99.デビュー
師匠が、秘蔵の魔法道具を貸してくれることになりました。
今はなにやら次元腕輪から出現した黒い窓の中をゴソゴソと探しています。
「うーむ……そうじゃなぁ。ユリィシアはどちらかというとスタイルの良い綺麗系じゃから、やはりスカートタイプかのぅ」
「あのー、一つお伺いしたいのですが……私、死霊術が使えるんですかね? どうやって黒い魔力を?」
「は? なんじゃ黒い魔力って」
私がウルティマに魔力を見せると、僅かに顔を歪めます。
「これです」
「……別に使ってもいいが、おぬしがせっかくため込んだ最大魔力値が落ちるぞ?」
「えっ!?」
「それよりも衣装合わせの方が先じゃ。おぬし、これとこれを着てみぃ」
どうやら今の状態で死霊術を使うと、理由はわかりませんが最大魔力値が下がるようです。
「あの、ウルティマどうして最大魔力値が……」
「なんじゃ、そんなこともわからんのか? 良いかユリィシアよ、真の答えとは人に聞くものではない。自分で見つけるものじゃ。それよりはよ着替えぃ」
「は、はぁ……」
どうやら粘っても教えてくれそうにないので、私は諦めてウルティマに与えられた衣装に着替えようと、次元指輪からテントを出します。
「これユリィシア、おぬしなぜテントなど出す?」
「えっ? だって着替えたら下着姿に……」
「愚か者! 服がちゃんとフィットするか、わしが確認せんと分からんであろうが! ちゃんと外で着替えぃ!」
「は、はひっ!」
仕方なくテントをしまって外で着替えます。
なにやらジロジロとウルティマの視線を感じるのは……気のせいですかね?
「おぬし、ずいぶんとけしからん肉体に転生したもんじゃのう」
「え?」
「決して大きすぎず、かといって小さすぎず……実にバランスの良い発達具合じゃな。うーん、けしからん」
「は、はぁ……」
「じゃが見ておれよ、わしは数年後にはとんでもない美貌とスタイルに変貌を遂げておるからな」
なにやら勝手に宣戦布告されましたが、えへんと胸を張るウルティマは、背伸びした子供のようにしか見えません。
そうこうしているうちに着替えが終わりました。
「着替えました、どうでしょうか?」
「悪くないな。さすがは伝説のアイドル『微笑みの魔術師エミリー・ホワイト』のデビュー衣装じゃ。いまだに色褪せておらんわ。頑張って三つ星ダンジョンからサルベージした甲斐があったぞ」
……よく分かりませんが、どうやら凄い装備のようです。
たしかに魔力に関する質が向上したように思います。しかもこれ、かなりの物理防御もついていませんかね?
「当然じゃ。アイドルとはいつファンに襲われてもおかしくないからな。最高の防御をつけているものじゃ」
そういうものなんですかね?
「おまけにこの衣装もおぬしにやろう。よいか、アイドルは普段着もスキを見せてはいかんのじゃ」
「は、はぁ……ありがとうございます」
ウルティマに追加で渡されたのは、可愛らしいながらも普段着使いできるタイプのものです。この装備はちょっと恥ずかしいので、普通のやつをもらえるのは助かりますね。
「よし、次は化粧じゃ。おぬし、化粧はしたことはあるか?」
お化粧ですか? フローラがしているのは見たことがありますが、残念ながらまだチャレンジしたことがありません。いずれ研究対象として真剣に取り組む予定でしたが。
「ふむ、ではわしの手駒に化粧させよう。──いでよ、【闇化粧】」
ウルティマが手首のブレスレットに触れると、二体のアンデッドが出現します。Bランクアンデッド【闇化粧】です。
魂系のアンデッドではあるのですが、素体が女性であることから私には縁のなかったアンデッドです。特性は確か──。
「そうじゃ、こやつは化粧に特化したアンデッドじゃ。【闇化粧】よ、ユリィシアに化粧を施すがいい」
『るるらるら~』
「ちなみに化粧品は魔法王国時代の超最新作じゃ。数百年経とうとその品質は保たれておるぞ」
ウルティマの指示に従って、二体のアンデッドたちが私に化粧を施していきます。
けほっ、けほっ。おしろいで咳が出てきました。しかも肌にいろいろと塗られて気持ち悪いです……。
しばらくなすがままにされると、顔中に色々なものを塗られてしまいます。額、鼻、頬、唇──大丈夫なんでしょうか?
「ふむ、できたようじゃな」
「……ふぅぅ、化粧とは疲れるものなのですね」
「それにしても、思っていたよりも良い感じじゃな」
「そう、なんですか?」
「ほれ、鏡で見てみるがいい。いでよ──【幻魔鏡】」
『きゅいぃぃーー!』
ウルティマが新たに召喚したCランクアンデッド【幻魔鏡】。巨大な姿見の形をした付喪神型アンデッドに映し出されたのは──可憐な衣装に身を包んだ一人の圧倒的な美少女です。
「こ、これが──私?」
「うむ、どこに出しても恥ずかしくないな」
いくら人の美醜に興味がない私でも分かります。
もはや別人です。これはヤバいです。
実は私には、こんなにも──伸びしろがあったのですね。
「うふふ……」
「これこれ、一人で勝手に浸るでないわ」
ウルティマに声をかけられて、はっと我に返ります。
いけません、完全に鏡の中の自分に見惚れていました。お化粧──実に危険な魔法道具ですね。
「よし、これで衣装は決まった。あとは歌とダンスじゃな」
「ですが、先ほど見ていただいたとおり、私は苦手で……」
「そんなもん後天的にスキルで獲得すればよいであろう。そもそもおぬしはエクストラ・アルティメット・ユニークギフトを持っておるではないか」
「はい?」
今なにやら師匠がとんでもないことを言ったような気がしますが……。
「なんじゃおぬし、自分の持つギフトのことも知らんのか?」
「ええ、五つ持ってることは知っているのですが」
「五つじゃと!? ふぅん……」
じろりと私を見るウルティマ。
師匠とはいえ、女の子に見られると思わずどきっとしていしまいます。こればっかりは慣れませんね。
「ユリィシアよ、そもそもおぬしはギフトとは何なのか知っておるのか?」
「はぁ……個人の持つ才能、ですかね」
「それはスキルじゃ。スキルとギフトは違う」
スキルとギフトが違う? そんな話は初めて聞きましたが。
「説明するのが面倒じゃ。ただ言えるのは、スキルは後天的に獲得可能じゃということじゃ」
「え? じゃあもしかして私はギフトとスキルを混同して──」
「あとは自分で考えぃ。ギフトの本質を知ることが、おぬしが頂に至る近道じゃからの」
どうやらこれもウルティマは詳しく教えてくれるつもりはないようです。
エクストラ・アルティメット・ユニークギフト……長ったらしい名前ですが、心の片隅にとどめておきましょう。
「……ということで、歌もダンスもいまは才能なくとも、後天的に目覚めることもできる。とはいえ時間がないので実地で学んでもらうとしよう」
実地、ですか?
「うむ、さっそくアイドル活動を始めるとしよう」
「え? もうですか?」
「善は急げ、じゃ!」
「えっ? えっ? ええーーっ!?」
こうして私は、ウルティマに引きずられるようにして街に戻ったのでした。
◇
サンナミの街には、いくつか広場が設けられています。これは、情報手段が発達していないこの街で広く周知する出来事がある場合に活用する場所です。
私とウルティマはその広場の一つに立っていました。
道行く人たちがちらちらと、奇抜な服を着た私のことを見ています。ちょっと恥ずかしいですね……。
「それで……ここで何をするんですか?」
「もちろん、アイドル活動をするに決まっておろう!」
私と似たようなきらびやかな衣装に身を包んだウルティマが、再び次元腕輪を振りかざしながら、キラキラと輝く台やオブジェのようなものを取り出していきます。
しかも、いつのまにやら同じ制服を着た無表情な男二人を召喚して手伝わせているではありませんか。
「じょわっ!」「じゅわっ!」
「……ウルティマ、彼らは?」
「忘れたのか? ムサシとコジローじゃよ」
「えっ!?」
もちろんムサシとコジローのことは覚えています。ですが彼らはスケルトン・ソードマスターだったはずですが……。
「なぁに、アイドル活動をするには警備員も必要じゃてな。かりそめに《受肉》させておるんじゃよ」
「は、はぁ……」
街中にアンデッドを召喚するとは──さすがは師匠、やることが大胆です。
やがて何やら奇妙な四人組が広場で準備をしていることに気づいた通行人たちがざわざわと周りを囲み始めます。
「ふむ、どうやら集まったようじゃな。そろそろ始めるとしよう」
「え? わ、私は何をしていれば良いのでしょうか?」
「とりあえずステージに立っておけぃ。では始めるぞ!」
ウルティマの手に、キラキラと輝く小さな魔法の杖のようなものが出現します。「拡声機じゃ」ウルティマが疑問を口にするより早く耳打ちしてきます。
マイクをギュッと握りしめると、ウルティマがこれまで聞いたことがないような明るい声で、集まった観衆に向かって呼びかけました。
『みなさま──お忙しいところお集まり頂きありがとうございまーす! わたしは今日デビューした、アイドルグループ【フランドゥム】のウルでーす! よろしくおねがいします! あえーっと、こっちに立っているのはぁ、パートナーのユリでぇーす!』
「おおっ!?」「なんだなんだ!?」「アイドルってなんだ?」「フラン……ドゥム?」「おお、ええぞええぞお嬢ちゃん、がんばれー!」
なにやら様々な歓声が飛び、ウルティマがにこやかな笑顔を振りまきながら手を振ります。
『ではここで、私たちの歌とダンスを披露します。みなさん、応援してくださいね! 披露する曲は──【ブルー・インザスカイ】です!』
──ジャンッ!!
どこからともなく物凄い音が聞こえます。どうやらさきほど準備していた魔法道具から音が発されているようです。
いきなり音が鳴り響いたことによって、驚いた観衆は一気に静まり返ります。
次の瞬間──軽快な音楽が響きだし、ウルティマが音に合わせて踊り出しました。
──なんということでしょう。
私は驚きのあまり言葉を失います。
ウルティマの踊りはとても洗練されていながらも今まで一度も見たことがないようなものでした。
時折混じる可愛らしいしぐさやポーズに、観衆たちの目も釘付けです。
『♪みあーげた空はあぁぁーー♪ あーおーくー輝いてーー♪』
その心の隙を突くかのように、心を打つ歌声がウルティマの口から放たれます。
うまい、うますぎます。
素朴な歌詞でありながら、これまで聞いたことがあるどんな声よりも澄んだ歌声に、私は自分がステージに立っていることも忘れて夢中で魅入ってしまいました。
それほどに、ウルティマの踊りや歌のパフォーマンスが素晴らしかったのです。
「「「おぉぉぉぉ!!!」」」
パフォーマンスが終わった瞬間、観衆たちが拍手喝采を浴びせました。
私も気が付いたら手を打ち鳴らしていました。
ウルティマは額を伝う汗をぬぐいながら、輝く笑顔を浮かべています。その姿の──なんと神々しいことか。
これが──アイドル。
これが──転生を果たした師匠が新たに目指す姿。
「どうじゃった?」
「すごいです……感動しました」
「うむ、ではユリよ。わしとともにアイドルの高みを目指そうぞ!」
差し出されたウルティマの小さな手に、私は自分の右手を重ねます。
「はい──ウル」
こうして私は、師匠に導かれるようにして──アイドルとしての第一歩を踏み出したのでした。
 




