたち。
「あれは……アンデッドの──軍団?!」
しかもあれは──幻のSSランクスケルトンであるレッドボーンスケルトンではありませんか!
その横にいるのは──ヴァンパイア・エクリプス!
さらにこちらには、極めて珍しい龍の霊体ドラゴンソウルディザスターも!
他にも続々と激レアアンデッドたちがゲートを潜り抜けてやってきます。
あちらには──プラチナムエクトプラズマロイヤルレイス! 通称PERL!
勇者の光というギフトを持つ者だけがなれるという伝説の亡霊ファントム・ブレイブ!
特出した戦闘力と騎士としての高い志を持つ者だけがなれるデュラハン・ロード!
黒く高貴な魔力を放つあちらのレイスは──初めて見ましたが、《鑑定眼》がその正体を教えてくれます。ロイヤルレイスの中でも頂点を極める存在、ブラックオニキス・ノーライフクイーン!!
どれもこれも──垂涎もののSSランクアンデッドばかりではありませんか!
しかも感じられる力はどれもこれも超絶。下手するとSSSランクと呼んでも差し支えのないレベルのアンデッドたちばかり。
いったいどうして……これほどの数のアンデッドが現れたのでしょうか。
彼らの正体はいったい──。
その答えは、すぐにもたらされます。
『お嬢様―――!! 助太刀にまいりましたー!!!』
先頭を突き進んでくる真っ赤な骨のスケルトン【レッドボーンスケルトン】が、なにやら絶叫しながら私のほうへと突き進んできます。
まさか、このスケルトンは──。
疑問が確信に変わるのは、一緒に飛んでくる二体のアンデッド、ヴァンパイア・エクリプスとドラゴンソウルディザスターによってもたらされた言葉でした。
『お嬢様! ネビュラです、ネビュラもまいりました!』
『ユリィシア、助太刀にきたリュ!!』
間違いありません。
彼らは──ウルフェ、ネビュラちゃん、アミティがアンデッド化した姿ではありませんか。
「どうしてウルフェたちが……」
『くくく、驚いたか? これこそが我が究極の魔術の力。《一時不死化》はな、生きている者たちを一時的にアンデッド化する術なんじゃよ』
「え?」
『その効果期間はわずか。だが今回はそれで十分じゃろうて』
ということは──ほかのアンデッドたちも……。
『うむ。ユリィシア、おぬしを救うために駆け付けた、おぬしを慕う者たちじゃ』
数万のアンデッドたちが、私のために──。
どうしましょう。震えが止まりません。
なにかとてつもないことが、今、起ころうとしています。
『彼らこそ、ユリィシア・アルベルトを主人と定めし唯一無二の不死の軍団。その名も──【不死の軍団・極限】、といったところじゃろうかな』
「【不死の軍団・極限】……」
思わずつぶやく私に、師匠は嬉しそうに頷きます。
『うむ。フランケルから転生し、聖女として道を歩んだユリィシアしかなしえない、最強最高の不死の軍団じゃ!』
最強最高の……不死の軍団。
なんと言いましょうか、私の心の奥底から込み上げてくるものがありますね。
『そうじゃ。そしておぬしには、最強最高の死霊術師と呼ぶにふさわしい、一体のアンデッドを授けようと思う』
「え?」
『そのアンデッドは1000年の時を存在し続けた。そのアンデッドは、死霊術を極め頂点に君臨したもの。そのものの名は──』
「あ、ああ……」
ま、まさか──。
それは──。
『うむ。【終わりの四人】が一体、この【奈落】プロフォンドゥム。死霊術師ユリィシア・アルベルトに力を貸そうではないか。我は──汝を主人と定め、ともに宿敵を打ち破ることをここに誓おう』
そう宣言すると、師匠は羽織ったマントをはためかせ──私の前に跪いたのでした。