97.野望
師匠はこう口にしました。
「わしは──アイドルになりたいんじゃ」
「は?」
あいどる?
アイドルとは……いったい何なのでしょうか? 聞いたことがない言葉ですね。
「ふむ、なかなか奥深いことを聞くな。アイドルとは偶像──すなわち人々の希望じゃ」
「えっと……すいません、意味が分かりません」
「わかりやすく言うと、街の会場などで歌やダンスを披露し、老若男女から拍手喝さいを浴びるかわいい女の子たちのことじゃ」
……えらく表現が変わりましたね。
「で、師匠はそのアイドルとやらになりたい、と」
「うむ、そうじゃ」
ちっこい胸を張るウルティマ。
……どうやら残念なことに、師匠の転生は失敗したみたいですね。未だに脳にカビが生えたままのようです。これはいけません。
「……これユリィシアや、なぜおぬしわしにターンアンデッドを施す?」
「いえ、狂った師匠を昇天させるのは、せめてもの弟子の務めかと」
「わしは狂ってなぞおらんわい!」
おっと、そういえば師匠はもうアンデッドではないのでした。
では治癒魔法を施すとしましょう。カビが治癒魔法で落ちるのかはわかりませんが、何もやらないよりはマシです。まずは《祝福の唇》で治癒力を高めて──。
「こらこら、じゃからわしは正気だと言っておるじゃろうが! ……まぁ聞くがいいユリィシアよ。さっきも言った通り、末期のわしは暇つぶしにおぬしのことを観察しておった。大聖女に懸想してアンデッド化させたり、英雄に討たれて転生したりと、見ているものを飽きさせない演出は見事であったぞ」
「いやいや、それ演出じゃありませんし。そもそも見てたなら死ぬ前に助けてくださいよ」
「それは無理じゃ。わしは【観察者】、干渉はせんと決めておるのでな」
「いや、単なる覗き趣味を正当化しないでくださいよ」
「まぁでもよいではないか。結果的には命を落としたことで転生を果たし、おぬしの最大の弱点だった最大魔力不足は解決したんじゃろう?」
……まぁたしかにそれは事実です。
今の私は前世とは比較にならないくらい膨大な魔力を手に入れているのですから。
「わしの監視の目は、転生したくらいじゃ誤魔化せん。おぬしが英雄の娘の腹の中に籠ったのを見て、これでまた面白いものが見続けられると気軽に考えておった、じゃがな……」
どんっ。
ウルティマが顔を上げる。
「おぬしが女子に転生したのを見て、背筋に電撃が走った。そうか、これじゃ! この手があった! とな」
真面目な顔で、ウルティマがにじり寄ってきます。
「わしは今まで、膨大な魔力と最強のアンデッド軍団、絶大な魔術力をもっていた。じゃがそれで人々に与えていたのは畏怖──いや恐怖のみ。愛や希望、勇気といったものを与えることはできんかったんじゃ」
「まぁ師匠が与えるとしたら、死か絶望でしょうからねぇ」
「ところが、おぬしは女の子に生まれ変わった。するとどうだろうか……周りから愛を一身に受け、しかも可愛いと褒めたたえられはじめたではないか。前世であれほど人々に嫌われていたおぬしが、な」
……しれっと私の心の古傷をえぐるのはやめてもらえませんかね?
「そこでわしはピンときた。そうじゃ、女の子になれば良いんじゃ、とな」
「は、はぁ……」
「どうせ女の子になるならアイドルじゃ、アイドルに限る。アイドルはな、魔法王国でものすごく流行っておったんじゃ。そりゃ可愛らしい46人組のグループなどもあってのぅ……みな夢中になって応援したものじゃ」
46人……どこの騎士団でしょうか。
「ところが、今の世界にはアイドルが存在していない。魔法王国の滅亡とともに消え去ってしまったんじゃ。もはや人々に夢や希望を与える存在はいない。であれば──わしが蘇らせるしかないと考えたんじゃ」
「なるほど……それで師匠は女の子に転生することにしたのですね」
「そうじゃ。幸いにもおぬしの転生する瞬間を見届けていたからな、術式はだいたい分かっておった。あとは天才たるわしの手にかかれば……このとおり、無事転生完了じゃ」
くるりん、と師匠……もとい、ウルティマがスカートをひらめかせながら回転します。なにげに可愛らしいですね。
「ということでユリィシアよ、わしと共にアイドルの高みを目指そうではないか!」
「──はい?」
いや、なんで私までアイドルにならなければならないのですかね?
「お断りしますわ」
「なんじゃ、冷たいやつじゃのう」
「私には至高のアンデッドを揃えるという夢がありますので」
「そんなもん、わしが叶えてやるぞ? わしのコレクションをやろうか?」
ぐ……少し心が動きます。
ですがすぐにウルフェやネビュラちゃん、アミティの顔が浮かびます。いけません、ちゃんと彼らの死後に私の軍団に加えなければ……。
「い、いえダメです。素体は自分で集めます。コレクションは自分の手でコンプリートしてこそ意味があるのです」
「ちっ、落ちんかったか。意外と強情な奴じゃな」
私が容易に説得できないと感じたからか、ウルティマがアプローチ方向を変えてきます。
「ただで、とは言わん。おぬしにもちゃんと見返りを与えよう」
ウルティマがポケットから取り出したのは、小さな指輪。
この指輪は──。
「まさか……」
「うむ、おぬしの【万魔殿】に至る鍵の一つじゃ」
なんと、二つ手に入れて残り三つとなっていた鍵の内の一つを師匠が持っていたとは!
鍵をダシにするとは……なんて卑怯な!
「これだけではないぞ。あとはおぬしに──力を得る手段を教えよう。わしや、あの大聖女に至るほどの力を、な」
な、なんですって?
それは聞き捨てなりませんね。
「おぬしは至りたいのだろう? あの大聖女と同じ高みに。じゃから知りたいのだろう? 己の魔力をさらに高める方法を」
「ぐっ……」
私は転生してからこれまで15年間、様々な手段を使って魔力を高めてきました。
至った数値は10万……それでもエルマーリヤには遥かに及びません。
ですが、ウルティマはその域まで至る方法を教えるというのです。
そんな方法が本当にあるのでしょうか?
もしあるとするのならば……知りたい。
それは絶対に知りたいです。
「あと、おまけでアンデッドも何体かつけるぞ。もちろんSSランクじゃ」
「なっ?!」
私の心はぐらぐら揺れ動きます。
いや、揺れすぎてもはや崩壊しているといっても過言ではないでしょう。
そんな私にウルティマはついにはとどめを刺してきました。
「もちろん、ずっととはいわん。わしはな、アイドルとしての旬の期間は13〜18歳じゃと思っておる」
「えらく具体的かつ生々しいですね。何か根拠でもあるのですか?」
「ない。わしの趣味じゃ」
おいおいこの人、ついに自分の趣味を披露してきましたよ。
転生してからもはや完全に開き直っていますね。以前の威厳はかけらもなく、煩悩全開です。
「今のわしはまだ10歳。アイドルとしては少し早いんじゃ。じゃから適齢期──13歳に至る前に、今の世界でのアイドルの有用性を検証をしたいのじゃよ。おぬしとわしのユニットでな」
ユニット……ですか。
「それは、ウルティマとペアでアイドル活動をするということですか?」
「うむ、そうじゃ」
なるほど……一人でやらされないだけマシかもしれませんね。
多少時間的にはロスになるかもしれませんが、このまま冒険者を続けていても増える魔力はたかが知れています。それよりも師匠の持つ手段を教えてもらったほうが、結果的には近道になるかもしれません。
「……わかりました」
まぁ、そんなに長くないなら良いでしょう。
他ならぬ師匠のお願いですしね。
「よし、よく言った! では来い。わしとともに──アイドルの高みを目指そう」
「いえ、それは結構です」
こうして私とウルティマは、アイドルとしての第一歩を踏み出し始めたのでした。
eps12「奈落編」はこれにて終了です!
次からはeps13「偶像編」となります!




