11.癒しのスポット
エンデサイドは面白くない村です。
村の名前の由来は、近くにあるエンデの森から。この森に寄り添うようにしてできたのがエンデサイド村なのです。実にひねりがありません。
住んでいるのは年寄りが多く、同年代も3歳くらいの子供がいるくらい。近くに転送門や異界迷宮もありません。
せめて転送門でもあれば人の行き来も活発になるのですが……王都から馬車で半日という距離は、発展するにはなかなか条件が厳しいと言わざるを得ません。
見るべきものも立ち寄るべき理由もない土地。エンデサイドは世間からはそう見られていました。
実際、私も同じ気持ちです。なにせこの村でやることがすぐになくなってしまったのですから。
「えいっ! やぁっ!」
「なかなか良い太刀筋です、アレクセイ様」
目の前でアレクとウルフェが剣術の訓練を眺めていますが……面白くありません。
訓練を始めてから半年ほど経ち、アレクはあまりケガをしなくなっていました。これでは治癒魔法の出番はありません。
そもそもウルフェが手加減しているので、大した怪我もしません。どんなに言っても「これ以上はさすがにマズイです、お嬢様」と断られてしまいました。どうせならバッサリ切ってくれてもよかったのに。そうすれば、あの絶頂がまた──。
……っと、いけませんいけません。私としたことが、取り乱すところでした。
感情におぼれるようでは一流の死霊術師になることはできません。前世の師匠にも口酸っぱく言われましたからね。
とはいえ、小さな怪我では魔力も大して上がりませんし、せっかくの成長期も活用できません。
相変わらず治癒魔法以外は使えないこの身体では、治癒魔法を封じられてしまうと他にやれることがほとんどないのです。
「……仕方ありませんわ。ウルフェ、行きますわよ」
「分かりました、お嬢様」
特訓でバテバテになったアレクに治癒魔法をかけたあと、私は息一つ乱れていないウルフェを連れていつもの場所に行くことにしました。
目指すのは──私の数少ない癒しのスポットです。
「まって、姉さま! いつものおまじない、おねがい!」
「……はい、分かりましたよ」
せがまれてアレクの頭に口付けを落とします。荒い息を吐きながらも、満足そうに微笑むアレク。
……いったいこれの何が嬉しいのでしょうか?
「……ウルフェもして欲しいですか?」
「め、めっそうもありません! 恐れ多い……」
「そうですか」
恐れ多いの意味はわかりませんが、これが普通の反応だと思います。先日の反抗騒ぎといい、やはりアレクはちょっと変わった子みたいですね。
「ねぇユリィシア、ちょっと良いかしら?」
私がいつもの場所に向かっていると、今度はフローラに声をかけられました。
フローラは最近ガーデニングというものに凝っていて、領地の館──と言っても少し大きな一軒家くらいですが──の周りに花を植え育て始めています。
今日もそのガーデニングをやっていたようで、額から落ちる汗を拭いながらこちらにやってきました。
「どうしました、お母様?」
「お願いがあるの……いつものアレ、やってくれないかしら?」
「いつものアレ、ですね。わかりました」
いつものアレとは、最近からフローラに施し始めたマッサージのことです。
庭の大きな日傘の下に置いた椅子に座ってもらい、【 治癒の右手 】に魔力を込めながら、フローラの全身をうっすらと治癒魔法を張り巡らせるように撫でていきます。
この技はもともと前世の頃に使っていたものが土台になっています。
生まれつき直射日光を浴びると肌が赤く腫れる性質だった私は、様々な方法を試行錯誤した結果、全身を魔力で薄くコーティングすることで日焼けを防止できることを発見します。
こうして試行錯誤の上で編み出されたのが魔力コーティングによる日焼け防止法──略して〝日焼け止め″です。
ガーデニングでの日焼けを嫌がっていたフローラに、魔力消費の新たな手段を探していた私はこの手法を試してみることにしました。せっかくなので【 治癒の右手 】で施行してみることにすると……なにやら新たな効果を発現したのです。
それが、日焼け止めに加え美肌効果のある私のオリジナルマッサージ──『ユリィの癒しエステ』です。
ちなみに名付け親はフローラです。
「あぁ、とっても気持ちいいわぁ。しかもなんだか最近お化粧のノリもいいのよねぇ」
「そうですか。それは良かったですね」
「しかも肩こりも治ってきたような……すごいわね、あなたのエステ」
正直効果についてはほとんど興味がないのですが、これが僅かながらも魔力強化の効果があるので、アレクの『おまじない』同様、頼まれたら断らないようにしています。
地道な努力こそが、魔導を極めるのに重要な要素なのです。
「ありがとうユリィシア、すごくスッキリしたわぁ」
「いいえ。では私はこれで」
さて、一通り施術したあと、恍惚としたままうっとりとしているフローラを放置して、いよいよ私は癒しのスポットへと向かいます。
向かったのは──村外れにある共同墓地です。
ここエンデサイドの墓地は、聖母教会のある敷地内にあります。綺麗に整備が行き届いた、非常に清らかな場所です。
あぁ、いつ来ても墓場は落ち着きますね。なにせアンデッドの素材がたくさんあるのですから。
「あの、お嬢様はなぜいつもこのような場所にいらっしゃるのですか?」
「……何か問題でもありますか?」
「いえ、ありませんが……」
なにやらウルフェに疑われているようなので、不本意ですが祈りを捧げる振りをしてみます。ついでに薄目を開けて墓地全体を《 鑑定眼 》で鑑定してみました。
──鑑定結果……〝清らかな墓地″
アンデッド発生ランク:E
どうやらここには平凡な人たちしか埋葬されておらず、死者たちも未練などを残していないようです。しかも清浄な雰囲気が漂っていることから、ちゃんと司祭なりに葬られているのでしょう。
これだけ清らかな場所であればアンデッドは湧きません。残念ですが、ここに居ても得るものはないでしょう。
私が好きなのはもっと怨念が渦巻くような場所なのですが──ここエンデサイドにはそのような場所は存在していないのです。
あぁ、なんとか大きな事件でも起きないでしょうか。たとえば魔物の襲撃ですとか、大きな戦乱とか……。
「……そんなことを考えても無意味ですね。それではウルフェ、行きましょうか」
「え? もういいのですか?」
「ええ、ここに……私が長くいる意味などありませんから」
遠くから、司祭らしき人がこちらに向かってくるのが見えます。
おそらくこの墓地の管理者でしょう。そんな人に用はありません。余計なことを言われる前にさっさと立ち去ることにします。
「人知れず墓地で祈りを捧げ、そのことを前面に出そうともしない。……お嬢様はなんと謙虚で清らかな御心をお持ちなんだ……」
「ウルフェ、何か言いました?」
「いえ、何も言っておりません。外は寒くなってきました。早くお家に帰りましょう、お嬢様」
また来ますね、私のささやかな癒しのスポット。
◆
ところがです、せっかくの私の癒しスポットもすぐに行けなくなってしまいました。次の日からエンデサイド地方で長雨が続いたのです。雨はずっと降り続け、なかなか止むことはありませんでした。
雨は前世の頃から嫌いでした。なぜなら私の大切なアンデッドたちがカビてしまうからです。
あぁ、そういえば私が集めた大切な【 冥王の軍団 】はどうなっているでしょうか。あの場所なら簡単にカビることは無いと思うのですが……。
「すごい雨ね。このあたりは大丈夫だけど、国中でいろいろあってるみたいよ。パパもお仕事が忙しくて今週末は帰ってこれないみたい」
「……そうですか」
カインが帰ってこれないことはザマーミロなのですが、外に出れないことは良くありません。これだけ降ってしまうとアレクたちの訓練も中止ですし、癒しスポット巡りも中止にせざるを得ません。
私のフラストレーションは溜まる一方です。
そんな──陰鬱とした状況をいっぺんに吹き飛ばす素晴らしい出来事が起こったのは、ようやく長雨が上がり、晴れ間が覗きはじめたとある日のことでした。
村人A「村長、知ってるかい?」
ダリアン「ん? なにがじゃ?」
村人A「領主の娘さん、えらく良い子らしいぞ」
ダリアン「あぁ、お人形さんみたいにべっぴんなお嬢さんかい? あの子は良い子じゃ、以前ケガをしたらいつでも言ってくださいと笑顔でおっしゃってたわ」
ダリアンの息子ジミー「俺は見たよ、剣術の訓練してる弟の頭にキスしてたんだ! あぁ、あんな優しい姉が欲しかったなぁ。嫁に行ったねーちゃん怖かったもんなぁ」
村人B「しかも母親の領主代行様のマッサージまでしてたで! なんて親孝行だべな」
村人C「それだけじゃないわ。あたし見たのよ、お嬢様は自主的に御墓参りまでしてなさったわ。あのイケメンの獣人さんを引き連れて、目を瞑ってじっと祈ってらしたの」
村人D「従者の男の人、カッコいいよねぇ。あたし好きになっちゃいそう! それにしてもお嬢様はなんて敬虔な方なんでしょう。貴族ということでお高く止まるでもなく、すごく優しいんですもの」
神父「……ほんにあのお方はまっこと素晴らしいお方じゃ。わしが墓の清掃に来たら、遠慮して帰られたのじゃ。なんと心根の優しいことよ」
ダリアン「それほどまでに……いやはや、あのお方がたが我が領主であったことは、誠に素晴らしいことじゃ! そしてお嬢様はまさに──」
村人一同「「〝エンデサイドの光″だ!」」




