150.死霊術の真髄
『我が主人──ユリィシア・アルベルトよ。この恩に……我が身の全てを以て報いようではないか』
ファラロンから、心からの《服従の意思》が伝わってきました。
いやー、やり遂げましたね。でもかなりきわどいタイミングでした。
なにせエルマーリヤが目前まで迫っていましたからね。彼女のことですから、悪魔の浸食を受けたファラロンを見た瞬間、『悪魔たちに奪われるくらいなら、わたくしが輪廻転生の輪に送り返しましょう』とか言って、問答無用で転生させたりするに違いありません。
そうなる前に契約を終えることができました。危うく貴重な素体を喪失する寸前での──大逆転劇。
この結果、ついに私は──念願のSSSランクアンデッドである《宵闇の吸血王》ファラロンを【不死の軍団】に加えることに成功したのです。
……ここで、ファラロンに大きな変化が起こりました。
まず、彼が負っていた深刻なダメージが徐々に復元していきます。並行して私の魔力がゴリゴリ削られているのは、主人である私の魔力を消費して彼が復元しているからでしょう。
同時に、亡者たちの攻撃が一切ファラロンに通じなくなりました。魂を喰らう【悪魔】の力が全て弾かれているのです。
これは、ファラロンが『私』という死霊術師の配下に入った結果、魂が私との契約に縛られ、【悪魔力】といった他の力を受け付けなくなったからではないかと推測されます。
加えて今のファラロンは、エルマーリヤの聖なる力の影響さえも受け付けなくなりました。
今のエルマーリヤは、私から奪い取った力を得て凄まじい聖気を発しています。並みのアンデッドであれば近づくだけで昇天してしまうでしょう。
それを受け付けないのはおそらく──エルマーリヤともども【不死の軍団】入りしたからではないでしょうか。その結果、同士討ちを防ぐ機構が働いているのかもしれませんね。
おかげでエルマーリヤに強制輪廻転生させられる危惧も無くなりました。
ファラロンが私の軍門に下った結果、変化が生じたのは彼だけではありません。
私にも大きな変化が起こり始めていたのです。
気がついたのは、ファラロンに魔力を吸い取られているのに枯渇しないこと。彼の復元に吸い取られた分を上回る勢いで、体の奥底から魔力が湧き上がっているのです。
その量はまるで──【超越者】だった頃に匹敵するほど。
理由は分かりません。これは、エルマーリヤを軍団に組み込んだときには見られなかった変化です。
ですが今は深く考えるよりも、この状況を活用する方が先決。
気を取り直すと、新たな術式を組み上げていきます。
「── 《不死軍団勧誘》」
次のターゲットは──【北天の七星龍】ギュスターヴです。
ここまで来たらSSSランクをまとめて配下に加えてやろうではありませんか。
「── 《 祝福の唇 》」
術式に祝福を加えることで、次元を超える力を手に入れた私の固有魔術は、亡者たちに囲まれながら大暴れしているギュスターヴにも届きます。
……うわぁ、狂ったように暴れまくってますね。
身体中を亡者たちに取り憑かれ、存在を食いちぎられながらも、構わずドラゴンブレスを吐きまくるギュスターヴは、まさに破壊と破滅の権化。
これ、不用意に近寄ったら間違いなく瞬殺コースですね。ほぼ理性を吹っ飛ばしてしまっているようで、敵味方なく乱射しています。
ですが今の私は違います。
なにせ遠隔地から直接彼に語りかけることが出来るのですらね。
〝──ギュスターヴ。北天を統べし七星の守護者よ。私の声は届きますか?″
『……ギャース?』
おお、かろうじて人の話を聞く耳は残ってるようですね。
よしよし、では説得を試みてみましょう。
〝──今こそ力を合わせるときです。クオリアを、亡者たちの時を終わらせるために、私と盟約を結びましょう″
『ギャース……』
うん、悪くない反応ですね。
ギュスターヴみたいな脳筋タイプには、『盟約』とか『〜のとき』といったキャッチーなキーワードが効果的である、というのが私の持論です。ウルフェなんか簡単に反応しますからね。
私は持論を証明するためにも、この調子で説得を続けます。
〝既にエルマーリヤとファラロンは盟約に加わりました。次は──あなたの番ですよ、ギュスターヴ″
『……ギャース!?』
ファラロンが参加している、という言葉に強く反応を示しました。
どうやらここが勝負どころのようですね。一気に畳みかけましょう。
〝全てを終わらせるために、あなたの力が不可欠なのです。【北天の七星龍】ギュスターヴよ、私とともに──エルマーリヤやファラロンを援護し、全てを打ち滅ぼしましょう″
『あなたの力が不可欠』『ともに~』『打ち滅ぼす』
あえて彼が反応しそうなキーワードをてんこ盛りにして訴えかけると──ついにギュスターヴから理性を取り戻した反応が返ってきました。
『……汝は何者だ?』
〝私はユリィシア・アルベルト。あなたたちを結びつけ、更なる力を引き出すもの″
『くくく、琥珀龍アミティの守護者にしてエルマーリヤの愛し子か。よかろう、我が力──汝に捧げようではないか。その代わり……余すことなく使うのだ』
────GYAAAAAAOOOOOOOOOOOOOO──ッッッ!!!
七色の異空間の中に、ギュスターヴの龍の咆吼が響き渡ります。
……来たっ!
私の魂に伝わってくる強い波動が、ギュスターヴの加入に成功したことを示してくれます。
ついに私は、三体目のSSSランクアンデッドをも手に入れたのです。
──ビキビキビキッ!!
次の瞬間、私の全身から凄まじいオーラが噴出しました。
これは……もしや龍の力──〝龍気″?
『シギャース!』
乗っていたエシュロンが歓喜の声を上げます。
なになに……新たなる女王の誕生を祝す、ですって?
それは私のことでしょうか。あ、分かったから頷かないでください、頭から落ちてしまいますから。
興奮気味に話してくるエシュロンの言葉を整理すると、どうやら……「私から龍の王に匹敵する龍気を感じることができる。マスターが美少女になって龍の力も手に入れて、こんなの最高だぜ! イエス・フランドゥム!」と言うことらしいです。
……私が、龍の力を手に入れた?
ただの死霊術師であるこの私が?
「──まさか」
そのとき、私はとてつもないことに気づきます。
もしかすると私は……これまで重大な事実を見逃していたのかもしれません。
死霊術とは──。
本当の、死霊術師とは──。
『どうやら死霊術師の真髄に至ったようじゃな』
ふいに、私の後ろから声が聞こえます。
慌てて振り返ると、そこにいたのは──。
「あ、あなたは──」
黒いマントを纏った、骸骨のアンデッド。
手には歪な形の錫杖を持ち、その身から放たれる圧倒的なまでの魔力。
見間違えようがありません。
ですが、彼はこの場にいるはずのない──いいえ、もはや存在していないはず。
「──師匠!?」
絶対にこの場にいるはずがない師匠が──。
前世の姿で私の前に立っていたのでした。