149.固有魔術
ドラゴンボーンスケルトンのエシュロンに乗った私は、虹色に輝く回廊【天界への扉】を一気に突き抜けていきます。
エシュロンの頭に乗るのは実に久しぶりですね。なんとなくエシュロンからも喜びの波動が伝わってきます。
異空間を滑空するにつれ、徐々に私の気分も高揚していきます。
私のテンションが上がるにつれて、むくむくと力が湧き上がってくるのを感じます。
……いえ、感じるなんて曖昧なものではありません。
確かに湧き上がっているではありませんか。
この力はいったいどこから溢れ出ているのでしょうか。
……まぁ今はそんなことどうでも良いです。
それよりも早くエルマーリヤに追いついて、一言ギャフンと言わせなければなりません。
もはや測定不能に近い魔力数値をたたき出すエルマーリヤは、現時点で神に近い存在になっています。その彼女に、いくら龍の背に乗っているとはいえ追いつくのは容易ではありません。
ですが私には秘策があります。
──私は死霊術師。
であれば、私にしかできないことをやれば良いのです。
エシュロンの上で立ち上がると、私は指に魔力を込めて宙空に魔法陣を描き始めます。
組み上がったのは、複数の文様のような柄が折り重なった独特の立方魔法陣。
残り少なくなった魔力を効率的に織り込みながら、完成した魔法陣を起動させます。
「死霊術師ユリィシア・アルベルトの名において命ずる。発動せよ──《不死軍団勧誘》」
私が起動したのは、前世でアンデッドを【不死の軍団】に勧誘するために編み出した固有魔術です。
この魔術は、アンデッドの本質に語りかけ、説得に応じたアンデッドを私の【不死の軍団】に組み込むというものです。
……なぜ死霊術師である私が、アンデッドを『隷属』ではなく『勧誘』などという面倒くさいことをするのか。
それは──私の性格によるところが大きいです。
なにせ前世の私は人から嫌われていたボッチでコミュ障の死霊術師。
ゆえに、強烈な怨念や個性を持つアンデッドは苦手でした。だってコミュニケーションが取れないんですもの。
そんな私が編み出したのがこの固有魔術です。
ある程度自我を残したアンデッドに対して、私はこの秘術《不死軍団勧誘》を用いて直接語りかけます。
そして私の考えに同意し、説得に応じた相手のみを【不死の軍団】に加えていたのです。
たとえばいま私が乗っているエシュロンもそうです。
生前彼はボッチな龍だったと聞いています。
他の龍とも交われず、孤独な日々を過ごし、最後には人間たちに邪龍と呼ばれ討伐されてしまいました。
それでも人間たちを恨むほどの気概も持たず、さりとてこのまま成仏するには満たされない未練が多すぎたため、輪廻の輪に加わることなく地縛霊──いえ地縛龍となっていたのです。
人里離れたとある山奥で、龍の亡霊が出現する。
そんな噂を聞いた前世の私がわざわざ出向き、出現したエシュロンにこの術を使って説得しました。
「わかるぞ、エシュロン。お前の未練は──運命のメス龍と出会えなかったことだな?」
『シギャース……』
「わかった。ではこの私と共に歩もうではないか。死後であってもせめて【不死の軍団】に加わることで大活躍し、お前を袖にしたメス龍たちにカッコいいところを見せつけてやろうではないか!」
『シギャー』
「そうすればあわよくば来世で……モテるかもしれんぞ?」
『シギャッ?!』
こうしてエシュロンは、私の説得に応じて軍団入りしました。
このような手段を用いなければ、多いとはいえ1000程度の魔力しか持っていなかった前世の私程度の死霊術師が、真龍などというSSランクのアンデッドを軍団入りさせることなどできなかったでしょう。
他のアンデッドも大なり小なりの違いはあるものの、入団の経緯は似たようなものです。
ロイヤルスペクターのロイスなどは、さる令嬢に告白したところ「ブサイクでキモい」と言われ振られた挙句、その帰り道に馬車が事故にあって死んだのだと言っていましたからね。アンデッドになればモテるかもしれないと説得したところ、あっさりと軍団に加わってくれましたよ。
……私、ウソは言ってませんよ? 「モテるかもしれない」と言ったのであって、「モテるようになる」とは言ってませんからね?
こうして前世の私は着々と軍団員を増やしていきました。
もちろん自我のないアンデッドたちもたくさんいますが、私の固有魔術で軍団入りしたメンバーのほうが一段上の実力を持っていたように感じます。
しかも今回呼び出した軍団員たちは、以前にも増して強い力を放っているようです。
とてつもなくモチベーションが高いというか、ハイテンションというか……一体どうしたのでしょうか。
『……おい、マスターが女の子に転生してるぞ?』『……しかも美少女……ハァハァ……たまんねぇなぁ』
『美少女から命令されるなんて……アンデッド化した甲斐があったってなもんだぜ』『あぁ、今のマスターになじられたい……』『イエス・フランドゥム!!』『美少女に声を掛けられる日々、サイコー―!!』『ユリィシア様ハァハァ……』『シギャース』
……なにやら業の深い思念が聞こえるような気がしますが、今は気にしている場合ではありませんのでスルーします。
さて、話がだいぶ飛躍してしまいましたが、私の固有魔術についてでしたね。
アンデッドと対話をし、同意した相手を【不死の軍団】へと組み込む《不死軍団勧誘》は、普通の死霊術師が使う死霊化術とは一線を画しています。
この術の真髄は──説得に成功し契約さえ結んでしまえば、たとえ相手がSS級アンデッドであろうと私の軍団に入れることができる、という点にあるのです。
では相手がSSS級アンデッドであった場合にはどうなるのか?
その答えは──今から実証してみましょうか。
私は回廊の最奥に向かって魔力線を伸ばします。
ターゲットは──ファラロンです。
なにせエルマーリヤが向かっていますからね。彼女に何かされてしまう前にキープする必要があります。
ですが、間に合うのでしょうか。
《不死軍団勧誘》の発動条件は、相手の意識に魔力線が接していること。射程距離はさほど広くはありません。
なんとか接触できる距離まで近づこうとエシュロンに速度を出させていますが、今のエルマーリヤは凄まじい魔力を駆使して超高速で移動しています。もうすぐファラロンに接触してしまうでしょう。このままでは確実に先手を打たれてしまいます。
彼女より先に接触するにはどうすれば──。
そこで私は閃きます。
前世の私になくて、今の私にあるもの──。
それは《祝福の唇》。
発動した術式に、私は唇を近寄せます。
こうなれば一か八か、やってみるしかありません。
「── 《 祝福の唇 》」
次の瞬間──。
構築していた魔法陣から光が炸裂しました。
「これは……」
組み上げていた術式に《祝福の唇》による力が加わり、明らかに一段上の魔術へと進化を遂げていきます。
なんという……相性の良さ。
《祝福の唇》は、私の固有魔術を昇華させ、こちらが相手を認識さえしていれば、距離は無関係に働きかけられるようになったのです。
これなら──いける。
私はファラロンの意識に接触します。
「誰か──マリスを──救ってくれ」
聞こえてくるのは、ファラロンの強い想い。
さっそく私は彼に問いかけます。
《不死軍団勧誘》を発動させるために。
〝──それが、あなたの願いですか──″
◆
エルマーリヤは光を撒き散らしながら【天界への扉】の中を突き進んでいく。
ユリィシアから得られた力は凄まじく、背に白銀色の天使の羽を具現化させ、超高速で虹色に輝く異空間を飛行していた。
『助けてくれ……』
『救いを……永遠の呪縛からの解放を……』
途中で襲いかかってくる【魔法王国の亡者】たちに、エルマーリヤはユリィシアから返却されたギフトの力を行使する。
『──《浄化の左手》』
左手のギフトから放たれた力が、【根源の魔塊】に囚われていた亡者たちの魂を解放する。
『《治癒の右手》──《聖者の救済》』
続けて右手から放たれた固有魔術によって、亡者たちは次々と輪廻転生していく。
『……すごいわ』
エルマーリヤは確かな手応えを感じていた。
生前この亡者たちと対峙したときには、これほどまでにスムーズに解放することはできなかった。
だが今回は違う。新たに得た《浄化の左手》が悪魔の影響を断ち切り、亡者たちの転生を容易にしていたのだ。
『いける!』
エルマーリヤは数千の亡者を〝救済″しながら進んでゆく。目指すは最奥。【亡者】たちの歪みが最も濃く集まる場所。
そこに──クオリアがいる。
『あ、あれは!?』
だが核心に近づいたエルマーリヤが見たものは──大量の亡者に取り囲まれたファラロンの姿であった。その側には、彼の魔術によってかろうじて守られている意識を失ったマリスの姿もある。
なにが起こっているのかはわからない。
しかしこのままでは、ファラロンがクオリアたちに取り込まれてしまう。現に彼の身体は亡者たちに取り憑かれ崩壊が始まっていた。
ファラロンほどの存在を取り込まれるのは大変危険だ。
彼は1000年の時を生きた超一流の魔導師。それが悪魔に汚染され敵に回るとなると、クオリアたちの救済はさらに困難となるだろう。
『いけない──』
エルマーリヤは全力で突き進み、なんとかファラロンへの接近を果たす。
果たしてファラロンは── 何かをうわ言のように呟いているが、かろうじてまだ自我を保っているようであった。
間に合った。
エルマーリヤはそう思った。
周りの亡者たちをギフトの力で吹き飛ばすと、すぐにファラロンに声をかける。
『救いを求める子羊よ──。今度こそ、約束を果たしに──あなたの救いを求める声に応えて、やってまいりましたわ』
「──エルマーリヤ・ライトジューダス!」
思っていたよりもしっかりとした返事に、エルマーリヤはわずかに戸惑う。
……だがすぐに理由に気づく。
半ば崩壊していたはずのファラロンの身体が──徐々に復元しているのだ。
本来、アンデッドには治癒魔法は効かない。そもそも生命活動をしていない相手に対して回復魔法は効果を発揮しないどころか害を与えることさえある。
なのに、なぜ彼の身体が復元しているのか。
その答えは──。
完全に元の身体に戻ったファラロンは、近くを漂っていた意識不明のマリスの身体を抱き抱えると、エルマーリヤがいる方向に視線を向ける。
だが──彼の目はエルマーリヤを捉えてはいなかった。
ファラロンの視線の先にいるのは──。
遥か遠方からこちらにやってくる、大量の黒い軍団。
その数──数千、いや数万はあろうか。
ファラロンがゆっくりと口を開く。
『我が主人──ユリィシア・アルベルトよ。この恩に……我が身の全てを以て報いようではないか』