14.枢機院
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前話から2年ほど時間が経過しています。
荘厳な雰囲気の会議室に、7人の人物が座っていた。
ここは聖マーテル神国の神都フィーリアにある聖母教会の総本山〝大教会″。
教皇に次ぐ権力を持つ7人の枢機卿が、一堂に会していた。
彼ら、もしくは彼女らは、実質的な聖母教会の管理者として、数々の問題解決を行なっていた。枢機院と呼ばれる機構である。
議題の中には、聖母にまつわる様々な噂の確認・検証も含まれていた。目的は、次世代の聖女を探し求めるためである。
〝聖女”とは、癒しの力を持つ乙女のことを指す。
もちろん、癒しの力を持つものは男性にもいるし、スミレやフローラのように既婚者や冒険者にも存在している。だが聖母教会は、特に清らかな身を持つ10代の少女に限定して〝聖女″の称号を与えていた。
〝聖女”は、聖母教会にとって信仰のシンボルであり、信徒を拡げるための重要なツールなのである。ゆえに聖母教会は、常に世界中にアンテナを張って「癒しの力を持つ10代の清らかな乙女」を探していた。
もし見つかれば交渉し、聖母教会への勧誘を行い、しばしの教育期間を経て〝聖女″として世に出る。現在活躍中の公認〝聖女″はおよそ10人ほど。
聖女とは、聖母教会にとってなくてはならない存在であり、常にその存在を求め続けるものであった。
今回の枢機院での議題は、まさにその──地方に広がる様々な聖なる力を持つ少女にまつわる噂についてであった。
「次の話題は──エンデの森と呼ばれる地方で噂されている〝エンデサイドの光″、もしくは〝祈り姫″と呼ばれる存在についてです」
ピクリ、と一人の老女が小さく体を揺らす。
彼女の名はスミレ・ライト。7人いる枢機卿の一人であり、【 冷徹聖判 】の二つ名で知られる人物である。
「エンデの森あたりといえば、おんしの娘婿の領地がそのあたりじゃなかったかのぅ? なぁスミレや」
「……あぁ、そうだねぇコーディス」
隣に座る初老の男性──同じく枢機卿の【 聖智賢者 】コーディス・バウフマンに、いままさに心の中で思っていたことを言われ、スミレは苦虫を噛み潰したような顔をする。
スミレの娘や孫娘は、元々は王国の王都に住んでいたが、数年前にエンデの森のすぐ近くにある領地エンデサイドに引っ越していた。引っ越してから会っていなかったので、最後に会ってからもう3〜4年ほど経つであろうか。
最後に会った時、フローラはユリィシアについて〝聖女″の資質はなさそうだと言っていた。あれほど見事な『聖母の御髪』を持った子に資質がないのは残念ではあるが、こればかりは高望みしてもしかたない。
「エンデサイドの祈り姫については、噂自体は3年ほど前から確認されていますが、最近治癒に関する真偽不明の追加情報が入ったため、今回報告させていただきました」
「その追加情報とはどんなものなの?」
「はっ。エンデサイドでケガ人がほとんど出ていないということ。そして人口がここ最近著しく増加しているということです」
「その情報と、噂の名前だけでは何とも判断できないなぁ」
他の枢機卿の発言を聴きながら、スミレは頭を回転させる。
場所的に考えて、もしかするとフローラが領民たちに何かをしているのかもしれない。〝祈り姫″とやらの正体がフローラであるのならば、新たな聖女に繋がる噂ではないのだろう。そうスミレは判断する。
実際、フローラには前科がある。
3年ほど前にとある奴隷を救うために王都で無許可で四肢再生の奇跡を行ってしまったのだ。噂を確認するためにわざわざ出向いてフローラを説教して大げんかになったのが、娘や孫に会った最後になる。
……仕方ない、近いうちに仲直りの意味も込めて会いに行くとしましょうかね。
「この件に関しては、聖女の可能性は極めて低いと思うけど……アタシが近いうちに確認するよ」
「じゃあこの件はスミレ預かりということで、次に行こうか」
「はい、次の噂ですが──連邦に属するレウニールという街で流れているものです」
「レウニールといえば……たしか異界迷宮がある地ね」
──異界迷宮。
それは、この世界に突如として出現する謎の異空間のことを指す。
原因ははっきりとは分かっておらず、いつどこで発生するのかも不明。
一説には神の領域だの、空間の裂け目だの、悪魔の住処だのと言われているが、確かなことはまさに神のみぞ知る場所。それが〝異界迷宮″である。
しかしながらこの〝異界迷宮″、一律に特徴を持っている。中に異界生物と宝箱が存在しているのだ。
モンスターとはさまざまな特徴を持った不思議な生物で、倒すと低確率でカードを輩出する。このカードは食料や武器防具、はたまた日用道具まで様々なものが印刷されており、僅かな魔力を込めることで実物に具現化する。その殆どが貴重なものであったり魔力や特別な力を持ったものであり、高値で取引されるのだ。
また、宝箱から輩出されるのもこのカードである。
モンスターはそれなりに強く、狩るものは命がけの戦いを強いられるのであるが、得られる品々の貴重さから、〝異界迷宮″は主に国家や企業が管理して採掘しているケースが多い。
また、〝異界迷宮″と似たものとして〝次元門″という存在がある。
外観から見た目はほとんど同じ。違いは──中に入った結果のみ。
〝次元門″は異界迷宮と違い、全く別の場所に飛ばされる。飛ばされる距離も場所も千差万別。僅かな距離しか移動しないものもあれば、遥か遠くの場所まで飛ばされるケースもある。行き場所も、森の中もあれば地下洞窟や、はたまた宙空に放り出されることもあり、入ってみないと分からない始末。未知のゲートの探索は命がけなのだ。
それでも──人々は〝次元門″や〝異界迷宮″を探してやまない。なぜならその発見が、一攫千金に繋がるからだ。
例えば極めて遠くの大都市同士を繋ぐ〝次元門″が見つかれば、その通行料を摂取することで莫大な金を得ることが出来る。もちろん個人で持つにはリスクが高すぎるものの、有用なゲートは国家や企業が大金で買取してくれる。
また〝異界迷宮″も同様に、中に貴重な素材カードを出すモンスターや、魔法道具を輩出する宝箱が出現するものであれば、高値で企業や国家に買収してもらえるのだ。
〝異界迷宮″と〝次元門″は、この世界における人々の夢や希望、そして絶望や死が合わさったものの代名詞と呼べる存在であった。
現在、枢機院で話題に上がっているレウニールに在るダンジョンは、世間でも珍しい『有料ダンジョン』だった。とある企業が管理しており、一定の入場料さえ払えば誰でもアタックできるのである。
それゆえに命知らずの若者たちが、一攫千金を目指して数多くチャレンジしていることで有名な場所だった。
「それで、レウニールにどんな人物が出現したんだっていうのかい?」
「はいスミレ様。レウニールのダンジョン付近で目撃情報が多いのですが──およそ10歳程度の少女が、ダンジョンから出てきた傷ついた冒険者たちを片っ端から治療しているのだそうです」
ざわっ。
思いがけない報告に、枢機院が一気に騒めく。
「なんじゃ、それは……」
「片っ端から治療だって? なんて非常識な……」
この世界において、治癒の魔法は貴重なものである。しかも治癒魔法の拾得者の多くは教会が抱え込んでいる。聖母教会が聖女という形で才能ある若い少女を探しまくっているのには、そういった優秀な人材の囲い込みといった事情もある。
「出現頻度も不定期なため、定かではありませんが……多い時では一日置き、少ないときには月に一度程度の頻度で出没し、とにかく分け隔てなく傷ついた冒険者たちを治癒しまくっているそうです。その少女は冒険者たちから〝辻ヒーラー”とか、〝レウニールの天使”などと呼ばれているそうです」
「辻ヒーラー!? なんと軽々しい二つ名なんじゃ!」
「誰なんです? その不届きものは!」
枢機院の場が一気にざわつく。
騒然となる場を制するように、一人の人物が手を挙げて質問をする。
「そ、その子は《 癒しの奇跡 》を行っているのかねっ!」
興奮した声で問いただしたのは、枢機卿の一人である【 黄金猊下 】エルマイヤー・ロンデウム・サウサプトン。王国の侯爵家出身の元貴族であり、豊富な資金力を使ってこの地位を得たといわれる人物である。
「奇跡をおこなっているかどうかは定かではありません。ただ、本人は頑なに聖女と呼ばれることを拒んでいるとのことと、近くに護衛らしき相当腕の立つ男が控えていることから、どこぞかの貴族の令嬢が名を売るために実行しているのではないかと推測されます」
「……なるほど、帝国あたりの貴族がやりそうな姑息な手段ですね」
同じく枢機卿の一人である【 規律模範 】のエメラルダス・ソラーレが難しい顔で頷く。
帝国は、戦争のために常に有能な冒険者を集めている。
その手段として可愛い少女をあてがって集まってきたものの中から光る人材をスカウトしていてもおかしくはない。
スカウトされた人材は、そのまま帝国の兵隊となるのだ。
「……いずれにせよ、こちらには調査隊を出したほうがよさそうね。それで、担当としては誰を推薦するの?」
「聖母騎士団からは【 英霊乙女 】を推薦させていただきます!」
「【 英霊乙女 】……まぁあの子なら失敗することはないでしょう。アタシは了承するわ」
「了承する」「了承だ!」「了承します」
スミレの了承に他の枢機卿たちも同意の声を上げる。
こうして、噂の真偽を確認するため、一人の聖女ならびに彼女を護衛する聖母騎士団が、聖母教会の総本山からレウニールのダンジョンへ派遣されることになった。




