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13.共存

「これは……どうなっているの?」


 フローラが幼いアレクセイを抱いて現場に辿り着いた時、彼女の目に飛び込んできたのは驚くべき光景であった。


 ダリアン村長やその息子のジミーら領民たちと、恐らくは難民であろう獣人たちが、一斉に跪いているのだ。


 その中心にいるのは──己の最愛の娘ユリィシア。


「あ、お母様。もうこの場は収まりましたよ」


 目の前の獣人に右手を差し伸べて治癒の奇跡を行っていたユリィシアが、こちらに気付いて笑顔を向けてくる。治療を受けた獣人の老女は、感謝の涙を流しながらユリィシアの手を握っていた。


「あ、ありがとうございます……聖女さま」

「私は聖女ではありません。お願いですから今後私のことを決して〝聖女″とは呼ばないでいただけますか?」

「しょ、承知しました、お嬢様……」


 驚き足を止めてしまったフローラの元に、従者のウルフェが興奮気味に駆け寄ってくる。


「ウルフェ。これはいったい……?」

「お嬢様です。お嬢様が全てを丸く収めました。あのお方はやはり……素晴らしい方です。俺が残りの生涯をすべて捧げるにふさわしい方でした」


 意味がわからず戸惑うフローラに、今度はユリィシアがやってきた。最近塞ぎ気味で心配していたものの、今の娘はとてもスッキリとした表情をしていることに気付く。


「お母様、全員治療しましたがご心配には及びません。全員に私の力のことは秘密にするように誓わせました。なので……彼らを領民として受け入れていただけますか?」


 いや、そういう問題では無いのだけれど……。

 しかしフローラは満面の笑みの愛娘を前に、その言葉を口の奥にしまい込む。

 そう。自分の娘はまた一つ大きな仕事をやってのけたのだ。


「もしかするとこの子は……あたしが思ってる以上ならとんでもない子なのかもね」


 涙を流しながら跪く獣人たちや領民を見て、フローラは考えを改める。

 そして、戸惑いながらもユリィシアの頭をそっと撫でたのであった。




 傷ついた難民の受け入れ。

 無条件の癒しの行使。

 目の前で繰り広げられた数々の出来事と、領主の娘ユリィシアの尊い行いは、エンデサイドの領民たちの心に深く刻まれる。


 そして──このときを境に、エンデサイドの村は大きく変貌を遂げてゆくことになる。





 ◆◆




 最初の獣人の難民たちがやってきてから、およそ半年の月日が流れました。


 新たな領民を受け入れてから、最初はいざこざもあったのですが、様々な出来事を経て今では村の一員としてしっかりと受け入れられるようになりました。


「ごきげんようお嬢様! 今日もご視察ですじゃ?」

「はい、そうですね」


 大工仕事を中断して大声で呼びかけてきたのは熊獣人のバルド。彼は建築関係の技術を持っていて、新たに入植してきた難民たちの家を組み立てています。あ、ほらこのとおり、たった一人で大きな丸太を三本も抱えています。


 獣人は力が強いものも多く、これまで高齢者が多かったエンデサイドで、力仕事を中心に請け負うようになりました。

 しかも狩人としても優秀な猫獣人の一家もいたことから、後継者不足でほとんど実施されることがなかったエンデの森での狩りも再開しました。


 狩りを安全にするための森の魔獣狩りも実施されました。当然私も志願して参加しています。

 ここでは週末に一時帰省したカインとウルフェが大活躍で、近隣を荒らしていた大型の熊型の魔獣と虎型の魔獣が退治されました。

 二人が強すぎてろくに怪我人が出なかったのは不満ですが、おかげで安全が確保されたことから、私の行動範囲にエンデの森が追加されたのは素晴らしいことでした。



 やがて、どこからか噂を聞きつけたのか……この村への移民希望者が少しずつやってくるようになりました。

 その多くが獣人で、しかも傷付いていることがほとんどでしたので、私は嬉々として治癒魔法を施しました。もちろん、一切口外しないことを約束させて領民に受け入れてから、ですが。


「お嬢様! ラビが美味しい野苺を山で採ってきたのですよ! よかったら食べませんか?」


 そう言って真っ赤な苺がドッサリと載った籠を差し出してきたのはついひと月ほど前に移住してきた兎獣人の少女ラビアです。

 甘味は頭脳の回転を早めます。ですので好んで摂取している私は迷わず苺に手を伸ばそうとしますが……その前にウルフェが籠ごと取り上げてしまいました。


「あっ……ウルフェ様」

「すまないが、お嬢様が口にするものは毒見させてもらう」


 毒、ですか。

 そういえば毒についてはまだ検証していませんでしたね。もし私の治癒魔法に解毒作用も備わっているのであれば、ケガなどしていなくても毒を盛って治癒するだけで魔力が増強されるのではないでしょうか──。


「あのー、ユリィシアお嬢様?」

「ん? どうしましたラビア」

「その……ラビは毒など盛ってませんので……」

「別に、毒を盛っててもかまいませんよ?」


 なにせ検証の良い機会を得られるだけですからね。


「さすが……ラビたちの尊い姫、懐が深いです。ウルフェ様のような素敵なお方がお側に仕えられるのもわかります。そうだ! あ、あの……ウルフェ様には、あの、その……恋人などはいらっしゃるのでしょうか?」

「ウルフェに恋人? さぁ、私は存じておりませんが」

「そうなんですか! お嬢様がご存知ないのでしたらいらっしゃらないかもしれませんね! あんなにもお美しくて素敵なお方ですもの、いてもおかしくはないと思ってましたが……」


 たしかにウルフェはイケメンです。どうやらラビアも彼のことが気になって仕方がないようです。

 あぁ、ですが私はイケメンが憎い。モテる男が大嫌いです。


「今はお嬢様に夢中なのかもしれませんね、うふふっ」


 まぁウルフェは便利ですし貴重なアンデッドの素体なので仕方ないですが……最近すんなりと彼のことを受け入れ気味なのは、我ながらちょっと釈然としません。彼にはなにか酷い目に遭ってもらいたいものですね。


「お嬢様、確認が終わりました。食べて大丈夫です……ってお嬢様?」

「ええ、聞いていますよ」


 そうだ、いいことを思いつきました。

 毒の実験はウルフェですることにしましょう。

 彼はなかなか頑丈なので、多少のことでは死なないでしょうし……ふふふっ。


「あの、お嬢様? なぜそんなにも妖しい笑みを……そんなに苺がお好きでしたか?」




 数日後。

 私はウルフェに緑色をした飲み物を渡しました。


「お嬢様……これは?」

「私が作った滋養強壮に効く薬草を入れた飲み物です。いつも私のためにがんばってくれているウルフェのため手作りしたのですよ」

「な、なんとっ!」


 もちろん材料は滋養強壮に効く薬草などではありません。私が近隣で探してきた毒草です。

 さほど毒性は強くはありませんが、初回の検証ですので贅沢は言えません。


 さぁ、憎むべきイケメンのウルフェよ。私が丹精を込めてすりこぎで毒草を練って作った手作りの毒入り飲み物ポーション、たーんと召し上がれ──。


「んぐ……んぐ……ちょっと苦いですね」

「良薬は口に苦し、ですよ? ところで具合はどうですか?」

「具合、ですか? 別に……あ、なんか元気になってきた気がします」

「元気に?」


 おかしいですね。体調が悪くなるならともかく、元気になるものなのでしょうか。

 まぁ弱毒ですし細かいことを考えるのはやめて、とりあえずウルフェに治癒魔法を施すとしましょう。


「ウルフェ、仕上げにおまじないをします」

「お、俺にもおまじないですか?! あの、それは……」

「大丈夫、撫でるだけですよ」


  《 治癒の右手 》を使ってウルフェに治癒魔法をかけますが、どうも効果を発揮している感じがしません。おかしいですね……。


「お、お嬢様……なぜ俺の頬を撫でるのです? しかもそんなに見つめられると……」

「お黙りなさい、いま私は忙しいのです」

「あ、すいません……」


  《 鑑定眼 》で観察してみますが、どうも毒が効果を発揮していないようです。もしかするとウルフェには毒が効きにくいのかもしれませんね。

 ……これはもうしばらく検証が必要なようです。


 そしてこの日から、数日おきにウルフェに毒入りポーションを振る舞うというルーティーンが生まれたのでした。



 ◆



「俺も移住させてくれ!」


 難民の受け入れが増え、領民の数が当初の倍くらいまで膨れ上がった頃──ひとりの人族の若者が移住希望者としてやってきました。


 しかし、見たところ彼は特に怪我もしていません。

 しかも、難民が来るたび毎回行っている《 鑑定眼 》でアンデッドとしての資質を見てみると、彼には〝ゾンビ″にしか資質が出なかったのです。


 アンデッドをこよなく愛し、死霊術師としてさまざまなアンデッドと触れ合ってきた私ですが、唯一受け入れることのない存在が──ゾンビです。

 ゾンビは臭う。ゾンビの臭気は伝染うつる。ゾンビはネズミなどの小動物を呼び込む。まさにアンデッドでありながら、アンデッドの敵なのです。


 そのような存在を、私の軍団に加入させることはありません。

 なので──。


「……お断りします」

「げっ!? おいおい、ここは誰でも受け入れてくれるんじゃなかったのかよっ!」

「エンデサイドは、傷付いたものたちを癒す地。あなたのような穢れた・・・ものを受け入れるわけにはいきません」

「なっ!? そ、そもそもあんたはなんなんだよ、このクソガキがっ!」

「おい貴様、どなたに口を聞いてるっ!?」


 ウルフェが殺気立って剣を抜こうとします。強烈な殺気に若者は怯えます。

 そのときです、様子を見ていた村長の息子ジミーが声をあげました。


「俺……そいつの顔に見覚えがあります! たしか王都からの手配書で!」

「ぎくっ!?」

「その手配書ならいま手元に持ってるぞ。どれどれ──おお! あったあった、ジューク・バンディ! 傷害に窃盗で手配! あんた、犯罪者じゃないか!」

「くそっ!」


 村長のダリアンが手配書を取り出した途端、慌てて逃げ出そうとするジューク。ですが、ウルフェが素早く動いてあっという間に地面に叩きつけてしまいました。


 おやおや、どうやら彼は犯罪者だったのですね。

 ……なるほど、もしかしたらゾンビの資質を示すものは、犯罪歴のあるものなのかもしれません。これは実に興味深いデータだと思います。今後もう少し検証が必要ですね。


「さすがは〝祈り姫″様だ……よもや犯罪者を一目で見破るとは!」

「まさに我らが守り神さまじゃ! 〝エンデサイドの祈り姫″に感謝を……」


 またです。なんなのでしょうか、その呼び名は。

 聞きなれない単語について、私はウルフェに尋ねます。


「ウルフェ、あなたは今の単語のことを知ってますか?」

「〝祈り姫″はお嬢様の尊称のようですよ。領民たちが畏敬と親愛を込めてあなた様のことをそうお呼びしているのです」


 どうやら祈り姫というのが私の二つ名のようです。

 まぁ聖女と呼ばれるよりはマシですね。たいして興味もないので放置しておくとしましょう。


これにてエピソード2は完結です!


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【 冥王の軍団 】第二部隊予備軍じゃな?やはり祈り姫。流石じゃ。 祈りすなわち願い。人は心から願えばそれを叶えやすくなるように自ら行動をするということは心理学でよく言われている。流石じゃ。
[気になる点] フローラが幼いアレクセイを家に抱いて現場に辿り着いた時、彼女の目に飛び込んできたのは驚くべき光景であった。 家に抱いて?
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